(六)特異
男は、妻ミツの提案で三人を近くの自宅へ案内した。畑に囲まれた曲屋の大戸をひらいて、土間へ。魔導技術のない台所設備は、どれも旧式のものだ。
それらを横目に、靴を脱いで板間へ上がる。うながされたソウは、そのまま草編の敷物が詰められた奥の部屋へ足を踏みいれた。他にも部屋があるらしく、それらとは、ユウメにあったような襖――紙張りの間仕切り――で区切られているようだった。
ほとんど正方形のような部屋は、木と乾いた草の匂いがする。イグサを編んだ床材を八枚。敷き詰めた中心には、低い座卓があった。それを、男と向かい合うように挟んで座り、ソウのとなりにはナギが。黒影は部屋の隅へ足を運ぶと、なにも話す気がないとでもいうように、大太刀を抱えたままスッと腰を下ろした。
ソウの向かいで腰を下ろした男は、灰まじりの眉を険しくしたままでいる。
人数分の湯呑を用意したミツが遅れて部屋へ入り、座卓のわきへ。しゃがんで、それぞれの前に湯呑を置く。――コトリ。天板と湯呑の底がぶつかるごく小さな音が、やけに大きく聴こえた気がした。コトリ。コトリ。コトリ。
「これば、去年干したもんですけど」
ミツが座卓へさしだしたのは、白い粉をふいたものだった。ソウの拳よりも二回り以上小さく、やや厚みがあるが……。ソウがおどろいたようにミツへ視線を向けると、彼女は「すみません。こげんもんしか」と苦笑をまぜて小さく謝った。
「柿を干したもんでして。ふつうは、見目が悪いけん、こんな白くなるまで干さんとですけど。これくらいまで干してから保管すっと、甘うなっとですよ。たいしたもてなしば、できませんけど。命の恩人ですけん」
「いえ、ありがとうございます」
ソウが礼を言うと、ミツは頭を下げてから、部屋をあとした。男はひとつも言葉を発さなかった。
ミツが歩く音が遠のいて、そのうちに水音が響き始めた。向こうの土間で水仕事でもはじめたのだろう。ようやく。それまで岩のように動かなかった男が、節くれた手で湯呑へ手を伸ばす。乾燥した部屋のなかで咽喉を温めるように、ずず、と湯呑をかたむけた。
ようやく、男は口をひらいた。
「お前さんは、その……」
「ソラの息子。ソウといいます。憂国で魔狩をしています」
「魔狩……父親と、いっしょたいね」
ソウは姿勢を正し、うなずいた。
「皮肉なもんたい」
やはりと思った。男の反応は、むかし母や父から聞いていたように、二人の結婚が周囲から反対されていたことを物語っている。
「ソラに里ば裏切らせた男の、その息子もまた、魔狩たぁ」
「裏切らせた……?」
「あん男と出会わんかったら、ソラが里を出ることもなかったったい」
「あなたは、母さんと同じ里の生まれなんですね」
この質問に返答はなかった。肯定だろうと理解して、ソウは寄越された男の視線を受け止める。男は言った。
「ソラは、なんばしよっとね」
「母は、十年以上前に〈白狩り〉で。父も、その数年前に亡くなっています」
彼は、座卓の天板へ視線を落とした。静かに湯呑をかたむけて、コトリ、と置く。しばらく、二人の間には沈黙が横たわった。
「本当に、よう似ちょう。ソラそっくりばい。疑いようがなか。それに……」
彼は座卓の影を示した。
「その、お面さ。見せてみんね」
ソウは少し考えたあと、ベルトループに結んでいた赤い八打ちの紐をほどくと、紐がばらつかないよう簡単にまとめて、さしだした。彼はそれをうけとった。節くれた手がお面をそっと持ちあげたとき。それまでずっと緊張していた双眸が、ふっとやわらかくなった。
「よう、帰ってきたなぁ」
懐旧と一抹の寂寥感。男は、鼻の奥に水気をにじませた。
「よう持ちこたえた。がんばったもんたい。懐かしかねぇ。……もう、十年以上前になっとよね。これば作ってやったと」
――いえね。この面は、山奥の里で作られとるもんなんです。なんでもその里では、古くからの風習で、成人の証に動物の頭を模したお面を贈るそうで。で、その里なんですが、ジッタさんっていう、腕のいい職人さんがおったんですわ。
「もしかして、あなたは」
ソウの言葉に、ジッタはうなずいた。
「ユウメでは、あなたが十年以上前に亡くなったと聞きました。いったいなぜ」
訊ねると、ジッタは湯呑をかたむけた。どこから話すかと悩んでいるらしく、すこしのあいだ視線を座卓の角に向けていたが、ややあって、また視線をあげた。
「もう昔の話になっとやけどな。俺さ、ソラと同じ里に生まれたとよ。歳も近かったけん、いっしょによう遊んだばってん。
里の者は、昔から、みぃんな白かと。髪も肌も。来る人さみんな、たまげてひっくり返るばい。魔族じゃ魔族じゃいうて、あられもない噂ばすっとよ。そいけん、山奥でずぅっと、静かに暮らしよっとよ。余所と喧嘩したいわけじゃなかけんね。
ソラには姉がおってな。十つ離れた、シャキシャキした女たい。それも〈イロツキ〉いうてな。白くなか。リナ――姉の名前たいね。雪の中ではまぶしいぐらい、立派な金色の髪ばしよっとよ。〈イロツキ〉は身体も丈夫で、里ではトクベツな存在ばい。みぃんな大事にして、頼っとよ。そいで、大きくなった〈イロツキ〉は、里で大事な役割を担うんちゃけど」
「ジッタさんも、その〈イロツキ〉なんですか?」
ジッタはうなずいた。
「なんちゃけど。俺は眼がええだけで、運動はからっきしたい。しかも、里で遊んどったときに崖から落っちゃけて。脚さ、よう動かんごとなってな。やけん、お面職人さ、なったとよ。ウチの里は、成人の証にお面を贈るいうならナラワシがあっとよ。お前さんのお面もソラに頼まれて俺が作ったもんたい。まぁ、いまは職人もやめて、こうやって農村ぐらしっちゃけど」
ジッタは干し柿をかじった。
「〈イロツキ〉でトクベツな姉と、内気でふつうのソラ。姉妹仲はそげん悪ぅなかったっちゃけど、お互いに思うことはあったとやろな。リナは勝ち気でなんでもハッキリしちょうし、ソラも根は頑固やっけん。ようケンカばしとったったい。そいでも、お互いのことさ、わかっとるからなんか。次の日にはケロッとしとって……不思議なもんたい。
ソラが二十になる頃やったかいね、リナは〈雪狼衆〉で立派に頭ばやっとって……ああ、〈雪狼衆〉いうんは、里を護る大事な役割を担っとっとよ。男に負けんぐらい強かとよ? 信じられんけんね。『雪狼衆さ女にゃできん』ゆうて笑った奴ば、アイツ、片っ端から張り倒していったとよ。そいで、ついたあだ名が『大熊のリナ』たい」
ジッタはゲラゲラと笑いながら「本人の前で笑ったら俺も張り倒されて、雪にぶん投げられたばい」と言った。
「まぁ、そげん血の気の多い女やっけん、ソラが男さ連れて来たときは、えらい形相ばして、殴りかかってなぁ。そいでも、俺も気持ちがわからんわけじゃなか。里から出たこともない。街も知らん。そげん世間知らずたい。大事にしとった妹が余所者に騙された思うんは、あたりまえたい。しかも、魔狩いうたら、お役所とそう変わらんばい」
ジッタの話に、ソウは苦笑した。――このあたりの話は、父さんから聞いたことがある。
父さんは仕事の遠征で行った森の中で、たまたま母さんに出会って、一目惚れした。その場で花を摘んで即求婚。けれど、たまたまその花が毒草で、それを知っていた母さんは「わたしが白いからって、いくらなんでもあんまりだわ」とひどく怒って引っぱたいたという。
そのあと、父さんは、母さんがどうしてあんなに怒ってしまったのかを知って、謝るために何度も会いに行って――そのうちに、会うのがあたりまえになって。父さんはそのあいだに、何度も求婚したそうだ。そのたびに、母さんは一刀両断。「お断りします」「あなたとは結婚できません」「帰ってください」とつき返されたらしい。父さんが理由を訊ねると、母さんは決まって「街では暮らせない」「みんなが許さない」「わたしは役立たずだから」と言ったそうだ。
時間をかけて母さんを説得した父さんは、ようやく母さんの両親の元へ挨拶にいった。――おそらく、ジッタが話しているのは、このあたりだろう。
ジッタは言った。
「里のみんなが、反対したとよ。そしたら、ソラは信じられん剣幕で怒ったったいね。『うちのこと、何も知らんとに。彼のこと、なんも知らんとに。そんなこと言いよっから、いつまでもいつまでもこんなところで隠れんといかんちゃなかとね。もういい。うちは外の世界で生きる。ここにはもう帰ってこんけん』言うて飛び出したと」
ジッタは視線を落として、湯呑をかたむけた。ずず、と音が響く。
「それが、俺が最後に見たソラの姿やった」
「父さんは、なんて」
「――ぼくは、魔狩としてではなく、一人の男として、ソラさんを愛しています。あなたたちの血が呪われているというなら。それでもかまいません。ぼくはあなたたちの生き方を否定するつもりもありません。ただ、ソラさんといっしょに、幸せになりたいんです」
ジッタの口が、父の言葉をなぞる。
「――愛する人と生きていきたいというのは、そんなにおかしなことですか? それほどまでに、悪いことですか?」
ひといき。ジッタは間を開けて、ゆっくりと視線をあげた。
「まっすぐな瞳やった。きっとこういう男が、ソラを幸せにできるとやろう。そげん、思ったとよ」
二人は里を出た。父さんは自分の親の元へ行ったものの、投げかけられた言葉は「白い娘なんて」という忌避だったという。父さんは母さんと二人で、家を出た。憂国へ行って……そのとき、ちょうど親から話を訊いたカルロッタ――父さんの妹――が、手紙を寄越したのだという。父さんはこの話をするときに、よく言っていた。
――親に反対されるのは、悲しかったけど。でもおかげで、覚悟が決まったよ。俺ががんばらなきゃって。それまで、やっぱりどこかで甘えてたんだ。俺を信じてくれる人なら、なにもしなくたって、ソラさんのことを知ろうとして、そしたらみんな受け入れてくれるって。そんなふうに思ってたんだよなぁ。
――本当はさ、ソウとライのことだって、親に見せてやりたかったんだ。孫をほしがってたし、とうぜん抱かせてもやりたかった。それにさ。あなたたちが大事にした息子は、こんなに幸せなんだよって。ソラさんが白くても、そんなこと関係ないんだよって。……でも、伝える前に、二人とも逝っちゃってさ。それだけは、後悔してるんだ。
――いつ死ぬかわからないんだって思った。毎日こんな仕事してるけどさ。あんまり、考えたこともなくて。親がいなくなって、はじめて考えた。遅かったなぁ、って。だから今は、毎日愛してるって言うし、ソラさんのことも、ソウのことも、ライのことも、みんな抱きしめる。毎日必ず名前を呼ぶ。それでもたりないくらいだよ。まぁさ。俺の自己満足みたいなもんだから、ソウがどう思っててもいいんだけど。っていうか、すぐ怒ったり、照れたりするのも、大好きだし。なんかさ。ぜんぶ、愛おしいんだよな。
ジッタはどこか寂しそうに言った。
「どれくらいやったかねぇ。たぶん、ソラが里さ出てから、十年以上は経っとった。ある日、手紙さ来たとよ。お面さ作ってほしい、て。里のお面は、つける本人に合わせて作っとよ。それを外に持ち出すんも、本当はいけん。そいけん、帰ってこんね言うたら、なんちゃよう知らんけど、時世がどうの言うて。帰れんけん、どうにかしてくれぇって。あの引っ込み思案なソラがこげん言うんちゃけん、ただ事じゃなか思うて、長老に黙って、手紙さやりとりして。街に売る品に混ぜて、行商人に運びだしてもらったとよ。リナはたぶん気づいちょったけど、知らんふりしとってくれたけん……まぁ、けっきょく長老にはバレたっちゃけど。掟破りじゃいうて、オオカミのエサさなるとこやったばい。ばってん、リナが上手く逃がしてくれてなぁ。めでたく俺は死んだいうことになって、お里の外ばい」
ジッタはまた、からからと笑った。
「そのあとも、ちょいと手紙ばやりとりしちょって。どれくらいやったか、ソラが『手紙がとぎれたら、死んだと思うて』って」
ジッタは湯呑を置いた。
「ある時から、ぱったり来んようになって。たぶん、そうなんやろなぁ思うちょったけど……やっぱり、そうね。死んだとね」
ジッタは目頭を押さえ、鼻をすすった。
「ソラは、幸せになれたとね?」
うなずくことが正解だろうと思った。だが、考えるよりもさきに口から出ていたのは、「わかりません」という、ごく簡素な答えだった。音になってから、気がついた。
「でも」
つけたした。
「きっと、幸せな日々だって、あったと思います」
きっと。あったはずだ。ソウは言いながら、記憶をめぐらせた。父さんといっしょに、バカみたいに顔をくしゃくしゃにして。耳まで真っ赤にして笑っていた、母さん。――大丈夫。ちゃんと、幸せだったはずだ。
後ろめたそうに視線を下げる母さん。いつも気遣ってくれる母さん。父さんがいなくなって。いつも、思いつめたように笑うようになった。――幸せ、だったのだろうか。
わからない。
「馬鹿らしい」
ふんと、黒影が一蹴して立ちあがった。
「答えろ。〈白の一族〉とはなんだ」
ソウは見あげた。彼女はさっと座卓の前に立ち、ジッタを見下げる。
「山凍地方のどこかに、特異な一族がいるという。その者らの多くは、蒼白の肌をし、あるいは、髪やあざなど、身体のどこかに白色をもっているのだと。これは、キサマの里のことだな」
「そぎゃんこと、誰から」ジッタが目を見ひらいた。
「文献だ。さほど記載はなかったが。どうやら図星のようだな」
ジッタは押し黙る。
黒影は言った。
「曰く。〈白の一族〉とやらは、特異なチカラをあつかうのだという。それはなにを指す」
「知って、どうすっとね。利用すっとなら、そぎゃんこと!」
「喚くな」
黒影が睨み下げた。
「ソウの雷撃傷が見えていないのなら、そういうことにしておいてやってもいい。それで話は終いだ」
彼女は大太刀の柄に手をかける。
「選べ。キサマにそのていどの良心もないなら、ここでワタシは、キサマを斬る。バケモノがいたと――そのように、魔狩協会から喧伝しておいてやろう」
黒影は、ニィ、と嫌味な笑みをうかべた。
「妻子は、どうなるだろうな?」
「そんなこと!」
ジッタは言いかけて、しかし一度口を引き結ぶ。険しい顔つきのまま、声を低めた。
「……なら、そん協会に。お前さんのいう、バケモノが所属しちょるいうんは、問題じゃなかとね。お前は、自分の仲間も売るつもりなんか!」
「たいそうなキレイごとだな。好いた女の、その息子の傷を己の保身のために都合よく無視しておいて、仲間だなんだと」
彼女は嘲笑った。
「わかりやすく言ってやる。キサマが知っていることを洗いざらい吐け。そうすれば、キサマのような人間がここにいることを忘れてやる」
「そげんこつ、信じらるっと思うね?」
「選択肢があると思うなよ」
黒影は有無を言わせない低い声で返した。
「人間として生きて、死ぬか。人間として殺されるか。それが想像できないほど、バカなわけでもあるまい」
ジッタは押し黙る。
「いいよ、黒影。無理に話してもらう必要はない。話せない事情は誰にでもあるし」
ソウは言った。
黒影は睨んだ。
「そうやって、いつも自分を殺して満足か。なんども醜い傷を重ねて。犠牲にして。それで得られるものはなんだ。不幸に酔いしれた自己愛か? それとも能無し共の馬鹿げた賞賛か?」
「言葉がすぎるよ」
「キサマは人間として生きることをやめたいのかと問うている!」
「そういうわけじゃない!」ソウは立ちあがった。
「異常な治癒力。膨大な魔素保有量。ああ、キサマは明らかに常人とは一線を画す。バケモノ以外にあるまいて。しかしその根底の倫理観はまちがいなく人間社会に属する者のそれであろう。だが忘れるな。倫理も理性も、息をふけばトぶものだ。生命の危機、それに付随する激情。あるいは一連の思考感情の終結によって、たった一秒にも満たない時間でひどく無防備に、至極簡単に忘れられ、壊れてしまうモノだ。それに至れば、キサマはもはや――」
「じゃあ君は、俺が人間だっていうの? こんな身体で。こんな俺で。君は!」
「いいや人間だ」
「どっちなんだよ!」
「キサマは弟と生きたいのではないのか!」
「生きたいに決まってんだろバカなのかアンタは!」
「……ならば」
黒影は言った。さきほどとはまるでちがう、静かな声音だった。
「必要以上に、己を殺してくれるな。壊れてしまえば、もはやその希望さえ叶わんだろうに」
「……は?」
ソウは思わず半眼になった。つまり、なんだ。
彼女は――、
「つまり、黒影ちゃんはぁ。ソウくんのことを心配してるってことですよねぇ」
湯呑をかたむけながら、ナギがニマニマと笑った。
「んもう、すなおに言えばいいのに。回りくどいんですからぁ」
黒影は、ギロリとナギを睨み下ろした。
「ようは、少しでもソウくんのことをどうにかしてあげたいって。そういうことじゃないですか。ジッタさんに本当のことを話してほしいのだって、これ以上ソウくんの傷が増えないためで。殺すとか、そんな言いかたしてますけど。ジッタさんのことをどうこうするつもりだって、本当はないんでしょう?」
ナギはいっそう笑みをうかべた。
「あはぁ、もしかして、図星です?」
「すべて話したら駆け引きにもならんだろうがバカなのかキサマは。あの男の性根が腐っていたらどうするつもりだ!」
「お前、失礼な奴っちゃな!」
ジッタは座卓をガタと揺らした。ややあって、頭を抱えながら肩を落とす。
「わかった。わかったけん。もうええ。ようわかった。話すけん。変に隠そうとした、俺が悪かった」
ジッタは、あらためてこちらへ向いた。
「そこのお前さんとソウが仲ええのも、わかったけん。もう勘弁してくれんね」
「「仲良くはない」」
黒影がギロリとジッタを睨み下げ、ソウは冷静に否定した。
ジッタがこまったようにナギへ視線を向ける。ナギが「大丈夫ですよ。仲良しです」と軽快に親指を立てたところで、黒影が亜麻色の後頭部へ垂直に踵を下ろした。
「痛ったぁ! そうやってすぐ蹴るんですから。もう、暴力反対です」
「キサマはしばらく黙ってろ」
「んもう、そんなに照れなくても。ナギはわかってますよ♡」
「叩っ斬るぞ!」
ソウはそれらを横目に、「すみません。騒がしくしてしまって」と非礼を詫び、「続きをお願いします」とうながした。
ややあって、咳ばらいをしたのちに、ジッタはいよいよ話し始めた。
「そこのお前さんが言うように、うちの一族は、古く〈白の一族〉呼ばれとっとよ。言い伝えでは、祖先は魔導時代にさかのぼるいうて。時代によって場所は変わるっちゃけど、昔から、この北方山脈の山奥で、ずぅっと、街から離れて暮らしちょる。
一族のほとんどが白色で、そいば〈シロ〉いうてな。奇形も多か。短命ですぐ死ぬとよ。ばってん、〈イロツキ〉は逆たい。長生きして、しかもフツウにはあつかえんトクベツなチカラを持っちょる」
「それは……」
「魔導ばい」
ソウは息をのんだ。
「俺さ、イロツキっちゃけど、そげんこつなか。ばってん、そのせいか知らんちゃけど、代わりに魔素が視えっとよ。きらきらしよったり、ドロドロしよったり。いろいろたい。魔素の濃い場所では、ほかの景色がまともに見えんけん、崖からおっちゃけたりすっとやけど」
ジッタはこまったように後ろ頭を掻いた。
「そいけん、お面があっとよ。成人のときに贈るっちゃけど……」
「これは、なんなんですか?」
「アボリさまのご神木……その枝葉のご加護を受けた魔導具たい」
「アボリ……さま?」
耳慣れない音に、ソウは首をかしげながらさらに質問を重ねた。
「いにしえの魔導技術……魔導具をつくる技術が、まさか残っているんですか?」
ジッタはうなずき、里の言い伝えではアボリさま――里で信仰されている神のことらしい――は、白の一族に三つのものを与えたという。
ひとつめは恩赦を。ふたつめに慈愛を。みっつめは知恵を。恩赦は御神木となり大地に恵みを与え、慈愛は一族に魔導のみしるべを示し、知恵は唄となり一族を加護してくださるのだと。里では先祖代々受け継がれ、大事に守られてきたそうだ。比喩的なせいか、これらが魔導技術とどう関係するのかということについて明快さの欠ける話ではあったものの、言い伝えとしてなら、じゅうぶんどこにでもありそうな話だとソウは思った。
ジッタは、そうして与えられたものがいまあるお面でもあるとまとめ、このお面には御神木の加護が宿っているのだと続けた。これを身に着けることで、たとえばジッタの場合は魔素量の多い場所でも視界に自由が利くようになるという。
「そいけん、お面さ里の者……とくに、〈イロツキ〉にとっては手放せん大事なもんたい」
「じゃあ俺のは……」
ソウは猫面を見やった。
「チカラが身体を傷つけんよう、お面が護ってくれとっとよ」
そいでも。言いながら、ジッタはソウの雷撃傷を見つめた。口のなかで息をこもらせるような話し方で、ほとんど独り言のようだった。
「お前さんのチカラは強かね。里一番のリナも、そげんこつならんばい。こげんしてよう生きとったもんたい……ソラは魔導のチカラなんてなかけん、あつかいかたも教えられん。そいけん、俺にお面ば作れ言うたっちゃろうな。息子が〈イロツキ〉やったけん」
なんとなしに沈黙が訪れた。訊きたいことはあった。たとえば、里には異常ともいえるような治癒体質の者はいるのか。だがそれよりも気にしていたことと言えば……。
「あの、すみません」
不躾なことを伺いますが、と前置きして、ソウはジッタをまっすぐに見つめた。
「……白の一族は、魔族なんですか?」
「んなわけなかたいね」
ジッタは笑い飛ばした。
「たしかにウチの里は、ふつうとちがって変わっちょるし、なんやわからんシキタリも多か。白かせいで、そんなことさ言われることもあっちゃけど、魔族は残虐で暴虐。歴史書にも書いてあるばい。――お前さんは、自分が魔族さ思うと?」
「いえ」ソウは首を振った。
「里の者も、ちゃあんと血の通った人間たい。シキタリには厳しかけど、そげん冷たいもんじゃなか。むしろ、一族さ護るために、必死になっとっとよ。そいけん、お前さんが心配しちょるもんは、なんにもなか。安心してええ」
おもむろに、ジッタは縁側の向こうを見やった。
「冬さ近うなると、陽が落ちるんも早かね。部屋はあっけん、泊まっていかんね。こんな暗か中で、命の恩人さ放りだしたら、ミツにどやされるけん」
ジッタがからからと笑ったとき、土間のほうから「なんね」と声が飛んできた。ジッタは身を震わせながら「地獄耳たい」と立ちあがると。「なんでもなか! 風呂と晩飯の準備さ、手伝うばい」とバタバタ出ていった。




