(三)心
目に痛いほど嫌に晴れた空を満たすのは、焼け焦げた臭いだ。乾いた風に灰が舞う。死の臭いがする。
「ナギが呼んでいるぞ。昼飯だ」
黒影は泰然と街を見下ろすソウへ声をかけた。
床板をかろうじて残すユウメの大舞台からは瓦礫の街がよく見える。色彩豊かだった柱は黒く燃え残り、その下では白く変容した妖魔どもが、奇怪な唸り声をあげながら徘徊している。それらはふと思いいたったように立ち止まって、焼けただれた指で何かを示し、泣くように咽喉の奥から音をこぼした。ときおり、同族を喰らっていた。
焼け残った首都ユウメの惨状は、悪夢というにはいささかタチが悪い。
「本部から通達が来ている。当初の予定通り担当地区に戻れ、と。じきに、本部から派遣された魔狩がここに着くそうだ」
「ん。わかった」
ソウはうなずいた。
「訊き忘れてたんだけど、あの魔族は?」
「赤いのが殺した」
「そっか」
彼はそれ以上、とくになにも言わない。彼は三日前、たしかに雷撃の複数回の使用によって内部から身体のいたるところを損傷し、さらに魔族による攻撃でひどい火傷を負っていた。にもかかわらず、こうして目覚めたソウは、いつも通り。
「妖魔ってさ。元々人間なんだね」
惨状を見下ろして、淡々とソウは言った。彼の横顔には、あのとき見せた幼子のような表情がもう見あたらない。
「おどろいたよ。けど考えてみれば、魔種のほとんどはそうだもんね。妖魔の元がなんなのか、なんて気にしたこともなかったけど。……ねぇ黒影。アレを討伐したら人殺しになるのかな」
「くだらん」
「なんだ。やっぱり君は知ってたんだ」
くす、とソウが笑った。
乾いた風が彼の金糸を揺らす。蒼穹の瞳がこちらをとらえる。
「じゃあ、魔族って、いったいなんなのかな」
「知らん」
「君は、俺がバケモノだと思う?」
「愚問だな」
黒影はソウを見あげた。澄んだ彼の瞳は、こちらになにも期待していないような冷淡さを帯びている。耳に届くのは彼の清涼な声のほかに、淀んだ瓦礫の不協和音と奇怪な唸り声ばかりだった。びゅうと足もとから抜けた風が、背中へ音を打ちつける。彼の手が、この腕を取って持ちあげた。
表情が読めない。
「ねぇ、この腕で俺をつきおとしてみる? そうしたら、俺がちゃんと人間だって、わかるかな」
ソウはあどけなく首をかしげた。
「なら一人で死ね」
手をはらって踵を返す。歩きながら、目端で眼下を一瞥する。足を引きずり、血の跡を残し、白いままさまよう彼らに残されているのは、生物としての本能と血の赤色だけだ。ああなってしまえば、もう言葉は通じない。それこそ、本当のバケモノになる。
黒影は一度だけふり向いた。遠くなったソウの姿が見える。彼もまた、視線を感じたのかおもむろにこちらを見た。その瞬間、どうしてか彼を抱きしめてやらなければならないような気がした。我ながら気がふれたものだと、内心自嘲する。なにもしないままじっと立っていると、向こうの彼はしずかな笑みをたずさえた。ごく自然で、きれいな微笑みだった。
(――……嗚呼)
この瞬間に、彼の心は閉ざされてしまったのだと。
ただ音もなく悟ってしまった。




