第48話 また今度
褒められることに不快感を抱くことはそんなにない。だから人は無意識に褒められることをいい事だと捉えて、それらを欲する。俺も褒められたいとは思う派のため、よく分かる。
「その天方から褒められたい一心で見せたってことか?」
「それもある」
「……素直になるタイミングが完璧だな。可愛いと思ってしまうタイミングだわ」
もう付き合っていてもおかしくはないと思う。これで伊桜はまだ俺を好きではないと、そして俺も同じという、不可思議現象。この先がどうなるか、更に上のランクへ行くとなるとどう変化するのだろうか。今になって気になり始めたことではないが、日に日に楽しみは強まる。
「ちなみにそれもってことは?」
「1番は2人でいい思い出作ったってことを天方に知ってほしかったからかな。正直顔とかどうでもよくて、残せるほど楽しかった、ありがとうって言葉だけじゃなくて形で伝えたかった」
スマホの後ろから顔を出すように、ピースを添えて指先を動かす。可愛いタイプではないと自己分析を完璧にするからこそ、時々見せるその姿でギャップを見せる。全て計算外の俺の思い込みだが、そうでも思わないと不意に負けていつか早々に好きになってそう。
「それに、これを見れば勝負に勝った私と負けた天方の記憶が蘇って煽れるでしょ?」
「その前に記憶が書き換えられてるんだよ。勝ちは俺なんだが?」
姑息な手段は伊桜にこそ似合う。しれっと気づかないうちに自分の立場と俺の立場を逆転させては、それを本当のように言う。許されるのは小学生までだと教えてやりたい。
「でもまぁ、そんなことを言えるってことも含めて、ありがとうって伝えるのは俺の方でもあるな。わざわざ忙しい時間を割いてまで伊桜を誘って彩りを添えてあげたこと……あっ、これ俺の優しさか。ごめん、感謝することなかったわ」
「んふっ。金輪際誘ってくんなよ?近寄んなよ?SNSでメッセージも送るなよ?視界にも入るなよ?」
「……すみません、嘘です。心底感謝してます」
顔は今日1と並ぶ満面の笑み。誰が見ても惚れる。そんな笑顔だ。しかし、中身は全く別物。形容し難い、人の闇を見ているような、殺気を飛ばされているようなそんな感覚。写る伊桜と180度違う性格のよう。
でも。それでも――クールで綺麗な顔と思ってしまうのは避けられない。
「……はぁぁ。ったく、しっかり感謝してるっていうのに、君は呑気なものだね。それが私たちって感じだけど」
「なんだよ、分かってるなら――」
「何か?」
今度は目が笑っていなかった。どんどん減って、最終的にはどこも笑わず鋭利なナイフでグサッと逝かれる未来が見えた。
「……いえ、ほ、星空綺麗だなー、なんつって」
「目、合ってますけど?」
「伊桜さんの目の美しさを形容しただけですよ」
「……逃げの天才か。よくそんな適当なことが出てくるね。呆れて何も言えないよ」
「勝ったー」
「ホントに適当に言ったんだ。へぇ」
「……逃げ道ないのやめろよ」
誘われた結果、調子乗って自爆。どこに逃げてもその殺意からは逃れられなかった。
「全部自分のせいだからね。自業自得」
帰り道ですら満足に煽ってくる。ルンルン気分にさせたのは俺だが、バカを相手にここまで容赦なく詰め寄るのは、賢い人としてどうなのだろう。
弱者をイジメるドSタイプか。対にならず、S極同士の反発が俺たちは激しそうだ。
「悪い気はしないから自業自得も案外悪くないかもな」
「いい感性持ってるね。そんな天方に残念なお知らせです。目的地に着きました」
「早いな」
さっき残り10分とか言い合っていたというのに。俺たちの喋る速さが、それほどに遅かったのだろうか。どうしても早すぎることを受け入れたくない自分がいた。
足を止める伊桜。同じことを思っているならラッキーだが、それは分からない。
「そうだね。まぁ、その分楽しんだから満足満足!」
「伊桜が満足してくれて俺も満足だ」
誘った意味は十分に達成された。お釣りが出るほどだ。笑って思い出になって、仲も深められた。これ以上の収穫はないほどに。
「何度目か分からないけど、ありがとうございました。あっ、帰り道で歩くペースも合わせてくれてたの、実は気づいてたよ。んふふ、それもついでにありがと」
「気づくなよ。それで気づいても言うなよな。恥ずかしい」
たくさんの運動を好み、体を動かすことが好きな性格上、どうしても歩くのが速くなる。だから、いつメンと帰る時は意識してペースを合わせていた。今では無意識になったが、今日はしっかり意識した。
「それじゃ、長話してると天方が寂しくなるから、ここらで」
「それは伊桜だろ」
「さぁーねー」
「はいはい。今日は俺からもありがとう。夏休み中は伊桜居なくても生きていけるほどにはエネルギー貰った。次は夏休み明けとかになるだろうけど、その時はまた付き合ってもらうぞ。俺の寂しい寂しい思い出作りに」
「うん。私も思い出作りに行ってあげてもいいんだから。べ、別に天方のためじゃないんだから、勘違いしないでよね!――どう?ツンデレっぽい?」
「別れ際にボケるなよ。しかも通常の伊桜が1番ツンデレっぽいし」
「チェッ、ツマンナーイ」
意外と恥じらいのない性格をしている。
「とにかく、今日はゆっくり寝てまた今度な」
「ふぅぅ、そうだね」
「ああ。それじゃ」
「またねー」
片手ではなく、両手で軽く見送るように背に手を振ってくれる。思っていたよりあっさりと別れることが出来たのは、時間の関係と伊桜家の前だから。
街灯だけが俺を知る。静寂に包まれ、そのまま寂寥にも包まれたような俺の姿。中身は満たされていると知るのは、伊桜意外に居ない。
一歩ずつ前へ進む足は、何も気にすることがないからこそ段々と無意識にスピードを上げていった。
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