第29話 チョコバナナ
やはり室内ともなれば、照りつける太陽すら今は外にも出てないが、気分的にも涼しく感じる。庭と部屋を繋ぐ扉さえ閉めてしまえばもう冷気を逃がす場所はない。完全にまったり可能な空間の出来上がりというわけだ。
ぐだーっと体を大の字にして寝転びたいが、そうすれば動きたくなくなり、そのまま夢の中へと誘われるだろうから止めておく。せっかく伊桜とラブラブ出来る時間を減らしてまですることでもない。
「何するの?」
室内に戻って早々、夏休みに入ってすぐ購入した、俺と差のないほど大きな黒い低反発クッションを抱きながらソファで寛ぐ伊桜は、キッチンに向かう俺に後ろから問いかける。
どんな姿でも絵になるが、抱きしめる絵は俺をクッションに当てはめて妄想することで、比較的大きなダメージを与える。
「何って、食べる」
「そうだろうけど、キッチンに行くなら何か作るってことじゃないの?」
具体的に教えろと言っているのだろう。俺も理解しているが、敢えてバカを演じる。
演じなくてもバカとか……絶対に言うなよ?
「そうだな。俺が小学生の頃、近くで開催されてた夏祭りに行くと毎回買って食べてたものがあってな。それを自作してみようかなってふと思ったんだ」
「ふーん。当てようか?」
「当てれるものならな」
そう言っても、焼きそばを食べた後で作るものといえば限られてくるだろう。伊桜という秀才ともなれば、キッチンに何が置かれて、夏祭りから予想出来て、ガッツリ系の食べ物ではないと簡単に分かるかもしれないので当てられないとは思ってない。
「チョコバナナとかじゃない?」
んー、と上を見ながら考えること3秒ほど。これぐらいしか思いつかないな、という顔でキッチンを見ながら解答する。
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー」
「流石。正解だな」
短時間で導き出した答えは完璧だった。そりゃ、綿菓子作るための機械も、かき氷を作るための氷を削る機械もない。その他、食後に食べる室内で簡単に作れるものなんて、夏祭りで出るものでは限られてる。
俺が甘いものが好きだと知るからこそ、より絞りやすかったかもしれないな。
「おぉー、やっぱり?好きそうだからそうかなって」
「勘だったのかよ」
「少し勘頼みだったかな。でもちゃんと色々考えた結果だよ」
色々考えた。その時間が10秒にも満たないのは俺への嫌味のようだ。自覚なしなので全く気分を悪くすることもなく、俺は「ふっ」と笑った。
「伊桜は好きか?チョコバナナ」
「……言っちゃ悪いけど……実は……苦手なんだよね」
バツが悪そうに顔を逸しながらクッションをギュッとする。重たい空気になるかと思われたが、そんなことは絶対にならなかった。
「そうだったのか。それは悪いことをしたな。今から別の――」
「うっそー。全然苦手じゃないよ。むしろ大好きだから一緒に作ってあげてもいいと思ってるくらい」
これがやり返しというやつだろうか。灯台下暗しではないが、自分がやってることを他人から同じようにやられると、これまた単純に引っかかるという。単に俺がアホで考えが足りないなんてことも少なからず関係はしているだろうが、それを除いてでも引っかかる可能性は大いにある。
「……伊桜には一生イジられる側でいてほしいんだけど。いきなりジョブチェンジするなよな……」
「私もやられてばかりは嫌だし、イジられるのも嫌。天方くんにやられるともっと嫌だからやり返しは常日頃から考えてるよ」
「俺に好感を抱いてるって言ってた割に、俺に対してツンが激しすぎて困惑するぞ。俺にやられるともっと嫌って、それはめちゃくちゃ効く悪口だからな」
「悪口と思ってないくせに?」
「なぁ……俺のことを理解し始めるの止めてくれよ。普通に図星ぶっ刺してくるじゃんか」
室内に戻るとこんなにも伊桜の掌の上で踊らされるとは思っていなかった。生き生きとしたその顔と雰囲気は、見ていて得した気分になるが、同時に負けた気分にもなるので若干プラスの強い敗北だ。
「それが私だからね。相性がいいと得することばかりじゃないんだよ?」
「いいや、図星を言われることも得したと思えるほど変態ドMになれば得することばかりだな」
「ならないでしょ。根がSなのにドMまで堕ちたら手に負えない」
「その時はカマチョする」
「きっつ。同級生を介抱するのは無理だね」
本心から嫌がっている。本当にドMになったのならどうするだろうか。俺へ関わるのをやめるか、それでも少しは関わってくれるか。どちらとも言える。
俺が伊桜に対してだけグイグイ行く性格でなければ、ここに俺たちはいない。そもそも伊桜に対してだけグイグイ行く性格というのが、これからの俺の未来が決められた運命なのかもしれないということを示していたりするかもな。
「介抱してくれたら報酬はちゃんと渡すぞ」
「ろくなものじゃないからいらないけど、一応聞く」
クッションを下敷きにしてキッチンとは反対方向を向きながら話す。顔は見れないが、背中からでも十分に幸せは確保出来る。無駄な脂肪のないような細身の体は、寝転ぶことでワンピースによってくっきりと出されている。
「俺からの愛だな」
「はぁぁ……愛とか重いって。もっと軽めの報酬を考えなよ」
首だけ回し、冷蔵庫の中を見終わった俺と目を合わせて言う。
「もしそうなったらその時考える」
重くないと感じない関係になれば、問題ないかもしれないしな。
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