第30話 一緒に
そんな意味を込めて放った言葉だとは知らない伊桜は「そうしてください」と、冗談交じりに返してくる。俺が介抱される時なんてたとえでも思いつかないが、もしあるのならその時は伊桜に真っ先に頼みたいものだ。
「それで、クッションじゃなくて俺に抱きつく気はないのか?」
「せっかくだから抱きついてあげるよ」
抱きつく=一緒に作ると言う意味をすぐに理解した伊桜は、俺の言い回しにそれなりの対応をして返す。これを瞬時に頭の中で処理するのだから、やはり頭を使う点においては勝てなさそうだ。
「いやー、ソファに寝転ぶと眠くなるね」
歩きながら欠伸を見られても恥ずかしくないのか、豪快に1つ。眠いのが十分に伝わってくるほど、気持ちのいい欠伸だった。つられそうだ。
「それって、一緒に居て落ち着く人と同じ空間に居るから眠いの間違いだろ?」
恋愛や男女関係に疎い俺だからこそ、それらについて眉唾物でも容易に信じるもの。よく、カップルで同じ部屋にいると眠くなるのは、その人と相性が良いからとかなんとか。それを信じる俺はイジりネタにする。
「この時間は毎回眠たくなるの。ルーティンみたいなものだよ。だから決して、天方くんと一緒が心地良いからではない」
「言い切るねー。少しぐらい、天方くんとの時間が幸せなの、なんて言ってくれれば満足するのに」
「1回言うと何度も頼まれる未来しか見えないから無理」
「大正解かもな。俺なら多分そうするわ」
高確率で何度も頼む。興味を抱く美少女からの魅惑的な言葉は、完全に抜け出せない沼へと誘う危険なものだ。別にそれに取り込まれてもいいが、いつまでも同じ関係を築ける可能性なんて0に近いのだから、今はまだその領域に踏み入ることはやめたほうがいい。
にしても、よく俺を理解している。考えを先読みなんてものではなく、先読みする意味もないほど、的確な俺の考えを当ててくる。一歩間違えると変態ストーカーの域だが、伊桜だからこそちゃんとした人間観察のもと、俺の考えを導き出している。
やっぱり、相性良いと得することばかりじゃないかもな。
「それじゃ作るか。めっちゃ簡単だけど」
「そうだね。簡単じゃなかったら私もここに来てないし」
「とことん甘えるつもりのくせに、俺のお誘いとかには甘えないで弾き返すよな」
「私は楽な生き方を探すのが得意で、楽な生き方を、天方くんを使ってするのも得意なんだよ」
「全世界の伊桜さんを敵に回すこと言うなよ」
「私限定の話だよ」
俺も対して変わらないか。俺だけとは言い難いが、人間誰しも楽をして生きたいと思うもの。結局はどれだけ楽をして、他人を苦しめるかの鬩ぎ合いだ。
「悪悪伊桜も見れたし、作るか」
「はいよ」
キッチンに置かれたバナナ4本は2本が常温で、2本は冷蔵庫で冷やして置いたもの。固めて食べるか、そのまま溶けたチョコを塗って食べるか、好みもあるだろうから分けておいた。
チョコは200g程度を用意。カラーチョコスプレーも好みでかけるように、適量を用意している。
「湯煎でチョコを溶かすか、溶けたチョコをバナナに纏わせる係どっちがいい?」
「湯煎でチョコを溶かすかな。難しそうじゃないし」
「了解。なら俺はそれまで伊桜を見つめとこうかな」
「手が滑ってチョコがたくさんついたヘラでビンタするけどね」
「それ、滑らせてる、だろ」
そんなビンタを受けたいわけもなく、俺はその場で湯煎につけたチョコをかき混ぜながら、丁寧に溶かしていく伊桜を見ていた。
見つめるという表現が俺を気持ち悪くさせただけで、伊桜を見ること自体は何も悪いことではないと思っている。視線に敏感だろうが、気にしてないのか鼻歌をご機嫌に歌いながら混ぜ続ける。
あの陰キャからは全く想像が出来ないな。天真爛漫が本当なら、きっと今頃俺の入る隙もないほど大人気だっただろうな。
「はい、これぐらいでしょ」
5分があっという間に経過してしまった今、スマホをイジることも、趣味なんかもしないで、これだけ時間を忘れたのは初めてだ。魅力と興味は凄まじい威力だ。
見せてくる溶けたチョコたちは伊桜に混ぜられたことを光栄に思うかのように、綺羅びやかさまで感じさせるほど完璧に溶けている。
「何でも完璧にこなすよな。いい感じだ。ありがとう」
「湯煎は完璧か固まるかの2択だからね。二分の一に勝っただけ」
「伊桜なら1択な気もするけどな」
「はいはい。次は買いかぶりの天方くんの番だよ」
確か料理は苦手だと言っていたので、食材を扱う点においては苦手が発揮され、この世のものとは思えぬ料理を作るかもしれない。でもチョコは例外か、手際の良さから見るにスイーツ系は問題ない気もする。
自分でも完璧さを理解するからこそ、言われ飽きた言葉を真に受けることもない。そんな伊桜は少し微笑むと俺へとバトンタッチした。
まずはカチコチになる手前の、まだ柔らかさを残したバナナにチョコを纏わせる。固まってくれるならそれに越したことはないが、上手くいくとも思ってないので、チョコも固まらずとも冷える程度にはなってほしいと思いを込めてクルクル纏わせる。
「これ今回が初の手作り?」
覗き込むように、無心に気になったことを聞く伊桜。俺には可愛く見えるので無自覚攻撃は心臓に悪い。
「そうだけど」
「へぇー、流石は一人暮らし。手際良いね」
これは本心からだと何故か分かる。建前でもなく、自分の思っていることを素直に包み隠さず言ってくれている。だから俺はその言葉を真に受けて、心の中に温かみを抱いた気がした。
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