追跡者
「イフィゲニア。あの街でだいぶ過ごしたが楽しかったか?」
「うん! すっごく楽しかった! また会えるといいなぁ。約束、したもんね」
嬉しそうに小指を見つめるイフィゲニア。
最近とは全く違う、年相応の子どもみたいな笑顔を浮かべていた。
「本当に良い奴らだったなぁ。世の中あんな奴らばっかりだったよ、俺ぁもイフィゲニアの事なーんにも心配なく死ねるんだがなぁ」
だけど世の中そんな人ばかりでない事をグリゼルダは知っている。彼は歩みを止めた。
「とうちゃん?」
「出てきやがれ。ついてきてるのはわかっているんだよ」
まとわりつくような妙な視線。
グリゼルダは森の一角を睨む。すると誤魔化しが効かないと判断したのか、複数の男達とそれに追従するように奇妙な魔獣が現れた。
「これはこれは、気付いておいででしたか。びっくりしましたぞ。流石はそこの魔族の父親殿ですな」
「!」
魔族の子、明らかに自らの正体を知った口ぶり。
ヨゼフ・ドクトゥルは陰険な笑みを浮かべてイフィゲニアを見る。
身構えるイフィゲニアの前にグリゼルダが進み出る。
「大丈夫だ、イフィゲニア。こんな怪しい奴等、俺ぁの敵じゃねぇ。すぐにでも」
「違うよっ、とうちゃん。あれ、アニィと一緒に戦った奴とおんなじ気配がする」
「なっ!?」
その言葉にグリゼルダは憎々しげによりヨゼフを睨みつけた。
「テメェらか! 俺ぁの娘傷つけた異形な魔獣を作り上げたクソッタレな野郎はッ!!」
「魔獣とは! センスがない名称ですな! それは私に対する侮辱ですぞ!」
「なんだ、別の名前でもあるってか?」
「無論! 仕方あるまい、無知蒙昧な君達に教えてあげよう。数多の魔獣と魔獣を組み合わせ、知識と技術を掛け合わせた完璧な存在! その名は"合成獣"! 魔獣の新たな可能性を切り開く存在です!! 我々はそれを完璧に作り上げることが出来る!」
「完璧じゃねぇだろ」
ヨゼフの言葉をグリゼルダは否定した。
「どいつもこいつも虚ろな面だけじゃなくて、抑制するように様々な所に手枷足枷を付けてやがる。気配も互いが互いを喰い合うような歪なものだ。だから手枷足枷がねぇと、暴走して自らも危険だからそんな処置をしている。違うか? 何が完璧な作品だ。とんだ欠陥品だな」
「け、欠陥品!!?」
ガビーンッと酷くショックを受けた顔になる。しかし、それもすぐに顔を真っ赤にして青筋をたてる。
「ふ、ふぅ……っ! 感情を抑制しろ私。あのような何も知らない馬鹿な者に言われたって何も狼狽えない、動じない。ふぅ、ふぅ、ふぅ……ふはははっ! なるほど、慧眼をお持ちですな。貴方の言う通り、これらはまだ未完成なのですよ。だから数も少ないこれだけしかいない」
「嘘だな。そこにいる奴等だけじゃねぇだろ。俺達の周囲を囲むように、無数にいやがる」
「……ほぅ?」
僅かにヨゼフの目が細められる。
「成る程、やはり貴方は素晴らしい。そこの魔族の父親なだけはある。だからこそ、魔族の子だけでなく貴方自身も素体として欲しいッ! "合成獣"よ! 奴等を捕らえるのです!!」
号令と同時に周囲の"合成獣"が動き出す。
グリゼルダは予想通りの結果に舌打ちするも、すぐさま戦闘態勢になる。
「俺ぁもテメェの面を1発殴らねぇと気が済まねぇなッ! イフィゲニア! 下がってろ!」
「嫌だ! あたしも一緒に戦うッ!」
「おまっ」
「あたしはもう守られるだけの存在じゃない! とうちゃんと同じ武術家だ! とうちゃんがあたしを守ろうとしてくれたようにあたしも守る!」
イフィゲニアはフードを脱ぎ、自らの姿を晒して拳を構える。
その姿にグリゼルダは亡き妻ーーリィアンの面影を見た。
「(リィアン……)へっ、一丁前に言うようになったな! ならさっさとコイツらを蹴散らしてやろうぜ!」
「うん!」
「【塵旋突き】」
「"裂波鋼壊衝"」
互いに"巧技"の"鉄硬"によって強化された技を放つ。
襲いかかった"合成獣"は倒れ臥す。が、すぐに起き上がってきた。
<キヒィッ、キヒヒィッ!>
<痛ェヨォ、痛ェヨォッ!>
「とうちゃん! コイツらは簡単に死なないから気をつけて!」
「なるほどな、確かにこいつぁ骨が折れそうだ」
確実に骨を折った一撃だが、"合成獣"は立ち上がった。飛び出した骨すら厭わず、悶えることもなく向かい来るその様はまるでアンデットであった。
しかし、グリゼルダは【無双乱舞拳】を反撃の余地すら与えず叩き込み"合成獣"の体中の骨を砕く。
「とは言え俺ぁらの敵じゃないな。イフィゲニア、お前は機動力を奪え。俺ぁがトドメを刺す」
「わかった!」
それからは一方的であった。
イフィゲニアが"陽狼"を使った素早い動きで脚や瞳を攻撃し、怯んだところをグリゼルダが一撃一撃必殺の威力を持った武術によってトドメを刺す。瞬く間に倒されていく。
「馬鹿な、アイツら何という強さだ」
「我々の"合成獣"が既に5体も。スペック上では上位魔族は無理とはいえ通常の魔族や魔物ならば良い勝負をする程なのに。……主任?」
「あぁぁぁぁぁっっっ!!! 私の"合成獣"が!! 手塩をかけ、愛を注ぎ、撫でて、頬ずりして、寝る間も惜しんで作り上げた"合成獣"がァッ!! まるで作業のように簡単に粉砕されていく!! おのれおのれおのれ! 憎い憎い憎いッ! 命を大切にしろ!! 憎すぎて寧ろ好きになるぞ、くそぉっっ!!」
己の手がけた"合成獣"が倒されていくことにヨゼフは嘆き悶えていた。
その様子を冷ややかに見ながら、グリゼルダは"合成獣"を倒していく。
「くそくそっ! このままではジリ貧なのも事実か。……くひひ、だが君達は既に罠にハマっているのだよ」
グリゼルダは10体目となる"合成獣"を倒す。
その最中戦うイフィゲニアに目を向ける。
(このままいけば大丈夫そうだな。ったく、イフィゲニアの野郎、逞しくなりやがって。泣けてくるぜ)
これまでならイフィゲニアはグリゼルダに逆らわなかった。
アヤメ達との出会いが彼女に影響を与え、成長を育んだのだ。その事に戦闘中だというのも忘れ目元が熱くなる。
「俺ぁの愛娘が頑張ってるんだ。父親として負けてられねぇな! 【音断雷巴投げ】」
<グギョッ!?>
背後から別の"合成獣"が襲いかかろうとした個体の身体を掴み、雷が着弾したかの如く轟きを鳴らし、地面にめり込ませる。そのまま拳で完全に頭部を破壊する。
「ぎぃやあぁぁあぁぁぁっ!! わ、わた、私のNo.34がッ!! 造るのに苦労したというのに!!」
「どうした? 自慢の"合成獣"とやらもこの程度か?」
「ぐ、ぐぅぅ……!」
歯を食いしばり憎々しげに睨むヨゼフ。
その時、グリゼルダがたたらを踏んだ。
「あ?」
ぐわんぐわんと揺れて霞む視界に平衡感覚を失う身体。
一瞬毒かと思ったが攻撃は掠ってすらいないはずだ。ふと見ると既に絶命したはずの"合成獣"の口から妙な音が鳴っているのに気づいた。
更にはほんの微かに漂う甘い匂い。
「この空気、チィッ!」
先程殺した植物を宿した"合成獣"の口から、催眠ガスが漏れ出していた。血と臓物の臭いでそれに気付かずグリゼルダは吸ってしまっていた。
「ふははははっ! 何も無策で"合成獣"を突っ込ませていた訳ではないのだよ! ん? どうだ? 身体には大層自信があったようだが、頭脳はそうでもなかったようだな?」
嘲るようなヨゼフの笑い声。
ヨゼフを見るが輪郭が何重にも重なり、わからない。
「くそっ、意識が……」
やがてグリゼルダの意識が遠のいていく。
倒れそうになったグリゼルダを見てヨゼフは勝利を確信した。
ーーバギィ!
「なっ!?」
「あ〜、痛ぇ。自分の拳は効くぜ」
グリゼルダは自らの額を拳で打ち付けた。
血が流れるが、痛みで覚醒することはできた。
「催眠とはつまらねぇことをしてくれるじゃないか」
「痛みで覚醒したのか! 咄嗟の判断力にしては満点だな! だが、一瞬でも意識が薄れたのは致命的であったな。見るといい、君の娘をな!」
「イフィゲニア!」
背後ではイフィゲニアが百足に似た細い胴体に沢山の人の手がついた"合成獣"に捕らえられていた。イフィゲニアも例のガスを吸ったのか今にも気絶しそうだった。
「そしてまたもや、隙を見せたなッ!」
「とうちゃん……ッ!」
迫り来る3体の"合成獣"。
イフィゲニアは悲痛な声を上げる。
「安心しろぉ、イフィゲニア」
それに対してグリゼルダはニッと安心させるように笑った。
彼の両腕が搔き消える。
一つ。
二つ。
三つ。
三体のキメラを同時に倒す。
「お前のとうちゃんは誰よりも強いぜ」
「……うんっ、わかった……」
その言葉を聞いて安心したようにイフィゲニアは眠りについた。
「おぉ、すごいぞ! "合成獣"相手に此処まで戦える人間がいようとは!」
「さぁな。お前の"合成獣"が欠陥品なだけじゃねぇか?」
「ぐがぁっ!? また欠陥品と!! き、ききき貴様ァッ……!」
仰け反り、歯軋りをするヨゼフ。
「しかし"合成獣"はまだまだいるのだ。実験データを取る為にも抗ってくれたまえ!」
<グギョオォォオォォッ!!>
<コロゼェェェエェェッ!!>
「ハァッ! 甘いんだよ!!」
それをグリゼルダは迎え撃つ。
激しさを増す戦い。その様子をヨゼフの部下達は慄いた表情で見ていた。
「これは、"合成獣"が持つのか?」
「わからん、想定の被害をはるかに上回っている」
「まさかあの男がこれほどとは」
変に高揚しているヨゼフと違い、他の研究員達は冷静だった。一匹で飛竜すら圧倒するポテンシャルの"合成獣"が凄まじい速度で倒されていくのだ。再生力も、力も通常の魔獣すら超えるというのに。
それも相手は武器を一切手に持たず己の身体のみで圧倒している。
これに恐れない方がおかしかった。
「しゅ、主任。あの男の強さは異常です。目的の魔族は捕獲できた事ですし、退くべきでは?」
「あんな好都合な検体を見過ごせと!? 問題ない、奴は確実に疲労している。ならば、このままいけば押し切れる!」
「し、しかしっ」
「くどいぞ!」
よっぽど欠陥品という言葉が我慢ならなかったらしい。
ヨゼフの目は血走り、鼻息は荒く興奮している。誰の言葉も聞き入れることはないだろう。
「駄目だ、仕方ない。ヒノハ殿に連絡しろっ」
「りょ、了解」
その内研究員の一人が指示し、ヒノハへの連絡が入った。
おかげでリンネ達は命拾いしたのである。




