遠吠え
「ヒ……ノハ……?」
リンネは信じられないような瞳でヒノハを見る。
ヒノハの瞳はゾッとするほど冷酷だった。
崩れ落ちるリンネ。
「ヒノハァァァアァァァッッ!!」
事態に気づき、叫びながら爪を立てるランドルフ。
「ランドルフ、貴方もですよ。お嬢様を守ると言うのなら、もっとキチンと側にいるべきでしょう?」
ランドルフの攻撃をヒノハは容易く隠していた短刀で受け止める。
「この、裏切り者がァッ……!」
「裏切り者の謗りは受け入れましょう。ですが不用意に近づくのは愚かとしか言いようがありませんね、【五点芯天】」
ランドルフの攻撃を弾くと奇特な動きで彼の節々をいつのまにか手に持つ針金で刺してきた。正確無比の投擲技術、思わずランドルフは唸る。
「テメェッ、こんな強かったのか!?」
「メイド足るものこの程度の事出来て当たり前です」
「ぐっ、だがこれくらいでオレは怯まな……ッ!?」
ヒノハに喰らい付こうとするランドルフ。
しかし、出来ずに膝をついた。
「あ、がぁ、身体がうまくうごかねぇッ!?」
「人体に流れる魔力の流れ、それを阻害させていただきました。特に貴方は獣人なので『獣化』されると厄介なので封じさせて貰いましたよ」
ランドルフの様子を見たヒノハは、残る一匹に目を向ける。
「そして、リンクルは賢いですね。一匹で"合成獣"をお嬢様に近付けないよう奮戦しています。頭に血が上りやすいのは貴方の悪い所ですよ、ランドルフ」
「"合成獣"だと? それがあれらの名前か……!」
「あ……」
しまったと口を抑えるヒノハ。
しかしすぐに澄ました表情になる。
「んんっ、まぁそれについてはよろしいでしょう。どの道貴方達ではアレに勝てませんよ」
<ホロロロロッ!>
<ギィシシシィ>
彼女の言葉を待っていたかのように空から梟に似た"合成獣"と地面からモグラに似た"合成獣"が現れた。それを見た瞬間ランドルフは顔色を変えた。
「おい、待てよ。テメェッ、何てことしてやがる!! そこまで地に堕ちたかヒノハァッ!」
ランドルフが吼える。
現れた"合成獣"の顔は人間のものであった。更には一部に手や目玉といったパーツが融合しており、何よりもその中に子どもらしきものまで混じっていた。
「消えた村人が何処に行ったか。それを考えればこの程度の事簡単にわかるでしょう。まぁ、大丈夫ですよ。貴方もまた頑丈な獣人。彼の嗜好に合っているでしょうから、貴重な検体として利用するでしょう。私としてもあの研究が進むのは都合が……ん?」
ヒノハは小型の手のひらサイズの通信機を耳に当てる。
「何ですか? ……はぁ? あなた達の主任でしょ? そもそも当初の作戦も急に貴方達が変えた所為で……わかったら貴方達が何とか……わかりましたよ、もうっ」
不満げに通信を切る。
やがてメイド服の裾をあげ、慇懃に礼をする。
「失礼。少々向こうで問題が発生したので私はこの場から退散させて頂きます。ですが、安堵していますよ。短い間とは言え共に働いた同僚の死に目を見ずに済むことは。まぁ、あとで遺体は回収してあげます」
「心にも、ない事を……ッ!」
「それでは。さようなら」
足音すら鳴らさずヒノハはその場から消えた。
「くそがぁぁ……!」
<バゥゥッ!>
悔しげに唸るランドルフ。
背後では戦っていたリンクルが吠え、見れば異形の魔獣がリンネに襲いかかろうとしていた。
「う、ぐ、づぅぅ〜ッ!!」
ランドルフはかろうじて動く手で刺さった針を返しがついているにも関わらず、力づくで引っこ抜く。
その後、横から異形の魔獣を爪で切り裂いた。
「はぁっはぁっ。ぐ、おい、パイセン。何とかお嬢だけでもこの場から連れ出せねぇか?」
<グゥゥッ……>
「そうか。くそ、俺もまだ身体の痺れがとれねぇ。追撃されるこの状況でお嬢様を抱えて逃げるのは無理だ」
せめて馬車が無事なら良かったが初手でそれらは破壊されている。
万事休すか、ランドルフがそれでも抗おうと覚悟を決めた時リンクルが前に出る。
「パイセン?」
<バゥッ>
リンクルは息を吸う。
<ワオォォォォンッ!>
リンクルは遠吠えをあげた。
それは"合成獣"に対する威嚇ではなく、たった一つのメッセージ。
遠くにいる仲間に届けとーー
ーーオォォンッ!
<ガゥ?>
ピクンとジャママが耳を立てる。
「ジャママ? どうしたんですか?」
アイリスがジャママの様子に気付く。
外で食事を取っていたアヤメ達もジャママの様子に気付いた。
<ガゥ……ガゥッ!>
「あっ、ジャママ!」
走り出すジャママ。
「え? 何どうしたの? あの子逃げ出したわよ。ちみっ娘、ちゃんと散歩させてあげてたの?」
「してましたよ! それより急に駆け出すなんてっ。すいません、わたしすぐに連れ戻して来ますっ」
「いや、俺達も行こう」
「アヤメさん?」
「ジャママが急に走り出す時は、大抵何かあった時だ」
確信があった。
バディッシュ達が飛竜に襲われてた時も、密猟者が"シコウノトリ"を密猟していた時も、真っ先に気付いたのはジャママだ。
ならば今回もまた、俺たちにはわからないが何かがジャママにはわかったのだろう。
「左様ですか。では急ぎましょう」
「あぁ」
「わかりました!」
「えっ!? ちょっ、ちょっと待ってまだ此方のデザート食べてなっ、あ、待って!」
俺達は代金を置いてすぐさまジャママを追いかける。
人混みを避け、ジャママは門を潜り抜け外に向かう。俺たちもそれを追う。
「なっ、待て! 貴様ら何処に行くつもりだ!」
「悪い! 謝罪は後でする!」
「ごめんなさい!」
「失礼するわ」
「失敬」
門の前で門を閉じようとしていた役人の横をすり抜け、俺達は街の外に出る。
俺達の遥か先でジャママが走っているのが見えた。
「昔と比べてジャママも脚が早くなったな」
「えっへん! それだけわたしのジャママは日々成長しているのです!」
「ちみっ娘は成長しないのにね」
「なんですってー!?」
「余りお喋りをすると彼を見失いますよ」
喋りながらも俺たちはジャママを追い続けた。
やがては森に入り、悪くなる視界に見失わないよう注意する。
「……あれはッ!?」
<ガゥゥッ!>
少し開けた場所に出たと思ったらジャママが見るからに歪な魔獣に向かって飛びかかっていた。その先には破壊された馬車、倒れているリンネさんにそれを庇うようにランドルフとリンクルがいた。
更には周りを取り囲む複数の異形の魔獣。
直ぐに事態を把握する。剣を両手で抜き、異形の魔獣とランドルフの間に割って入る。
「"流水落花"」
<ギャギャギャァァアッ!>
回転する事で威力を増した剣が、異形の魔獣の胴体を斬りつけ、相手は地に伏せる。
「【突き穿つ氷の槍】」
<ゴバッ!?>
空に浮かんでいた飛行型の異形の魔獣は全てキキョウの氷によって撃ち落とされた。
「【要塞】、【突撃槍】」
<ホギョッ!?>
エドアルドが盾で受け止め、その身体を貫いた。
「【植物よ、わたしの願いを聞いて、わかって、手伝ってください。ーー我は森の守り手、汝の同胞なり。永遠に結ばれし契ちぎりは、決して破られる事なく、我らに根付いている。ーーだから、わたし達を守ってください】」
更にはアイリスちゃんの【木霊との交信】によって倒れていたリンネさんを守るように木の根が生える。
これで一先ずこれ以上リンネさんに危機が迫ることはない。
突然現れた闖入者に動揺する他の異形の魔獣の隙を俺達は見逃さない。
「"飛花落葉"、"緋華"」
「【凍結する空間】」
「【大盾潰し】」
次々と"絶技"や技能を繰り出し、異形の魔獣を倒す。
やがて異形の魔獣は全滅した。それを見たからかランドルフが膝をつく。
「無事か、ランドルフ!」
「悪い、助かった……。だが、どうして此処が?」
「それはジャママのおかげです。彼がわたし達を此処に導いてくれたのです」
「っつーことはあの時のパイセンの遠吠えかッ!」
納得したように頷くランドルフ。
なるほど、ジャママはその遠吠えを聞きつけたのか。
「それよりも、お嬢様だッ! すぐに手当てしねぇとッ!」
「大丈夫です、すぐにわたしが手当てします! リンネさん、しっかりしてください、意識をしっかりもって」
「生きていますわよ……」
「えっ!?」
のそりとリンネが起き上がった。
起き上がったリンネさんの服は破けていたがそこからぽとりと大きな球体が零れ落ちた。
「スイとラムを隠しておいて良かったですわ。おかげで命拾いしました」
<ムイ、ムイ>
<ラム、ラム>
「えっ、えっ?」
破れた服から現れたのは二匹の青い粘液生物。
プルプルと震え、二匹とも何処か誇らしげにしている。
え、どういう事だ?
事態が飲み込めない。それはアイリスちゃんも同じだったようで目線がリンネさんとスライムを行ったり来たりしている。
「……え、擬乳だったんですか?」
「うるさいですわ! 貴族たるものいつ暗殺されるかわからないからこうして胸に仕込んでおいたのですわ。ついでに少々盛っただけですわ!」
「いや、それを擬乳って言うんですよ!?」
何やら盛りすぎやら盛りすぎてないやら揉める二人。
やがて冷静さを取り戻した俺は問いかける。
「あー、とりあえずリンネさんに命の別状はないっていう感じでいいのかな?」
「えぇ。申し訳ないですが、わたくしよりも部下の方をお願いしますわ。ランドルフとリンクル。それと馬車に退避させた御者も」
「あっ、わかりました。任せてください」
動揺しつつも、アイリスちゃんは早速御者の傷を治す。
「申し訳ありませぬ……」
「大丈夫、貴方は助かります。わたしはもう目の前で人を殺させません」
かつてヴァルドニアで、ピエールさんの危機を知らせる為に斥候としてアヤメ達と出会った騎士も毒により命を落とした。
その事を思い出しているのか、傷を治すアイリスちゃんの様子はこれまで以上に気合い入っていた。
「しかし、今回は本当にリンクルとジャママの手柄だな。二匹が遠吠えの意味を理解しなければ俺たちはリンネさん達を助けられなかった」
ちらりと二匹に目を向ける。
<……バゥンッ>
<ガゥッ!>
一言リンクルが感謝するように吠えると、ジャママは誇らしげに吠え返した。その尻尾は揺れてご機嫌だ。
俺にはわからないが二匹だけに伝わる何かがあるのだろう。
「しかし、またこの異形な魔獣に会うだなんて。こんな街のすぐそばで現れたということは事態はそこまで差し迫っていたのか」
「その事だが、これは人為的なものによるものだ。オレ達は、この国の者であるヨゼフ・ドクトゥルっつー奴と待ち合わせしていた。そこにこいつらが現れた。更に、ヒノハが裏切りやがった」
「そういえば、あの黒髪メイド見ないと思ったら」
「……裏切りとは、不忠な」
キキョウが今気付いたとばかりに頷き、エドアルドが裏切りという言葉に静かに怒りを灯す。
「気になるのが、ヒノハが急に方向転換した事だ。何か会話らしきことをした後、オレ達が死ぬのを見届ける事なくこの場から去りやがった」
「去った? 何故だ?」
「わからねぇ。何か焦っているように見えたが、そもそもオレ達を始末する以外に重要な事なんて何もないはずーー」
ーードォォンッ!!!
「何の音だ!!?」
突然鳴り響く地響きと轟音。
余りの衝撃に俺たちは驚愕する。
「アヤメ殿、こちらを。何やら見覚えがあるとは思いませんか?」
その時、キキョウが仕留めた飛行型の魔獣をエドアルドは示す。
そこにある人間の顔に俺は見覚えがあった。
「この顔、間違いない。"暗闇に潜む闇鯨"の団員だった奴だ。なら、奴等は俺たちの事も知っているはずだ。けど、街にいた俺たちには手を出してはこなかった」
人の目があるからかリンネ達を襲ったようにヨゼフとやらは異形の魔獣を差し向けてはこなかった。
けど、俺たちの事を知っているのなら。
最近まで行動を一緒にしていて、離れた二人がいる。
「なら、奴等の狙いは……ッ!」
音のした方向も二人が向かっていった方向。
点と点が繋がる。
同時に今までにない焦燥感。
「急ごう! グリゼルダさんとイフィゲニアが危ない!」




