番外編 魔の王
本日『偽りの勇者』が発売!
本屋さんによる機会がございましたら、是非ともご覧ください!
伊藤宗一様の美麗なイラストが貴方を待っております。
「敗北……したと?」
「……はい」
魔王軍八戦将『水陣』のマーキュリーは、部下からの報告を受け、手に持つコップを落とした。
大きな音が鳴るが、それを気にする事なく愕然と近くに椅子に座り込む。
作戦を練った。勇者の戦力も測った。
襲撃する街に手の者を通じて誘導した。戦闘も十全に発揮出来ない街への奇襲とした。
勇者に対して最も相性の良い『獄炎』を投入した。
勇者の仲間も屠る為に、『四獄』にもそれぞれの相手を指名した。
なのに。
魔王軍は負けた。
「ぐぅ……くっ、ば、馬鹿な……ッ!」
ここに来て初めてマーキュリーの余裕の態度が崩れた。
己が着る雅な着物を皺が出来るほど強く握りしめ、中性的な顔を悔しげに歪ませる。
呼応するように周囲の銀の柱や床が蠢動する。波紋は広がり、魔王城全体にまで及ぼうとしていた。
「マーキュリー様」
『造られた人工生命体』の一人、壱番体が口を開く。
声色は何時ものように淡々としたもの。しかし、込められて感情は彼を慮ったものであった。
効果はあった。マーキュリーは落ち着いたように深呼吸し、やがていつもの柔和な笑みを浮かべる。
「失礼。少々取り乱してしまいました。いけませんね、動揺は判断を鈍らせます。フィーア、貴方は新たに紅茶を淹れてください」
「……委細承知」
アインスは無言で慇懃に礼をする。四番体はそそくさと、紅茶を入れ直す。
そのまま新しく出された紅茶を舌で転がし、マーキュリーは問いかける。
「成る程、敗北したと。ここで私が如何にしようともその事実は変わらない。それで、詳しい情報はないのですか?」
「ブラチョーラ様率いる『四獄』は、上空より【焼き焦がす隕石】により"白夜の街プルギス“の一部を焦土と化した後、『真の勇者』との戦闘に移行致しました。戦いも優勢であり、ブラチョーラ様が乗った飛竜を操る魔族もその後上空にて待機し、戦況を見守っていましたが」
「なんと?」
「巨大な光が、炎を消しとばした。これだけ言って音信不通となりました。私は現地の地下水道にいた為、無事でしたが」
「左様ですか。これはまた、『真の勇者』の力を測る必要が出て来ましたね」
頭の中でこれからの計画を練り直す。
失敗した事はどうやっても消せない。ならば別の新たな作戦を考えなければならない。
「因みにですが、勇者の姿は確認出来ましたか?」
「いえ、街自体も例の『火煙』の所為で煙が至る所にあった為に視認が困難でした」
「あぁ、あの女ですか。やれやれ、強さだけは認めていたのですが、今回はそれが裏目になりましたか。ならば彼の仲間の方は?」
マーキュリーは、やたらと同じ仲間である『水の大魔法使い』に執念を燃やしていたメアリーを思い浮かべる。
復讐心に駆られた人は扱い易い。だが、今回はそのせいで観測に影響が出てしまった。
アインスは己の得た情報を告げる。
「私もある程度情報を集めてから帰還致しましたが、勇者の仲間も全員無事とのことです」
「……誰も殺せなかったのは痛手ですね。『真の勇者』ならば、もしかすればということはあれど、彼の仲間達にそんな奇跡は起こり得ないはずです。こちらの方が不可解です。理由は何故ですか? もしや、仲間同士合流したのですか?」
そこで初めてアインスが微かに悩むような仕草をする。
マーキュリーはその様子を見て何かあったのだと察する。促すと意を決したように口を開く。
「どうやらそれぞれに協力者がいたようで、その者達と合流する事で『四獄』を討ち破ったようです」
「『四獄』を勇者の仲間と一緒に相手取り討ち破れる者達がその場にいたと? なんという偶然ですかそれは」
よもや、作戦が漏れていた?
いや、それは有り得ない。ならば初めから都市が焦土と化す筈がない。
「その者達の正体は?」
「わかりません。全員仮面を被っていましたとの証言でして」
「忌々しいまでに存在の秘匿を徹底してますね」
一人二人ならともかく全員が仮面を被るなど存在を隠しつつ、同一の目的を持つ仲間と言っているようなもの。
かなり頭の切れる奴に違いない。マーキュリーは、とんとんと軽く頭を指で叩き考え込む。
「トワイライト平原もアレが損傷したせいで膠着状態に陥っている。かといって後方に向かわせた魔物と魔族を戻そうにもシュテルングが討たれた以上、大規模な移動を目に付かずにして行うのは難しく、バレる危険性が高い以上動かしたくはない」
誰だが知らないが『分裂』のシュテルングが討たれた事がマーキュリーにとって痛手となっていた。分裂出来るのだから一体でも戻って来れれば、また何処かの国の上層部に取り憑かせて、その国を乗っ取る事も出来たにも関わらず、シュテルングは一体たりとも帰ってこなかった。
その事を把握するのにも、貴重な時間を費やしてしまった。
「とにかく、一度トワイライト平原に集めていた魔王軍による攻勢は中止致します。参番体を通じて待機させている軍団には守備を固めるように命じて、その後の……」
「ほ、報告があるの! 魔王様がお呼びなの!!」
マーキュリーが矢継ぎ早に指示を出す最中、弐番体が慌てた様子で部屋へと入ってきた。
そしてその事を告げられた途端、マーキュリーは固まった。
◇
「『水陣』のマーキュリー・チャングロォ・ハンツォンリー。ご命令に従い、此処へ馳せ参じました」
膝をつき、頭を下げるマーキュリー。
その先の椅子にて、腰掛ける相手。
魔王。
そう呼ばれる存在。
人類にとって、不倶戴天の敵はただただ悠然と視線を向けた。
「──『真の勇者』が目覚めた」
一言、魔王はそれだけを告げた。
「グランバアル、ダウンバースト、トルデォン、ブラチョーラ。我の生み出した四人が全て欠けた。我の生み出す魔物も黄昏の地平より先に未だに行けず。魔族にも、被害が出ている」
ジッと深淵の如き黒い瞳が見据える。
それだけでマーキュリーは顔を上げられなくなる。重い沈黙、やがて魔王は口を開いた。
「人間界の滅びについてはどうなっている」
「……勇者の覚醒については予想外でしたが、全体的には順調には推移しつつあります。現在こそ、八戦将が討ち取られるという被害を被りましたが、それでも尚、優勢であるのはこちらです」
「本音を話せ」
「っ、……少しの間、魔王軍による後方の国々への侵攻計画には猶予が必要かと。我々は数多の国を滅ぼしましたが、逆におっしゃれば残る国々……"太陽国ソレイユ"を筆頭に、"月帝国ピル・パール"、"魔道国家マキナ"、"大魔法国ペンタグラム"、"獣ノ庭園"は強国と言うことになります。そして、今だに姿を現さないエルフ達も無視出来ません」
マーキュリーは、人間界で残った強国の名を挙げる。
そして何よりも姿を表さない『自然の調停者』の存在も。
「『炎獄』を破るほどの力となれば、ただの魔王軍では『真の勇者』が対応できる距離にいれば全滅は避けられません。故に今はトワイライト平原への攻勢を中止致しました。今は『真の勇者』の実力を測ることが優先事項と判断いたしました故』
「よくわかった」
魔王はマーキュリーから目線を外し、宙を見る。
「我が役割は此処で勇者を待つ。それが歴代魔王に枷られし宿命。いずれ来るであろうその日まで、魔物を生み出す事」
魔王の右手へと紫の光が収束し、現れた肉塊が地面へと落ちる。
肉塊は気味悪く脈動し、何やら姿形を変え──やがて魔物を形成する。生み出された魔物はヨタヨタと歩きながらマーキュリーの側を通り過ぎ部屋を出て行く。
「最も魔障が濃いのはこの位置だ。その時が来るまで、我は此処を動くことは出来ぬ。故に今後も指揮については『水陣』に一任する」
魔王は今後もマーキュリーへと指示を任せた。『炎獄』を動かしてまでの作戦が失敗したにも関わらず、実質的にお咎めなしとなった事にほんの僅かに安堵する。
最も、それは罰を恐れてではなく自分がいなければその後の魔王軍の統制が困難になるという理由からだったが。
「魔物も、魔族も、残りの八戦将も好きにせよ。だが、必ず人間を滅ぼせ。それがお前の役割だ」
「御意」
やがて魔王は瞳を閉じた。
話すことはもうないという事であろう。マーキュリーはもう一度頭を下げて退出しようとする。
「完璧を求めるのは君の悪い癖だ。だからこそ、すまない。君にこんな役割を押し付けてしまって」
マーキュリーはバッと振り返る。
先程の威厳に満ちた言葉で無く、マーキュリーを案じる声色。
何かを期待した子どものような顔をしたマーキュリーだが、振り返った先、そこには最早興味をなくした魔王が虚空を虚に見上げ、佇むだけであった。
謁見を終えたマーキュリーが魔王の間から出てきた時、アインスが居た。
「マーキュリー様、報告です。ドライに先程の指示をした所向こうからも連絡があり、『地蝕』の方が、人間界での作戦に成功しました」
「それは本当ですか?」
「はっ、大規模な被害の見込みは確実かと」
その報告にマーキュリーは強張っていた顔が緩み、いつも通りの笑みを浮かべた。
「それは情調。ならば、今後の"ザルティス陥落"作戦についても魔王軍を動かしても良いかもしれません。彼処を砕けば月帝国と獣ノ庭園を襲うにあたり魔王軍の障害となる場所は無くなる」
「これにより辺り一体の大飢饉は間違いなくなります。問題は、エルフが動く可能性がある事ですか」
『地蝕』の行った実験は今までとは毛色が異なる。『自然の調停者』と謳われるエルフが動くとなると魔王軍としても少しばかり厄介な事になる。
感づかれた可能性を考慮せねば。
「念の為聞きますが『地蝕』には己の痕跡を残さない事を徹底させていますね?」
「勿論です。あの人は……変人で奇人で酔狂人ですが、仕事に対しては真摯に行う方なはずですから」
「左様ですか。確かに彼ならば問題はないはず」
アインスの言う通り、マーキュリーの知る『地蝕』ならば普段の態度はともかく、仕事というのであれば手を抜くことはない。
その辺は己の欲望に忠実な『迅雷』とは違うのだ。
マーキュリーは思案する。
『地蝕』の作戦の成功。
それを踏まえれば、これから人間界の状況が変わるのは確実。その隙に魔王軍を動かすのは理にかなっている。だからこそ、作戦を考える。
明晰な彼の頭脳は一つの計画を動かすのを決める。
重要度は高いが、八戦将を動かすまでもない。
「──いや、此処は確実性を取るべきでしょう」
八戦将『氷霧』の敗退。
己の配下『分裂』のシュテルングの死亡。
八戦将『炎獄』の戦死。
これ以上の予想外をマーキュリーは許すつもりはなかった。
「『豪傑』に指示を出します」
「えっ!!? 聖剣を奪い取らなかった罰として、謹慎させていたのいいの?」
「……驚天動地」
マーキュリーの言葉にツヴァイが驚いた。
フィーアも、その無表情を驚きの表情に変える。
唯一、アインスだけが揺らがない。
「構いません。最早、彼を留めておく理由がない。『地蝕』と入れ替わる形で人間界に向かって貰いましょう。その後、"ザルティス陥落"を決行してもらいます」
"ザルティス陥落"の障害となるのも、ベシュトレーベンならば問題ないであろうと判断する。
あれは八戦将でも異質な存在だが、個としての武に関しては疑う余地もない。
『地蝕』の実験の効果についても本人に直接聞いて、次はどうするか練るべきだろう。この"ザルティス陥落"を成功させれば、邪魔な国である月帝国と獣ノ庭園への道が開ける。
その後もマーキュリーは指示を出す。
「それと……かの者に連絡を。"朔日蝕計画"について話があります」
「それはっ。良いのですか? 確かに八戦将ではありますが、あれは──」
「思惑はどうであれ、彼の国を滅ぼすという点で、彼とは利害が一致しています。いずれ敵対する可能性は大いにありますが、それまでは協力しましょう」
そしてマーキュリーはもう一つの計画について話を詰める為、とある人物を呼び出すようにアインスに指示をする。
此処に来て初めてアインスの表情も崩れたが、己が主人の命令とあらばと、頭を下げた。
最後に閉められた荘厳な扉を見る。
「いずれ、取り戻してみせますよ。それまで精々胡座をかいて座っていて下さい、魔王」
何かを決意する声色で、マーキュリーは呟いた。
「ところで、あの、マーキュリー様。『地蝕』なのですが、話に続きがございまして……。仕事を終えたから休暇として"ダンジョン都市"に寄って帰ると報告が……」
「……はい?」
アインスの語る言葉の意味が理解出来ず、マーキュリーは思わず間の抜けた言葉を発した。




