どうか俺とダンスを
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『炎獄』がユウによって倒された後。
俺はとりあえず皆と合流する為に急いだ。キキョウが大凡の位置を把握していてくれた為、エドアルドとフィアはすぐに見つかった。
しかし俺が行った時、アイリスちゃんはいなかった。
それでも此処に来たらしい。
傷を癒されていたエドアルドとフィアに尋ねると
『此処より西に行った湖畔で待っていると仰っておりました。アヤメ殿一人で来て欲しいと。それにしても……』
『アニィ、なんかアネェの様子変だった』
何かを思いつめた表情をしていたと、二人は語る。
『二人は此方が看ておくわ。全く、あのちみっ娘勝手にいなくなるだなんて何しているんだか。……し、心配なんてしてないわよ!?』
癒されたとはいえ、万全ではない二人をキキョウに任せ、俺は来て欲しいと言われた場所に向かっていった。
「ここは……」
指定された方角を歩き、森を超え、見えた景色は湖畔であった。
騒がしかった"白夜の街プルギス"とは違い、空はいつも通り夜空に月が浮かび、周囲は静寂が支配し人一人の気配すらない。
……いや、一人いた。
「アイリスちゃん」
「っ、アヤメ、さん」
憂いを帯びた瞳で湖畔を見つめていた彼女は、俺が来たと気付くと此方を向く。
顔を見た時、俺は少し息が詰まった。彼女が不安げで、思い詰めた表情をしていたからだ。
俺はわざとらしく明るく話しかける。
「探したよ。随分と遠くまで行ったものだね。……ジャママは?」
「ジャママは、少し辺りを見て回ってます。だから、この辺りに魔獣が現れる事も人も来る事もないはずです」
なるほど、と頷く。
確かにジャママほどの魔獣が周囲を警戒しているのならばこの場に何かが現れる可能性は低いだろう。
となると、気になるのは態々アイリスちゃんが街から離れ、こんなひとの気配がないところに来た理由があるはずたま。
「アヤメさんを、呼んだのは理由があるのです。それは……それは……」
何か、強く悩んでいるのが見て取れた。
自らの服の裾をぎゅっと両手で強く握っている。強く握りすぎて皺が出来るほどに。
「わたしは……」
「今宵は良い月だ。空気も澄んでいてこれほどの満月滅多にお目にかかれないだろう」
「え?」
「あの時は結局途中で終わってしまったね」
何かを悩んでいる事は一目見てわかった。
だからこそ、俺は少しでも和らげればと思い、ある提案をする。
「どうか俺と一曲踊ってもらえないか?」
先の『炎獄』の襲来で半端に終わった彼女とのダンス。俺は誘うように膝をついて、彼女に手を差し出した。
「わわっ」
「おっと」
おずおずと、手を出しては引っ込めようとするアイリスちゃんの手を引き、俺はワルツを踊る。
舗装されていた"白夜の街プルギス"とは違い、自然そのものの此処では辺りが薄暗い事もあり、時折アイリスちゃんが転びそうになるのを支える。
「焦らなくても良い。少しずつ慣れていこう」
「は、はい」
俺の手を握り、アイリスちゃんと息を合わせる。
優雅な曲も楽しげな喧騒もない。
あるのは風にそよぐ草木の音と、湖畔のたなびくかすかな音、虫達の合唱だけ。それでも、不思議と悪くなかった。
やがてキリの良い所まで踊り終わり、俺はアイリスちゃんを褒める。
「よく出来たね。すごく上手だったよ」
「本当ですか? よかったぁ……」
ほんの僅かに、彼女の表情が明るくなる。だがそれも、直ぐに曇る。
「アヤメさん」
「なんだい?」
不意に俺の名を呼ぶ。
俺はなるべく優しく答える。
「あの街に、魔王軍が現れました。それも、大勢です」
「そうだね。それもただの魔王軍じゃない。魔王軍幹部である八戦将の『炎獄』が現れた」
「かの者が倒された事は、喜ばしいことです。でも、その為に《死者の日》の祭りは壊され、犠牲も出ました」
「……あぁ」
"白夜の街プルギス"は残念な事に多くの犠牲が出た。
街中を走り回り、目につく魔物を倒したり、傷ついた人を癒したりもしたが、既に事切れていた人はどうしようもなかった。
「多くの人が亡くなりました。わたしも、尽力を尽くしましたけどそれでもダメな人が沢山いました」
「……そうだね」
微かに彼女の肩が震える。
俺は握る手の力をほんの少し強める。
「ぼっちの時とは違う。真の意味での魔王軍の脅威を知りました」
『氷霧』として魔王軍に属しながら、人の命は決して奪わなかったキキョウ。
『炎獄』として魔王軍に属すことで、人の命を数多奪い去ったブラチョーラ。
どちらも同じ魔王軍であったけど、脅威も志し、悪意も何もかも違った。
「知っていたはずです。わかっていたはずです。ジャママの時も、エドアルドさんの時も魔王軍は関与していたのですから」
ジャママの親の傷付けた『疾爪』のオニュクスと、エドアルドの国ヴァルドニアを動乱へと導いた『分裂』のシュテルング。
旅をしていく中で必ず何処かに魔王軍の影はチラついていた。
「でも、わたしは本当の意味で彼らが人々に対してどんな存在なのか、何も知ろうとはしてませんでした」
滲み出ているのは嫌悪感だった。
彼女は今、自分を責めていた。
「フィアの母親さんのような良い魔族もいるんだと、わたしは思ってました。でもそれは少数の話で、大多数の魔族は人々を傷つけています」
「そうだね。俺も、良い魔族がいることをフィアの母親の話を聞くまで、聞いたことなかった」
フィアの母親さんが特殊なだけなのかもしれない。
でも、本当の意味で魔王軍の悪意に触れたことのないアイリスちゃんはそのせいで希望を持ってしまったのかもしれない。
「わたしはフィアを見て、きっと分かり合えると思ったんです。根拠も何もない、ただの勘でした。でも、それは間違いでした」
アイリスちゃんの顔は後悔に滲んでいた。
「アヤメさん、言ってましたよね? わたしが『癒しの聖女』であるって。多くの人にとっての希望だって。だから、わたしは、わたし……は、『真の勇者』である彼と」
「アイリスちゃん」
アイリスちゃんの唇が震える。
ぐいっと彼女を引き寄せる。
「いいんだ、強がらなくても」
人々を助ける。
その心は素晴らしい。賞賛されるべき行為なのだろう。
でも、だとしたら。
ーーどうして君は泣きそうになっているんだ。
「確かにきみが一緒に行ってくれるのならユウ達の旅路はより磐石になる。多くの人々にもより希望を与えることだろう」
「どうして、わたしが言おうとすることがわかったんですか?」
「わかるさ。……どれだけ一緒にいたんだと思ってるんだい?」
俺が笑いかけると、アイリスちゃんは一瞬顔が赤くなる。だが、それもすぐに引っ込める。
「だとしたらアヤメさんならわかるはずです! 人を助ける、その為、だからっ、わたしは『聖女』として人々を救わなきゃならないんです!」
「でも、それじゃ君が救われないじゃないか」
その言葉にアイリスちゃんの言葉が詰まった。
望んでいない役割を押し付けられ、その役割を全うする。
彼女は言った『聖女』だから、と。
確かに彼女は『聖女』だ。でも、救わねばならないという使命と、救おうとする選択は違う。
『聖女』だから──でなんて義務で行おうとするのは間違っている。
それで己の本心を偽った者がどうなるか。俺は知っている。俺は身に染みている。
「俺はアイリスちゃん。『聖女』だからという言葉でなく、君自身の言葉を知りたいんだ」
俺の言葉にアイリスちゃんは押し黙る。
そのまま震え、ぽろぽろと青い瞳から涙を流し、俺の胸へと自らの頭を押しつけた。
「……人を、助けたいという気持ちに嘘はありません。でも、わたしは、わたしはぁ……あなたと一緒に居たい……!」
声は震えていた。
心からの叫びであった。
俺は彼女の頭を撫でる。
「アイリスちゃん、君が優しい子なことは知っている。此度の魔王軍の襲撃によって、心を痛めていることも。無力感に苛まれていることも」
もし、俺が『偽りの勇者』として活動していた時に君にあったなら。
そして、同じ事を言ったなら。俺は一もなく彼女の言葉に同意しただろう。でも今はそうじゃない。
「ありがとう、本心を言ってくれて」
俺はアイリスちゃんの頭を優しく撫でる。
どれだけの時間が経ったのだろう。
震えていたアイリスちゃんだが、次第に落ち着きを取り戻した。
そして、まだ目元を赤くしつつも、俺もを見上げる。
「名前……」
「ん?」
「わたしの名前、呼んでくれませんか?」
いつも呼んでいる、ちゃん付けではない。
その事はわかった。だから、俺は彼女の瞳としっかり目を合わせる。
「アイリス」
親しみと愛しげを込めて彼女の呼ぶ。
「……もういっかい、お願いいたします」
「……アイリス」
「もういっかい」
「アイリス」
「えへへ」
泣き笑いみたいな笑みを浮かべたアイリスの瞳のからはまだ涙が流れていた。
それを指で拭いながら、俺は自嘲するように空笑いをする。
「ねぇ、アイリス。俺は酷い奴なんだよ」
「? なんでですか? フォイルさんは優しいですよ」
「君はいつも俺を肯定してくれるね。そのことは素直に嬉しいよ。でも違うんだ。だって、俺は考えていなかった」
俺は空笑いをする。
「『偽りの勇者』として、『真の勇者』であるユウを目覚めさせる為に、あいつに酷い言葉を吐いてしまった。メイちゃんにも、嘘で失望させ嫌われるように仕向けた。俺も辛かったけど、それ以上に二人が辛かったはずだ」
そうだ、自分ですら胸が張り裂けそうなほどに
情が深く、優しい二人がその言葉を聞いてどう思うのか。わからないはずはないだろうに。
「その時はそれが最善だと思った。……でも俺はその結果、ユウを傷付けた。メイちゃんを悲しませた」
幼馴染なのに、心に癒えることのない傷を残してしまった。
そんな俺が、どの面を下げて二人に会えるだろうか? どんな言葉を投げかけられるだろうか?
「そして何より、託した事に安堵してその人生を終えようとした。──ユウ達がそのあとどうなるのか考えもせずに」
俺はユウ達ならば必ず立ち直ると信じていた。
……いや、違うな。
そんな言葉で逃げちゃいけない。
信じていたのだって嘘じゃない。
でも俺は目を背けていたのかもしれない。二人が何を思うのか知るのが、怖くて、怖くて。
だから俺は臆病者なんだ。
「だけど、俺は後悔はしていない。結果としてユウ達を悲しませたけれども、俺は自らの意思で、聖剣を託した。ユウなら必ず魔王を打ち倒せると思っていた。だから俺は全力で自分の使命を全うした。……やり方は、強引だったけどね」
俺は己を自嘲する。アイリスちゃんが、否定する。
「でもっ! それはフォイルさんが悪いわけじゃ」
「いいや、悪いさ。理由はどうであれ、俺はあの二人に癒えることのない傷を残した。そして、これからも俺は多くの人を傷つけてしまうだろう」
「えっ、それはどういう……」
「アイリス。俺はね、たとえば君と民が捕まったとして、俺は両方助けようと足掻くだろう。もがくだろう。でもその時、絶対に君から助けてしまう」
「……!」
「かつては『勇者』だなんて言われながら、俺は人の命に優先順位をつけてしまっている。そんなどうしようもない愚か者なんだ」
今ならわかるさ。
ユウが『真の勇者』で、俺が『偽りの勇者』だった理由。
誰かを救いたい気持ちに嘘はない。
でも、俺は自身が大切だと思う人から助けたい。
きっと女神オリンピアはそんな俺の性根を見抜いていたんだ。
「俺は本当の意味で『勇者』とはなれなかった。だけど、『救世主』になれるときみが言ってくれた。そして、ジャママにキキョウ、エドワードにフィアにも出会えた」
会うことのなかったであろう大切な仲間達。
みんなの顔を思い浮かべ、思い出に馳せる。
「これまでの旅で多くの人々に出会い、そして言われた。ありがとうって」
村を守ろうと戦ったラティオくん。
二人で生きていく道を選んだロメオとジュリエさん。
花火師のシンディラさんにダルティスさん。
冒険者のバディッシュ、ランカくん、ミリュスさん。
国を憂い、自ら行動を起こしピエールさんに、革命に参加していた人々。
リンネさんにリンクル、ランドルフ。
そして何より、グリゼルダさん。
「全てはアイリス。君のおかげだ。あの日、君が俺を救ってくれた。だから、俺は君を救いたい」
アイリスは俺に多くの事を与えてくれた。
その為に汚名を被る事くらいなんともない。
「君にとっての救いが、俺の側にいる事だというのなら」
俺は膝をつき、彼女へと手を伸ばす。
「どうかこれからも俺の側にいてくれませんか?」
風がそよぐ。木々が騒めく。
俺の言葉にアイリスは宝石みたいな碧色の瞳を大きく見開くと、俯く。
「ずるい」
ぽつり、とアイリスが呟く。
「ずるい、ずるいですよ。フォイルさんはほんとうにずるい」
「そうだ、俺はずるい男なんだよ」
「わたしの心は初めから決まっているんですよ? ──はい、一緒に行きます。わたしの『勇者』様」
アイリスはしっかりと答え、俺の手を取った。
その笑顔は、思わず見惚れてしまうほどに美しかった。
女神オリンピア。
貴女がどういう思惑でアイリスを『聖女』にしたかは、無学で無知な俺にはわからない。きっと何か深い意味があったのだろう。
『勇者』でない、俺が『聖女』である彼女と共にいるのを貴女様は怒っているだろうか? それとも、哀しんでいるだろうか? 愚かな俺では窺い知ることは出来ない。
でも、俺は選んだ。
アイリスとともにいることを。
アイリスも選んだ。
俺とともにあることを。
『救世主』と名乗ることも、出来なくなるかもしれない。
ユウ達にも、『聖女』が目の前に現れないと言う不義理を働いている。
俺はきっと、地獄に堕ちるだろう。
だけど、それでも、今目の前で浮かべる彼女の笑顔を守ったのは決して間違いなんかじゃないと。
俺は信じている。
周囲に誰一人としていない湖畔。
月光だけが、俺達を優しく照らしていた。
これにて第5章本筋は終了。
次回は作戦が失敗に終わったマーキュリー視点です。
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