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番外編5の2 近衛騎士団長


 王族の住むユーリウス城。

 凱旋を終え、司祭アテノールとの邂逅を終えた後、ユウ達は久々の柔らかなベットで就寝についた。


 ただ一人、当人のユウを除いて。



「ふっ!」


 聖剣を振るう。風を切り裂く音が鳴る。

 仮想敵を頭に浮かべ、それに対しての有効打を予想し、実践する。


 周囲には誰もいない。此処は、穴場だ。

 確かにユーリウス城は広い。だがそれに比例するように防備も硬い。侵入者を防ぐ為の結界は勿論の事、昼夜常に兵士と騎士、魔法使いに近衛騎士が周りを警戒している。


 しかし、巨大な城というものはどうしても警戒の薄い区域というものは出来てしまう。

 それを把握しているユウは、その区域を利用して人目を憚《はばか》り、訓練していた。


 数少ない此処を見れる、城を守る城壁から此方を確認出来る兵士はユウにとっても親しいと言っても良い人だった。


 何故ならフォイルが勇者と持て囃されていた時から、フォイルがユウに力をつけさせたい、けど白昼堂々とすると外野がうるさい。そう思ったフォイルが城を歩き回り、兵士から話を聞き、直接交渉したからだ。

 だから、あそこの兵士とは親交があり、ユウが修行しているのを黙認していた。


「違う、こんなのじゃ全然ダメだ」


 鍛錬の最中、思い出すのはソドォムでのこと。


(……『迅雷』のトルディオ。アイツに勝てたのは相手自身に驕りがあったのと皆の助け……そしてメイちゃんとクリスティナさんの機転があったからだ)


 【加速(アクセル)】を使って尚、トルディオはユウのスピードに対抗してみせた。もしあのまま続けていても勝てたかどうか。

 二人の機転がなければどうなっていたか分からない。


「僕は勇者なんだ。なら一人でも戦えるようにならないと……!」



ーー『爆風』と戦っていた時を思い出す。

 あの時のユウは何も出来なかった。称号はなく、職業(ジョブ)もなく、技能(スキル)すらない自分はただ見ているだけしか出来なかった。


 勿論ユウが何もしなかった訳ではない。

 『爆風』を出し抜く策はユウが立てた。

 けど力(・)にはなれなかった。あの時も皆が戦っていたのに。


 出来たのは身を張る事だけ。

 それすら、満足に出来たとは言い難い。


 それに、フォイルくんに二度とするなと怒られた。

 でも、それで良かった。自分だって彼の仲間だと、胸を張って言いたかったから。


 そう言うと何時(いつ)も彼も口をつむぎ、背中を強く叩かれる。



 ーー馬鹿野郎、そんな事しなくても俺はお前を認めてるって。



 それがどれだけ嬉しかったか。

 だけど、そんな彼ももういない。他の誰でも無い、僕が斬り裂いた(・・・・・・・)。


「ッーー!」


 振り払うように、誤魔化すように剣を振るう。

 流石にがむしゃらにし過ぎ、疲弊したユウは一息つき、すぐさま再び鍛錬しようとする。


「鍛えるのは良いが、根《こん》を詰めすぎても逆効果ですな」

「えっ?」


 気配すら感じなかった。

 振り返るとそこに居たのは太陽国ソレイユの誇る最強の近衛騎士団長ルヴィン・オールマイティ・ルーキフェルがいた。


「ルヴィンさん、居たんですか」

「失礼しました。余りに集中しているので途中で声を掛けるのも憚りましたが、休憩するかと思えばすぐまた始めようとするのでついお言葉をおかけしてしまいました」

「いえ! そんなきにしないでください!」


 慇懃に頭を下げる。

 それにユウは慌てる。


「だけど、ルヴィンさんが此処にいるだなんて。国王様の護衛はどうしたんですか?」

「国王陛下の護衛は、我が近衛騎士にお任せしました。委細問題御座いません。それよりも、ユウ殿。折角王都へと戻って来たのに、休息を取られないのですか?」

「休憩なんてしている暇ありません。僕は、もっと強くならなくちゃいけないんです」


 何処か思い詰めたような表情で語るユウ。

 ルヴィンは思案するように顎に手を当てる。彼にはユウが使命感(・・・)というよりも、何か振り払う為に無理にしているように見えた。


「なるほど、己の未熟を把握し、それを無くすために稽古に励む。その姿まさに『勇者』ですね。ですが、私には何かを振り払う為に闇雲に鍛錬しているように見えますが」

「うっ」


 言葉に詰まる。

 それを見たルヴィンはやはり、と目を細める。


「難しく考えても仕方ない。時には何も考えずするのも大切でしょう」

「え?」

「構えてください。私が直々に相手をしましょうぞ」


 そう言ってルヴィンは背に携えし、剣《つるぎ》を抜いた。

 月の光を反射し、煌めく巨大な剣。


 宝刻剣アータル。

 聖剣アリアンロッドと違い、太陽国の技術の結晶として生み出された至宝の剣《つるぎ》。


 それを扱いし太陽国ソレイユの近衛騎士団最強の団長、ルヴィン・オールマイティ・ルーキフェル。

 彼の雰囲気が変わった事を察したユウはゴクリと喉を鳴らす。


「お願いします」





 剣戟(けんげき)が繰り広げられる。

 

 聖剣アリアンロッドが魔物の魔瘴に対しての特効の効果を持つのに対して、宝刻剣アータルは鋭さ、材質、威力共に突き詰めた剣というカテゴリーにおいて聖剣を除き、正に至宝と呼ぶに相応しい剣。


 ルヴィンの提案により行われた稽古。

 結果、状況は拮抗(きっこう)などではなくユウの劣勢(・・)だ。


「こうして互いに剣を交えるのはあの時以来ですな。貴方と彼の二人掛かりで挑まれた時の」

「そうですね……! 僕も、最近はオーウェンに鍛えてもらっていましたからっ」

「オーウェン殿か。彼は素晴らしい『戦士』だ。油断すれば私でも危ういかもしれませんな」

「オーウェンは『は? 俺とあの騎士団長さんが戦ったらどっちが勝つって? そりゃ9割方俺だろうよ。勿論負ける方がな』って言ってましたよっ、あぶなっ」

「それは単純な剣での話でしょう? 『戦士』である彼ならば剣以外での技能(スキル)もあるでしょう」


 軽口を話し合っているが両者は常人には目で捉える事ができない程に剣戟を撃ち合っている。

 殺し合いではなくあくまで稽古なので、会話の余地が生まれる。


(これが、この国最強の近衛騎士ッ……!)


 とはいえルヴィンは余裕があるがユウは余裕など無い。

 特にルヴィンの宝刻アータルはオーウェンの武器"竜砕アギト"を上回る程の大きさであるというのにユウの持つ聖剣のように軽く羽を扱うように振るう。


 その重量は桁違いで、受けるのをミスればあっという間に態勢を崩され、負ける。

 かと言って果敢に攻めても、揺るがない。全て分かっているかの如く躱され、攻撃を受けられ、逸らされる。

 

 かつてフォイルの仲間であったグラディウス。

 『剣士』の職業を持ち、『斬り開く者』という称号を持つ彼ですら、ルヴィンを突破することは遂に出来なかった。


 焔光(プロミネンス)近衛騎士団。

 その近衛騎士が筆頭、団長であるルヴィン・オールマイティ・ルーキフェル。

 国からは別名『紅蓮の焔光騎士』の名を授けられ、女神オリンピアからは『大騎士』の称号を持つ文字通り太陽国ソレイユ最強の騎士。


 その強さは単純な真正面からのみの戦いであれば勇者としての力を使わないユウを凌ぐ。


 勇者としての技能(スキル)を使わない真っ向勝負では余りにも分が悪い。



 これが数多の国の中でも頂点に立つ者の力。


 人類の最高峰。

 勇者と言えども、鍛えた年季と言うものが違った。



 キィンと音が鳴る。

 聖剣がユウの手元から消えて、遠くの地面に突き刺さる。


 完敗だった。


「勇者……いや、こう言おうか。ユウ殿、貴方の剣には迷いがある」


 ルヴィンは厳《おごそ》かな声でそう告げた。


「聖剣アリアンロッド。女神オリンピアによって創られしこの世に二つと無い至高の剣。我が剣を受けても刃こぼれ一つなし。正に世界において並ぶ物なしといっても過言ではありません。しかしそれを扱うのはあくまで人。使い手によって如何様にも変化する。剣は己を映す鏡なのだ」

「己を映す鏡」

「左様。故に貴方が戸惑えば、聖剣はその効力を失う。故に貴方は強く意志を持たねばならない。だが、しかし貴方にはその意思がないように見受けられる。言っては悪いが、彼《・》と一緒にいた時の方が貴方の剣は良かった。貴方は未だに彼に囚われている。違いますかな?」

「そんなことは」

「嘘はいけませんな」


 否定するユウ。それをルヴィンはピシャリと咎める。

 何故なら聖剣を見たルヴィンはほんの僅かだが光が弱まったのを見た。


 ルヴィンは己の剣を仕舞い、聖剣を握ろうとする。が、強く拒否される。

 聖剣は勇者でしか本領を発揮しない。古くから続くこの世の理《ことわり》だ。


「聖剣は勇者の心を写す鏡、その輝きがあるからには貴方の心に勇者としての自覚はあるのでしょう。だが、その在り方、歩みに悩みがあれば必然的に聖剣にも影響が出る。そしてそれは、魔王軍との戦いにおいて致命打となる」

「……」

「貴方が勇者なのです。だから、貴方が為すしかないのです。世界を救うということを」


 その言葉は重かった。

 勇者。そう勇者だ。世界の平和はユウにかかっている。だからこそ、


「そんな事はわかっています。だけど、頭がぐちゃぐちゃになるんです。心が、痛くなるんです。不安になるんです。本当にそんな事が出来るのかって。だって僕は、本当は……」


 何かを言葉を続けようとして口を閉じる。



ーーよぉ、ユウ。相変わらず、弱虫だな。いいぜ、あとは俺に任せな



「どうしたら良いんですか。お願いです……教えて下さい、ルヴィンさん……」

「ふむ。ならば、こう答えましょう。ーーそのまま悩みなさい」

「えっ?」


 てっきり何か解決策をくれるかと思ったがそうではないらしい。

 思わず間抜け面をするユウ。


「悩んで悩んで……そして意地汚くとも泥臭くとも何かしらの結論を出すのです。私が出来るのは貴方に助言を与えるのみ。他人の言葉で答えを得てはいけない。自らで答えを出しなさい。でなければ、本当の意味で貴方は勇者とはなれない」


 突き放すような物言い、だけどその声色にある気遣いを感じ取れた。


「長く話し過ぎましたな。私はこれで失礼します。次会うとき、貴方の悩みが吹っ切れている事を願います」


 そのまま背を向け、ルヴィンは去っていった。

 あとには静寂と冷たい風がユウの頰を撫でる。


「迷い……か……」


 一人しかいない中庭でポツリとユウが呟いた。






 ルヴィンは重厚な鎧を纏っているとは思えぬ程軽やかに、そして物音を立てずに廊下を歩く。

 やがて足を止める。


「はやく姿を現したまえ。いるのはわかっている」

「あらら、やっぱりバレちゃってますよね。た〜いちょ♪」

「やはり貴様か、エクレール」


 エクレールと呼ばれた最近近衛騎士の仲間入りをした焦げ茶色の女性はにやにやと猫の口のような形をしながらルヴィンに話しかける。


「見てましたよ〜流石は隊長っす! あの勇者様相手に勝っちゃうなんて国最強の名は伊達ではないですね!」

「あれは模擬戦だ。実際に本気で戦えば私は彼には勝てんよ。先に言っておくが、他言無用だ」

「了解でっす! 口の固さで有名なエクレールちゃんは喋りません!」


 ビシッと態とらしく敬礼するエクレールをなんとも言えない顔で見る。

 とは言え、彼女も騎士の端くれ。そのぐらいは弁《わき》えているだろうと無理やり納得する。


「けど、勇者さん。なんかすごい思い詰めてるって感じだったっす。とてもあの八戦将を二人倒したとは思えないっす」

「『砦城』は撃退の線が濃厚だが、『迅雷』のトルデォン。その名は私も聞き及んでいる。全てを雷で焼く悪鬼の如く粗暴で残虐な魔族であったと。そしてそれに相応しい力を持つともな」

「そうっす! ならもっと自信を持ってもいいと思うんすけど」

「逆だ。直に戦かったからこそユウ殿は危機感を持っているのだ」


 確かにユウ達はトルディオに勝った。

 だがそれは薄氷の上での勝利に過ぎない。何かあれば容易く逆転してしまうほどの。だから彼はあそこまで躍起になって強さを求めている。



 例えるなら、もしあの場に二人八戦将が現れたならばユウ達は敗北しただろう。かつて三人もの八戦将を一度に動員した魔王軍だ。またないとは言い切れない。


 その証拠にユウは慢心せずに修行に励んでいた。だからこそルヴィンは周囲に人がいない事を確認して話しかけた。


 その事を理解しているルヴィンは諦めにも呆れにも似た溜息を吐き、やがて悔しげに口を結んだ。


「口惜しい」

「何がですか?」

「あのような若者に、世界の命運をかけることしか出来ぬ愚かな自分にだ。戦争など大人である我々がすることだ。それを他の未来がある若者に強制することしかできない不甲斐なさにだ」

「じゃあアタシのことも守ってくれるんですか?」

「……お前は自ら志願したであろう」

「それはそうですよ。だって私はあの二人に憧れて騎士団に入りたいって思ったんですもん。勇者(・・)フォイル・オースティンと、諦める事を知らないもう一人の勇者(・・)ユウ・プロターニストに」


 その言葉にルヴィンは何とも言えない顔をする。


「……その名を公《おおやけ》の場では口にしてはいけない。何処の誰に聞かれるかわからないからな」

「なんでっすか! アタシは直接見たんす! 救われたんっす! なのになんで彼の名前を呼んじゃだめなんすか!」

「それでも、だ。今、世界は不安定なのだ。ならば、いらぬ混乱を起こす訳にはいかない。貴様も、近衛騎士団の一員ならわかるだろう」

「ぬぎぎっ、いやな世の中っす」


 世間ではフォイルは『偽りの勇者』とされている。

 だからこそ、近衛騎士のエクレールの言葉を肯定してしまえばいらぬ混乱を生みかねない。


「努力は買う。だがまたまだ下っ端だお前は。剣も駄目、魔法も駄目。ならせめて雑務で結果を出せ。元々、平民であった貴様を疎む連中もいる。ならば、結果で黙らせよ」

「うぇぇ……手厳しい」

「本来ならば貴様のような若人(わこうど)が雑用という名目とは言え、近衛騎士に任命される事がありえないのだ。それが許されるのはひとえにそこまで人材が払底(ふってい)してしまっている証拠だ」


 これは別にルヴィン自身が身分を軽んじているから、ではない。

 事実エクレールが『騎士』の職業(ジョブ)を得たのは兎も角、近衛騎士にまで任命されるには若すぎる。それだけ、この国の実情を表していた。


「所でエクレール。就寝時間はとっくに過ぎているはずだが?」

「ぎくっ、い、いや〜あれですよ。私今日は夜番なのでこうして城に不届きものがいないか巡回していた所であります」

「ほう、任務をサボってこうして見ていたのか。職務怠慢だな。これは陛下に上告せねばなるまい」

「あぁっ! 待って嘘ですごめんなさいっ! 夜番でも何でもありません! ただ寝付けなくてウロウロしてたら偶々訓練している勇者さん見つけて、更にルヴィン騎士団長も現れたので面白そうだなって思って勝手に見てました!」

「城内を勝手に歩くとは規律に反していますな。明日罰を与える。覚悟をしておけ」

「わぁぁ! 素直に言ったのにぃぃ!!」


 嘆くエクレールを尻目に、ルヴィンは歩き出す。



(勇者殿、道とは自ら切り開くもの。貴方が自らの悩みに何かしら区切りがつけれることを祈っております)



 夜空を見上げる。

 月は雲に隠れて姿を見せていなかった。

コロナズマ近衛騎士団=>焔光(プロミネンス)近衛騎士団に変更します。

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