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EP33 魔境大乱 ウケツガレル命②裏


時はほんの少し遡る。

レグニルスがオークとリッチに囲まれる少し前、王を連れた爺は姫と合流する事に成功していた。


「…父上」

「随分と久しぶりだ。息災であったか?」

「それは此方のセリフです」


目の前で力なく息をする父。

姫が父と別れた時の姿とはまるで違った。

彼女の脳裏に浮かぶ父の姿は、力強く生命力に溢れた姿だった。

その姿は王と呼ぶに相応しい物であり、娘として目標にしていた王としての在り方だった。


そんな目標であり、憧れでもあった父の弱った姿。

それは彼女にとって想像も出来ない姿であった。


「お主に渡す物がある事を失念しておってな」

「渡す物ですか?」

「うむ。お主には昔から厳しく接してきた。他の子供達には物を贈っていたが、お主には何も贈ってこなかったな」


思い返せば、姫は父である王から物を貰った経験が無かった。

狩りで得た日々の食事から、装飾品などの贈り物も弟や妹が優遇されていた。

普通であれば気にするのだろうが、姫は自分の物は自分で手に入れると言う性格だったので、今の今まで特に気にしてはいなかった。


なにしろ、姫は優遇されていない代わりに自由を得ていた。

優遇されている弟や妹は、優遇されている為に安全な家から出る事が無かった。

自分を高める事、自分の食事を自分で確保する事が大事な彼女にとって、何にも縛られない自由こそが親からの最大の贈り物だったのだ。


「贔屓しているつもりは無かったのだ。お主が物心つく頃には決めていたのでな」

「決めていた? 何を決めていたというのです?」

「儂の全てを継がせるのはお主しかいない、とな。儂の全てをくれてやるのだ、日常生活くらい優遇してやらなければ不公平という物だろう」


王は自身の後継者を早々に決めていた。

まだ幼子だった娘を見て、その秘めた才能に気が付いた時、王はこの娘を己の後継者にすると決めたのだった。


そして、同時に王は娘を恐れた。

己の地位を失う事を恐れた訳では無い、そんなモノは娘に譲ると決めていた。

王は娘の宝石の原石のような才能が、大いなる可能性を内に秘めた娘が怖かったのだ。


それは直接的な恐怖では無く、王としては平凡な自分が育てる事で、娘の将来が曇ってしまうのではないか、そんな恐怖である。

その恐怖から王は父親として娘に接する事を避け、娘には自由を与えて才能そのままに成長する環境を整えたのだった。


「確かに父上からは物質的なモノは貰いませんでしたが、精神的なモノは頂いております」

「…そうか」


娘は父に避けられている事は理解していた。

弟や妹に見せる顔を、父は自身には決して見せない。


しかし、父は王としての顔は見せてくれていた。


そして、何よりも父は彼女に自由を与えてくれた。

父に見せられた王としての顔は彼女の目標となり、目標へ到達する為の環境が与えられた。


その事を姫は感謝こそすれ、不満に思う事は無かった。

育児放棄に近い環境なのだが、それは彼女の中では問題では無かったのだ。


「さて、時間も無い。受け取るが良い」


話すべきことは話した。

王は最後に父として娘と触れ合いたかった。

しかし、王と姫として長年過ごして来た親子にとって、共通の話題も無い寂しい触れ合いだった。


だが、親と子の心は通じ合った触れ合いでもあった。


「頂戴致します」

「…後は頼むぞ」

「…はい」


最後まで父と娘では無く、王と姫としての関係を貫く親子。

そして娘の覚悟を確認した父は、己の全てを娘に託す。


それは王としての地位を娘に託す、そのような生易しいモノでは無い。

文字通り、自身の全てを娘に託すのだ。


王の体が光り、その光は珠となり傍らに立つ姫へと移動していく。

光の正体は魔核と王が魂に蓄積してきた力。

すなわち、王の全てが娘へと受け継がれようとしているのだ。


「熱い」


光を受け入れた姫は、その熱さを最初に感じていた。

力強く、それでいて何処か優しい熱だ。

それは姫が憧れた王の姿そのもの。


そして、それは正しく王の命そのものだった。

命の灯が娘に受け継がれるという事は、その命の灯の元の持ち主がどうなるかなど自明の理。


姫は、王がその人生をかけて魔力を貯めた魔核を受け継いだ。

その魔力は膨大だったが、王には存在進化を行える程の才能、魂の器が無かった。

姫は存在進化を行える才能、魂の器を持っているが、その器には十分な魔力が満たされていなかった。


しかし、王の魔核より魔力は注がれ、その器は満たされる。


『魂と魔核を継承しました』

『継承した魔核に貯蔵された魔力を合わせる事で、存在進化が可能です』

『進化しますか? Yes or No』


姫の魂に直接語り掛けてくる声。

姫は本能的にソレが世界の、ひいては神の声だと悟っていた。


存在進化は、生物が一つ上の階級の存在に生まれ変わる奇跡。

大量の魔力という代償を支払うが、支払い先が誰かと言われれば、ソレは存在進化を司る世界であり神であった。


命を再誕させるのだ、その力を持つ存在を神以外の言葉では表現出来ないだろう。


(答えは決まっている)


そして、神の問いかけに対する姫の回答は既に決まっている。

彼女は幼き頃より高みを目指していた。

最近は変なダンジョンマスターと引き分けたが、それで彼女の歩みが止まった訳では無い。


屈辱の日より彼女は努力を続け、今では屈辱の相手であるダンジョンマスターに勝てる確信がある。

もっとも、雪辱を晴らす前に群れの仲間を保護して貰った為、その機会は訪れていないが。


(Yesだ。力を、王に相応しい力を)


彼女の中の『王』とは、群れを守り、群れの未来を切り開くモノ。

このオークに襲われている現状と、村を奪われている現状。

これらを打開する力を姫は欲していた。


『進化先が2つあります。進化先を選択してください』


姫の脳裏に進化先の情報が流れ込む。

それは情報の奔流であったが、必要な情報だけは把握出来た。


進化先その1、ギロチンラビット。

アサシンラビットの強化種(種族ランクC)

アサシンラビットの特性強化により、一対一での戦闘能力が大幅に強化された種族。

ただし、一対一に特化しているので、複数の敵に対しては進化前と変わらず苦手。

戦闘能力100の敵を屠れる力を秘めている。


進化先その2、ジェノサイドラビット。

アサシンラビットの派生種族(種族ランクC)

継戦能力が低いアサシンラビットの弱点を克服した種族。

ただし、戦闘能力自体はアサシンラビットの3割増し程度。

戦闘能力10の敵を10体屠れる力を秘めている。


さて、どうしたものか。

姫は悩んでいた。


当然の話ではあるが、進化先の選択は一度しか選べない。

存在進化は、一握りのエリートが努力の末に到達する頂き。

理論上は複数回の存在進化も可能だが、そんな事が出来る存在は少ない。

故に、この選択は今後のウサギ生を左右する重要な選択なのだ。


進化先を考えながら、姫は辺りを見渡した。

殿として残っている為、群れの仲間は今もオークと戦っている。

レグニルスが生み出した土壁を利用する事で、戦況は互角か若干優勢にアサシンラビットが戦っている。


しかし、オークはアサシンラビットにとって格上の敵である事に変わりはない。

両者の間には、それなりに高い格差という壁が立ち塞がっているのだ。


そして土壁の外では姫の同盟者、庇護者では決して無い、がオークに囲まれているのが見えた。


姫は今一度、冷静に状況を分析する。

アサシンラビットは対オーク同盟が安全に撤退する時間を稼ぐ為、もう暫くこの場に留まる必要がある。


そして、この場にいる敵はオークとリッチになるが、前者は集団であり、後者は個人であった。

どちらの敵に対応するのか、それで進化先が決まると姫は直感で悟った。


集団であるオークに対応するのであれば、継戦能力が強化されるジェノサイドラビット。

個人であるリッチに対応するのであれば、純粋に現行の能力が強化されるギロチンラビット。


しかし、姫が迷ったのは一瞬だった。

現状、アサシンラビットに明確な危害を加えているのはオークである。

そして、姫が存在進化出来るのは、父である王が生涯にわたって貯めていた魔力があってこそ。

魔力を姫に託した父の願いは、後を頼む、であった。


ならば、選択肢など決まっている。

目先の事しか考えてないと怒る者もいるだろうが、姫に後悔は無い。

群れの後を託されたのだ、群れを守れない力は今の彼女には必要無かった。


姫は脳裏で決めた選択を、世界は正確に読み取っていた。


『進化を開始します、宜しいですね。Yes or No』


進化前の最終確認。

しかし、姫に迷いは無い。


『進化を開始します』


そこからは一瞬だった。

姫の体を光の繭が包み、魔法少女の変身シーンのように進化が開始された。

姫の魂に新たな力が流れ込み、新たな力を十全に発揮出来るよう肉体を再構成する。


それは、まさしく再誕、あるいは転生。

アサシンラビットと言う古い殻を脱ぎ捨て、新たな殻を着込む。


新たな殻を纏った姫だが、今までと同じ感覚で動く事が出来た。

だからこそ、光の繭が消えたと同時に姫は目に映ったオークの首を落とした。


「ッフ」


一呼吸で最初に目に映ったオークに接近、すれ違いざまに首を落とす。


「ッハ」


二呼吸目でその隣にいたオークの首を落とし、地面に落ちていく首を足場にして三体目のオークの首を落とす。


今までの姫であれば、三体目の首は落とせなかった。

それはアサシンラビット最大の武器である耳は、鉄をも斬り裂く名刀であると同時に非常に繊細な刃だったからだ。

一度斬れば血脂などで刃は鈍り、魔力の流れも悪くなり、名刀の如き斬れ味は維持出来なかった。


しかし、進化した姫には全て過去のこと。

進化した彼女は戦場で死を撒き散らす存在へと、戦場で命を刈り取る死神に転職していた。


文字通り、虐殺する兎へと進化したのだ。


目に映る範囲のオークの首を落とした姫は、再び戦況を確認する。

戦況は相変わらず互角と言った処だが、局地的空白が出来た事でアサシンラビット側は比較的楽な状況になっている。

問題は、オークに囲まれているレグニルスの方だろう。


「同盟者に死なれては撤退もままならない。仕方ない、助けてやるか」


姫はため息を一つつくと、足に力を籠める。

頼りない同盟者を助けるのも力ある者の役目だ。

そう自分に良い聞かせ、姫はレグニルスを囲むオークの一角へと突撃する。


一瞬の内にオークに接近すると、相手に気が付かれる前にその首を落とす。

落とす首は一つでは無い。勢いを落とさず、さらに複数のオークの首を落としていく。


姫の移動は素早く、小柄なウサギなので視界に収めるのは困難だ。

さらに姫はオークが察知する前に移動するので、オークも仲間の首が落ちても姫の姿を捉える事が出来ないでいた。


その勢いのままレグニルスに近寄り、一言声をかけるのだった。


「…これで貸し借り無しだぞ」

「遂にデレた?」

「それは首を落として欲しいという意味か?」

「いえ、何でも無いです」


こうして新たな力を得た姫は、同盟者たるレグニルスとの合流に成功したのだった。


本来なら③になるはずでしたが、書いていたら9千文字を超えそうになったので分割しました。

ストーリー的にも、ボリューム的にも分割したのが②の姫視点だったので、②裏とさせて頂きました。


③については本日中に更新する予定です。

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