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EP31 魔境大乱 ウケツガレル命①

オークと対オーク同盟の決戦。

その最終幕は、一匹のオークの死を合図に開幕した。


音もなく現れたソレは、音を発することなく一匹のオークの命を奪った。

戦場の喧騒により、普通であればオークの死は誰にも気が付かれ無かっただろう。


しかし、ソレの異様さが、圧倒的な存在感が自然と戦場で戦う者の視線を集めた。


「なんだ、アレ」


アサシンラビットと連携してオークと戦っていたレグニルス。

土壁を登り、次の獲物を探していた彼の視線は自然とソレの方向へと固定されてしまう。

獲物を求めて走っていた足は止まり、戦場で無防備に立ち尽くしてしまった。


そんな無防備なレグニルスを襲うオークはいない。

戦場全体が突如現れたソレに注目し、隣にいる敵の事を無視していた。


それ程までに、ソレの存在感は圧倒的だったのだ。

禍々しい殺気、肌を刺す威圧感、そして心が凍るような恐怖。

それらを戦場に立つ全ての生物が感じていた。


「なんか出てくる作品間違えてないか? どう見ても『名〇を言ってはいけないあの人』なんだけど」


嘗て読んだ児童文学に出てくるラスボスを連想させる見た目と、戦場全体の視線を集める圧倒的な存在感。

この戦場にソレを無視出来る生物は存在しない。


そして誰も動かない戦場において、たった一人歩くソレ。

ゆっくりと歩きながら、獲物を確認する為に戦場全体を見渡した。


「それともア〇ンズ様?」


ソレが戦場全体を見渡した事で、フードで隠されていた顔がレグニルスの目に入った。

ソレの顔はいわゆる骸骨、肉も皮も眼球さえも存在しない骸骨だった。


「リッチですな。しかし、あの威圧感、ただのリッチではなく上位種族の可能性も」

「あ、やっぱりリッチなんだ」


隣にいた爺の解説に気軽に答えるレグニルス。

現実離れした存在感を前に、何処か他人事のような気持になってしまう。


「しかし、何でラスボスっぽいモンスターが?」

「さて、数多の命に惹かれたのかもしれんのう」


死せる者であるアンデットが、生者の精気を求めて彷徨う事はよくある現象だ。


「そう言えばアンデットモンスターって初めてなんだけど、どうやって倒すの?」


異世界に来て既に四か月。

何気にアンデット系モンスターと初遭遇したレグニルスだった。


マンガやラノベで登場するアンデット系モンスターには、ゾンビなど普通の物理攻撃で倒せるモンスターもいれば、ゴーストの様に物理攻撃が通用しないモンスターもいた。

仮に目の前のリッチが物理攻撃の効かないタイプなら、剣士であるレグニルスには手も足も出せないということだ。


「ピンからキリじゃの。そもそもアンデットとは、生命活動していない肉体を持つモンスターの総称で」

「いや、今はそんな講釈を聞いてる暇は無いんだけど」

「分かっとるわい。生命活動を行っていない肉体を持ってはいるが、生命活動を行っているモンスターである事に変わりない」


生命活動を行っていない肉体なのに、生命活動を行っているモンスター。

その矛盾した存在こそがアンデットなのである。


「えっと、つまりどういうこと?」

「死体を操る能力のある精神生命体と言うことじゃ」

「精神生命体って、物理攻撃じゃ倒せないんじゃ無いの?」

「そこはピンからキリじゃ。憑依している死体を失えば存在を保てないモノ、憑依する死体が無くとも生存出来るゴーストなど様々じゃからな。しかし、モンスターである以上、力の源である魂は持っておる」


レグニルスはコーチから受けた講義の内容を思い出していた。

この世界の生物は肉体、魔核、魂の三位一体により成り立っている。

例外は魔核と引き換えに【職業の神】の祝福を受けた、所謂人種と呼ばれる種族のみ。


しかし、人種も含めて生物の基本構造は変わらない。


まず重要なのが魂。

生物の命の源であり、魔力やレベル、スキル、【特別職】などファンタジー世界特有の情報や能力が生み出される器官である。

また、人格を形成する重要な記憶も保存されているので、Aという魂を別の肉体に宿らせればAという存在を複製する事が理論上は可能だ。

ちなみに、この魂に記録されている記憶や人格こそが精神と呼ばれるモノである。


次に魔核だが、こちらは魂程重要な器官では無い。

生命が自前で持つバッテリーが魔核である。

主な役割は自身をより高位の存在へ進化させる為の魔力を貯める事であり、人種のように魔核を保持していない生物がいても生命活動に支障は無い。

少し違うが、生殖器官のようなモノだ。


最後に肉体。

こちらは魂の次に重要な構成要素だ。

存在が不安定な魂を保護する為の器であると同時に、一時的な情報を記録しておく役割もある。

記録される情報は様々だが、今日の朝食のメニューなど、そういった重要度が低い情報は肉体(大抵の生物であれば脳)に記憶される。

ゾンビなどのアンデットの知能が低いのは、既に活動を停止した肉体を操作している為、情報の一時記憶が出来ないからと言われている。

また、【職業の神】の祝福により得た【職業】及びスキルは、魂では無く肉体に保存される事になる。


「つまり魂を斬れと?」

「それが出来れば上出来じゃが、我等の力では…」

「物理攻撃オンリーだからね」


戦場全体が止まっているので、レグニルスと爺の1人と1羽はゆったりと会話を続けている。

しかし、精神的に立ち直った訳では無く、どこか現実逃避的な会話であった。


「…なんか、こっち見てない?」

「うむ、ダンジョンマスター殿を見ておるようじゃな」


戦場全体を眺めていたリッチの視線が、何時しかレグニルスに固定されていた。


「なんで見られてるんだろ?」

「この場で唯一の人間だからじゃろ」

「なるほど、確かに目立ちますもんね」


爺の軽口に納得するレグニルス。

リッチの素顔は骸骨だが、明らかに人種と思われる骨格をしていた。

恐らく生前と同じ種族か、または近い種族であるレグニルスに近親感を覚えたのかもしれない。


「って、なんかこっちに来る?」


リッチがレグニルスを見つめること数秒。

突如としてリッチは、レグニルスに向かって動き出した。


走っている訳では無い。

地を滑るように足を動かさずに近づいていく。


移動する場所は戦場なので、リッチとレグニルスの間には無数のオークと、オークを分断する為にレグニルスが生み出した土壁が行方を遮っている。


しかし、そんな事はリッチの前には無意味であった。

行く手を遮るオークにリッチが手を触れると、手で触れられたオークは糸を切られた操り人形の如く地に倒れてしまう。


「それはチート過ぎるだろ!」


こちらに近づいて来る理不尽に対し、チート転生したレグニルスは思わず叫んでしまう。


触れただけで相手を即死させる。

まさにチート能力だった。


「王!」


無人の荒野を進むようなリッチに対し、立ち塞がる存在がいた。

アサシンラビットの王である。


王はリッチの進路を妨害するように立ち、数多の敵を斬り裂いてきた自慢の耳を風にたなびかせる。

老化による身体能力の衰えから、総合力では娘である姫に一歩及ばないことを王は自覚していた。


しかし、一撃の鋭さ、切断力に限ればまだまだ王はアサシンラビット族トップの座を譲らない。


「父上、無茶だ!」


レグニルスと爺と同じように、離れた土壁の上からリッチの動きを観察していた姫が叫ぶ。

相手の能力が把握出来ていないのに、群れの主が前に出る。

まさに愚策だ。


だが、王とて無茶は承知のうえ。

むしろ自身がリッチに対する試金石となる事で、リッチの脅威度を測ろうとしているのだ。


自身の一撃でリッチが倒せれば良い。

しかし、王の一撃で倒せないようであれば、アサシンラビットの中にリッチを斬り伏せる能力がある者はいない。


そして、王の一撃でリッチの命を断てなければ、恐らく王はリッチによって命を奪われるだろう。


「…後継者に恵まれた事が救いか」


王は既に姫を後継者として、己の後を継ぐ者として認めている。

年老いた自分が死んでも、世代交代が予定より早く行われるだけ。

アサシンラビットの群れに致命的な影響は与えない。


だからこそ、王は無謀とも言える行動に出ることが出来た。


王はリッチに向けて駆けた。

その速度は全盛期と比べると数段遅くなっている。


しかし、その足と耳にこめる気迫は全盛期と同等。

身体に満ちる魔力を気迫と共に耳に集中させる王。

魔力を込めた耳は鉄をも斬り裂く名刀となり、立ち塞がる敵を等しく斬り伏せて来た。


これまでは、だが。


「ッフ!」


リッチを間合いに捉えた王は、リッチの首を斬り裂かんと飛び掛かる。


王に飛び掛かられたリッチは不動。

避けようとも、防ごうともしない。


「ッシャ!」


裂帛の気合ともに耳を振るう王。

その切っ先は確実にリッチの首を捉えていた。


「…なるほど、化け物め」


リッチの背後に着地する王。

ウサギなので分かり難いが、その顔は動揺に満ちている。


普通の相手であれば、この時点で相手の首は地に落ちていた。

しかし、リッチの首は地に落ちない。


王は着地した時には既に知っていた。

リッチの首が落ちないということを。


首を断ち切れていないことは、斬った王自身が一番分かっていた。


「まさか、王の一撃でも無理とは」


王が首を落とせなかった。

その衝撃は戦場に立つアサシンラビット全羽に伝播する。

たった今戦場で起こった出来事を、アサシンラビットは無視出来ない。


一撃の威力のみで比較するなら、王はアサシンラビット最強。

その王が断てないのであれば、この戦場に立つアサシンラビットにリッチを倒す手段は無いということだからだ。


そして、アサシンラビットの王の一撃を無視出来ないモノがもう一人いた。

今まで悠然と戦場を進んでいたリッチだ。

リッチは歩みを止めると、後ろに着地した王に視線を向けずに杖のみを掲げる。


「父上!」


リッチの殺気に気が付いたのは、この戦場では姫だけだった。


掲げられた杖を通し、収束されるリッチの魔力。

そして魔力は地面に伝わり、王の足元へ。


狙われた王が、リッチの殺気に気が付いた時には手遅れとなっていた。

王の足元から放たれる無数の影槍。

剣山のように放たれた影の槍は、全て余すことなく王の体を貫く。


「っぐ」


王を貫いた影の槍は、貫いた次の瞬間には最初から存在しなかったように消えてしまう。

しかし、王の体に穿たれた傷は消えない。

影の槍が実際に存在した証として、その身体を穿たれた王は地に倒れた。


「…撤退しよう」

「…そう、ですな」


王が倒れたことで、レグニルスは撤退を決意した。

アサシンラビット王の一撃以上の攻撃を、今のレグニルスは放てない。

つまり、レグニルスはリッチに勝てるイメージが思い浮かばないのだ。


であるならば、無理に戦うよりはダンジョンに撤退した方が利口だろう。

なにしろレグニルスのダンジョンは難攻不落。食糧の補給も出来るので長期間の籠城も出来る。


しかし、爺もこの場でリッチを討てない事は理解している。


そして、この戦場においてレグニルスの他に撤退を考えた者がもう一人いた。


「聞け! アサシンラビットの戦士達よ! この場に集いし戦士達よ!」


アサシンラビットの姫の声が戦場に響く。


「これ以上の戦闘は無意味! 時間は我等が稼ぐ故、戦士諸君はこの場からの撤退を!」


父が討たれた事で、姫もレグニルスと同様に撤退を決意していた。

違うのは、対オーク同盟としてアサシンラビットと同盟を結んでいた種族の事を考えたという点。


どのような経緯で結ばれた同盟かは姫も把握していない。

しかし、ここで同盟相手を無視して撤退すれば、一族の信頼に傷がつく。


「…姫さん、殿を引き受けちゃったね」

「まあ、我等にはダンジョンマスター殿が付いてますからな」

「確かに転移で撤退出来るけど、せめて一言欲しいよね」


転移による移動が出来るアサシンラビット。

その彼等が殿に残るのは理にかなっていた。

が、その前に相談して欲しいレグニルスだった。


「アサシンラビットの姫とお見受けするが、貴公達はソレで良いのか?」


対オーク同盟に撤退を提案し、撤退する時間を稼ぐ殿を志願したアサシンラビットの姫。

そんな姫に対し、フォレストウルフ王は彼女の意思を確認する。


彼等としても撤退に反対するつもりは無いが、時間を稼ぐ壁がスカスカでは撤退も上手くいかない。

なにしろ、追撃戦は逃げる方が圧倒的に不利。


戦うという行為と逃げるという行為は相反する行為だ。

素早く逃げようとすれば背後から追って来る敵に対して無防備になり、追って来る敵への反撃に集中すればそもそも逃げる事が出来ない。


だからこそ、敵の行く手を阻む殿は重要なのだ。

逃げる本隊が逃げる事に集中出来るよう、そして安全に逃げる時間を作る重要な役目だ。


そして、壁として戦場に残った者達の生存は絶望的だ。

だからこそ、殿役の武功は評価されるのだ。


「なに、我等にはダンジョンマスター殿が付いているのでな」

「なるほど、戦場に急に現れるのなら、逆に急に戦場から離脱出来るのも道理」


そう、姫は悲観的な気持ちで殿役を志願した訳では無い。

レグニルスのダンジョンマスターの権能、ダンジョンエリア内の転移能力により撤退が出来るからこそ殿役を志願したのだ。

レグニルスに一言の相談も無く、だが。


しかし、この方法が対オーク同盟の戦士が一番多く生き残れる方法だった。


「かたじけない」

「なに、父に手を貸してくれたこと感謝する」


フォレストウルフの王は短く礼を言い、姫に背を向けた。

撤退すると決めたからには、すぐさま撤退する。

それが殿に残る者達への、フォレストウルフの王としての礼だった。


「父と共に参戦した者達も先に撤退せよ」

「姫殿下! 我等も残ります!」


戦場を去ろうとするフォレストウルフ、そして少数だが戦場から離脱するコボルトとゴブリン。

その者達の背を見ながら、姫は父に付き従ったアサシンラビットにも撤退を命じた。

彼等はレグニルスの配下に入っていない為、転移による撤退が出来ないのだ。


「しかし、そなた達は」

「残る為にダンジョンマスターの軍門に下る必要があるというのなら、いくらでも下ります!」

「姫殿下、なにとぞ我等にも戦場に立ち続ける機会を」


渋る姫に対し、王に従って来たアサシンラビット達は縋り付く。

彼等も一族の未来を思って戦場に立った戦士達。

戦士としての誇りが撤退を許さない。


「…仕方ない。おい!」

「了解! しかし、名前で呼んで欲しい」


そんな戦士達の誇りを尊重し、姫はレグニルスの配下に入る事を認めた。

一族を率いる者としては苦渋の決断だが、彼女は戦士の誇りを優先したのだ。


ダンジョンマスターの配下になることは、生殺与奪の権利をダンジョンマスターに握られることになる。

なにしろ、戦場となるダンジョン内を自由に移動させる事が出来るのだから。


『アサシンラビットが仲間になりたそうにこっちを見ています』

『仲間にしますか? Yes or No』


レグニルスはダンジョンコアにリモートアクセスし、すぐさまYesを選択、アサシンラビットを配下に加えた。


「さて、これで連れて帰るのは後1羽だな」

「ダンジョンマスター殿?」


戦場からはレグニルス配下のアサシンラビットと、この地に拠点を築いたオーク、そしてリッチの三者が残った。


「悪いけど、手を貸してもらって良いかな?」

「…喜んで」


アサシンラビット村奪還戦の最終幕、撤退戦はまだ始まったばかり。


魔境大乱編の最終章開始。

最終章ときくと第二章公開が遅れる印象がありますが、多分これまでと同じペースで連載していきます。

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