EP27 魔境大乱 ヨミガエリシ命①
「なかなかやりますね」
手合わせを終えたコーチは、素直に対戦相手を褒めた。
まだまだ粗が目立つが、その若さを考慮すれば十二分に合格点を出せた。
「その評価は嬉しいが、手加減された上に殆ど何もさせて貰えなかったからな。正直、その評価を受け入れて良いのか判断に迷うな」
「大丈夫です、家の弟子よりもセンスがありますよ」
コーチはアサシンラビットの姫を褒めるが、その比較対象がレグニルスなのでアサシンラビットの姫は素直に喜べないでいた。
なにしろ、彼女の攻撃は全て避けられるか防がれ、逆にコーチの攻撃を彼女は避ける事が出来なかった。
「それに、あの者よりもセンスがあると言われて喜んで良いものなのか?」
「あの者はずば抜けてセンスがある訳では無いですが、それなりにセンスがありますから」
事実、レグニルスに戦闘に関するセンスはあるにはあるが、マンガなどでよくある実力者が注目する程のセンスは無い。
チートによる底上げでレグニルスは強キャラにはなっているが、センスなどは転生前と変わっていない。
内面は現代日本で暮らしていた頃の会社員のままなのだ。
そして、レグニルスの会社員時代はバリバリ第一線で働く方では無く、無難に働く会社員だった。
指示待ちという事は無いが積極的と評価される程では無く、所謂エースと呼ばれる程の能力も無かった。
「それに彼は領主であって戦士では無いですから」
「それは耳が痛いな。私も領主ではあるが、我が身は戦士でありたいと思っている」
「確かに、貴女は戦士としての才能に恵まれています」
アサシンラビットの姫は王の娘であり、一族を率いる立場では無かった。
一時的に率いる事はあったが、それはあくまで王である父親の代理として。
「父が不在である以上、群れの采配は私の役目なのだがな」
オークに襲撃されようとしていた村から住民を脱出させた際、彼女の父であるアサシンラビットの王は不在だった。
王は一軍を率いて、別方向から迫りくるオーク部隊の迎撃に出向いていたのだ。
そこで彼女は村に残っていた非戦闘員と最低限の護衛として残っていた兵士を率いて村を脱出、最終的にレグニルスのダンジョンに身を寄せる事となった。
「本来は己の武を鍛える前にやるべき事があるのだが」
「そこは我が弟子が上手く手配していますよ。それに貴女が武を鍛えるのは、オークから村を奪還する戦の旗手となる為。そのような武でリーダーシップを発揮するのも貴女らしくて良いと思いますよ」
「そう言ってもらえると心が軽くなるよ」
ピコピコと耳を動かし、姫は上機嫌に答えた。
彼女は武人気質というよりも、本物の武人だ。
だからこそ、彼女は負けたままでいるのが気に入らない。
相手が格上だからと言い訳出来るが、彼女はそんな言い訳はしない。
相手が格上ならば、自身も同じステージに上がれば良い。
それが彼女の答えであり、武を鍛え続ける理由である。
「存在進化。狭き道ですが、貴女なら辿り着けます」
「そうなりたいものだ」
「遊び惚けている家の弟子よりも見込みがありますよ」
「…あの男を比較対象にされても嬉しくないのだが」
ピコピコと動いていた耳が止まってしまう姫。
一度は自身に敗北を味合わせたレグニルスを警戒していたが、ダンジョンに身を寄せて数日共に過ごす事で既に警戒は解けている。
なにしろ、フォレストウルフの出産にオロオロと動揺し、アサシンラビットの子供と戯れ、ソファで横になりながらアニメを観賞する。
そんなレグニルスを見ていると、どうしても自身と同じ武人には見えず警戒は自然と解けてしまったのだ。
「彼は最低限の武は鍛えてますが、まだ基礎を鍛えている段階ですから」
「あの者の場合、個人の武よりもダンジョンを強化した方が効率的だろうからな」
正直、自身に敗北を味合わせた者の怠ける姿は見たく無く、自身と同じように武を鍛え続けて欲しいと思う姫。
率いる群れがダンジョンに身を寄せていなければ、彼女は文句の一つも言っていただろう。
「まあ、ダンジョンの主があれ程どっしりと余裕をもって過ごしていれば下の者も安心しよう」
常に戦場の先頭に立つことで群れを率いる彼女には出来ないリーダーの在り方だった。
もっとも、レグニルスは自然体で遊んでいるだけなので特に何かを意識している訳では無い。
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コーチとアサシンラビットの姫が手合わせをしている頃、レグニルスは自室のルーフバルコニーにいた。
仕事をサボった訳では無い。
きちんと1日8時間の訓練を終わらせている。会社員風に言えば、業務終了後のプライベートな時間だ。
「やっぱり可愛いなぁ」
ルーフバルコニーの一角に設置された犬小屋覗き込み、レグニルスは訓練で疲れた心をリフレッシュさせていた。
「犬小屋、良いヤツにして良かったよ」
並んで寝ている3匹の赤ちゃんフォレストウルフに手を伸ばすレグニルス。
昨日は手を伸ばした瞬間、母親フォレストウルフに手を噛まれそうになり触るのは断念した。
しかし、今日は昨日とは違う。
レグニルスには赤ちゃんに触れる確信があった。
その根拠が、レグニルスがフォレストウルフ親子の為に用意した特別な犬小屋だ。
よくある犬小屋がワンルームだとすれば、レグニルスが用意した犬小屋は1LDKといった所か。
犬小屋と犬舎が一体化したような木製の犬小屋だった。
お蔭で横からでも犬舎部分で寝ている子犬の様子が良く見える。
生後数日なので母親フォレストウルフの警戒心は強いが、近くで見ているレグニルスの事は信頼しているのか無警戒だった。
「買って良かったチートアイテム」
昨日は近づくことは許してくれたが、完全に警戒は解かなかった母親フォレストウルフ。
しかし今日は、レグニルスの事をまったく警戒していない。
「触れそう」
おずおずとレグニルスが赤ちゃんの背中に手を伸ばしても、母親フォレストウルフは無反応。
レグニルスは勝利を確信し、徐々に赤ちゃんに手を近づけていく。
レグニルスがフォレストウルフ親子の為に用意した犬小屋は所謂チートアイテムだ。
いや、チートアイテムというよりも課金アイテムと呼んだ方が正確かもしれない。
レグニルスは神様が製造したアイテム(犬小屋)をネット通販で購入、フォレストウルフ親子の家として提供したのだった。
ちなみに支払いにはクレジットカードのポイントを併用している。
「犬小屋で1日過ごせば忠誠度とか親密度、愛情度が上がる優れもの」
レグニルス自身、忠誠度や親密度、愛情度がどのようなパラメータかは把握していない。
しかし、ゲーマーとして数値が上がれば仲良くなるのだろう、という考えから神様製の犬小屋を購入している。
「産まれた直後は警戒されてたけど、アイテムの効果か赤ちゃんに近寄っても怒られなくなったし、課金して良かった」
アイテムの忠誠度や親密度、愛情度が上がった事で、母親フォレストウルフの警戒が解けレグニルスはフォレストウルフの赤ちゃんに近づけるようになった。
それがアイテムの効果なのか、単純に時間経過によるものなのかは誰にも分からない。
「くぅーん」
「かわええ」
レグニルスが伸ばした手が赤ちゃんフォレストウルフに触れると、初めての人間の手に驚いたのか赤ちゃんが小さな鳴いた。
そんな赤ちゃんに癒されるレグニルスだが、その癒しはホンの一瞬であった。
「おい」
「はい、スイマセン」
赤ちゃんの鳴き声に反応したのか、隣で寝ていた母親から怒りの声が響く。
たった一言だが、その威圧感はまさに『母は強し』。
「何もしてないです、ホントです」
「・・・ならいい」
両手を上げて己の無実を主張するレグニルスを一瞥し、我が子の状態を細やかに観察する母親フォレストウルフ。
我が子に異常が無い事を確認すると興味を無くしたのか、再び頭を伏せて寝入ってしまう。
「母親って怖い」
虐待の容疑者にされたレグニルスは、母親フォレストウルフが寝入った後も赤ちゃんには触れずに見守る。
また赤ちゃんを虐待していると勘違いされれば、同格のモンスターからの手痛い反撃が待ったいるからだ。
「しかし、まだ終わりではない。我が家のモフモフはこの程度では終わらんのだ」
そう演説風に呟くと、レグニルスは犬小屋を離れる。
子犬を観察する事は諦めたが、彼にはまだまだモフモフが残されているのだ。
「ふふふ、圧倒的では無いか我が軍は」
レグニルスがルーフバルコニーを見渡せば、そこには至る所にモフモフ、ウサギが思い思いに寛いでいた。
レグニルスが保護したアサシンラビットの群れに属するウサギ達である。
総勢46羽の大所帯だったが、ここにいるのはその半数以下の20羽程のアサシンラビットだ。
アサシンラビットの姫に貸しを返す事になったレグニルスは、当初群れの全羽を自室のルーフバルコニーに受け入れるつもりだった。
なにしろ、マンション型ダンジョンに動物を入れられるような場所は自室のルーフバルコニーか、コーチとの訓練を行っている屋上のどちらかしか無いからだ。
他にもスペースはあるが、飲食店が入っている12階と11階は衛生的な理由で却下、同じく食品を扱っている10階と9階のスーパー、8階の病院も候補から除外された。
他の階も図書館に家電、ホームセンター、服屋に家具屋と動物を生活させても良いのかと考えると、常識的に眉をひそめてしまう場所ばかり。
「出費はデカかったけど、無駄な出費じゃないと信じたい」
近くにいたアサシンラビットの子供を抱き上げると、レグニルスはアサシンラビット保護するために支払った費用を考え、少しでも元を取ろうとモフモフ具合を楽しみのだった。
ちなみにレグニルスは気軽に抱き上げモフモフしているが、抱いている相手はモンスターである。
良い子は真似してはいけない。
レグニルスは課金アイテムでチートをしているから出来るのだ。
そう、レグニルスはフォレストウルフ親子に提供した犬小屋と、同じ効果のある小屋をアサシンラビットの群れに提供しているのだ。
「やあ、精が出るね」
「自分達の食い扶持は自分達で手に入れたいですからな」
アサシンラビットの子供を抱き上げたまま、レグニルスは農作業に勤しむアサシンラビットの爺に声をかける。
耳で農作業をするのは違和感があったが、そこは異世界という事でレグニルスは納得している。
「でも、爺さんは姫様に付いてなくていいのか?」
「なに、姫様には姫様にしか出来ない事がある。それ以外の事を補佐するのが儂の役目よ」
「流石従者の鑑」
共にオークと戦った仲だからか、レグニルスとアサシンラビットの爺は仲が良い。
爺もレグニルスが姫様と、自身の使える相手に一定の敬意を示しているので悪い気は無く、二人の仲は良好だ。
「とは言え、これだけじゃ群れの胃袋を満足させられないだろ」
アサシンラビットが耕しているのは、レグニルスが転生時に餞別として貰った畑だった。
一畳程の広さの畑が計四つ、四畳程の広さしかない。
しかし、神様のチート能力により通常の1/10の期間での収穫が可能で、収穫物も栄養素満点になる効果があった。
「外に狩りに行ければ良いのじゃが、まだオークがうろついておるからの」
「足りない分はこっちから援助するよ、姫様への『貸し』ってことで」
「・・・貸しに拘るの」
アサシンラビットは雑食性なので植物も食べれば、動物も食べる。
しかし、彼等は狩りを生業としているので肉食に拘る部分がある。
普通であれば農作業などに力は入れないのだが、狩りを行う戦士階級が殆どいない事、ダンジョン付近がオークの狩場となった事で、アサシンラビットの群れはダンジョン外への狩りが出来ないでいた。
そんなアサシンラビットの群れに、レグニルスは食事を提供している。
アサシンラビットの姫への『貸し』という形でだ。
当初はアサシンラビットの食事も込みで群れを受け入れたつもりだったレグニルスだが、住居を提供した時点でアサシンラビットの姫への『貸し』はチャラになっていたらしい。
アサシンラビットの姫は過剰な『施し』を拒否し、『貸し』という形でレグニルスからの食糧提供を受けていた。
「ま、こっちも地下室作った元は取りたいんで」
レグニルスの自室は、一般的なマンションの一室よりも広い。
なにしろ、各部屋70平米だった部屋を三部屋繋いで自室としているので、レグニルスの自室は計210平米はあるのだ。
そのうち100平米を3LDKの居室として使用し、残りの110平米をルーフバルコニーとして使用している。
それなりに広く、贅沢なスペースだと思っていたレグニルスだが、流石にフォレストウルフの親子4匹と50羽近いウサギが生活するには手狭だった。
そこでレグニルスはマンション地下一階を増設、7部屋ぶち抜きの490平米の地下倉庫とした。
そして、増設した地下倉庫をアサシンラビットの群れに住処として提供したのだった。
ちなみにこの倉庫、エレベーターでしか入れないように仕掛けを施しているので、階段しか使用出来ないダンジョン攻略者は立ち入れないようになっている。
これは地下一階がダンジョン攻略と直接関係無いデッドスペースだからこそ出来る荒業だった。
「色々と返済が怖いの」
「借金持ちだから取り立てはシビアなのだよ」
レグニルスの最終目標は元の世界にチート能力を保持したまま帰還し、この世界と自由に行き来する事。
その為のお値段は3兆円(分割払いなしの一括現金払いのみ)。
その前の、最初の目標がローンの完済だ。
こちらは完済しないと死後大変な事になってしまうのでレグニルスも必死なのだ。
「ああ、前に話しておった転生した費用とやらか」
「正確には、このマンション代が8割、チート能力に2割って感じだけど」
「しかし、そんな大事な話を儂等に話して大丈夫じゃったのか?」
レグニルスは自身が転生者であること、転生時にチートを借金で購入した事をフォレストウルフ、アサシンラビット達に話していた。
そうする方がマンション型ダンジョンの設備を説明するのが楽だと思ったからだ。
「まあ、隠すような秘密じゃ無いし」
「情報管理は重要だと思うが、ここは信頼の証と思っておこう」
背後からの奇襲や、普通のウサギに偽装して狩りをするアサシンラビットとしては、情報を不用意に他者に漏らすレグニルスが信じられない。
しかし、そこは宮仕えが長い爺なので表情には出さない。仮に出したとしてもウサギの表情の機敏はレグニルスには分からないが。
それに、主の欠点を補うのが部下の役目。
将来どのような関係になるのか爺には分からないが、部下として仕える未来が待っていれば自分達がフォローしようと決心するのだった。
「それで、転生者のダンジョンマスター殿は今後どうするので?」
「さて、どうしようかね。ダンジョンマスターになったのも、マンション購入という積み重ねて来た人生の結果をゼロにしたくないからだし」
「このダンジョンは、生前のダンジョンマスター殿が生きた証ということか」
「カッコいい言い方をすればね」
レグニルスがマンション型ダンジョンの主となったのは、理不尽に自宅(持ち家)でゴロゴロして過ごすという楽しみを奪われ、それを取り戻したいと思ったからだ。
だからこそ、レグニルスは転生直後は何もせずにゴロゴロとアニメを見て過ごしていた。
一見すればタダの引き籠りニートだが、別の見方をすれば転生という今まで積み上げて来たものを捨ててのゼロからのスタートという現状を納得する為の時間でもあった。
「まずは借金完済、次に元の世界に帰る為の金稼ぎだね」
「やはり、ダンジョンマスター殿は元の世界に帰りたいので?」
「帰りたいけど、それは一時的な里帰りに近いかな。なんだかんだ言って、この世界での生活には満足してるんだ」
特に給与の面で、とレグニルスは心の中で続けた。
現在のレグニルスの月収は25万2千500円、生前の月収は30万程だったが額面なので手取りは23万程度。
自由に使える額だけを比較すれば、ダンジョンマスター業も悪くないと思うレグニルス。
「…ボーナスと社会保障が無いのが欠点だけど、不老という特典があるから難しいところだ」
「ボーナス? 社会保障?」
「いや、こっちの話だから気にしないで」
野生に生きるアサシンラビットには、ボーナスも社会保障という概念も理解出来ない。
特に社会保障は、彼等の弱肉強食とは真逆の考え方なので説明するのも難しい。
「まあ、まずはアサシンラビット村の奪還が当面の目標かな」
「かたじけない」
「いいよ、貸し一つだから」
「・・・取り立てが怖そうですな」
「それはあの姫様に言ってよ」
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先進的な政策を行った事から、帝国初代皇帝レグニルスには他の世界からやって来た異世界人ではないかと考える学者も多い。
事例は少ないが異世界から召喚された、異世界から転生したと証言する人間もいるからだ。
しかし、この説に明確な証拠はなく、陰謀論に近い。
彼等が帝国初代皇帝レグニルスは異世界人であったと考える根拠は以下の通り。
①世に出るまでの(特に出生から幼少時)の記録、文献が一切存在しない
②当時では先進的な考え、知識を有していた
③皇帝本人が否定していない
④聖地オオアライの伝承が確認出来ず、異世界にある地と考えると辻褄が合う
⑤皇帝の秘密を探っていた当時の諜報員が暗殺されている
しかし、当時は戸籍管理を行っている国は無く、記録が残っていなくても不自然では無い。
また、皇帝自身は否定していないが、肯定もしていない。仮に皇帝自身が認めたとしても、皇帝が異世界人であったという客観的な証拠は存在していない。
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年末年始の忙しさに更新が遅くなりました。
コミケ行ったり、ガキ使見たり、SAOの一挙放送見たり、バンドリ24時間マラソン見たりしてますが、色々と忙しく申し訳ない。
今回は大乱編第二章のプロローグということで、ほのぼの回になってます。




