EP20 可愛いウサギには『耳』がある
ウサ耳メイドもそうだけど、謎のウサギ推し。
ジャージの上下に上半身の急所のみをカバーする皮鎧、そして苦楽を共にした愛剣。
初陣の時と同じ装備でレグニルスはマンションの周りを巡回していた。
森の中に建てられたマンションなので、その外周は当然の様に森である。
人の手が入っていない森は視界が悪く、茂みにモンスターが潜んでいても素人には分からないだろう。
そこでレグニルスはマンションの周りを覆うフェンスにそって歩くことで、僅か幅3メートルだがダンジョンマスターの権能を使って安全を確保していた。
「やっぱレーダーはチートだな」
ダンジョンマスターにはダンジョン内の状況、配下や侵入者の場所を把握する権能がある。
正確にはダンジョンコアが持つ権能なので、ダンジョンマスターはダンジョンコア操作時のみ使用できる。
しかし、レグニルスは普通のダンジョンマスターとは異なった常識で生きている。
普通のダンジョンマスターは直接ダンジョンコアに触れて操作するが、現代日本でITをかじったレグニルスはダンジョンコアをサーバーに見立て、ダンジョンコアをリモート操作しているのだ。
今も巡回しながらダンジョンコアにリモートアクセスし、ダンジョンエリア内のモンスターを監視していた。
「脳内に映るレーダー、ゲームやってるみたいで楽しい」
脳裏に浮かぶマップを元に敵を倒す。
現代日本、今でもマンションでやっているが、で遊んでいたゲームを連想された。
それを元に、レグニルスは現状をゲームみたいで楽しいと思い込もうとしていた。
「いや、無理。普通に怖い。」
レグニルスが見ているマップは、ダンジョン周りのフェンスから3メートルの範囲しか映さない。
つまり、モンスターが3メートル外側から突然現れれば、それを事前に察知する術の無いレグニルスは対処する方法が無いという事だ。
「やっぱ3メートルって狭い。ケチり過ぎたかな」
死角からの奇襲を警戒する意味では、3メートル先の状況が分からないというのは何とも心細い。
特に飛び道具を使う事もあるコボルトやゴブリンを考えると、認識範囲外から攻撃される可能性も十分ある。
「お、レーダーに感あり」
奇襲に怯えながら進むと、近距離マップが敵影を捉えた。
全体マップでは確認済ではあったが、レグニルスは実際に近距離で敵の存在を認識すると足が震えてしまう。
「無事に帰れたら、俺メイドカフェに行くんだ」
死亡フラグのような事を呟いているが、恐らく非リア充の神の加護がレグニルスを守るだろう。
そのような神がいるのかは、誰にも分からないが。
「前方にウサギ2匹発見。あ、ウサギは羽だっけ」
アニメで学習した知識を思い出しつつ、前方に目をやればウサギが2羽。
レグニルスにとって都合が良い事に、ウサギは2羽ともこちらに背を向けて食事をしていた。
森に生えている草を啄む姿はまさに草食動物。
倒すべきモンスターのはずが、ペットにしか見えなかった。
先程まで奇襲に怯えていた気持ちは落ち着き、目の前のウサギを愛でる余裕さえ生まれていた。
どう見ても、初陣の相手であったコボルトよりも楽な相手だと。
そう、レグニルスは咄嗟に思い込んでしまっていた。
「ウサギ系モンスターは序盤のレベル上げモンスター。ここは後ろからの奇襲で」
草をもきゅもきゅ食べている姿を見ると、どうしても戦う気力が湧いてこない。
湧いてこないが、日々の糧の為にレグニルスは心を鬼にして奇襲をかける事にする。
可愛らしいとは言え、ウサギは2羽。
初陣のコボルト4匹より少ないが、油断しない方が得策だとレグニルスは判断したのだ。
しかし、レグニルスは間違いを犯していた。
目の前で草を頬張るウサギを格下と判断したが、彼等は格下などでは無かった。
彼等は種族ランクDのアサシンラビット。
種族ランクDの人間であるレグニルスと同格の相手なのだ。
そして同格の相手に対し、レグニルスはあまりにも無防備だった。
「よし、まだ気づいてない」
レグニルスは己の気配を隠し、徐々にアサシンラビットとの間合いを詰めていく。
しかし、野生に生きるアサシンラビットは背後から接近する獲物の気配を察知していた。
アサシンラビットがレグニルスに気が付くのは当然だ。
無防備に草を食べている姿は、獲物を油断させる為の擬態なのだから。
レグニスルがアサシンラビットを格下と判断したのは見た目がウサギという事と、敵であるレグニルスに気が付かずに草を食べ続ける姿を見たからだ。
その姿を見て、レグニルスは相手が無力なウサギと、自分より格下だと思い込んでしまっていた。
これはアサシンラビットの狩り、自身を普通のウサギに擬態して油断した相手を狩る、にハマった結果だった。
「後ろです!」
突如、コーチの声がレグニルスの脳裏に響いた。
何故とレグニルスが考える前に、体は咄嗟に振り向いていた。
そこでレグニルスが見たのは、後ろから襲い掛かってくるウサギの姿。
「っ!」
背後から襲い掛かってくるウサギを見た瞬間、レグニルスは考えるよりも前に体を動かしていた。
体を倒してウサギを避け様としたが、全ては遅すぎた。
しかし、ギリギリの部分で踏みとどまる事は出来ていた。
「痛ってー」
左肩を浅く斬られたレグニルス。
レグニルスの背後から襲ってきたウサギは、交差時にウサギらしい長い耳を振りかぶって来たのだ。
普通のウサギであれば問題無いが、アサシンラビットの耳は鋭い刃になっている。
彼等はその耳で獲物を仕留める狩人なのだ。
「もうちょっと遅かったら首斬られてた」
そう、背後から襲ってきたアサシンラビットはレグニルスの急所、首の頸動脈を狙っていた。
音も無く行われた奇襲に対し、レグニルスは全く気が付いていなかった。
コーチの声が無ければ、今頃レグニルスは頸動脈を斬られて第二の人生が終わっていただろう。
「なんでウサギが? というより、さっきのコーチの声は?」
色々と事態についていけないレグニルス。
自分が狩るはずのウサギが逆に襲ってきた事、マンション屋上にいるはずのコーチの声が聞こえた事。
分からない事は多いが、自身が危機に陥っている事は直ぐに分かった。
先程襲ってきたウサギもそうだが、レグニルスが獲物と思っていた2羽のウサギも草を食べるのを止め、レグニルスを威嚇するように姿勢を低くし、その鋭い眼差しでレグニルスを斬り裂かんとしている。
「囲まれた? 3羽、いや5羽か」
新たに2羽のウサギ、アサシンラビットが森から姿を現していた。
5羽のラビットウサギはレグニルスを囲うように布陣し、襲い掛かるタイミングを見計らっている。
「これは不味いのでは」
ここでようやくレグニルスは自身が狩られる獲物である事に気が付いた。
対処法を考えようと意識を切り替えた瞬間、その瞬間を見透かしたように最初に襲い掛かって来たアサシンラビットが動く。
その動きは単純な直線では無く、立体的で複雑な軌道だった。
アサシンラビットは直接レグニルスに飛び掛かるのではなく、近くの木を三角飛びの要領で空に駆け上がる。
その勢いのまま次の木を蹴り、さらに次の木へ。
その動きに連動するように、レグニルスが獲物と認識していた最初の2羽が地を駆ける。
こちらはレグニルスまで一直線に最短距離を駆けていく。
「マジか!」
レグニルスは咄嗟に愛剣を振り上げるように払う事で、こちらに一直線に駆けてくる2羽を迎撃する。
しかし、アサシンラビットはその機動力を活かし、レグニルスの剣をひらりと回避してしまう。
レグニルスの振り上げた剣が止まった瞬間、木を蹴り続けレグニルスの背後に回ったアサシンラビットが、レグニルスの身長より高い場所から襲い掛かる。
自身の脚力、相手の高所より襲い掛かる地の利、そして体勢が崩れた獲物。
レグニルスに襲い掛かるアサシンラビットは、必殺を確信していた。
狙うは首の動脈。
アサシンラビットの耳は鋭利な刃だが、骨を断てば刃が欠けて切れ味が鈍る可能性がある。
アサシンラビットには首を両断出来る自信はあるが、野生に生きるモンスターである彼は獲物を狩るのに十分なダメージ以上は求めていないし、それ以上のダメージと引き換えに自身の戦闘力を低下させるリスクは避けたかった。
「この!」
後から迫るアサシンラビットに気が付いたレグニルス。
剣を振り上げた姿勢で硬直していた為、それはまさに必殺の間合いだった。
恐らく普通の冒険者、今までのレグニルスなら反応出来ずに首を斬り裂かれていただろう。
レグニルスの訓練は、基本は素振りで最後に型の稽古をするだけだった。
訓練している型は実戦を想定しているとは言え、背後から襲ってくる敵の対処はまだ未収得。
レグニルスに死を予感させるのに十分だった。
「見様見真似」
だからだろうか、レグニルスは走馬灯のように思い出していた過去から、迫りくる敵への対処法を思いつくことが出来た。
過去に学んでいた格闘技の経験などでは無く、読んでいたマンガの技をコピーするだけなのだが。
レグニルスは剣を振り上げた体勢のまま、体をターンさせる。
その勢いのまま剣を振り、体の正面に来たアサシンラビットを迎撃する。
剣と耳。
リーチの差により、レグニルスの迎撃は一方的なモノになる。
レグニルスだけでなく、レグニルスを囲うアサシンラビット達も仲間が獲物の剣に斬り裂かれる姿を確信していた。
しかし、レグニルスに襲い掛かるアサシンラビットだけは違った。
彼は間合いの外で大きく耳を振るい、空中で体の姿勢を大きく崩した。
結果、レグニルスが想定していた軌道がズレ、彼の剣は空を切る。
「マジかよ、どこのニュータイプだよ」
空中で姿勢を崩したアサシンラビットは上手く着地出来ず、飛行機の胴体着陸のように地面を滑っていく。
しかし、その眼は獲物であるレグニルスを強く睨み続けていた。
「・・・」
「・・・」
両者の視線が交差する。
互いに必殺の一撃を回避された為、次の行動に慎重になっていた。
アサシンラビットの武器は耳と脚力。特に脚力が生み出す三次元起動は同族でも彼(彼女?)の右に出る者はいない。
対してレグニルスの武器は愚直に振るってきた剣と、人間にしては高い身体能力が武器だ。
パッシブスキル【身体能力強化】により常時底上げされる身体能力と、【肉体強化魔法】によりブーストされる身体能力。
二つの方法により強化された身体能力は、種族ランクDの中では下位の身体能力しか持たない人間の中でも突出していた。
両者が動けない事で、周囲に緊張が漂う。
「・・・」
「・・・」
最初に緊張に負けたのは対峙する二人では無く、最後に現れた2羽のアサシンラビットのうちの1羽だった。
ジリジリと間合いを詰めていたレグニルスの背後から襲い掛かるが、強敵との闘いでレグニルスの集中力が高まっていた事が彼の運命を決定付けた。
「また後ろか!」
何かの力に覚醒したかのように、後ろから襲い掛かるアサシンラビットの姿がレグニルスには見えていた。
そして、背後からの奇襲への対応は先程成功している。
剣を構えた位置こそ違ったが、基本は同じ。
体をターンさせつつ、その勢いのまま剣を振るう。
その剣を避けられる程、レグニルスに襲い掛かったアサシンラビットは経験を積んでいなかった。
「やっと一体。って!」
背後から襲い掛かったアサシンラビットを一刀両断し、気が緩んだ所に再び奇襲をかけてくるアサシンラビット。
奇襲をかけてきたのは先程までレグニルスと対峙していたアサシンラビットだった。
気が緩んだタイミングだったので回避が遅れるレグニルス。
「・・・痛い」
完璧に避ける事が出来ず、アサシンラビットの耳は僅かにレグニルスの左肩を斬り裂いていた。
「でも、ちょっと目が覚めた」
冷静に考えて、レグニルスの勝算は低い。
一対多という状況に加えて、レグニルスと互角以上の力を秘めたアサシンラビットが一羽。
そして他のアサシンラビット3羽も種族的には同格の相手だ。
「ふつうに1羽倒したし、撤退した方が良さそうだ」
幸い狩りの成果は足元だ。
逃げるが勝ち。
戦場はダンジョン内であるので、幸い転移による脱出が可能だった。
「悪いけど、勝ち逃げさせてもらう」
もし、狩りの成果が0であったなら、レグニルスはここまで素早く撤退を決断出来なかっただろう。
しかし、アサシンラビットを一体仕留めた現状、お互いの成果を比較して勝ち負けを考えれば、撤退のハードルは低かった。
ダンジョンコアのリモート操作から転移を選択。
足元にある狩りの成果を確保し、自身への視線を外さないアサシンラビットと向き合うレグニルス。
光に包まれるレグニルスを、アサシンラビットは静かに見つめ続ける。
狩りそこなった獲物、それも仲間を失う原因となった獲物だ、を己に刻み込む為に。
「またやろうぜ」
まるでライバルキャラに出会った主人公のように口元を緩め、その強さを認めた敵に笑いかけるレグニルス。
しかし、相手がウサギなので絵としてはバトルマンガ程盛り上がらないだろう。
やがて光が強くなり、レグニルスの姿が消える。
消えた後もアサシンラビットはその場に残り、己の敗北を噛みしめた。
そして、次に会った際の必殺を誓うのだった。
ダンジョンコアの転移により、マンション内に撤退したレグニルス。
異世界転生後、ライバルと言って良い存在に出会った事に興奮していた。
当面の目標は自身を傷つけたアサシンラビットだと確信し、明日からの修行に励む事を決意するのだった。
久しぶりの戦闘回。
作者の中では主人公を傷つけたウサギは、某人類最強の兵長のイメージです。




