EP19 ダンジョン拡張
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兵糧攻め。
敵の補給を断ち、食糧を欠乏させる事で勝つ戦術だ。
「ようやく撤退してくれたか」
ダンジョン攻略者がやって来てから約1ヶ月半、彼等は撤退していった。
撤退理由は至極単純、食糧と資金が尽きたからと言う引き篭もり廃人の末路としてはありふれた結果だった。
「予定通りとは言え、あんまり成果無かったんですよね」
「色々と臨時収入はあったのだろう?」
「グッツ販売と合わせて15万くらいですかね」
今日も今日とて素振りをするレグニルス。
2ヶ月程素振りを繰り返しているので、素振り中にコーチと会話する余裕も出来た。
今では素振りも単純な振り下ろしだけで無く、実践的で複雑な型も特訓している。
「フィギュアが売れれば良かったんですけど、ちょっと欲を出しすぎました」
「まあ、あの価格では誰も買ってくれないよね」
攻略者パーティーのメンバーにオタクが生まれた事を好機と見たレグニルスはグッツ販売を試みた。
Tシャツやポスター、缶バッジ、タオル、フィギュアなどの定番グッツを販売したが、単価が高いフィギュアは売れなかった。
攻略者も購買意欲はあるようだったが、彼等の予算が購入を許さなかったようだ。
「ポリエステルの扱いで揉めたにしては、そこまでの収入じゃ無かったのがなぁ」
「しかし前例は作れました。次の商売に活かせば良い」
今回販売したTシャツにはポリエステル、合成繊維が含まれていた事が問題になった。
レグニスルはダンジョンに異世界である日本の科学技術を持ち込むさい、ダンジョン外に自然に循環しない工業製品を持ちださない契約を結んでいる。
この契約にポリエステルが含まれるのでは無いか、この世界の神と議論になったのだ。
「衣類は8割以上天然繊維が含まれていれば売っていい事になったけど、買い手もいないし単価も高いから」
辺境のダンジョンなので人が来ないのは防衛上の利点なのだが、商売という観点から見れば致命的な欠点だった。
しかも扱っている商品もTシャツ1枚1000円と、平均年収10万円程度のこの世界ではそれなりに高額だ。
「当分商売する気は無いですけど、今後の課題ですね」
「商売が出来る程頻繁に人と交流するのなら、もう少し強くならないとね」
そう言ってコーチは微笑むが、レグニルスにはソレが悪魔の微笑みに見えた。
なにしろコーチは1日8時間、昼休憩を除いて鬼のようなトレーニングをレグニルスに施している。
「でも、全然強くなった実感が無いんですよね」
「初陣以降、まったく戦って無いからね。ステータスは上がってるのだろう?」
「それが唯一トレーニングの成果を教えてくれます」
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基本情報
名前:レグニルス・レイル・レナグレイルス
種族:人間
性別:男
年齢:18
階級:男爵
合計レベル:10
種族レベル:2
職業:【剣士】レベル2、【司祭】レベル1
未装備:【槍士】レベル1
特別職:【ダンジョンマスター】レベル2、【貴族】レベル1、【聖人】レベル1、【引き籠り】レベル1
保有スキル
基本スキル:
【剣術】レベル2
【身体能力強化】レベル2
【魔力操作】レベル1
【肉体強化魔法】レベル1
【回復魔法】レベル1
【足裁き】レベル1
固有スキル
【不老】レベル1
【ダンジョンコア操作権限】レベル2
【貴族の誇り】レベル1
【カリスマ(クラスC)】レベル1
【神の祝福】レベル1
【精神攻撃耐性】レベル1 (※領域内でのみ有効)
ユニークスキル
なし
スキルポイント : 3
返済状況
借金残高1990万円
ダンジョン収入
25万円/月
所持金
49万円
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これが現在のレグニルスのステータスだ。
実戦から遠ざかっている為、種族レベルや職業レベルは基本的に上がっていない。
例外は【ダンジョンマスター】で、収集した魔力量と攻略者を撃退した功績値の合計が規定値に到達したのでレベルが上がっている。
その他で変化したのはスキルと借金残高。
某協会の会長レベルの素振りを行ってきた成果として【剣術】がレベル2に、そして新たに【足裁き】スキルを獲得した。
【足裁き】はフットワークだけでなく、体勢を崩しにくくなるスキルでもある。
初戦のゴブリン戦で体勢を崩したレグニルスを見て、コーチが取得出来るようトレーニング内容を再考した結果だった。
どのように習得させたかと言えば、チート道具であるトレーニングスーツを活用している。
トレーニングスーツは着用者であるレグニルスに、最適な身体操作を強制する。
現在レグニルスはコーチと会話しながら素振りを繰り返しているが、ランダムで複雑で体勢が崩れる型が混じっていた。
その際に体制を極端に崩さない方法、崩れたとしても即座に元に戻す方法を体に覚え込まされている。
もちろん強制的に、だ。
また、全身の筋肉を強制的に使わせるので筋トレの効果もあった。
「そろそろ実戦も必要ですね」
「そうなんですけど、相手がいないんですよね」
臆病者、いや慎重なレグニルスは、ダンジョン内に侵入したモンスターとしか戦わないようにしている。
鉄製のフェンスで囲まれたダンジョンに侵入してきたモンスター以外とは戦わない為、レグニルスは実戦から遠ざかっていた。
そもそも、ドアを開けて入ってくる知能があるモンスターは稀なのだ。
そういう意味では、レグニルスの初戦の相手であったコボルトは知能が高かったので運が良かった。
・・・侵入後、彼等は全滅しているのでコボルトとしては運が悪かったとも言えるが。
「マスターがダンジョン内でしか戦わないのであれば、ダンジョンを拡張するしかないでしょう」
「相談していた外堀計画ですね」
外堀計画。
ダンジョンエリアを拡張する事で監視エリアと、ダンジョンマスターの力、ダンジョン内を転移出来る能力、を活用出来る範囲を広げる計画である。
「もっとも、敵と戦わずにひたすらマンション部分に籠城する策もありますが」
「確かにマンションに引き籠っていた方が安全ですけど、この世界ではレベルがありますからね」
レグニルスは完璧な作戦、完璧な安全など無いと考えている。
あるのはより成功率が高い作戦、よりリスクの少ない安全があるだけだと。
仮に籠城で大部分の攻略者やモンスターを退けたとしても、例外は想定しておくべきだ。
どのような状況かは凡人であるレグニルスには想定しきれないが、現在の試練が突破された、ダンジョン外での鉢合わせなど、敵対者と遭遇する可能性はゼロでは無い。
「元の世界ではレベルなんて無かったですけど、この世界ではレベルという壁がありますからね」
レベル制ファンタジー世界の嫌な所だとレグニルスは思う。
レベルという絶対的な優劣が、この世界にはあった。
レベルが下のモノが、レベルが上のモノに勝つのは容易では無い。
ではどうするのかと言えば、相手よりも事前にレベルを上げておくか、レベル差を埋める武器を用意するしかない。
「いざという時の為にも、レベルは上げておきたいですね」
「それが良いでしょう。私も生徒がコボルトに殺されたら末代の恥です」
「コーチ、生殖能力あるんですか?」
「・・・・・・秘密です」
レグニルスも種族ランクが格下のコボルトに負けるつもりは無いが、同ランクのモンスターと戦って勝てる自信は無い。
であれば、今は一つでも多くレベルを上げた方が良いだろう。レベルを上げれば戦闘技術が拙くとも、ステータスという力で相手を圧倒出来る可能性もあるのだ。
そして、ホムンクルスであるコーチに生殖能力があるかは、まさに神のみぞ知る事柄だった。
「善は急げ、さっそく拡張するので素振り止めて貰って良いですか?」
トレーニングスーツの良い所は装着者を無視し、常に理想的なフォームで動き続ける事だ。
しかし、それは同時に欠点でもあり、装着者の意思では動きを止められないという事でもあった。
動きを止められるのは、レグニルスを指導するコーチだけなのだ。
「まだノルマが終わっていません。成長したのか、中々限界が訪れ無いですね」
「あの、何か不穏な事を言いませんでした?」
「言っていませんよ。ここまで動いているのに、私と会話できる生徒の成長を喜んでいるだけです」
格闘ゲームの必殺技のような動きをするレグニルスと、それを見守るコーチ。
そこには確かな信頼関係があった。
と、生徒を見守るコーチは思っている。
見守られるレグニルスは強くなっている実感はあるのでコーチに感謝しているが、同時に毎回自身の限界まで鍛えるコーチに恐怖していた。
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3時間後。
「さて、今日はこのくらいで素振りは終わりにしようか」
「え? 訓練時間は後1時間ありますけど」
コーチの静止と共に、レグニルスの体を全自動で操っていたトレーニングスーツが停止する。
午後5時、本来であれば午後6時までコーチのトレーニングは続く。
残り時間があるのに、コーチが素振りを終了させたのは初めての事であった。
「実戦に勝る物なし。残りの1時間はダンジョンを拡張して、ちょっと狩りに行って来てください」
「そんな気軽に言わないでくださいよ、近所のコンビニじゃ無いんですから」
気軽に戦ってこいと言うコーチに、レグニルスはすぐさま反論する。
元々レグニルスは戦闘素人で慎重な性格をしている。初陣は済ませたとはいえ、それで再び実戦に臨める度胸が育った訳では無い。
「一回勝ったら、直帰しても良いですよ」
「直帰ですか?」
直帰。
それは会社員にとっては魔法の言葉。
訪問先から会社に戻らず、直接自宅に帰る事が直帰と呼ばれる行為だ。
会社に寄らずに帰る為、定時に退社するよりも早い時間に自宅に帰る事も可能になる、ベテラン会社員とっておきの技だ。
もっとも訪問先での仕事が終わったのが22時を過ぎていて、会社に戻っても誰もいないから直帰する場合もあるが。
「なんか久しぶりだな」
会社員時代に直行直帰を経験していたが、ダンジョンマスターになってからは自宅が仕事場なのでレグニルスは直帰を経験していない。
その為、どうしても直帰という言葉に惹かれてしまう。
それに一回勝ったら直帰という事は、上手くすれば定時前に自宅に帰る事だって夢では無い。
もっとも、これから拡張するエリアも実質的にはレグニルスの自宅なので、厳密に言えば自宅作業の延長なので直帰では無い。
しかし、庶民感覚が抜けないレグニルスにとっては自宅とは生活しているマンションの一室のみが自宅なので、マンション外での作業からの帰宅は直帰扱いなのだった。
「それじゃ、さっそく拡張しますね」
レグニルスが意識を集中し、自宅のルーフバルコニーに設置されたダンジョンコアにアクセスする。
するとレグニルスの前にSF映画に出てくるようなスクリーンとキーボードが出現した。
レグニルスは出現したキーボードを操作し、ユーザーIDとパスワードを入力してダンジョンコアにログインする。
普通のダンジョンマスターは、直接ダンジョンコアに触れて操作するが、元IT業界の人間であるレグニルスはダンジョンコアをリモートで操作する。
レグニルスにとってダンジョンコアとはダンジョンを管理するサーバーであり、サーバー操作はリモートが基本だと思っている。
そもそも、レグニルスの意識では物理サーバーはデータセンターで管理されており、直接操作はデータセンターの入館手続きなど面倒が多い操作方法なのだった。
また、ユーザーIDとパスワードによるログインは、レグニルスが新たに設定した仕様だ。
ダンジョンコアはダンジョンマスターしか操作出来ないので普通のダンジョンマスターは気にしないのだが、現代日本で生活していたレグニルスとしては最低限のセキュリティ対策としてログイン認証は必須だった。
そんなレグニルスの意識が生んだ、この世界では誰も真似しないダンジョンコアのリモート操作、所謂ユニークスキルとも言える技であった。
これはレグニルスが特別という事では無く、意識の違いから生まれた技なので今後レグニルスと同じ意識を持つ人間がダンジョンマスターになれば、リモート操作はレグニルス固有の技では無くなるだろう。
しかし、魔力過多に苦しむ世界は多いので、この世界にレグニルスの同胞がやって来る機会は少ないだろうが。
ダンジョンコアの操作メニューから拡張を選択し、続いて表示されたサブメニューからエリア拡張を選択する。
エリア拡張を選択するとスクリーンにはマンションを中心とした地図が表示された。
地図の中心には青い円が表示されており、円の範囲がダンジョンエリアを現している。
レグニルスはタッチスクリーン操作の要領で円を広げると、スクリーンの左下に表示されている数字が変化していく。
「とりあえず15万円分拡張しますね」
数字が15万になるように円の大きさを調整し、スクリーン上の決定ボタンをクリックする。
「金額は大きいけど、外側に3メートルしか広がらないけど」
「まあ、元からそれなりに広いエリアでしたから」
かかる費用は15万とそれなりの額だが、拡張されたダンジョンエリアはマンションを囲うフェンスから外側に3メートル程だった。
しかし、半径10メートルの円が半径13メートルになったと考えれば、ダンジョンエリアはそれなりの大きさに拡張されている。
フェンスから3メートルの範囲でモンスター狩りが出来るのか、という疑問は残るが。
「あ、月の給与が微妙に増えた」
「昇給おめでとうございます」
ダンジョンエリア拡張により、レグニルスのステータスに変化が起こっていた。
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ダンジョン収入
25万1千500円/月
所持金
34万円
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「月1500円の昇給。増えた額は少ないけど、100ヶ月でペイ出来ると思えば良い投資だったのか?」
「ペイする前にダンジョン攻略されたら終わりですけどね」
「そう考えると、ダンジョン運営はそれなりにリスキーな投資ですよね」
「利回りが良い投資はリスクがあるものです」
「たしかに」
コーチの至言に納得するレグニルス。
高利回り、家賃保証を謳ったシェアハウス投資が破綻したニュースはレグニルスの記憶に刻まれている。
「投資額回収する前に攻略されれば損しか残らないし、防衛に力を入れれば維持費で収益が落ちる。ハイリスクでハイリターン、しかも運営に手間がかかるって最悪ですね」
「だからこそ、なり手が少ないし直ぐに撤退してしまうのがダンジョンマスターなんだよ」
現代日本と同じレベルの生活を送る為にダンジョンマスターになったレグニルス。
生活レベルの為なのでリスクを許容しているが、投資目的ならダンジョン運営は安定志向の彼の選択肢には入らなかっただろう。
「それじゃ、ちょっと行ってきます」
「いってらっしゃい」
ダンジョンエリアを拡張したレグニルスは、さっそく自宅警備の仕事を開始するのだった。
もう少し安定して更新したい。




