EP13 初陣
戦闘回
自宅警備員 + 社畜 = 侵入者絶対殺すマン
自宅警備員の仕事は自宅の警備。
ダンジョンマスターの仕事はダンジョンの運営。
その仕事は幾つかの類似点があった。
それは、拠点の防衛。
守るのが自宅か、ダンジョンか?
そして独りで守るのか、配下のモンスターと共に守るかの違いしか無いだろう。
ダンジョンマスターであるはずのレグニルスだが、部下が1人もいないワンマン・ダンジョンマスターの為、ダンジョン防衛も一人で行う必要がある。
だからこそ、レグニルスは侵入者を迎え撃つ為にエレベーターに乗り、マンション一階のエントランスを目指す。
「マンションだから、見た目完全に自宅警備員だ」
服装も上下ジャージにスニーカー。
これからジョギングに行くような恰好をしている。
ただし、手に持っているのは5日間毎日振ってきた愛剣だ。
「ダンジョンマスターのはずなのに、ホントにやっている事は自宅警備員」
自身の勝手な想像だと理解しているが、レグニルスにとって自宅警備員はニートの職業。
どうしても自分が堕落したような気分になってしまう。
「服装が合ってないのかな?」
取りあえず動きやすい恰好の方が良いだろうと、レグニルスはジャージを選んだ。
その上に上半身の急所のみをカバーする皮鎧、中途半端なコスプレイヤーのような出で立ちだった。
次からはダンジョンマスターらしい恰好の方が良いかもしれないと改善点を挙げておく。
現代日本の品を充実させてきたが、これからは異世界の品も購入する必要があるだろう。
「これってRPG風に言うと【布の服】なのか、【皮の胸当て】のどっちなんだろ」
防御力的に大丈夫かと不安を感じるが、ジャージと皮鎧しかレグニルスには選択肢がない。
他には仕事用のスーツ、私服も数種類あるが動きやすさはジャージの方が上だろう。
防御力的に効果がありそうな物も、他は鍋のフタしか無い。
「剣道の防具とか買っておけば良かったかな」
手元に無い物は仕方ないと諦め、一階に着いたエレベーターから降りる。
エレベーターから降りれば、エントランスは直ぐそこだ。
「エントランス内に敵影なし、と」
オートロックを超えた住居内には当然侵入されていないが、オートロック外側のエントランスは誰でも入る事が出来る。
エントランスは狭くは無いが、剣を振り回すほどの広さは無い。
戦闘素人のレグニルスには狭いエントランスで戦った方が良いのか、そとも剣を自由に振り回せる前庭で戦った方が良いのか判断が付かない。
しかし、自由に剣を振り回せる方が良いと前庭に出る決心をした。
「そう言えば、異世界に来てから外に出るのは初めてだ」
外に出るには勇気がいる。
特にこの世界に転生して以来、一歩もマンションの外に出ていない引き籠りのレグニルスには。
レグニルスは特別職【引き籠り】を習得している引き籠りのプロだが、同時に特別職【貴族(男爵)】を習得している。
特別職【貴族(男爵)】の固有スキル【貴族の誇り】が、二の足を踏むレグニルスに外に出る勇気をくれた。
スキルが与える勇気を胸にレグニルスはオートロックを出て、エントランスに一歩足を踏み出す。
そのままの勢いでエントランスを通り過ぎ前庭に足を踏み出す。
辺りを見渡せば噴水で水分補給する毛むくじゃらが四体。
犬のような顔と犬のような仕草で水を飲んでいる姿から、毛むくじゃらがコボルトであるとレグニルスは断定した。
コボルトは犬系モンスターなので、レグニルスはメイドカフェの犬耳メイドさんのちょこをイメージしていた。
ちょこのような人間型とは言わず、萌えキャラやゆるキャラのようなコボルトをイメージしていた。
しかし、目の前の毛むくじゃらは萌え要素のない獣成分が強い容貌だった。
身長はレグニルスの腰当たりまでしか無いので、小柄な体格だけならゆるキャラなのだが。
コーチからの情報ではコボルトは種族ランクE、格下の相手だ。
しかし、数の上ではコボルトが優勢。
レグニルスがガンダムで相手がザクなら問題無いだろうが、相手が戦隊ヒーローでレグニルスが怪人なら負けフラグとなる可能性もあるだろう。
「奇襲しようと思ったけど、流石にバレてる。流石野生」
戦闘素人のレグニルスとしては、コボルトが水を飲んでいる無防備な内に一体は倒したかった。
しかし、その目論見は直ぐに破綻した。
レグニルスがコボルトを視界に入れた次の瞬間、コボルトは水を飲むのを止めて警戒態勢に入ったのだ。
その姿を見て、レグニルスも覚悟を決める。
戦闘は避けられない、と。
鞘から剣を抜き、両手で構える。
この動作はコーチとの訓練、素振りで既に体に馴染んでいた。
「こうなると飛び道具が欲しくなる」
現状、レグニルスの武器は剣のみ。
刃渡り90センチで、両手でも片手でも扱える直剣。
剣であるが故、攻撃する為には間合いを詰めるしか無い。
現代日本での人生を含めレグニルスは実戦未経験、恐怖からどうしても距離を詰める足が重い。
レグニルスの実戦に近い経験と言えば格ゲーや、ロボットを操る格闘型アクションゲームくらいだ。
その経験を役立てるなら、安全な距離からの攻撃で勝負を決めたかった。
数日の素振りで剣の扱いは慣れてきたが、レグニルスには何かを斬った経験は無い。
本当にコボルトを斬れるという確証が持てない以上、少しでも安全策をと言うのは人として当然の思考だとレグニルスは思う。
そして、そんなレグニルスの緊張を読み取ったかのように、相対するコボルト達は広がりながら徐々に距離を詰めてくる。
彼らの武器は棒とも棍棒とも言える物で、見た目からソレなりに硬い木であるようだ。
また、四体の内一体は棒の先端に石を蔓で巻き付けているので、それなりの知性はあるのだろう。
そして忘れてはいけないのは、彼らの牙と爪。
犬頭から覗く犬歯は鋭く、爪もそれなりに鋭く見えた。
「・・・噛まれたら痛そう」
コボルト達も自身が最弱の種族であるという認識がある為、外敵と遭遇した時のパターンは限られていた。
すなわち、一目散に逃走するか数の利を活かした反撃。この二つの選択肢から、今回コボルト達が選択したのは数の利を活かした反撃。
コボルト達が逃走を選択しなかったのは、レグニルスが弱いと判断したからだ。
彼等には人間の装備の良し悪しは分からないので、レグニルスが初心者装備である事は分からない。
しかし、野生に生きる彼等は相手の怯えは理解出来た。初陣特有の緊張を隠せないレグニルス相手であれば勝機があると判断したのだ。
普段であれば最弱の種族の一つでありながら、人間の子供と同程度の知性を持つコボルト達は撤退を選択しただろう。
慎重さと臆病さを持つコボルトは、多少の勝機があっても戦う事は滅多に無い。
彼等が戦うのは逃走を選択出来ない場合に限られ、逃走を選択出来れば迷わず逃走を選択する種族なのだ。
そんなコボルト達が禁を犯してでも戦闘を選択した理由。
それは、この場所がコボルト達にとって魅力ある地である事が、コボルト達にこの場での戦いを選択させた。
最弱の種族の一つであるコボルトにとって、他の種族の縄張りになっていない安全な水場は貴重なのだ。
彼等は安全な水場、噴水、を手に入れると言う欲に囚われ、多少の勝機に賭けたのだ。
戦闘を判断した後のコボルト達の行動は迅速だった。
知能が人間の子供と同程度とはいえ、数の利を活かす戦い方は彼らの十八番。
何の合図も無く、コボルト達はレグニルスを包囲せんと徐々に距離を詰めていく。
素人のレグニルスとしても包囲される脅威は分かるのだが、素人の悲しさか頭が真っ白になって対策が思いつかない。
敵を前に呆然自失となるのは敗因に挙げられる要素なのだが、今回はソレが逆に功を奏した。
扇状に広がりレグニルスを包囲せんと距離を詰めていたコボルト。
正面の一体がレグニルスの間合いに入った瞬間、レグニルスは自然と剣を振り上げていた。
トレーニングスーツは実戦で使用出来ない制約があるので、現在のレグニルスは全てマニュアルだ。
しかし、数日とは言え毎日繰り返していた動作は体に染みついている。
コボルトがレグニルスを包囲戦と動いた為、レグニルスの目には一体のコボルトしか映っていなかった。
そして混乱して呆然自失した頭が選んだのは、体に沁み込んだ動きだった。
全身から余計な力を抜き、脱力した状態から剣を振り下ろす。
剣の重量と、全身の筋力を無駄なく切っ先に。
無意識に放たれた一撃は、レグニルスが剣を振ったと自覚する前に結果を残した。
「ギャッ!」
目の前のコボルトと交差する形で、レグニルスはコボルト達の包囲網から抜け出した、
背後に目を遣れば血を流しながら倒れるコボルトが見えるが、その意味を把握する前にレグニルスは次の行動に移っていた。
交差した事で右後にいるコボルトに対し、反転する勢いそのままに剣を振るう。
振り上げられた剣はコボルトの首を真一文字に断ち切り、その命を奪った。
剣を振り切ったレグニルスは動きを止め、残り二体のコボルトに視線を向ける。
コボルトの動きが止まっている事を確認し、ゆっくりと剣を正眼に構えなおした。
足元に目を向ければ赤い液体。
それが何なのか、レグニルスは冷静に液体の正体を察する事が出来た。
「・・・何とも思わない自分が怖い」
無意識にコボルト二体の命を奪ったレグニルス。
現代日本で学んだ倫理観では、生き物を殺す事は絶対の禁忌。
その禁忌を無意識の内に破ってしまう自分の行動と、その結果を認識しても動揺しない自分に驚いてしまう。
「元からそんな人間だったのか、この世界に来たからなのか」
比較的常識人だという認識を持っているレグニルスとしては、異世界転生時に精神性を調整されたと信じたい。
そうでなければ、日本で生活していた頃から生き物を殺す事に拒否感を持たない人間だったという事になってしまう。
「まあ、仕事だし仕方ないか」
自分は元から異常者だったのか?
その悩みは一瞬だった。
それは今のレグニルスには関係無い悩み。
「仕事だし」
訓練された社畜としては、全て仕事が優先されるのだ。
勿論、コンプライアンスは守るが。
しかし、労基に怒鳴り込まれるレベルの長時間残業も厭わない社畜なので、正確にはコンプライアンスを順守していないのだが、レグニルスは部下や後輩に長時間残業を命じた事は無いのでセーフだと判断していた。
「社畜は何処まで行っても社畜なのか」
目の前の殺し合いが仕事だと考えると、今まで何を戸惑っていたのか分からなくなる。
社畜は目の前の仕事を片付けるのみ。
戸惑っていたのは数秒だが、残りのコボルトはレグニルスから距離を取り始めていた。
距離を取る方向が二体とも異なる為、二体のコボルトはそれぞれ離れていった。
その為、互いに連携する事は出来ず、実質的にレグニルスと一対一の状況となっていく。
「放っておけば逃げそうだけど」
労働は尊い、仕事は日々の糧を得る為に必要な行為だ。
そして仕事は結果が全て、基本的に瑕疵は許されない。
男だろうが女だろうが、年配者や若輩者であろうともソレは変わらない。
そんな環境に生きてきたレグニルスにとって、コボルトの命を奪う事は当然の行為となる。
これがプライベートであれば動物愛護の観点からコボルトを保護したかもしれないが、残念ながら今のレグニルスは自宅警備と言う業務の最中。
「悪いけど、今日は真面目に仕事する日なんだ」
一言詫びを入れ、レグニルスは残りのコボルトに向けて足を踏み出した。
一歩も目はゆっくりと、二歩目は速度を一段上げ、三歩目で最高速に。
その速度と体重を剣先に乗せ、迷いなくコボルトに叩き込む。
流石に頭部に正面から突き刺す事は心理的に出来なかったが、胸部に刺さった剣先は勢いをそのままに背中から姿を現した。
レグニルスとコボルトの身長差から上から下に斜めに突き刺した為、剣先は地面刺さる事で勢いを完全に失った。
「これで後一体」
瞬殺に近い形で三体のコボルトを撃退したレグニルス。
ここまでは順調だったが、ここでトラブルが起きた。
「ぬ、抜けない」
コボルトを貫き、地面に刺さった剣が抜けなくなったのだ。
仲間が倒された怒りか、レグニルスの隙に最後の好機を見出したのか、徐々にレグニルスに近づいていく。
警戒している為かその歩みは遅い。
コボルト同士が離れていた事がレグニルスにとっての幸運であり、コボルトにとっての不運であった。
「ど、どうしよ」
剣を放せば自由に動けるが、レグニルスには剣以外の武器が無い。
無手での格闘戦という選択肢には気が付いていたが、現代人のレグニルスには選べない選択肢だった。
例え抜けない剣だとしても、剣と言う武器があればこそレグニルスは戦えているのだ。
それを失えば、レグニルスは戦意を維持出来ない。
「そ、そうだ魔法」
レグニルスは魔法が使える。
魔法を使えるのだが、実際に使用したのはコーチとの訓練のみ。
そして使えると言っても、補助輪無しの自転車の練習を始めた子供レベル、初めてパソコンに触れて文章を入力した初心者レベルなのだった。
理屈としては魔法の使い方は知っているのだが、実際に使用するまでにかかる時間や効果、魔法の成否が安定していなかった。
その姿はまさに、補助輪無しの自転車を数メートル走らせて転ぶ子供や、キーボードに印字されたアルファベットを凝視し人差し指で恐る恐る押してみる初心者のようだった。
その為、初陣で緊張している事もあって今の今まで魔法という概念を失念、現代日本で培った常識の中で戦っていたのだった。
それが既存の常識で対応出来ない状況に陥った事で、この世界で新たに手に入れた魔法という概念を感覚として捉える事が出来た。
それはまさに、回路が繋がったと表現されるべき現象だった。
今なら無理なく魔法が使える実感がレグニルスにはあった。
寧ろ、何故今までこんな簡単な事が出来なかったのか不思議なくらいだ。
「フィジカル・ブースト」
使用するのは【肉体強化魔法】の初歩、対象の筋力上昇させる支援魔法だ。
レグニルスは強化された筋力をフルに使い、コボルトが刺さったままの剣を振り上げる。
そして剣を接近してくるコボルト目掛けて振り下ろす事で、剣に刺さったままのコボルトを即席の遠距離攻撃武器として利用する。
動けないレグニルスを攻撃しようと足を進めていたコボルトにとって、目の前から飛んでくる仲間は完全な奇襲になった。
これが上位種族であれば対処可能だったかもしれないが、種族ランクEという下級種族であるコボルトには対処不能。
受け止めるのか、避けるのか。その判断が下せぬまま正面からぶつかってしまう。
そして、いくら戦闘初心者であるレグニルスであっても、それが格好の好機である事位は理解出来る。
勝った。
そう確信し、高揚する気分を誤魔化すように緩んだ頬を無理矢理引き締める。
主人公的な決め台詞を口にしようとも思ったが、昔読んだライトノベル主人公のセリフを思い出しすぐさま攻撃に移る。
獲物を前に舌なめずりは三流のする事なのだ。
彼はすかさず振り下ろした剣を肩まで振り上げ、【肉体強化魔法】により向上している下半身の筋力をフルに発揮。
すぐさまコボルトとの間合いを詰め、剣を振り下ろす。
「あ」
振り下ろした瞬間、レグニルスは己のミスに気が付いた。
明らかに剣が生き残っているコボルトに届いていなかった。
二体のコボルトが激突した隙を付いた攻撃だった為か、既に事切れているコボルトを縦一文字に斬り裂いた剣が、生き残ったコボルトに対しては浅く斬るだけの攻撃となってしまっている。
剣を振り下ろした瞬間にレグニルスは気が付いたが、間合いを目の前のコボルト、自身が遠距離武器として利用したコボルトの死体に合わせてしまっていたのだ。
ここで攻撃を止めたらミスった自分が恥ずかしい。
咄嗟に自身の恥を回避する為、振り下ろした剣をすぐさま腰の位置まで持ち上げる。
そしてバランスが崩れるのを承知で一歩前へ足を出し、倒れるように生き残りのコボルト目掛けて剣を突き出す。
あたかも、狙った連続攻撃である様に見せる為に。
突き出した剣は、仲間の死体との激突の衝撃から抜け出せてないコボルトの胸を貫いた。
ここで終われば様になるのだが、無理な体制からバランスが崩れる事を承知で攻撃した代償をレグニルスは支払う事になった。
コボルトを貫いた勢いそのままに地面との熱い抱擁を交わしたのだ。
生暖かい液体を潤滑油に、勝利の余韻と共に大地の硬さを味わう。
「とりあえず、勝った」
体中が痛いので、赤い液体は潤滑油としては役にたたなかったらしい。
痛みが勝利の余韻を消し飛ばし、次にレグニルスが考えたのは洗濯したら血の汚れは落ちるのかと言う現実的な悩みだった。
頭では初勝利だと分かっていても、何故か喜びは小さい。
「血液反応が出るだけで、汚れ自体は落ちるんだっけ?」
ミステリードラマやマンガから学んだルミノール反応の知識を思い出しながら、今の自分の強さを思う。
四対一で無傷での勝利、大地に付けられた傷はノーカウント、相手が格下の種族だったとしても初戦としては十分な戦果だろう。
「異世界転生した主人公が格下相手に互角って。普通はもう少し俺tueeeするんじゃ無いのか?」
レグニルスの脳裏に浮かぶのは、綺羅星の如く居並ぶ異世界転生主人公。
中にはギャグマンガの主人公のような異世界転生主人公や、ほのぼの暮らす異世界転生主人公もいた。
「ラストアタックを盛大に空振りする主人公って俺くらいだよなぁ」
直前に勝利を確信し、無意識に喜んでいた事実が余計にレグニルスを苦しめる。
「獲物を前に舌なめずりした俺は三流って事か」
勝利し、自分は強いと思いたかった。
しかし、自分が好きなキャラクターの言葉が浮かれるなと戒める。
まだまだ自分は駆け出し以前の、殻の取れない雛鳥なのだと。
自分は三流では無いと否定したい気持ちはあるが、好きなキャラクターのセリフなので否定は出来ない。
故に、レグニルスは自身が三流である事を受け入れる。
「もう少し真面目に頑張るか」
大地の熱い抱擁を振りほどき、三流からの脱却を目指してあがく事にする。
心の何処かで借金完済すれば三流でも良い、と言う気持ちはある。
しかし、元会社員としては仕事の分野では一流になりたいと言う願望があった。
「とりあえず、魔核を取り出すか」
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魔核取り出しに生徒が悪戦苦闘する姿を、コーチは屋上から観察していた。
生徒の初陣。
数の差はあったが、能力差から己の生徒の勝利は確信していた。
コーチが気になったのは、結果では無く内容。
「最後のミスは仕方ないにしても、内容は合格点をあげられますか」
コーチから見れば、レグニルスの動きには無駄が多い。
必要最小限の、本当に必要な動作以外の遊びが多いのだ。
それがフェイントであれば良いが、レグニルスのそれはフェイントにすらなっていない。
プログラムで言えば、For文を使わずに一個一個の処理を記述しているようなモノだ。
「勝利しても変に浮ついてないですし、後のフォローが楽で良い」
今回の戦闘でコーチが恐れていたのは、レグニルスが天狗になる事。
レグニルスは特別職が多い為、一般人よりステータスが高い。
そのステータスの高さから、人間に限定すれば同レベルでは一歩抜き出ているし、成長すればトップクラスの実力を持つだろう。
しかし、この世界には上には上がいる。
人間など、所詮は種族ランクDの下位種族。
そんな下位種族のトップになったとしても、それは井の中の蛙だ。
慢心は直ぐに己の身に降りかかるだろう。
「戦闘という非日常から逃げなかった勇気、勝っても慢心しない心。やはり貴方は面白い」
コーチは神製ホムンクルスであるが、造られてから1000年を超えるベテランだ。
時には武人として神の敵と戦い、ある時は英雄と呼ばれる者達を指導した経験もある。
そんな彼にとって、レグニルスは初めて出会うタイプだった。
彼の指導を望む者は基本的に玄人。
使命を背負い、情熱とやる気に満ちた者達だった。
レグニルスはそんな者とは違い、背負うべき使命は無い。
しいて言えば借金を背負っているが、使命と言われる程重いモノでは無い。
では情熱ややる気はどうかと言えば、こちらも無くは無いと言ったレベル。
どちらかと言えば、雑多いる怠惰な人間に近い気質を持っているとコーチは思っていた。
だからこそ、ここに派遣された時は絶望もした。
どの面を比較しても、コーチが過去に指導した英雄達よりも数段劣る、比べる事が英雄達に失礼とも思えた。
しかし、今の認識は違う。
過去の英雄達は、既に地に根を張り成長した草花だった。
コーチが指導しなくとも、恐らく彼等は伝説に語られる英雄となっただろう。
言い方は悪いが、他者が手をかけなくても勝手に育つ雑草。
一方のレグニルスは種子。
それも、温室など手間暇をかけなければ根も晴れず、花も咲かないような種。
成長したレグニルスがどうなるのかは見通せない。
過去に指導した者達のように英雄となるのか、それとも腐るのか。
結果が分からないからこそ、コーチは面白いと感じていた。
神製ホムンクルスとして生を受け、その能力の高さから結果は約束されていた。
そんな彼が初めて出会った、結果が約束されていない存在。
それがコーチから見た、レグニルス・レイル・レナグレイルスという人間なのだった。
「しかし、私の弟子が間合いを誤るとは。最後の攻撃もバランスを崩しすぎです。まったく、訓練が足りていませんね」
初心者なのでミスはすると思っているし、仕方ないとも思っている。
始めから完璧に行く方が変だし、逆に気持ち悪い。
しかし、数多の英雄を育て、自身も武神として敬われる者の弟子としては許しがたい愚行。
同僚から、お前の弟子なのに間合いをミスった、と揶揄されるレベル。
「育てるとは中々に難しい」
手のかかる生徒は魔核の剥ぎ取りに手間取っている事だし、間合いのミスやバランスを崩して倒れ込んだ事を責めるのか、責めないのか、色々な観点からコーチは検討する事にするのだった。
13話にして初の戦闘回。
これは本当に中世ファンタジー小説なのだろうか?
次回更新は9/27 15時の予定です。
区切りも良いので外伝とか更新するかも




