テストを目前に。誕生日サプライズ
灯りが点いた教室内、自主的に残った俺とダリオ。彼がヘッドバンドをペンで掻く音、ノートに筆記を映す音が定期的に聞こえる。
「良い? この等式に当てはめて行けば、次の問題も同じように解ける筈だ。数字を変えただけだから。ちょっと試しにやってみて」
「うーん。分からん」
「……法則通りやるだけなのに、何で理解が出来ないのが理解出来ない」
「そりゃ出来る奴の言い分だ」
彼への教鞭は難航していた。教え子に理解をさせようと日々努力する教員達の苦労が身に染みる。これは骨が折れそうだ。
始めてからほんの三十分。彼は椅子にもたれかかり、音をあげる。
「せんせーい、休憩させてくださーい」
「本来の授業だったらそんな要望通らない」
「マジメか」
「俺にとってはこれが普通。それとも来年も同じ学年でいるつもり?」
「息継ぎくらいはさせてくれよぉ」
まるでこちらが酷なことを強いているかのようにダリオ・バードンは呻く。自分で勉強を教えてくれと言ったのに。
でも自ら学ぼうという姿勢は良いと思う。だからこそ時間を割く気になった。
そんな彼の要求を突っぱねていると、
「ところでさ、アルフ」
「手は休めないでね。何?」と釘を刺して俺は応じる。
「分かってる。天金さんのことなんだけどさ、そろそろ本格的に紹介してくんねぇかなー……って」
俺の方が固まった。まだ諦めてなかったのか。
勉強もそっちのけになってやり取りが続く。
「だから以前もそんなに親しくないから無理って断った筈だろ?」
「でも『北斗』に通ってんだろ? そういう好機があるってことじゃん」
「どうしてそこまであの人に拘るんだよ」
「そりゃお前、あんな顔よし性格よし加えてワガママボディなお姉さんに知り合えてワンチャンあるならお近付きになりたいに決まってんだろ。正体が精霊獣とかそんなの関係ねぇって……あ、これ鈴狐ちゃんの前で言うと嫌がられるから、不在だから言うんだぜ?」
当たり前だ。本人がそんな願望を聞けば良い気はしないだろう。
いい加減彼に教えた方が良いのかと一瞬悩んだが、彼の口の軽さには逆に信頼が出来る。口止めなんて絶対無理だ。
「想像してみ? 此処最近外に出ると寒さで手がかじかむだろう? もしあの人とカップルだったらさ、谷間に差し込んで温めてくれたりとか……どした? 妄想しちゃったか?」
「いや……違うけど、ちょっと」
思わず机に突っ伏した。
確かにそういうことを彼女は行う。というか、つい先日実際にしでかした行為だ。
しかし随分ピンポイントに言い当てる。本当は見ているんじゃないかと疑わしいくらいに。
「何にせよ、他に目移りするのは良くないぜアルフくん。実際どうなんだよ」
「どうって、何が?」
「先輩と何処まで行ったのか? って」
「どうしてそこでベル先輩が出るんだ」
「え? てっきりデキてるとばかり」
「そういう仲じゃないよ。確かに家に招かれて両親と会ったことはあるけど」
「は? ご挨拶済みだと? いや、その時点でおかしいだろ。どんな仲だよ。密かに先輩狙っている奴も結構いるっていうのに、それ聞いたら殺気立つぞマジで」
ダリオの言葉に、俺は息を止めた。
あれ? これ言っちゃまずい話だった?
「分かってねぇようだから言っとくけどさぁ、仮にもあの人だって女だぜ? 一人暮らしではないとはいえ、野郎を家に呼ぶとか意識してないわけなくね?」
「そういうもの、かなぁ」
「呆れた。ほんとに自覚ないのな」
あたかもこっちに常識がなさそうに言われるのが、どうも腑に落ちない。
「自意識過剰だと思われるのがオチだって」
「だとしても、少し考えた方が良いぜ。お前さ……」
「もういいだろ。ほら手が止まっている」
言葉を遮って勉強を再開させながら、自分の中で生まれた疑念と向き合う。
ダリオが言おうとしていたのは恐らく、俺にとってあの人が何であるのか、だろう。
ベル先輩はかけがえのない友人。秘密を共有する仲間。ふと、悩んだ時や困っている時にも頼りになる人である。
いや違う、多分そういうことではない。それがいまいちハッキリしていないことに気付いた。
その立ち位置は鈴狐達や妹との関係と違うのは確かで、かといってあくまでただの友人の枠組みで赤の他人であるという気もしない。不思議な感じだ。
向こうはどんな風に思っているんだろう。何故だか、そんなことを考えるようになった。
そんなこんなで俺が居残り勉強をして鈴狐達が限定スイーツに出掛けた日から数日。特に何か大きな変化があったわけでもなく日常が過ぎていった。
少し変わったことと言えば、テストの期間に差し掛かったせいかどうもアリスやベル先輩達といった学年が違う皆と顔を合わせる機会が少なくなったことくらいだろうか。
それだけ勉強に力を入れているという好意的な解釈も出来れば、もしかしたら疎遠になりつつある兆候なのかという推量も頭の片隅にはあった。
もしそうだとすれば残念に思うが、仕方のない話である。彼女達にもきちんとそういう居場所があるわけだし、未練がましく引き摺っているのもよくない。
兎に角、今は明後日から始まるテストに専念。誕生日を祝うのはそれが過ぎてからだと、そう高を括っていた。
そして、放課後。
ダリオと居残り勉強をしようとした矢先、鈴狐と真噛は白鷺に呼び出しを受けて抜け出した。
俺は怪訝に思いながらもダリオと向かい合うと、彼が何の気無しにバッグから袋を取り出した。
「ほらよ、ハッピーバーステー。今回の礼も含めて色を付けた」
「へぇ、ありがと……う?」
中に入っていたのはゲームソフトの詰め合わせ。彼の買い集めた物のほんの一部だ。
「全部選りすぐりオススメだ。テスト前に野暮なもん送るなとか言うのはナシだぞ」
「それはいいんだけど、こういうのって本体機がないと遊べないんだよね?」
「……あ、もしかして家に置いてない?」失念していた様子で、彼は声を出す。以前に学生寮に来たはずなのにもう忘れたのか。
「も、もらっておくね。良い機会だしテストが終わったら今度買って試してみるよ」
俺は好意的にそう言った。だが大切なのはあくまで気持ちだ。
気を取り直して勉強を始めた。それはそれ、これはこれだ。
今日のノルマが終わりそうな頃合いに携帯から着信が入る。
画面を確認すれば、そこにはアリスの名前が記載されていた。電話ではなくメールで送られてきている。
『忙しい時にごめんなさい。急ぎで私達のグループに関して大事な相談があります。ダリオ先輩やベル先輩がいるなら一緒にいつもの喫茶店に来てください』
「どうした?」
メールの内容を読んで黙りこくっていると、ダリオに訊ねられた。
危惧してはいたが、やはり落胆の色が浮かぶ。きっと俺達とアリス達の交流についてだろう。兄に対して送っているのに畏まった文面がそれを証明している。
その画面を彼に見せると「どういう意味だこれ?」と怪訝な表情を浮かべる。
「ベル先輩はもう学校に残ってないよね?」
「さぁ、何しているだろうな」
連絡をしてみたが彼女には繋がらない。とりあえずメールを送っておいた。
「俺達だけで行ってみるか」
そうして赴くと、行きつけの店内奥でアリス、レイチェル、ロベルタの三人が待っていた。一様に神妙な表情で席に座りじっとしている。
「話、って何?」
「兄さんごめんね。ダリオ先輩も突然で……」
「こればかりはどうしても今日じゃないといけなくて」
「アタシ達、もう我慢ならないんだ」
固唾を呑んで切り出される本題を待ち受けているとテーブルの下でゴツッと物音がした。
次いで「あいたッ」という呻きがあがる。まさに誰かが頭をぶつけたような感じだ。
「んもう、何やってるのぉ」
「うぅ、ごめんなさい……」
「間違いなく、気付かれた」
聞き慣れた小さな声が聞こえたので、思わず下に屈もうとするとアリス達が喚き出した。
「わあああ! ダメ! ダメェ!」
「こ、後輩のスカート覗く気ですか!? セクハラですよ!?」
「あーあ、これもう無理だろー」
ひょっこりと頭を抑えてしゃがんでいた天使と目が合った。小狐もいる。
「こ、こんばんは」
「んっ」
「何やってるんですか白鷺さん、鈴狐も、マ……クオウまで」
「えへへバレちった」
人前なので気を付けながら問い詰める。観念した様子でテーブルからぞろぞろ出て来た。
「アルくんは今回の主役だからね。ダリオもお疲れ様」
「おう。頼まれた通り、ずっとアルフを見ておいたぞ」
まさかのグルだった。ということは、この集まりはもう予め用意されていたのか。
此処までくればいくら鈍感でも察しはつく。そういうことか。
「ベル先輩はまだ来てないけれど、兄さんが来たから先に始めましょう」
持ち寄ったクラッカーが鳴り、紙吹雪が舞う。
ハッピバースデー! 貸し切りの店内で、言葉が合唱した。




