第九章「絶対的な天才……そして偽りの忠誠」
筋骨隆々とした、黒髪で鋭い目つきの少年が現れる。
先ほど競技者たちに叫び、集団を率いて真っ先にアリーナへ入っていった、あの少年だ。
彼は石柱の間を猛烈な速さで走っていた。
その顔には、激しい恐怖が浮かんでいる。
全速力で走りながら、激しく息を切らす。
その脳裏に、アリーナへ入ったばかりの頃の記憶が蘇った。
あの時、彼らは集団で慎重に歩いていた。
しばらくの間は、倒れてくる石柱をうまく避け続け、すでにかなりの距離を進んでいた。
そして彼は、集団の前で得意げに言った。
「これぞ男だ! 男は勇敢でなければならない!」
「危険を冒さずに勝利して、いったい何の意味がある?」
すると、彼の従者の一人が声を上げる。
「イカロス卿万歳! まさに真の戦士だ!」
残りの者たちも、それに続いて叫ぶ。
「イカロス卿万歳! まさに真の戦士だ!」
さらに、その中の一人が笑いながら言った。
「リョウタにはアリーナの外で臆病者のおむつでも替えていてもらおうぜ!」
「俺たちはここで栄光を築くんだ!」
集団がどっと笑い声を上げる。
それを聞いたイカロスは、誇らしげな笑みを浮かべた。
そして、彼らが歓声と笑いに夢中になっていた、その瞬間――
イカロスの瞳孔が突然、針の先ほどまで縮んだ。
考える時間はない……。
警告する時間もない……。
ためらう時間もない……。
見る時間すらない……。
ほんの一瞬。
何が起きているのか、どんな危険なのかさえ理解する暇もない。
それでも、彼の身体は本能的に反応した。
持てる力のすべてを使い、横へ身を投げ出す!
その直後――
石柱が、事前のひび割れ音すら立てずに倒れた!
押し潰された死体……。
砕けた骨……。
飛び散る血……。
そして、石の下敷きとなり、下半身を潰された従者の一人が、死にゆく身体でイカロスへ手を伸ばす。
「隊長……助けて……」
イカロスは、驚愕に見開かれた目で彼を見つめる。
だが、舌は動かない。
言葉を発することすらできない。
その時――
一つの石が転がり、従者の頭上へ落下した。
頭部が潰れる。
そして、その男は苦しみから解放された。
脳内の白い物質が飛び散り、イカロスの顔へ降りかかる。
イカロスは、数秒間その場に立ち尽くしていた。
何も言わない。
ただ、顔いっぱいに衝撃だけが浮かんでいる。
やがて、心臓の鼓動が徐々に速くなっていく。
ドクン……ドクン……。
その速度は、ついには限界に達した。
呼吸をすることさえ、ひどく苦しい作業になったかのように、彼は激しく息を切らす。
そして、自分の意思とは無関係に――
全速力で走り始めた。
――記憶の終わり。
イカロスは、そのまましばらく走り続ける。
走っている途中、一本の石柱の横を通り過ぎた、その瞬間。
耳に、かすかなひび割れの音が届いた。
イカロスの目が一瞬、大きく見開かれる。
そして、目の端から上を見た。
そこには――
自分の頭上へ倒れてくる石柱があった!
生と死の狭間。
ほんの一瞬の判断で、彼の身体が再び反応する。
倒れてくる石柱とは反対側へ、全力で身を投げ出した!
間一髪。
イカロスはどうにか逃れ、石柱が轟音とともに地面へ倒れ落ちる。
イカロスは立ち上がった。
激しく息を切らしながら、自分を殺しかけた石柱の残骸を見つめる。
両手が、激しく震えていた。
深く息を吸い、少しでも恐怖を落ち着かせようとする。
だが……。
次の瞬間――
彼の視界が、血のような赤色に染まった。
その次の瞬間――
視界が、完全な闇へと変わる。
そして、その次の瞬間――
意識が完全に消え失せた。
倒れた石柱の残骸が積み重なっている。
その瓦礫の隙間から、人間の手が一本だけ覗いていた……。
イカロスの手だ。
彼は、自分が死んだことすら理解することなく――死んでいた。
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リョウタ、エヴァンダー、ミズシがアリーナへ入ろうとした、その直前だった。
一人の競技者がリョウタへ声をかける。
「リョウタ卿、どうか俺たちがあなたの集団に加わることをお許しいただきたい。
「俺たちはアリーナをよく観察し、いくつか情報を集めた。
「必ずあなたの力になってみせる」
同盟のリーダー、ヒトシだった。
リョウタは目を細め、ヒトシを鋭く見据える。
そして、断固とした口調で言った。
「俺についてくるというのなら……。
「質問はするな。
「異議も認めない。
「横での議論もするな。
「提案もするな。
「俺が右と言ったら、右だ。
「左と言ったら、左だ。
「俺についてくるということは、アリーナそのもの、石柱の位置、石柱の残骸がある場所……そして、風そのものの動きにまで意識を向けるということだ。
「聞くな。議論するな。提案するな。
「ただ周囲の状況を観察し、俺の命令を実行することだけに、全神経を集中させろ。
「たとえ俺が、どう考えても理にかなっていないような命令を出したとしても、議論せずに実行しろ。
「お前たちが知る必要のあることだけを、俺が説明する。
「それに心配するな。
「俺がお前たちに、倒れてくる石柱へ向かって走れなんて命令をすることはない。
「ここでの優先順位は、まず生存。
「そして、二番目に成功だ。
「それから……お前たちには正直に言っておこう。
「これだけ長い間、状況を観察し、分析してきた俺でも、この試験の仕組みや、どんな罠が仕掛けられているのかについて、まだ分からないことが多い。
「つまり――たとえお前たちが俺の命令に従ったとしても、全員の命を保証することはできない。
「いや……もっと厳しく、はっきり言おう。
「いずれ、犠牲者は積み重なる!……」
リョウタは一度、言葉を切る。
そして、最後の忠告を口にした。
「最後に一つ忠告しておく……。
「恐怖で心が震えている者は、ここに一時間ほど座っていろ。
「その頃には、試験も完全に終わっているだろう。
「だが、少なくともお前は命を残せる。
「それは、どんな機会よりも価値がある。
「そして、時間がない。
「俺についてくるのか、ついてこないのか……決める時間は三十秒だ。
「俺が待つのは、それが限界だ」
何人かの競技者たちが、リョウタについていくべきかどうかを話し合い始める。
リョウタを、横暴な指導者だと見る者。
この危機的な状況を考えれば、リョウタの言い分にも理由があると考える者。
そして、まずはリョウタについていき、指導者としての能力を見極めようとする者もいた。
彼が優秀なら支える。
もし駄目なら、離れる……。
そんな議論が交わされる中――
ヒトシが群衆の中から前へ出て、競技者たちへ怒鳴った。
「いったい何を話し合ってるんだ、畜生が?!」
「リョウタが、あのクソったれの雄牛を殺して、兄貴たちの死に報いた英雄だってだけで十分だろう!」
「奴は俺たちのことを気にかけ、この試験の間ずっと俺たちに助言してくれた!」
「それどころか、お前たちの何人かを罠から助けるために立ち止まり、その代わりに何度も先頭を譲った!」
「たとえ言葉が少し厳しくても、少なくとも奴は偽りの希望を売っているわけじゃない!」
「計算された危険を示しているだけだ!」
「そして、あれほど厳しい指示を出すのも、こんな地獄のような試験で、できるだけ多くのお前たちを救おうとしているだけだ!」
「これほどまでに俺たちへ尽くしてくれたのに、それでもまだ奴についていくかどうかを本気で疑うのか?!」
「俺は違う!」
ヒトシはリョウタのもとへ向かい、その前に立った。
そして、敬意を示すように両手を合わせ、少しだけ頭を下げる。
「この戦士は、指導者への忠誠を誓います!」
すると、すぐに多くの者がヒトシに続いた。
彼らも両手を合わせ、少しだけ頭を下げる。
「我ら戦士は、指導者への忠誠を誓います!」
リョウタは、その群衆へ目を向けた。
その顔には、誇りも傲慢さも浮かんでいない。
ただ彼ら一人一人の顔を、じっと見つめている。
その瞳には、深い感情が浮かんでいた。
そして、心の中で考える。
「アカデミーの制度は、通常四年間続く。
「ラスト・トワイライト学院も例外じゃない。
「その長い年月の中で、一部の訓練集団は、互いの間に兄弟のような絆を築いてきたはずだ。
「だから、彼が『兄貴たち』と言ったとき、おそらくその中でも年長だった者、あるいは最も腕の立つ者……もしくは、彼らのリーダーを指していたんだろう。
「彼らの死は、きっと大きな衝撃であり、耐え難い苦痛だったはずだ。
「だからこそ、彼らが俺の厳しい条件を、これほど簡単に受け入れたことも不思議じゃない。
「何よりも彼らは、俺を兄弟たちの死に復讐し、さらに、あの暴れ狂う雄牛から残った者たちまで守った英雄だと見ているんだ……」
リョウタの胸に、感情と責任の重みがのしかかる。
それでも彼は、力強く口を開いた。
「そして、この指導者はお前たちを受け入れる!」
「戦士たちよ――頂点への道を切り開こう!」
「頂点へ! 頂点へ!」
全員が声を張り上げる。
エヴァンダーも興奮した様子で叫んだ。
「行こう! 頂点へ!……」
そして、エヴァンダーとリョウタが最初にアリーナへ入っていく。
ミズシは、競技者たちがリョウタとエヴァンダーに続き、走りながらアリーナへ入っていく姿を見つめていた。
その瞬間――
身体中を悪寒が走る。
「本当に……いずれ、犠牲者は積み重なるっていうのか?!……」
「これは、ただ衝撃的な事実というだけじゃない。
「ただ、過剰なまでの信頼というだけでもない!」
「むしろ……延期された死刑宣告に近い!」
「奴らは、お前の言葉の裏にある意味を理解していない……!
「そして、お前はそれをよく分かっている!」
「たとえお前の理念のほうが、より高潔だったとしても……。
「彼らの無知と、お前への盲目的な服従を利用するのなら――それがたとえ彼ら全体の利益のためだったとしても、お前が糾弾しているあの制度と何が違う?!」
「お前の決断が、全体の利益にとって最善なのかもしれない。
「だが、全体の利益のために犠牲となり、弾除けになるその一人を……いったい、どんな言葉で埋め合わせられる?!」
「もし自分が、全体の利益の犠牲になると知っていたなら……そいつは最初から、お前についていくことを選んだのか?!」
「どうせお前が彼らを救えないのなら――なぜ最初から、彼らの責任を背負うんだ?!……」
ミズシの手が、激しく震える。
呼吸することさえ苦しい。
それでも彼は、集団の先頭を走るリョウタを見つめ続けた。
その顔には、なおも強い衝撃が残っている。
そして、競技者たちの興奮の中で、リョウタを見つめ続けていると――
まるで、ほんの数瞬だけ時間が遅くなったかのようだった。
その時――
ミズシは気づいた。
リョウタが、頭を振り向けている。
そして、自分へ鋭い視線を向けていた。
その顔には、明らかな不快感が浮かんでいる……。
だが、なぜ……?
ミズシの身体は、意思とは無関係に動いた。
彼らの後を追う。
ただ、その瞬間になって初めて――
リョウタは再び前へ視線を戻した。
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(アブドゥルラフマーン):
「本当にリョウタはミズシを見たのか……それとも、ミズシはすでに……」
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