第七章「傷ついた精神、歪んだ世界」
目の前で競技者たちが倒れてくる石柱に押し潰されていく光景を、その目で見た後でさえ――
ミズシはなおも拳を強く握り締め、口を開いた。
「たとえ、ここまで危険な状況だったとしても……この試験を突破する方法は、何かあるはずだ。あいつらは、ただそれを見つけられなかっただけだ!」
リョウタは冷静に言った。
「いや……それでも、状況は極めて危険だ」
ミズシは怒りに任せて叫ぶ。
「成功するために命を懸けて、何が悪いんだ?!」
「いつだって、そういうものだったんじゃないのか?!」
「今ここで何もせず、何も試さなければ、他の道の連中に先を越される! そうなれば、俺たちはすべてを失うんだぞ!」
リョウタはなおも冷静だった。
「負けることの……何が悪い?」
「試験に合格すること。ユルジャン大会への出場資格を得ること。ユルジャンの印章を手に入れること。軍に入ること。特別任務を受けること。そして、成長に必要な資源を手に入れること……」
「どれも素晴らしい機会だ。戦ってでも、命を懸けてでも手に入れる価値がある」
「だが……」
「命は、それらすべての機会を合わせたものよりも、はるかに価値がある。……何倍にもな」
「生きてさえいれば、どんなものだって取り戻せる!」
ミズシ。
「……いや、取り戻せない!」
「お前のような才能を持つ者なら、話は違うのかもしれない」
「だが、俺たちにとっては違う! これらの機会は……俺たちの命よりも価値があるんだ!」
リョウタは、ミズシを哀れむように見つめた。
その瞳には、過酷な制度に囚われた犠牲者への憐れみが浮かんでいた。
そして、口を開く。
「不公平な制度が与える『安全』という誘惑に騙されるな」
「最後になって気づくことになるぞ。自分の人生など、ただの大きな嘘に過ぎなかった……安全など、ただの幻想だった、と」
「だが、その時にはもう――引き返すには遅すぎる……」
リョウタの言葉に、ミズシは言葉を失った。
一瞬――
その瞳孔が、わずかに縮む。
リョウタの言葉の裏に隠された意味を、ミズシはほんの少しだけ理解したのだ。
そして、疑うような声で尋ねる。
「……どういう意味だ?」
リョウタ。
「ここでいう『誘惑』とは、他の道と競争しなければならないという危険のことだ」
「だからこそ、人は罠へと飛び込んでいく。『主催者が、試験を安全に突破するための何らかの方法を用意しているに違いない』――そう考えてしまうからだ」
「問題は、その考えが本人にある程度の安心感を与える一方で、個人主義と自分自身への傲慢さを、さらに強めてしまうことだ!」
「自分には、安全な方法を見抜き、この試験を突破する能力がある――そう信じなければならない」
「そして、それができなかったのなら……『自分は最初から無能だった。だから死ぬに値する』――そう考えてしまう」
「ここでの問題は、本人が心の奥底では、この試験が公平なものだと信じていることだ!」
「自分を含め、誰もが努力し、注意深く集中さえすれば、安全な方法に気づけるはずだと信じている」
「つまり――全員に公平に機会が与えられていると、信じているんだ」
「そして、失敗した者はすべて自分自身の責任であり、試験そのものに欠陥があるわけではないと考える!」
「それどころか――制度そのものの公正さを疑うという発想にすら至らない!」
「それこそが……『安全』という誘惑の頂点だ!」
「一方、不公平な制度というのは――そもそも、この試験が最初から全員に平等な成功の機会を与えるために作られていないということだ」
「そして、最悪なのは……全員に与えられた生存の可能性そのものに、限りがあることだ!」
「それは、試験を突破するために必要な兆候や情報が現れるために、何人もの人間が死ななければならないような試験に、はっきりと表れている!」
「ましてや……これは本来、技能を測定し、評価するための試験のはずだ!」
「なら、なぜこれほどまでの残虐さと死が必要なんだ?!」
「ただ個人の技能を測定し、評価するためだけに……か?!」
「人間の命は……いったい、どこまでその価値を落としてしまったんだ?!」
「それなのに……まだ俺に言うのか?」
「こいつらの命は、ただの嘘なんかじゃない……安全は単なる幻想に過ぎない、と?!」
ミズシは険しい表情を浮かべ、しばらく黙り込んだ。
そして、口を開く。
「……じゃあ、お前はどうするべきだと思うんだ?!」
リョウタ。
「俺が、ある程度安全な戦略を見つけるまで待つ」
数分が過ぎた……。
ミズシの瞳が激しく揺れる。
広場へ目を向ける。
そして、リョウタを見る。
再び、広場へと視線を戻す。
汗がさらに流れ落ちる。
握り締めた拳には、ますます力がこもっていく。
そして――ついに、耐えきれなくなった。
ミズシは手を振りながら、彼らに向かって叫ぶ。
「もういい! 俺一人で行く!」
エヴァンダーが止めようとする。
だが、ミズシは手でエヴァンダーを脇へ押しのけ、構わず降りて行こうとする。
その瞬間――
リョウタの叫び声が、ミズシの耳を貫いた。
「ミズシ! 止まれ!」
ミズシは振り返り、リョウタを睨みつけながら叫ぶ。
「他人の命をそこまで気にするなら、どうして最初からあいつらを止めなかった?!」
「お前なら、その気になれば俺たち全員を殺せるほど強いんじゃないのか?!」
「それとも――ただ自分の恐怖を隠すために、言い訳を作っているだけなのか?!」
リョウタ。
「ほとんどの人間は、たとえ俺が説明したところで耳を貸さない」
「目の前に何十もの証拠があったとしても、不公平な現実そのものより、『公平であるはずだ』という幻想を信じることを選ぶんだ!」
「だが――お前は違う」
「お前は、俺の友人だからな!」
「だから……お前が無意味に死のうとしているのを見たら、止まるまでお前の脚の一本と腕の一本をへし折ることだって、俺はためらわない!」
ミズシの目が、限界まで見開かれる。
「お前……お前……」
言葉が続かない。
ミズシは黙り込み、広場へと目を向けた……。
無残に変形した死体を……
切断された手足を……
砕け散った石柱を……
そして――
自分の震える手を……。
やがて、ミズシは再びその場に座り込んだ。
何も言わず、広場を見つめ続ける。
倒れてくる石柱に押し潰されていく競技者たち。
失敗に終わる試みに伴う、凄惨な叫び声。
その光景を、ミズシはただ黙って見つめ続けた。
そして、やがて――掠れた声で呟く。
「もし……そこに正義がないのなら……」
「俺たちは……なぜ、挑むんだ?」
リョウタは、何も答えなかった。
ただ、重苦しい沈黙だけが、その場を覆っていた……。
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