第六章「年長者に従え、たとえその言葉が意味不明に思えても」
飢えに満ちた目をした二匹の痩せ細った狼が、目の前に立つ青年へと襲いかかる。
その牙が擦れ合う音が、静寂を切り裂いた。
青年は長身で、鋭いエメラルド色の瞳を持っている。
その手には、一振りの剣。
二匹の狼が、同時に飛びかかる。
だが――
青年は目にも留まらぬ速さと正確な足運びで、逆に二匹へと踏み込んだ。
剣が一度だけ閃く……。
一匹目の首が斬り落とされ、その頭部が地面を転がった。
そして、その身体が倒れ込むよりも早く――
刃はすでに二匹目の頭蓋へと突き刺さっていた。
そのまま頭部を真っ二つに斬り裂く!
周囲には、数十人もの競技者たちがいた。
彼らもまた、獰猛な狼たちと死闘を繰り広げている。
狼を何匹も仕留める者がいる一方で、狼に襲われ、その命を奪われる者もいた。
その最中――
青年は、まだ息を整える暇すらなかった。
「リョウタ! 今だ!」
突然、競技者の一人――エヴァンダーが叫んだ。
彼は友人のミズシと共に、巨大なバイソンと戦っていた。
二人はその角の一本に縄を結びつけ、素早く近くの木へと巻きつけていた。
そのおかげで、バイソンの動きは部分的に封じられている。
リョウタは即座に巨大なバイソンへ向かって駆け出した。
そして――
高々と空へ跳び上がる!
バイソンは、空中にいるリョウタへ角を突き立てようとする。
だが、リョウタは驚異的な身のこなしで空中で身体をひねり、その攻撃を紙一重でかわした。
そして――
全身の力を込め、剣をバイソンの頭部へと突き刺す!
「――ッ!」
巨体が崩れ始める。
リョウタは即座にその場から跳び退いた。
ズシンッ!
巨大なバイソンが地面へと倒れ、動かなくなる。
リョウタはその死体へ歩み寄り、その前で足を止めた。
険しい表情で死体を見つめる。
「このクソったれのバイソン……」
「俺が仕留めるまでに、三人も殺しやがった!」
「直接知っている相手じゃない……」
「それでも、あんな理不尽な死に方をしたことに、怒りを感じずにはいられない……!」
リョウタは拳を強く握り締める。
「どうして、この試験はここまで残酷なんだ……」
深く息を吸い、バイソンから剣を引き抜く。
その時――
「急げ、リョウタ! 次の集団が来る前に!」
エヴァンダーの声が響いた。
「分かった!」
リョウタはすぐさまエヴァンダー、ミズシと共に先を急ぐ。
その後ろには、生き残った競技者たちの一団が続いていた。
やがて一行は、密集した木々に囲まれた道へと入っていく。
その道を駆け抜ける間にも、いくつもの地面に仕掛けられた罠が彼らを襲った。
だが、それらはこれまでのものと比べれば、まだ対処しやすい。
ミズシが、危うく身体を貫きそうになった槍をかわした――その時だった。
「……一つの命を殺し、別の命を得よ」
どこからともなく、主任監督官の声に似た囁きが耳へ届く。
「……!」
ミズシは一瞬、驚愕に目を見開いた。
だが、次の瞬間――
「そんな幻に惑わされるな! 罠だ!」
前方からリョウタの叫び声が飛んでくる。
見ると、リョウタは罠によって拘束されていた一人の競技者を救うため、その身体に絡みついた縄の網を剣で斬り裂いていた。
ミズシはすぐさま意識を罠へと戻す。
「……そういうことか!」
再び足を動かし、次々と仕掛けを突破していく。
それから数分――
一行は走り続け、幾つもの罠を乗り越えていった。
その一方で、彼らの後方では多くの競技者たちが、悪辣な罠の犠牲となっていた。
そして――
「……あれは?」
前方に、一つの看板が見えてくる。
そこに書かれていたのは――
「第三の四半区」
その看板を通過してから、まだ一分も経っていなかった。
森に囲まれた道が途切れる。
その先に現れたのは、巨大な岩々に囲まれた道だった。
しかも、道そのものまで石造りになっている。
まるで、誰かが綺麗に舗装したかのような道だ。
一行はその道をしばらく走り続ける。
やがて――
「……あれは?」
再び看板が現れた。
そこには――
「石柱地帯」
そう記されていた。
そして、それから一分も経たないうちに――
一行は巨大な広場へと辿り着いた。
そこには、何百本もの小さな石柱が立ち並んでいる。
その間には、それらとは比較にならないほど巨大で、非常に高い石柱もいくつかそびえ立っていた。
そして、道の終点。
広場へ入る直前、地面からおよそ五メートルもの高さに、巨大な看板が設置されていた。
そこに刻まれていた言葉は――
「年長者に従え、たとえその言葉が意味不明に思えても」
「……何だ、これ?」
「どういう意味だ?」
競技者たちの間に困惑が広がる。
「『年長者に従え、たとえその言葉が意味不明に思えても』? 一体、何を意味しているんだ?」
「おそらく、あの巨大な石柱まで行けということだろう」
「それで?」
「……分からない。たぶん、そこまで行けば分かるんじゃないか?」
誰もが答えを見つけられずにいる中――
リョウタは看板の上へと登った。
そして、高所から広場全体をじっくりと見渡す。
「小さな石柱……」
「一本の高さは、およそ三メートル」
「そして、石柱同士の間隔は……およそ三メートル半か」
視線を巡らせる。
「巨大な石柱で、俺たちから最も近いのは……あそこか」
「おそらく三百メートル以上は離れている」
広場のあちこちには、巨大な石柱が配置されている。
一見すると、無作為に置かれているようにしか見えない。
だが――
「……本当に、無作為なのか?」
リョウタは目を細める。
「確かに、巨大な石柱は広場のあちこちに散らばっている」
「だが、完全に無秩序というわけじゃない」
「その理由は、この広場そのものの形だ」
視線をさらに遠くへ向ける。
「完全な円形じゃない」
「一方向へ進む道として考えるなら……」
「こいつは、どちらかといえば楕円形に近いはずだ」
そして――
リョウタの視線が、小さな石柱へと向けられる。
「……だが、何より危険なのは、あの石柱に入っている亀裂だ」
「これは……まったく良い兆候じゃない」
「もし、本当にあの石柱が倒れる可能性があるのなら……」
「安全な場所なんて、どこにもないはずだ……!」
リョウタはさらに考え込む。
「いや……」
「この恐ろしい仮説が正しいことを示す最大の証拠は、亀裂そのものじゃないのかもしれない」
「むしろ……」
「あの小さな石柱同士の、あまりにも正確な間隔だ」
「およそ三メートル半……」
「それに対して、一本の石柱の高さはたった三メートルしかない」
「つまり――」
「もし一本が倒れたとしても、他の石柱まで巻き込んで倒すことはない……」
「……なるほど」
そこまで考えた瞬間――
「おい!」
誰かの叫び声が、リョウタの思考を遮った。
「俺たちが他の道の連中とも競争していることを忘れたのか?!」
「もし、他の道の連中がもう試験を終えていたらどうする?!」
「迷っている暇なんてない!」
「合格したい奴は、俺についてこい!」
そう叫んだ競技者は、何人かの仲間を引き連れ、そのまま広場へと足を踏み入れていく。
「待て――!」
リョウタが声を上げる。
だが――
彼らは止まらない。
リョウタはただ、その光景を呆然と見つめるしかなかった。
「…………」
嫌な予感が、胸の奥を締めつける。
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