日常:始まり6
フェリスは足早に廊下を歩いていた。
一日の時が過ぎても、そのフラストレーションが収まる事は無かった。
その苛立ちをその対象へとぶつけるべく、目的の場所に向かい歩いていた。スカートの裾を揺らしながら、大股で歩く、淑女の嗜みなど微塵も感じさせられないその歩みからも感情が表れている。
同じ時間、逆方向にはもう一人の姿、いつものツナギの作業着と違い、制服で歩いてくるライザーの姿、こちらはいつも通りに冷静な様子で、フェリスと違い自室にでも戻るような何気ない足取りだった。
二人は目的地にたどり着いたときに目が合う。
フェリスは眉間に皺を寄せ、口を尖らせる。
ライザーはそんなフェリスの子供じみた表情に、苦笑する。それが昨日相対していた怪物と同一人物には思えなかった。
扉の前に立ち止まった2人、見上げるとそこには生徒会室の文字がある。
どちらか扉を開けるか、僅かな躊躇いから、どちらもその先に進むための扉に手を伸ばせずにいた。
多少のことでは物怖じしないはずの二人、ここに来るまで躊躇いなどなかったはずが、説明し難い気まずさからその場で立ち尽くしていた。
「何やってんだ?」
そんな二人の後ろから声をかけたのは、不機嫌そうなソウの姿だった。
ソウは2人の間を割って入るように扉の前に立ち、無遠慮に扉を開けた。
意外にも図太いソウ行動に二人は少し驚くが、フェリスは不適に、ライザーは呆れたようにそれぞれ笑った。
無駄に凝った彫りのある観音開きの木製の扉は、見た目通りの重厚さがあり、軋むような音を立て大層に開いていく。
ソウに続き、フェリスが入る、最後にライザーが入り、律儀に扉を閉める。
「無駄に豪華だな」
ソウは室内を見て思ったことをそのまま口にした。
入り口の扉と同じように、室内の装飾は凝っていて、10人前後が寛げるほどの広い空間がある。
中央にテーブルとそれを囲うようにソファー、家具もどれもしっかりとした作りとなっていて、ほかの一般的な教室とは明らかに違う。どう見ても一介の生徒が使用する部屋ではなかった。違和感のあるのが安いパイプ椅子がいくつかと記録用と思われる一畳程のボードが室内にあり、この空間では異質だった。
「いいでしょ?」
この部屋の主であるが如く、奥の窓際の一人掛けのソファーに深く座る人物が満足げに微笑んでいた。
生徒会長である。
「ここ、元々応接室だったんだけどね、使ってないみたいだから貰っちゃった」
生徒会長といえどそんな権限があるのかと、疑問を覚えつつ、まあいいかと流す事にする。
生徒会長の両側には2人の人物が立っている。
一人は眼鏡の理知的な長身の男、もう一人は襟足を短く切り揃えた髪型の無表情な女、こちらを無言で見る二人にソウたじろぐ。
しかし、すぐにその目線は自分に向けられているものではないと気がつく、それは自分の後ろにいる二人にそれぞれ向けられていた。
男の方はフェリスと、女の方はライザーと目線を交差させていた。
フェリスは威嚇するように睨みつけ、男はそれを無機質に見返している。
ライザーと女はそれぞれ無表情の中に友好的でない意志を混ぜてた視線を交差させていた。
「こわ」
そんな周りを見て言葉が漏れる。
そんなソウの発言に生徒会長は笑う。
「ちゃんと来てえらいね」
殺伐とした空気が流れる中、生徒会長だけは変わらずに呑気だった。ティーカップで湯気を立てている茶にマイペースに口を付ける。
生徒会長は余裕を崩さず、何も言わず、品定めするように入って来た三人を眺めている。
懲りずに睨み続けるフェリスを除いて、それぞれ生徒会長の言葉を待つ。
環境音だけが響く中、無言でいるには気まずい長さの時間が流れる。
生徒会長だけがこの時間を楽しむように微笑み、くるくると自分の白銀の髪の毛を指で弄んでいる。
焦らされてる。
壁にかけられている古い時計の音が無駄に大きく聞こえ、余計に時間を長く感じさせる。
気まずい空気だった。
ソウはチラッと後ろを気にする。
懸念するべき事がある。
背後から感じる苛立ち。
こういう時間に我慢できない奴が一人いる。
「あぁ!もう、何の用よ!」
案の定、痺れを切らしたのはフェリスだった。
足を踏み出し今にも吠えだしそうだ。
予想通りでありであるはずの行動にソウは手で額を抑えた。
「…馬鹿が」
ソウは誰にも聞こえないように呟いた。
少し考えれば先日の事を咎められる為に呼ばれたことは分かるはずだ。態度次第で現状が良くなることは無くとも少なくとも悪くはならないはずだ。こういう場はフリでも反省している様子でいる方がやり過ごせる。それが分かっているのか、ライザーは自分は関係ないとでも言わんばかりにそっぽを向いている。
噛みつかんとするフェリスに対して、生徒会側の面々の反応は薄く、態勢を変えずそのまま見ていた。
表面的には冷静であるライザーも、そんな相手の態度には気に食わない部分があったのか、一瞬だけ眉をひそめるが、すぐに表情を戻した。
ソウはそんなそれぞれの反応に困惑しつつ、目を泳がせていた。
「ごめんごめん。ちょっといたずらしたくなっちゃった」
全く反省した様子などなく、会長は手を前に出して詫びるふりをする。
「呼んだのはそっちでしょう!」
焦らされていることに我慢できなくなったフェリスは食ってかかる勢いだ。その態度に、生徒会副会長である男は流石に反応を示す。
目上であるはずの自分たちに対するものではない態度に、制止するように、一歩踏み出すが、思いとどまり確認するように生徒会長を見る。すると会長は首を振り、副会長の行動を無言で制止する。
生徒会長は瞳を少し大きく開けフェリスを見る。
その虹色の輝きに、のまれそうになるような感覚に陥るが、耐えようと奥歯を噛みしめる。
勢い収まったフェリスを見て生徒会長は口を開く。
「それじゃ、本題に入るね」
その言葉に生徒会の2人は姿勢を正し、ソウ達も一応は聞く姿勢を取る。しかしフェリスだけが後ろに手を回し、分からぬように拳を強く握っていた。
「うちの生徒会ってさ、少人数でやってるのね」
その口調は穏やかで優しい。
「学園の敷地は広くて、生徒も多いなかで、結構大変でさ、はっきり言ってこのままじゃ全生徒をフォローするのは難しくてね」
一応は困った表情を作る生徒会長だがひっ迫しているようには到底見えなかった。
それだけ言われれば、大体の話の結論は見える。
めんどくさいことになりそうだと、ソウは思っていた。
「じゃあ人を増やせばいいでしょう」
分かっているのかいないのか、フェリスは他人事のように言う。
「そうしたいのは山々なんだけどねぇ」
生徒会長は首を振りながらわざとらしく長くため息を吐く。
「生徒会ってさ、生徒の意見を通す強い権力をもらってる代わりに、忙しい教員の方たちのフォローもしなきゃいけないの。皆が大人しく平和にしてくれてればいいんだけどさ。ここは血気盛んな子が多いじゃない?だから荒事は日常茶飯なんだよね」
生徒会長はそう言うとフェリスとライザーを交互に見て最後にソウを見る。
フェリスとライザーはそれぞれ逆方向に目を逸らす。
ソウは驚いたように自分を指さす。
思い当たる節しかない二人と、腑に落ちていないソウはなぜこの二人とまとめられているのか理解できなかった。
そんな三人に構うことなく、会長は話を続ける。
「そういう子たちを大人しくさせて、皆が平和な学園生活も送れるようにするのも仕事の一つでね。むしろそれがメインの仕事になっちゃってるかもね」
含みのある表情に3人はそのままの反応でいた。
「私達にはある程度の抑止力が必要なわけ。危ないことしてくる子もいるからある程度強くないといけないし、誰でもいいってわけじゃないの。仕事量は多いのに人はなかなか増やせない。大変だよねえ」
まるで他人事のような口振りだった。
「だから、それなりの人材で手伝ってくれる人が欲しくてね」
「俺達にそれをやれと?」
口を開いたのはライザーだった。
このまま相手に会話の主導権を握らせていてはいつまで時間がかかるかわからない。からかうような生徒会長の態度も気に食わないし、こちらを無機質に見てくる両隣の2人の視線も気に食わないかった。
「ま、そういう事だね」
ライザーの言葉に生徒会長はつまらなそうに後ろ髪を人差し指でくるくると弄んでいた。
だがすぐにいつもの様子に戻ると話を続ける。
虹色に輝く瞳から真意は読み取れない。
「君たちなら、充分じゃない?」
「え!?俺も!」
自分も含まれていることに思わず声を上げるソウの言葉に周りの反応は無かった。
「抑止力ねぇ」
ライザーは小馬鹿にするように笑う。
「そ、抑止力」
ライザーの反応に気を悪くするでもなく、変わらぬ態度で返す。
「入学したばかりの俺たちにやらせる内容じゃ無いだろ」
「あれだけ暴れ回っててよく言うね」
その言葉にライザーも押し黙る。
「ちょっと色々頼み事を受けてくれれば良いからね」
「何で私がそんな事しなきゃいけないわけ?」
不機嫌そうにフェリスが言う。
その言葉に生徒会長は妖艶に笑う。
感情の読み取れない得体のしれない表情、それに怯むこともなく、フェリスは機嫌が悪そうに睨み返す。
一瞬の沈黙。
「いい加減にしろ」
沈黙を破ったのは、黙っていた副会長の男、冷静な中にも確かな怒りが滲んでいた。
「君たちがしてきた事を考えれば、破格の条件だ。本来我々の仕事は名誉あるものだ。それを手伝わせるだけで、今までの横暴を水に流そうと、会長は仰っているんだ。感謝こそされど文句を言われる筋合いは無い!それに今までどれだけけ会長が貴様らのことを庇って……」
「副会長」
その生徒会長のひと言は静かではあるはずが、まくし立てていた副会長の言葉を容易に制止した。
「失礼しました」
副会長は素直に頭を下げる。
その様子にフェリスはいやらしく笑った。
「頼んだ覚えは無いわね」
「俺は自分に振りかかる火の粉を払ってただけだ、罰を受けるいわれわない」
フェリスとライザーの挑発的な物言いにソウは頭を抱える。
「それは困ったわね」
これっぽっちも困っていない様子の生徒会長の言葉、2人の反応は予想の範疇であるかのようであった。
「それじゃあゲームでもしようか」
予定調和の様にそう言った生徒会長の言葉にライザーは訝しみ、フェリスは首を傾げる。
「ゲームをして勝ったら言う事聞いてもらおっかな」
あくまで余裕を崩さず、高圧的ではないが有無を言わせぬ力がある。
「簡単なゲームをして、あなた達が勝ったら、これまでの事水に流してあげる」
その言葉にフェリスはニンマリと笑う。
「面倒だな」
しかし、ライザーは否定的だった。
それすら予想通りだったのか、生徒会長の態度はかわらない。
「それに君達のこれからの行動も生徒会は出来るだけ目を瞑ってあげる。どう?メリットしかないと思うけど?」
実は今回の事で何かしらの制裁を受けることを覚悟していたライザーは、内心は納得しながらも、交渉のために簡単に同意する気は無かった。
「内容によるな」
一応は聞く姿勢になった2人を見て、生徒会長は意味深に頷く。
「安心して、内容は簡単だし、ルールも君達に有利よ」
含みのある言葉、黙って次の言葉を待つ。
「君達の誰か一人でも捕まらずにこの部屋から出られたら君達の勝ち…どう?簡単でしょ」
その提案に、フェリスは呆気にとられ、ライザーは思考にはいる。
気にせずに言葉は続く。
「しかも、私は手を出さない」
三人を捕まえるのに相手は二人、単純に考えればかなり楽な条件である。しかも、最強と名高い人物が手を出さないと言っている。
「破格でしょ」
全てを汲み取った発言である。
そんな中、ライザーは冷静に状況を整理していた。
後方の扉までは2、3歩、スムーズにいけば振り返り扉を開け出ていくまでの時間はわずかである。対して相手は奥の壁際に配置され、こちらとの間を詰めるだけでもこちらの条件を達成できるほどの距離が空いている。加えて絶対的な手の足りなさ、確かに条件的には破格だ。だが、忘れてはいけないのは相手は、学生とはいえ自分より格上の魔術師、今このルールを聞いて、何の反応も示さないあたり、知っていたと考えていい。確か、副会長の男は氷を使うはずだ。もう1人がどのような技を使うかは知らない事も危険だ。会長が動かないとはいえ油断できる条件では無い。しかし、これ以上条件を緩和されるのも舐められている様で受け入れがたい。
ライザーはこの条件下の中、条件を達成するためのルートを模索する。
「良いわ、やってあげる」
何故か上から目線のフェリスにソウは呆れていた。
「おい、この女がどういう行動するかわかるか?」
何気なく、ソウにしか聞こえないように、ライザーは小声で伝える。
「なんで、俺に聞く」
そう言ったソウだが、溜息を挟み一応は答える。
「まあ、素直には部屋から出ないだろうな」
その言葉にライザーは頷く。
「オッケー、男の子2人はどうかな?」
返事を促す生徒会長にライザーは頷き、ソウは仕方なく受け入れる。
「じゃあ、私が机を指で五回叩いたらスタートね」
そう言うと机の上に人差し指を置きゆっくりと上げていく。
「それじゃあ行くよ」
トン
1回目の音が鳴る。
ゆっくりと指が上げられ、また降ろされる。
トン
2回目の音、間髪入れずまた指が上げられる。
トン
3回目、相対する3人は指に注視する。
トン
4回目、一定のリズムで音は鳴らされている。
生徒会長の隣に位置する2人は指を全く見ていない。
明らかな余裕にライザーは苛立ちを覚えていた。
今まで一定のリズムだった音は急に止まる。
空中で静止した指、その時だけ停止したかのような時間、しかしタイミングを外すようにその指が素早く下ろされる。
トン!
ひときわ強く音が鳴る。
始まりの合図、
「くらえ!」
間髪入れず扉とは逆方向の相手へと向かい突っ込んでいくフェリス、流石に室内ということで炎は出さなかったがその勢いに遠慮はない。
それをある程度予想していたライザーはすかさずバックステップで下がり、無駄のない動作で扉に手をかける。迷いない行動、判断も早かった。余計なことをせずに最短ルートで行く。シンプルかつ合理的に行く。
しかし、思い通りに行かなかった。
取っ手に手が掛かった瞬間その手の横に何かが当たる。
辛うじて目に捉えたそれは透明な容器、その中から出た透明な水のような液体がライザーの手とその周りを濡らす。
「くそ!」
その液体は一瞬で凍りつき、ライザーの手と扉を接合しようとする。
慌てて手を離すが、指先の皮膚のほんの一部が扉の取っ手に残される。その時には取っ手は凍りついていた。
踵を軸に使い、素早く反転するライザー、目に映ったのは、ハイキックで副会長に襲いかかっていたフェリスと、それを副会長の前で両腕をクロスし止めていたもう一人の女生徒、動揺もなく、相変わらず無機質なまま片目を両腕の間からのぞかせている。
副会長の手にはこちらに投げられた物と同じ容器を持っている。
「やるじゃん!」
受け止められた足を下ろし、その勢いのまま軸足を使いターン、間にいた女生徒をすり抜け、再び蹴りかかる。
もうルールのことなど覚えていないようだ。
しかし、何も考えていないようで、いや、実際何も考えていないにも関わらず、その行動は合理的だった。
その行動を見て、ライザーは再び反転、凍った逆側の扉の取っ手に手をかける。今度は無理やりにでも扉を開ける覚悟があった。
だから背後に迫る気配には察していたがあえて無視した。
相手に多少のことをされても無理やり行動を完遂する自信があった。
扉に掛けた手と逆の手を取られる。
それも無視し勢いで扉を開ける。
僅かに扉が開いた瞬間、動きが止まる。
身体がこれ以上進まない。
見えない壁に包まれたような感覚だった。
「…封術」
悔しそうにライザーは呟く。
取られた手を急激に引かれる。
予想だにしないその力になす術なく押し倒される。
膝をつき両手を背中にまとめられ、力を込められると、もうその手は動かなかった。
機械的に立ち上がる女生徒、無表情ながらも自信が垣間見える。
もう一方を見る。
するとそっちも決着が付いていた。
フェリスの足元は凍り付き、離れなくなっている。
立ったままであるがライザーと同じように背中で両手を拘束され、こちらは親指同士だけで氷で繋がれていた。その様子から氷の強度がうかがえる。
しかも副会長は丁寧にソウの方にまで液体の入った容器を向けている。
「…はぁ」
長いため息をつくと諦めたようにソウは両手を上げる。
「ちょっと!!」
その反応に納得がいってないのか、フェリスは拘束されたまま強く反応する。
それにソウは黙って首を振った。
圧倒的だった。
この二人が何もできない相手に自分が何をできるというのだ。
「決まりだね」
全てを予測していたのだろう。
生徒会長は満足げに微笑むと、2人に指示し、拘束を解かせる。
ライザーは立ち上がり、フェリスは悪態をつきながら、副会長を振り解く。
これ以上の悪あがきをするつもりは無いようだった。
「いずれ、借りは返すから」
フェリスの言葉はいつもと違い、凶暴さは無く。静かであった。たが覚悟があり、わずかに嬉しそうに見える。
「何かあったら私の方から連絡するね」
生徒会長のその言葉だけで十分だった。
三人はそれぞれ頷く。
意外にも素直な反応に生徒会長はわずかに驚くが、心底嬉しそうに笑った。そこにいつもの含みはない。
何も言わず軽く会釈だけすると、三人は部屋を後にする。
残された生徒会の面々。
「良かったのですか?」
副会長の言葉に生徒会長は頷く。
「私の目に狂いは無いよ。あの目、これから楽しくなりそう」
その姿を思い出しながら、目を閉じた。




