日常:始まり5
「バケモンかよ」
ライザーは思わず呟く。
真っ向勝負を避け、持久戦を選択したが決定打がない。
体力には自信があったが、相手がはるかに上回るようだ。
どう考えても燃費のいい戦い方をしているわけではないのに、衰えが感じられない。
火力不足。
分かってはいたはずの欠点が突きつけられる。
「無茶するしかねぇか」
そう言ったライザーの顔は笑っていた。
「しぶとい」
フェリスは呟く。
戦いにおいて今までに感じたことのない苛立ちを覚えていた。
圧倒的強者に挑むときとは違う、勝てるはずの相手に勝ちきれない。
今まで正面からの戦いにしかしてこず、こういった戦法をとってくる相手には出会わなかった。
このようなやり方がある事も知っていた。
自分の経験の少なさが露呈する。
「やるじゃん」
反面、湧き起こる何か、不思議な高ぶりがあった。
「…クィンスターは美しく戦う」
魂に刻んだその言葉を吐き出すようにつぶやくと、力がこみ上げてくる。
ほぼ同時に決まった2人の覚悟、決着を付けるため、力を込める。
フェリスは今出せる最大の魔力を練り上げる。身体が熱くなり、蒸気を発する。周りすべてを焼き尽くすつもりで、解放させる準備をする。
離れた距離から、気配を消し、様子をうかがっていたライザーの頬に冷や汗が伝う。
相手が力技で決着を狙う事は予想出来たがそれを遥かに超える。
本来鈍感なはずの自分の感覚でもひしひしと伝わる。
まるで、断崖絶壁の縁にでも立たされているような感覚、恐怖ともう一つの感情、しかし覚悟は揺らがないかった。
この化け物に唯一勝てる道筋を見つけたのだ。それを実行しない手はない。恐怖などこの高鳴りがかき消してくれる。
その後の事など気にしない。
手のひらサイズの銃を構える。相手を警戒しつつ、やり慣れた手つきで4本の銀色の棒を銃口に取り付ける。
一撃必殺。
大技の隙をつく。
2人はタイミングを計る。
決着までの時間は長くない。
この刹那の時間を楽しむように、フェリスは笑っていた。戦うときだけに得られる高揚感、出来ればずっと味わっていたがそうもいかない。何故なら決着があればこそのこの感覚なのだ。
しかし、この純粋な感覚にノイズが走る。
ヘビが伝うような、得体の知らない瘴気が流れ込んでくる様な肌触り。
思わず顔をしかめる。
やや遅れてライザーも同じ感覚を味わっていた。
ハッキリとした嫌悪感だった。
「良いところで…、」
フェリスは呟く。
ゆっくりと何かが近づく、存在を隠しもせず、ズルズルと何かを引きずる音をさせながら。
「なんのよう?」
自分が積み上げてきたものを上から潰されたような、得難い苛立ちを、現れた闖入者に向ける。
「あら、怖い顔」
闖入者は呑気にそんな事を言った。
フェリスから向けられた敵意にも全く動じた様子がない。
その虹色の瞳は全てを吸い込む様である。
片手には襟首を掴まれたソウがいる。
フェリスは怒りを隠しもせず、殺気を招かれざる客に向ける。彼女は今にも発火しそうである。
「もちろん、やめさせに」
あざとく人差し指を唇に付ける。
「邪魔しようってわけ?」
フェリスの瞳から光が消えた。
出来るのか?とでも言わんばかりに挑発的な表情で。
生徒会長は、そのフェリスの問には答えなかった。
「これから何をするつもりだったのかな?」
フェリスの威圧に屈するどころかそれを上回る気配で飲み込む。だが、フェリスのそれとは質が違う。
「ちっ」
僅かに硬直したあと、やや冷静になったフェリスは気持ちの矛を収める。そしてバツが悪そうに、目をそらす。
「そこの彼も」
ピンポイントで一つの方向を見る。
見られた場所と寸分たがわぬ場所から、ライザーが現れる。
降参したように両手を挙げながらこちらに近づく。
会長は2人の様子に満足すると、フッと息を吐く。
すると、周りに広がっていた、嫌な空気が消える。
「二人ともやり過ぎ」
二人は押し黙っていた。
「ここがどういう場所か知ってるはずだよね?」
高圧的でないにも関わらず、妙な迫力がある。
言われた二人は言わんとしている事を理解しているのか、気まずそうにしている。
「熱くなりすぎ」
そう言いながらフェリスを指さす。
「そんなもの人に向けちゃ駄目だよね」
ライザーの持っている銃を指差す。
「駄目だよ」
それだけを言った。
まるで聞き分けのない幼子をし付けるような余裕だった。
「あした、生徒会室に来ること」
二人を交互に見る。
余計な事は言わずともそれで伝わる。
「嫌だと言ったら」
フェリスの火は消えていなかった。
最高の時間を邪魔された事、その怒りは簡単には収まらない。
それはライザーも同じ様で、会長の目を真っ直ぐ睨んでいた。
「無理やりにでも」
虹色の瞳孔が大きく開く。
その瞬間周りの全てを見えない何かが包む。
「出来るの?」
2人は怯まない。
それぞれ構える。
「簡単だけど?」
次の瞬間身体が硬直する。
いつの間にか足元から伸びていた木の根が二人を縛り上げる。
「な!?」
鋭くとがった木の枝が2人の目前に伸び、脅すように直前で止まる。
二人は息を飲む。
何もできず、何も気が付かなかった。
会長は笑いながら指をゆっくりと振っていた。
「待ってるねー」
そう言うと、すぐに拘束を解く。
驚愕する2人を見ると微笑みかけ、踵を返し、ヒラヒラと手を振りながら、場を去る。
その人物を2人は黙って見送っていた。
「…俺、必要あった?」
ズルズルと引きずられていく、ソウの言葉が聞こえてくる。
「ソウ君も明日来るんだよ?」
「え!なんで?!」
そのまま消えていくのを見送りながら、2人は同時にため息をついた。
完全に興が削がれた。
「決着、つけるからね」
それだけ言うとフェリスは立ち去る。
「気が乗ったらな」
それは本心だった。
試せる事は試したし、もうあまりメリットがない。
決着をつけるのにこだわったのは、熱くなっていたからだ。ライザーは己の未熟さを痛感する。
それでも、きっといずれは決着をつけることになるのだろう、その前にもう少し自分を高めなければと思う。
ライザーは木々の間から狭い空を見上げた。




