閑話-4
「おはよう~」
リビングに入りつつ、挨拶を言う。
「はい。おはよう」
丁度よく朝食を作り終えた直後だった様で、対面式キッチンの向こう側から顔を見せつつ挨拶を返してくる母の姿があった。
「お父さんに挨拶してね?」
そう告げて、出かける準備をする為であろう、手早くエプロンを脱いで纏めながら部屋へと向かって行く。
何故、父の声が聞こえないのに挨拶というのかだが、父は俺が両足を失った事故で他界している。
同じ事故に巻き込まれ、その際父に庇われて命ではなく足を失うだけで済んだ訳だ。
それが、元で俺は母子家庭の仲間入りとなった次第。
その事故を起こした大元の原因が、現在世話になっている研究所の親会社が工場間での輸送に使っている車両が引き起こした訳だ。
その償いと言う訳ではないのだろうが、莫大な費用が懸かる筈の義肢手術費がロハで済みまた、メンテ料も無料で済んでいる訳だ。
母にはN・M・Sの適合者になったとは伝えていない。
それで無くとも、両足を失った事で散々迷惑を懸けたのだから、これ以上心理的負担を懸けるのは母を入院させてしまうであろうリスクが少なからずあると思えるので、秘匿することにしたのだ。
これは、研究所の所長からも言われた事でもある。
仏壇に線香を点し、鈴を一つ叩いて手を合わせ無言のまま遺影に向かい感謝を伝える。
庇ってくれた父が居なければ、俺は此処にいる事はなかっただろう。
が、もしも父が俺を庇わなければ・・・そんな想いもまた存在するのは確かだろう。
俺達家族を襲った事故はある意味何処にでも転がっている理不尽な出来事。
その一例でしかないのだろう。
折に触れて思うのは、理不尽な出来事。それを跳ね除ける力が欲しいと思った事は過去に幾度と無くある。今現在、俺はその理不尽を跳ね除けうる力となるかもしれない能力を保持しようとしている。
出来る事なら、この能力は使う事が無ければ良いと思いつつ同時に、能力を振ってみたいという欲求にも駆られている。
それを沈める意味で、仏壇で無言のまま祈る時間が長くなったとしても不思議では無いだろう。
「いってきまーす!・・・鍵お願いね~」
そんな声が聞こえ、続いて玄関の扉がバタンと閉じる音が重なる。
「随分と早い出勤だな?・・・一月前より・・・50分も早いな?・・・出勤先が変わったのか?・・・帰ってきたら聞いてみるかな?」
そんな事を呟きつつ、キッチンへと向かい用意された朝食を食べる為に立ち上がり移動する。
義肢となって唯一便利な点は・・・それは長時間正座していても足が痺れる事がないという一点のみが挙げられるのだが、あまり健常者には縁のない話だろうし、本来あってはならない事態なのだから・・・
義肢を装着してではあるが、日常生活において支障がないレベルとなって早くも1年が過ぎ去ろうとしている。
失った悲しみに打ちのめされて生活の中で色彩を失った生活となった後も時間だけは過ぎている。その事を実感した1年でもあった。
そんな中VRMMOを何の気なしに始めて、俺の生活に少しだけ色彩が戻ってきた。
ゲームの中であっても護れる力をもち護るべき仲間が居る。そんな状況を向かえて俺はどう変わっていくのだろうか?目に映る景色が記憶にある色彩となるまでにはまだまだ時間が必要なのだろう。
しかし、今の仲間たちとゲームを進めていければ、きっと色彩は戻るそんな確信がある。
色彩を取り戻した時、俺はどう変わっているのだろう?
未来は想像出来ない。しかし、確実に変わっているだろうという確信がある。「護る」その事だけは誰にも負けるつもりは無い。
それが俺がやるべき事。
現実では、確かに護れなかった。護られた存在だった・・・だが、あの世界でならそれを・・・誰かを「護る」事が出来るし、「護る」事が俺自身に課した俺の存在意義なのだと信じている。
あの世界でなら、得た能力を存分に使っても問題ないのだから
それは、俺自身の心のどこかは判らない。が、確かに存在している。
俺が抱く「護り抜く」その気概と共にあるのだけは確かだ。
その確信の名前はまだ判らない。仲間達と共に歩んで行くその先で知る事が出来るだろう・・・




