漆『そして』
自宅警備員…彼の言葉にまた思い出した。自宅警備員だったおにいちゃん。優しくてかっこいいおにいちゃん。おにいちゃん。
「おにいちゃん…」
「…あー…うん…そう。お兄さんと同じ自宅警備員でっす。まあ俺は現役だけどー。」
荊さんが何かを察したような複雑な表情で私に手を差し出してくる。よろしく、ということのようで。自宅警備員に悪い人はいない。…もう一瞬で不信感が吹き飛んだ。私は荊さんの手を握る。暖かくてなんとなく落ち着いた気がした。
「えっと、暗殺者って言っていましたけど…なんではじめましてなんでしょう?」
「あー、俺はあんまり部屋から出ないからねー。夕食とかも部屋でとるし。」
「なんでですか?」
「俺は忙しいからねえ、アニメとかゲームとか諸々」
荊さんは、そうやって言いながら大きな荷物をおろし、荷解きしていく。荷物の中には大量のゲーム類。同じ自宅警備員でもお兄ちゃんとは全然趣味が違うなあ…。私の視線に気づいたのか、荊さんがやっぱりこれ欲しい?と写真の束を差し出してくる。受け取ると一番上は再びあの赤目さんの笑顔写真。
「だからいらないですって…!って、か、かわいい…!」
捲っていくと、壱さんや白さんたちのとびきりの写真。寝顔や笑顔などから料理中とかの日常風景の写真まである。
「俺は監視とか情報管理とか写真撮影とかそういうのしてるんだよ。面倒くさいけどそういうのは嫌いじゃないしね。写真は結構いい値段で売れるし。」
少し誇らしそうに口元を緩める荊さん。相変わらず目は見えないけれど。写真は許可とってあるのか怪しい感じはあるけれど。
最後の一枚は赤目さんが何かをぼんやり考えているような雰囲気の写真だった。そういえば赤目さん、…。
「…姫ちゃん、天のその写真さ、貰ってくんない?」
「えっ、いらないですよ…!」
「ほら、壱さんの写真とかのおまけだからさ!ねっ!」
半分強引に渡してこないでください。まあ仕方ないから受け取ってあげますけど。心の声が聞こえているかはわからないが、荊さんの口元は楽しそうに緩んでいた。
「そういえば、なんで自宅警備員なのにここへ来たんですか?」
「そうなんだよ!なんか菊さんの部屋のドアが壊れたらしくてさー。取り換え工事がうるさくってうるさくって…避難せざるを得ないよねー。」
なんでドアが壊れたんだろう。謎だった。
*
館に戻ると、菊さんが珍しく私を呼び出していた。…もしかして、壱さんに今回の失敗の話を聞いてお叱りだろうか…。帰ってその足で菊さんの部屋へ向かう。足取りは重い。ドアは本当に取り替えられていた。心なしか元のドアより凝った感じのドアだな…。
「…失礼します」
中に入る。そこには菊さんと、…赤目さんがいた。
「…ぁ」
なんとなく気まずい。お互い目を逸らす。赤目さんは少しぼんやりとしている気がした。
「あのね、雛ちゃん!あなた、少しの間碧ちゃんのところへ行ってらっしゃい!」
「碧ちゃん…ですか?」
待ってましたとばかりの菊さんの満面の笑み。
「藤咲家の当主よ。きっと力がつくと思うわ!」
藤咲家。当主といえば、紅さんの従姉妹とかいう…?紅さんの話から妖艶な女の人なんだろうな、とは思っていたけれどまさかこんなに早く会わせてもらう機会があるなんて。
「是非行ってみたいです…!」
憧れの紅さんの従姉妹なのだから、会ってみたいに決まっている。紅さんも碧さんや姉妹のことを話すとき、すごく楽しそうだった。きっといい人なんだろうな…。
「でも雛ちゃんだけじゃ大変でしょうからねえ…天ちゃんいってらっしゃいな!」
「「えっ」」
私と天さんの声がハモる。避けられてるのにそれは…わかったうえ、か。笑顔を見ていればなんとなくわかった。
「いや、俺はちょっと、…」
「ドア壊した件、不問にしたわよね?」
「ぐ…」
よくわからないけど、赤目さんが少し唸ったあと、小さく「分かりました」と答えていた。弱みでも握られているのかな…?というか、そんなに嫌そうな反応しなくてもいいのに。私だって嫌だけど!だけど!…少し凹むかもしれない。
なにはともあれ、藤咲本家に行くことになったよ、おにいちゃん。赤目さん、大丈夫かな…?
*
…頭領の考えていることはなんとなくわかっている。自分でもこの状態はいけないと思っているし、なんとかしなくてはいけないとも思っている、けど。
なんでこうもかき乱されるんだろう。離れてみれば落ち着くと思ったのだけど。魅了されて以降、何故か調子が崩れて仕方ない。




