5th episode-7
「……やはり一番槍はかなわぬか」
上がった爆炎を紫水晶の瞳を細めて見つめた少女は、悔しげに呟いた。
すべての景色を置き去りに疾走する彼女は、手にしたランスを構え直し、さらに速度を上げる。
美しい金糸をひとつに纏めたポニーテールをたなびかせて走る姿は美しい。
左手にはカイトシールド。胸元には銀色に輝くブレストプレート着け、両の腕を覆うのは白銀の装甲。肩当てと腕甲、そして籠手が擦り合う金属質の音を響かせ、少女はひた走る。
足元を蹴るのは四つの蹄。その姿は馬に跨がり戦場を駆ける騎士のようだ。
だが、その姿はある種異様。
彼女の馬には、頭が無かった。
否。
馬の頭があるべき部分から伸びるものがあった。
女の上半身だ。
そう、彼女の腰から上が、馬の首元辺りから、頭の代わりに生えているのだ。
人馬族。
彼女は半人半馬の種族だったのだ。
それが、“水上を駆ける”。
特注の戦脚を四つ足に装着し、反発フィールドを以て水面を大地に見立てるがごとく疾走していた。紫水晶の瞳に魔法陣を宿し、背中に背負ったヘビークルーザータイプ《重巡洋艦型》論理魔導機関が唸りを上げて宙空より吸い上げた魔力を彼女に提供し、それが全身の刺青のような魔術回路を駆け抜けて、さらなる加速を与える。
ヘビークルーザータイプ《重巡洋艦型》は、攻撃、防御、速度のバランスが高いレベルでとれた主戦型戦脚だ。
さらに彼女は、自身の身体にインストールしたパッケージ魔法すら速度強化。
その速度は飛行型戦脚に劣らない。
追従する者達を引き離さんばかりの速度。だが、彼女達も負けてはいない。
ヘビークルーザータイプ《重巡洋艦型》だけではなく、ライトクルーザータイプ《軽巡洋艦型》やデストロイヤータイプ《駆逐艦型》など速度重視のユニットばかりで構成されており、502試験統合戦闘団の精鋭快速部隊と言われている彼女達だ。こと、速度に関しては指揮官であるケンタウロスの彼女にひけをとらない者ばかりだ。
とはいえ、指揮官が先行しすぎるのは問題が多いだろう。
「十竜長! クラウディア十竜長! 速度を落としてくださいっ! 隊列が乱れますっ!」
「む?」
後ろからの声に、クラウディアと呼ばれたケンタウロス少女は、速度を落とした。
追走してくる大きな茶色い翼を背中から生やした少女の横に並ぶまで下がってくる。
「すまんなルーシア大竜士」
「いえ、気持ちが逸るのは私も同じですから」
ルーシアと呼ばれた翼人族は、苦笑いしながらクラウディアに応えた。
そして戦場の方向を見やる。
空を舞う空戦月瞳魔女が攻撃を仕掛ける姿や、防御魔法で赤い光線を弾く姿が見え始めた。
銀海へ向かう川があったことは僥幸だ。それでなければ海戦月瞳魔女はその機動力を発揮できず、戦場にたどり着くまでに時間がかかりすぎてしまう。
なぜなら反発フィールドは水上、あるいは銀海上でなければ十全に効果を発揮しない。従ってこれを用いた滑走に機動力の大半を頼る海戦月瞳魔女は、水上や銀海上でなければその機動性を大きく損なってしまう。
また、装備する大型の論理魔導機関や武装などの重装備の数々も、反発フィールドのおかげで運用できるようなもの。
つまり、海戦月瞳魔女は水上、もしくは銀海上でなければその実力を発揮できないのだ。
「見えました!」
クラウディアらに続く、ライトクルーザータイプ《軽巡洋艦型》の装備をしたとんがり耳のエルフ少女の声が上がり、そちらを注視する。
流れる景色の向こう。
きらめく銀面に浮かぶ巨大な黒い姿が視界に飛び込んできた。
「全艦単縦にて突入! 敵艦隊中央を突破後、背面展開にて押し包むぞっ!」
『了解っ!』
クラウディアの指示に、従う五名が応えて単縦……すなわち縦一列に連なる。
先頭はクラウディア。一気に増速し、飛沫を蹴立てて川を下る。
銀海は水、特に海水への侵食が遅い。金属光沢を見せる海面へ流入した水は、銀海を多少押し返すように広がるが、結局は銀色に飲まれてしまう。
その境を掻き乱すように、六人の海戦月瞳魔女が銀海へと飛び出していく。
トップスピードを維持したまま滑走する彼女達に、空を舞うレアリーらが気づいた。
「さすがはクラウディアの部隊ね。私たちにさほど遅れずに到着なんて」
「どうします~?」
間延びした声に聞かれて、レアリーは即座に決断した。
「クラウディア達を支援するわよ! 全機、突入!」
『了解!』
レアリーの号令に応えた六人の魔女が、次々にダスクメタリカへと仕掛けていく。
『クラウディア、援護するわ!』
『レアリーか? かたじけない!』
月界交信でレアリーとクラウディアは言葉を交わし、互いの連携を意識するように動き始めた。
銀海を滑走する六人は、ただひたすらに敵艦隊を目指す。
その視界に、黒い威容が見え始めたかと思うと、みるみる内に大きく、見上げるほどになっていく。
当然だ。
一番小さな対地駆逐艦ですら二十メートルちかい高さがある。
六階建てくらいの、ちょっとしたビルと変わらないほどの高さだ。
戦艦型に至っては高さ五十メートル。
十五、六階建てのビルと変わらない。
それらが動き回る威圧感は大きい。さらに、蹴立てる波の高さも尋常ではない。
戦艦型が移動するだけで銀海がうねり、数メートルもの波を作り出す。
クラウディア達は、その真ん中を突っ切ろうというのだ。
だが、彼女達に恐れの色はない。
レアリー達の援護を受けて、速度を全く落とさずに敵艦隊へと突入していく。
「行き掛けの駄賃だ! 各艦、撃てえっ!」
クラウディアの号令に従って、五人の魔女は論理魔導機関に取り付けられたり、手に持っている火砲でダスクメタリカ達へと攻撃していく。
二十.三ミリ連装砲が、十五.二ミリ単装砲が、十二.七ミリ砲が次々に火を吹き、対地駆逐艦へと降り注いだ。
それが見事に命中していく。
さらに、ライトクルーザー《軽巡洋艦》のエルフ少女が弓を構え、矢をつがえた。
狙いを着けるその瞳に、魔法陣が浮かび上がり、黄金に輝きながら高速回転し始める。
彼女の視界に魔術の構成式たるステンドグラスが顕れ、瞬時に矢じりに吸い込まれた。
「ュッ!」
波を蹴立てる音にも負けないほど鋭い呼気と共に、矢が放たれた。同時に逆巻く突風が矢に絡み付き、巨大な烈風の槍と化す。
それは寸分違わず対地駆逐艦の側舷に命中し、破壊の風でその黒い装甲を砕き抉った。
「キュイァァアアアッ?!」
フィギュアヘッドが悲鳴のような甲高い声を挙げた。だが、そのダメージは致命傷ではない。
無事な側面に赤い光が点り、甲板上に六角形の穴が十数個、口を開けた。
対地攻撃に特化している対地駆逐艦だが、水上の相手であってもその制圧力は発揮される。
が、それらが火を噴くことはなかった。
上空からの火線が、対地駆逐艦の上面を叩き、武装を破壊していく。
その火線を追うようにして数人の空戦魔女が逆落としに対地駆逐艦へ迫り、さらなる火力を投入してダメージを与えていった。
その傷は、ダスクメタリカ特有の自己修復能力で回復されるが、与えられるダメージの方が大きい。
みるみる内にその上部構造物を削り取られ、フィギュアヘッドが再び悲鳴をあげた。
そこへ、さらに空から魔女が一人、降ってくる。
「……」
アッシュブロンドを三つ編みにした空戦月瞳魔女、ネフェルティア・リコリッタ。
その右目に高速回転しながら光り輝く魔法陣を宿し、対地駆逐艦の真上から突撃していく。
手にした七.六二ミリアサルトライフルが火を吹き、次々に着弾。同時に巨大な爆炎が上がる。
爆炎球の魔術を弾丸に込めたのだ。
ただのライフル弾の雨が、ロケットランチャーの嵐になる。
魔力量と強度に優れたベテラン月瞳魔女ならではの攻撃だ。
そして、その絨毯爆撃のような一撃により、対地駆逐艦の黒い装甲が砕け、そのコアが完全に露出した。
「……シノノメ竜士補!」
「は、はいっ!」
ネフェルティアの鋭い声に応えた、まだあどけない顔つきの黒髪おかっぱ少女が、長大かつ大口径のライフル銃のスコープを覗いた。
そのスコープにコアが大写しとなり、照準を合わせた。
その黒い瞳の中に、魔法陣が展開し、光り輝きながら高速回転した。
「えいっ!」
彼女は掛け声と同時に引き金を引く。
ッパン!
と、破裂音が響いて、ライフル銃から十五.二ミリの対装甲ライフル弾が撃ち出された。
それが、正確にコアを撃ち抜いた。
「キィアアァァァアアッ?!」
砕けるコアに、応えるようにフィギュアヘッドが悲鳴をあげた。
そして、対地駆逐艦は破裂するように砕け散り、銀の破片となって消えた。




