5th episode-5
がちゃりとドアを開けると、そこにはいつもの楽しそうな笑みを浮かべたネイが立っていた。
だが、その笑顔がどこか硬質であることに、勇樹とシルヴィアは気づいていた。
「どうぞ」
「失礼するよん♪」
ドアを開けた勇樹に促され、ネイが入室する。
それを見た悠真は、慌てて抱きついていたシルヴィアから離れ、不安を隠せぬままにお辞儀をした。
その姿にネイの表情が、一瞬歪む。が、悠真が顔を上げた時には、いつもの飄々とした笑いを張り付けていた。
「まあ、かしこまる必要は無いよん♪ 放送を聞いていると思うけどねい、これから本格的な戦闘になるよん。もしかしたらこの城も戦場になるかもしれない」
「えっ?!」
悠真が驚いて声を上げ、勇樹は顔をしかめ、シルヴィアはネイを射るように見つめた。
が、ネイ自身は全く態度を崩さずに口を開いた。
「うむん。そーゆー訳なんで……」
勇樹とシルヴィアが表情を固くした。
が。
「……三人はリコせんせやシアさん達、非戦闘員と一緒に脱出なさい」
「え……?」
「なん……?」
ネイの言葉に、勇樹とシルヴィアは驚いた。悠真はきょとんとしている。
その様子にネイは苦笑いする。
「……やっぱり気付いていたんだねい。ゆんゆん達は勘が良いから気付くと思ってたよん。あちし達が君たちを戦力にしたがってることにねい……」
「……」
「……」
「?」
ネイがぼやくように言うが、勇樹もシルヴィアも答えなかった。ただ、その沈黙が肯定を示していた。
そんな三人の緊張感に、悠真は困惑したように顔を見回した。
それから、アッとなってネイを見た。その視線に気づいたネイが悠真へと目を向けた。
それを見て、悠真は意を決したように口を一文字に結んでから開いた。
「あ、あのっ!」
思わぬほど大きな声が出てしまい、悠真は少し赤くなる。が、言葉を続けた。
「あの、ネイさん」
「何かなん?」
ネイは床に膝を着いて目線を合わせると優しく笑い掛けながら返す。悠真は、一度だけ深呼吸してから口を開いた。
「……みんな、戦争に行くんですか?」
「……そうだよん」
「……フォニちゃん達も?」
「……うむん。あの子達も世界を護る月瞳魔女だからねい」
悠真の問いに、ネイは答えていく。
「……みんな、戻ってきますよね?」
「…………」
しかし、この問いには即座に答えられない。困ったような笑顔になって、ネイは悠真へと手を伸ばした。
「……大丈夫だよん。みんなが世界を護るように、あちしがみんなを護るよん♪」
くしゃりと頭を撫でられて悠真はくすぐったそうにした。
そして、ポケットに手をやると中からあるものを取り出した。
「ネイさん」
「うむん?」
悠真が差し出したものを見て、ネイは首をかしげた。
彼女が差し出したのは、折り鶴だった。
「これは?」
「えと、つ、鶴です。折り鶴。紙で折ったんです」
「……オリヅル」
悠真から手渡されたそれをしげしげと眺めるネイ。どうやら初めて見たらしい。
悠真はそんなネイに小さく笑い掛けた。
「あの、御守り代わりに……」
「オマモリ? タリスマン? あちしに?」
すこし訝しげになったネイに、悠真はうなずいた。
「は、はい」
「……なんで?」
ネイは思わず訊ねていた。悠真は困ったような顔になりながらも口を開いた。
「えと、ネイさんは、世界を護るのがフォニちゃん達、月瞳魔女だって言いました。そ、そして、それをま、護るのがネイさんだって……自分が護るって……言いました」
「うむん」
ゆっくりと言葉を紡ぐ悠真に、ネイはうなずいた。
「け、けど……それじゃあネイさん自身は誰が護るんだろうって思って……」
「……」
ネイは悠真のその言葉に、あっけに取られた。
「……それでこれをあちしに?」
ネイがそう訊くと、悠真は小さく、しかしはっきりとうなずいた。
その、悠真の純粋な思いに、ネイの胸が熱くなる。
「……ありがとねい♪」
「えへへ……」
ネイが今一度、悠真の頭を撫でると彼女は嬉しそうに目を細めた。その様子を見て、勇樹とシルヴィアも笑みを浮かべた。
「……うん。これなら大丈夫だねい。きっと勝てるよん♪」
ネイが笑いながら言うと、悠真は目を輝かせた。
「なら……、私はお城を守ってます」
悠真の続けた言葉に、ネイはおろか勇樹もシルヴィアも目を丸くした。
「……いや、けど危ないよん。敵は強力でここも巻き込まれる……」
「で、でも、勝ってみんなで帰ってくるんですよね? な、なら、お城を守る人は必要だと思います。それに……」
悠真が目を伏せる。
「?」
言いよどんだその姿に、勇樹とシルヴィアは顔を見合わせた。ただ、ネイだけは悠真から目をそらさず、続く言葉を待った。
悠真は少し間をおいてから、意を決したように口を開いた。
「……それに、キキーモラちゃんやブラウニーちゃん達は逃げられないですよね?」
その言葉に勇樹とシルヴィアは驚き、ふたたび顔を見合わせた。
それはふたりの知らない知識だった。
それらも見てから、ネイは顔をしかめた。
古い家屋の妖精であるキキーモラや精霊の一種であるブラウニーは、その家屋と運命を共にする。特にブラウニーは家の敷地から外へ出られないほどだ。
「……キキーモラから聞いたのかなん?」
「……は、はい。お料理を手伝っているときに……」
ネイはため息をついた。
悠真は、そんなネイを見ながら言葉を続ける。
「だ、だから私は、キキーモラちゃんやブラウニーちゃんたちと、お城を守ります。ううん護りたいんです!」
内気な悠真らしくない強い言葉。それだけに、彼女の強い意思を感じて、勇樹とシルヴィアは笑顔になった。
そして、彼らもネイを見る。
「ネイさん」
「頼む」
勇樹とシルヴィアからの言葉に、ネイは戸惑うように天井を仰いだ。
そして、一拍の後、息を吐きながら三人を見る。
「……はあ、あちしはゆんゆんやしるりんを戦力にしようとしていたよん。けど、想定よりかなり強力な敵が出てきたからねい。騙したことを詫びて逃げてもらおうと思ったんだよん」
死んだらおしまいだからねい。と続け、ネイは苦笑いした。
「……けど、まさかゆまっちが言い出すなんてねい」
無論、先頭を切って戦うわけではない。だが、戦場に残るということは、みずからの命をチップに出すようなものだ。
気の弱い悠真は、真っ先に逃げることを承諾すると思っていたのだ。
しかし、蓋を開けてみれば悠真は城に残り、戦うとまで言った。
怖くないのだろうか?
いや、怖いのだろう。
実際、彼女の顔色は良くないし、身体が震えているのも分かる。
どうするべきか。
考えて、ネイは自嘲するように笑った。
「……これは絶対に負けられなくなったねい」
小さく呟いて、真剣な顔で三人を見た。
「……危なくなったら必ず逃げること。そして、城を守っているオリビアの指示を良く聞くこと。それが条件」
「は、はいっ!」
ネイに大きな声で返事をして、悠真は笑顔になった。
苦笑ぎみにそれを見ていたネイだったが、ふと勇樹とシルヴィアに目配せした。
ふたりは、小さくうなずく。
それを確認してから、ネイは腰を上げた。
「さて、おねーさんは行くよん。勝ったらパーティしようねい? ゆまっち♪」
「はいっ♪」
悠真に声を掛け、彼女の元気な返事を聞きながらネイは扉から部屋を出た。
「イルマ、三人を手伝ってあげて欲しいよん」
『承知いたしました』
マシンボイスで答える機械種族の少女、イルマは腰を折った。さらにネイは視線を天井に向けた。
「……レキ、三人を守って欲しいよん」
『……全力出撃と聞きましたが?』
天井から、声が降ってくる。ネイはそれに答えた。
「構わない。あの三人の異世界人の無事を優先しなさい」
『……了解です』
レキの声を聞いて、ネイは歩き出した。
自分は甘いのだろうと、ネイは自嘲する。
同時に、どこかあの三人に期待している自分も感じていた。
「……さて、どうなるんだろうねい」
呟きながら、年若い司令官は、格納庫へと足を向けた。




