「笑ってるのに」
少しずつ距離が縮まってきた二人。
だけど、“普通”みたいに見える時間ほど、不安って隠れやすいのかもしれません。
昼休み。
教室の窓から入る五月の風が、カーテンをゆっくり揺らしていた。
「――でさ、そのあと担任がマジで変な顔してて」
前の席の男子が笑いながら話している。
教室の空気はいつも通りだった。
騒がしくて、くだらなくて、平和で。
なのに俺だけ、どうしても気になってしまう。
窓際、一番後ろ。
篠崎結衣は今日も静かに座っていた。
最近は少しだけ話すようになった。
保健室で会った日から、前よりは。
でも、クラスの誰も気づいてない。
あいつが時々、苦しそうに息をしてること。
「おーい、水城」
「……ん?」
「聞いてた?」
「いや、全然…」
「お前最近ぼーっとしてんな」
友達に肩を叩かれる。
誤魔化すように笑って、俺は立ち上がった。
「ちょっと飲み物買ってくる!」
「またかよ」
「いいだろ別に!」
そう言って教室を出る。
……半分は本当で、半分は嘘だった。
自販機へ向かう途中、廊下の先に見慣れた背中が見えた。
篠崎だった。
壁に手をつきながら、ゆっくり歩いている。
「……篠崎?」
声をかけた瞬間。
彼女の肩が小さく震えた。
「あ……水城くん」
振り返った顔は笑っていた。
でも。
明らかに顔色が悪かった。
「大丈夫か?」
「うん、平気」
「平気に見えないけど…」
「ちょっと立ちくらみしただけ」
そう言って笑う。
その笑い方が、妙に上手くて。
たぶんこいつは、ずっとこうやって誤魔化してきたんだと思った。
「保健室行くか?」
「大丈夫だって!」
「いや行く」
「だから――っ。」
言い返そうとした瞬間。
ふらっ、と。
篠崎の身体が傾いた。
「っ――危ねぇ!」
慌てて腕を掴む。
細い。
びっくりするくらい軽かった。
彼女は少しだけ目を見開いて、それから困ったように笑った。
「……ごめん」
「謝んなって…」
「迷惑かけたくないの…」
その言葉に、俺は少し黙った。
迷惑。
こいつ、いつもそればっかりだ。
「別に迷惑じゃねぇよ」
「でも――」
「俺が勝手に心配してるだけ」
「……」
「だから気にすんな」
篠崎はしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……変な人」
「よく言われる」
そう返すと、彼女は少しだけ笑った。
今度の笑顔は、さっきより自然だった。
保健室へ向かう途中。
隣を歩く彼女が、ぽつりと呟く。
「水城くんってさ」
「ん?」
「どうして、そんなに踏み込んでくるの?」
足が止まりそうになる。
「普通、もっと距離取るよ」
「そういうもん?」
「……そういうもん」
俺は少し考えてから言った。
「放っとけないから」
「……」
「なんか、お前。無理して笑ってる感じするし」
篠崎は何も言わなかった。
ただ、少しだけ視線を落とした。
保健室の前に着く。
扉を開けようとした時。
「……ありがと」
小さな声。
聞き逃しそうなくらい小さかった。
でも確かに、彼女はそう言った。
その瞬間。
初めて少しだけ、“壁”がなくなった気がした。
第五話でした。
少しずつですが、二人の距離が変わり始めています。
“優しさ”って簡単そうに見えて、実はかなり勇気がいるものなのかもしれません。
次回は、篠崎の「病気」について少しだけ踏み込んでいきます。




