近すぎる距離
第六話です。
今回は、水城と篠崎の距離が少しだけ近づく回になっています。
大きな出来事というより、“会話の空気”や“小さい変化”を意識して書きました。
篠崎はまだ本音を全部見せているわけではありません。
でも、水城には少しずつ心を開き始めています。
よろしくお願いします。
「……ありがと…水城くん」
聞き逃しそうなくらい、小さな声だった。
でも確かに、篠崎はそう言った。
その瞬間。
初めて少しだけ、“壁”が薄くなった気がした。
「別に…気にすんなよな」
いつもの癖で、ぶっきらぼうに返す。
篠崎は少しだけ笑って、保健室の扉を開けた。
◇
「また篠崎さんっ!?」
保健の先生が、半分呆れたような声を出す。
「今日はちゃんと顔色悪いじゃない!」
「それ褒めてます?」
「褒めてないし…」
篠崎は苦笑しながらベッドへ座った。
俺は入口のところで立ったまま、それを見ている。
「…水城くん」
「なんだ?」
「もう…戻ってもいいよ?」
「……」
「授業サボりたいだけなら止めないけど?」
「人を不良みたいに言うな!」
そう返すと、篠崎はまた少し笑った。
さっきより自然な笑顔。
たぶん、無理してない。
それだけで少し安心する自分がいた。
「じゃ〜、行くわ」
「うん。」
保健室を出る。
閉まる直前。
「水城くん」
「な、なんだよ?」
「……また来てくれる?」
一瞬、言葉が止まる。
篠崎は少し恥ずかしそうに視線を逸らしていた。
「…暇だったらな」
それだけ返して、俺は扉を閉めた。
◇
教室へ戻る途中。
廊下の窓から、夕方のグラウンドが見える。
運動部の声。
笑い声。
ボールの音。
どこにでもある放課後。
なのに今日は、妙に遠く感じた。
「……放っとけない、か。」
自分で言った言葉を思い返す。
なんであんなこと言ったんだろう。
別に正義感が強いわけでもない。
優しい人間でもない。
でも。
篠崎が笑う時。
時々、“頑張ってる感じ”がする。
大丈夫じゃないのに。
大丈夫って言ってるみたいな。
それが、少し気になった。
◇
放課後。
スマホが震える。
見ると、知らないアカウントから友達追加通知が来ていた。
『篠崎 彩』
メッセージ。
『保健室代のお礼』
「なんだそれ?」
思わず声が漏れる。
続けてもう一件。
『あと、今日はありがと』
短い文。
でも。
昼に言われた“ありがと”より、少しだけ柔らかかった。
俺は少し迷ってから返信する。
『別に、気にすんなよ…』
送信。
数秒後。
『水城くんってさー?』
『実は結構優しいよね!』
『気のせいだろ』
『そういうとこ!』
画面を見ながら、小さく笑ってしまう。
その時だった。
『ねえ?』
『ん?』
『また明日、学校来れたら話そ?』
その一文を見て。
少しだけ胸がざわつく。
“来れたら”。
篠崎は当たり前みたいにそう言う。
明日学校に来ること…。
普通なら当然のことを…。
“来れるか分からないもの”として話す。
俺はスマホを見つめたまま、小さく息を吐いた。
『待ってる、絶対に来いよ?』
送信。
既読。
少し間が空いて。
『……うん、わかった。』
その返事だけなのに。
なんだか妙に、嬉しかった。
読んでいただきありがとうございました。
篠崎は「助けてほしい」とは言わないタイプです。
だからこそ、水城みたいに自然に踏み込んでくる存在が少し特別になっています。
そして水城自身も、まだ自覚はないですが、かなり篠崎を気にし始めています。
今回の「また来れたら」という言葉は、篠崎の日常を表している一言でもあります。
次回は、少しだけ篠崎の過去や学校での立ち位置に触れていく予定です。
また続きを読みに来てもらえたら嬉しいです。




