白い診察券
第四話です。
今回は少しだけ、白石の“病気の現実”に触れる回になっています。
ただ、重い話というよりは、相沢が少しずつ「普通じゃない日常」を知っていく感覚を大事にして書きました。
放課後の空気感や、夕方の駅前の雰囲気も感じてもらえたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
「……大丈夫」
そう言った白石の声は、全然大丈夫そうじゃなかった。
公園のベンチ。
夕陽が落ちかけた空の下で、白石は小さく息を繰り返している。
「おい、本当に平気か?」
「ちょっと、息苦しくなっただけ……」
「それ平気って言わねえだろ」
白石は苦笑した。
でも顔色は悪い。
俺はどうすればいいのか分からず、とりあえずスマホを出した。
「救急車呼ぶ?」
「だ、大丈夫!」
思ったより強い声だった。
白石は慌てて俺の袖を掴む。
「呼ばなくていいから……少し座ってれば落ち着く」
「……ほんとか?」
「うん」
そう言って、ゆっくり呼吸する。
細い肩が上下していた。
春の風が吹く。
さっきまで普通に笑っていたのに。
急に現実を見せられた感じだった。
「慣れてるから」
白石がぽつりと言う。
「……慣れるもんなのか、こういうの」
「慣れたくはないけどね……」
そう言って笑う。
またその笑い方だ。
無理してるわけじゃないのに、どこか諦めてるみたいな笑い方。
◇
十分くらいして、白石の呼吸は少し落ち着いた。
「ごめんね」
「いや……別に」
「せっかく普通に遊んでたのに」
その言葉に引っかかる。
“普通に遊ぶ”。
白石はさっきから、何度も“普通”って言葉を使う。
「そんなに普通って大事か?」
気づけば、口から出ていた。
白石は少しだけ驚いた顔をする。
それから、静かに笑った。
「大事だよ」
夕陽が白石の横顔を照らす。
「だって、みんな普通にできるでしょ」
「……」
「学校行って、友達と遊んで、先の予定立てて」
白石は空を見る。
「私は、それが…時々できないから」
返事ができなかった。
俺は今まで、“できない側”のことを考えたことがなかった。
体育が嫌だとか。
学校だるいとか。
そんなことばっかりだった。
でも白石は、“普通に学校へ行く”こと自体が特別なんだ。
「……帰れるか?」
「うん。もう平気だよ」
白石は立ち上がる。
少しふらついたけど、今度は倒れなかった。
「駅まで送るよ」
「え、いいよ」
「いいから」
半分意地みたいに言うと、白石は少し笑った。
「相沢くんって、思ったより世話焼きだよね」
「うるさい」
◇
駅前は、帰宅する学生で混んでいた。
制服姿の高校生たちが笑っている。
白石はその光景を静かに見ていた。
「人多いの苦手?」
「ちょっとだけね」
「じゃあ座るか?」
駅前のベンチを指さすと、白石は首を振った。
「ううん、平気」
でも声は少し疲れていた。
その時だった。
白石の鞄から、カードケースが落ちる。
「あ…」
拾おうとして、手が止まった。
中から見えたのは、病院の診察券だった。
何枚も。
知らない病院の名前。
大学病院。
循環器科。
呼吸器内科。
白いカードが何枚も重なっている。
一瞬だけ、胸が苦しくなった。
白石は慌ててそれを取り上げる。
「あー……見ちゃった?」
「……悪い」
「別にいいけどね」
白石は少し困ったように笑う。
「病院、よく行くから」
軽く言う。
でも、その“よく”の重さを。
俺はたぶん、まだ分かっていない。
「引いた?」
「なにが?」
「病気多くて」
なんでそんなこと聞くんだ。
「引くわけねえだろ!」
思ったより強く返していた。
白石は少し目を丸くする。
「……そっか」
それから、小さく笑った。
その笑顔は。
今までで一番、安心したみたいに見えた。
◇
電車が来るアナウンスが流れる。
白石は改札の前で立ち止まった。
「今日はありがと」
「別に」
「また学校来れたら話そ?」
「“来れたら”なんだな」
そう言うと、白石は少しだけ困った顔で笑った。
「……うん」
それだけだった。
電車に乗る白石の背中を見送りながら、思う。
たぶん俺はまだ。
白石 澪という人間のことを、ほとんど知らない。
読んでいただきありがとうございました。
相沢はまだ、白石の病気について詳しく知っているわけではありません。
でも今回、“病弱”という言葉の重さを少しだけ実感し始めました。
白石自身も、病気を特別なものとして扱われるのが苦手です。
だからこそ、普通に接してくれる相沢に少し安心しています。
次回は、学校を休んだ白石と、相沢の少し長い一日を書く予定です。
また続きを読んでもらえたら嬉しいです。




