保健室の窓際
第二話です。
今回は、少しだけ白石の日常が見える回になっています。
教室では普通に見えても、過ごしている場所や時間は少し違う――そんな空気を書きたくて描きました。
保健室独特の静けさって、なんとなく特別ですよね。
よろしくお願いします。
白石 澪という名前を、クラスの連中が少しずつ口にするようになったのは、それから数日後のことだった。
「今日いる?」
「一時間目だけ来てた」
「また保健室じゃね?」
そんな会話。
クラスにいるのが珍しいせいで、逆に存在感がある。
でも本人は、妙に普通だった。
特別明るいわけでも、暗いわけでもない。
ただ、時々いなくなる。
それだけ。
◇
昼休み。
購買帰りの俺は、教室の前で足を止めた。
白石の席が空いていた。
「また保健室?」
近くの女子に聞くと、
「たぶんー」
と軽い返事が返ってくる。
なんとなく、俺は保健室へ向かった。
……いや、別に心配とかじゃない。
プリント返してもらってなかっただけだ。
そういうことにしておく。
保健室のドアを開ける。
消毒液の匂い。
カーテン越しに差し込む昼の光。
静かだった。
「あれ、相沢くん?」
窓際のベッドに、白石が座っていた。
カーテンは開いている。
膝の上には、未開封の紙パックジュース。
「何してんの」
「サボり」
「堂々と言うなよ」
「半分ほんと」
白石は笑う。
その顔色は、やっぱり少し白かった。
「先生いないの?」
「職員室行ってる」
「へえ」
会話が止まる。
妙に静かだった。
教室って、こんなにうるさかったんだなと思う。
白石は窓の外を見た。
グラウンドでは、男子がサッカーしている。
「楽しそうだね」
「そうか?」
「うん」
少しだけ羨ましそうだった。
その横顔を見て、俺は聞きそうになる。
なんの病気なのか。
どれくらい悪いのか。
でも聞けなかった。
そういう空気じゃなかった。
「相沢くんってさ」
「なに?」
「優しいよね」
「は?」
思わず変な声が出た。
「いや別に。普通だけど」
「普通の人は、わざわざ保健室来ないよ」
「……プリント返してもらってないだけ」
「あ、そうだった」
白石はくすっと笑う。
なんか、調子が狂う。
クラスの奴らみたいに“気を遣う感じ”じゃなくて。
こいつは普通に話してくる。
だからこっちも、普通でいられる。
「ねえ」
白石が窓の外を見たまま言った。
「相沢くんって、将来やりたいことある?」
「なんだよ、急だな」
「暇だから」
「……別に。ない」
適当に答える。
実際、本当にない。
進路希望調査も、まだ白紙だ。
白石は少しだけ頷いた。
「そっか」
「白石は?」
聞き返した瞬間。
彼女は少しだけ黙った。
窓の外から、サッカーボールを蹴る音が聞こえる。
「私はね」
白石は笑った。
でもその笑い方は、前より少しだけ弱かった。
「来月の予定くらいしか、考えないようにしてる」
「……なんで?」
「長い予定立てるの、苦手なんだ」
冗談っぽく言ったくせに。
その言葉だけ、妙に耳に残った。
その時だった。
ガラ、と保健室のドアが開く。
「あっ、白石さん! また無理して起きてる!」
保健の先生だった。
「横になってなさいって言ったでしょ!」
「はーい」
怒られてるのに、白石は笑っている。
先生はため息をついて、俺を見る。
「相沢くんもサボり?」
「違います」
「なら教室戻る!」
「……はい」
追い出されるように保健室を出る。
閉まる直前。
「またね、相沢くん」
白石が小さく手を振った。
その声が、妙に頭に残った。
◇
教室へ戻る途中。
廊下の窓から、グラウンドが見えた。
みんな普通に笑ってる。
走ってる。
騒いでる。
たぶん、それが普通なんだ。
でも白石は。
あの静かな保健室で、窓の外を見ていた。
なんとなく思う。
あいつは最初から、
俺たちと違う時間の流れの中にいるのかもしれない。
読んでいただきありがとうございました。
白石は明るく振る舞っていますが、
時々ふっと“普通じゃない現実”が見える瞬間があります。
相沢もまだ、それをちゃんと理解しているわけではありません。
でも少しずつ、白石のいる世界に触れ始めています。
次回は、放課後に二人で寄り道する話になる予定です。
また読みに来てもらえたら嬉しいです。




