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こうして愚かな王太子は愛を失った  作者: 木蓮


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「ふふふっ、日頃から自分は賢いと自慢しているあなたにしては陳腐な言い訳ですこと。ネスティ辺境伯夫人ならば旦那様と一緒に会場内にいましたわ。それに万が一にでも呼び出しには応じても、仮面をつけていても長年共に王太子殿下に仕えた女性、ましてや似ていない2人を見間違えて襲うなんてありえませんわ。殿下だってそう思いますでしょう?」 


 テオスティールはフレルドに気づくと一瞬顔を歪めたが、すぐに憐れみを誘うように見つめてくる。


「フレルド様っ、あなたは幼なじみの私を信じてくれますよねっ。リリメア様がお1人で祭に参加できるはずかない。私もリリメア様もこの毒婦にはめられたのですっ」

「この場を見れば、この男が王太子妃様と肌を重ねたのは明白ですわ。

 このことが知られれば口さがない貴族たちは『体調不良で建国祭を欠席したはずの王太子妃様が密かに想いあっていた側近との禁断の愛を叶えた』と面白おかしくさえずるでしょう。そうなれば愛する妻と長年信頼を寄せている側近に裏切られた王太子殿下の評判にも影響が出ます。

 何より、王太子妃殿下は隣国の王がかわいがる王女でこの国に欠かせない存在。このことが知られれば王太子だからと嫁がせた娘をたかが侯爵令息ごときに傷物にされた王は激怒し、我が国も殿下も窮地に追い込まれるでしょう。

 しかし、幸いなことに今ここにいるのは私が信頼する者です。今、王族に叛逆しようとしたこの男を始末すれば誰にも知られずに事を収められ名誉を守れます。

 殿下、王太子としてご決断を」


 うやうやしく頭を下げるリヴェルタにテオスティールは聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせる。その醜悪な姿に兄妹の憎しみに満ちたやりとりに気圧されていたフレルドは嫌悪と怒りがこみ上げてきた。

 ――2人ともこんなに良くしてやったのに、私を裏切ったのか。

 リヴェルタの言う通り、テオスティールは祭の騒ぎに紛れてこの部屋でリリメアと肌を重ねた。2人とも自分の意思でしたことは恋人のように抱き合って眠っていたのが証拠だ。

 思えばリリメアはここ最近暇さえあればテオスティールを追いかけまわし、テオスティールもまた口では嫌がりつつも相手をしていた。こうして肌を重ねるのも初めてではないのかもしれない。

 リリメアはフレルドとの閨をいつも嫌がっていた。今も幸せな眠りにつく彼女の姿に先ほどの会場内で王太子の自分を置きざりにして幸せいっぱいに笑っていた人々が思い浮かぶ。フレルドは身体中が燃えているのではないかと思うぐらいの怒りが噴きあがるのを感じた。

 ――こいつらのせいで私は笑い者にされたんだ。許さない。


「リヴェルタ、この男を始末しこの場を片づけておけ。私は会場に戻る」

「かしこまりました」

「なっ、お待ちくださいフレルド様! この毒婦はフレルド様を意のままに操ろうとしているのですっ。だから、邪魔な私を……ぎゃあっ」


 追いすがろうとしたテオスティールを騎士が容赦なく打ちすえる。リヴェルタは床に這いつくばった兄にこんな場でなければ見惚れるほど美しい笑みを浮かべた。


「あらあら、口先で夫人方を夢見させる侯爵令息が先ほどから口汚い言葉ばかり繰り返して見苦しいこと。下劣極まりない夢からはっきりと目が覚めるように1つれっきとした事実を教えてさしあげましょうか」


 そうしてリヴェルタは兄そっくりの優し気な笑みと声でささやいた。


「エウシュ様は辺境伯様と想いを通わせお子を授かったそうですわ。今回、すべて断っていた社交に参加したのもその報告と、幸せなエウシュ様に横恋慕した愚劣な男が流した噂を払しょくするためです。今頃はお似合いのご夫婦でダンスを楽しんでいるのではないかしら」


 リヴェルタの言葉にあれほど醜く歪んでいたテオスティールの顔からごっそりと表情が抜け落ちた。

 その不気味さに思わずフレルドが後ずさるとぽっかりと空いた虚のような目と目が合う。次の瞬間、何か固いものが勢いよく顔にぶつかりあまりの痛みに悲鳴を上げる。

 仮面が顔に突き刺さって激痛が走るなか、女騎士に床に取り押さえられたテオスティールは自らも仮面で傷を負って額から血を流しながらも血走った目でフレルドを見据える。


「この愚か者がっ! おまえがつまらぬ見栄をはってベイリー公爵を怒らせなければあの時エウシュは私のモノになったんだっ!! 

 おまえはいつもそうだっ。たまたま王子に生まれただけの自身が誇れるモノは何も持たないうすっぺらな人間の分際で、自分以外の他人を見下し気に入らないからと簡単に捨て、それでいて自分が呼べばいつでも喜んで戻って来て力を貸すと思いこんでいる。

 おまえのようなクズは誰からも愛されず、自分がしたことと同じことをされるんだっ。おまえを助けてやった私を捨てたことを一生後悔するがいい!!」

「うるさいっ、王太子に歯向かう裏切者がっ!! 黙れっ!!」

「テオ!? 嫌っ、やめてっ!! 私の王子様に手を出さないでっ!!」


 テオスティールの醜い本音とやっと目覚めたとたんに自分を無視してテオスティールに手を伸ばすリリメアの姿に、フレルドは怒りのままに拳を振り上げた。

 気がつけば血まみれになったテオスティールが床に倒れ、リリメアがすがりついてすすり泣いていた。息が上がりきったフレルドの拳も服も血まみれでずきずき痛む。リリメアを引き離そうと手を伸ばすと叩き落とされ、憎悪と涙で赤くなった目でフレルドをにらみつける。


「この人殺しっ!! そうやっていつも人を脅して従わせるあんたなんか王太子にふさわしくないわっ!! 私の王子様を返してよっ!!」


 かっとなってリリメアも殴ろうとすると女騎士に拘束される。黙っていたリヴェルタが口を開く。


「殿下、後は私にお任せを。今宵はお疲れでしょうからゆるりとお休みください。殿下を部屋にお連れして」


 フレルドは抵抗しようとしたが屈強な騎士にさるぐつわをされて意識を落とされた。

 そして、フレルドは2人を失った。

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