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こうして愚かな王太子は愛を失った  作者: 木蓮


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 王城に来るのは1年ぶりだ。

 王太子妃が考案したという目新しい飾りつけで彩られているからか、それとも建国祭のために作った仮面越しに見ているせいか。かつては毎日来ていたのに見知らぬ場所のように感じる。


「エウシュ」

「あ……、ありがとうございます。旦那様」


 よそ見をしてつまずきかけたところをたくましい腕に支えられてエウシュは赤面した。

 建国祭は国を守る女神と男神の夫婦が正体を隠して密かに来ているという言い伝えにちなみ人々は顔がわからないように目元を隠す仮面を被る。気に入った人間に祝福を授けるという美しい神々の目に留まることを期待して皆が煌びやかな姿をしているが、エウシュにははるばる遠くから海を渡ってやって来る船のように悠然とたたずむローファが一番美しいと思う。

 船乗りたちに幸運をもたらすという海鳥の彫刻を施したおそろいの仮面を被ったローファは壊れものを扱うようにエウシュの無事を確認し、代わりにエスコートするように手をさしだす。エウシュは微笑んでそっと手を重ねた。


 婚約を解消したエウシュに一番に求婚してきたのが辺境伯のローファ・ネスティだった。

 自らも船に乗って隣国に赴く彼は、エウシュがすっぽりと抱えこまれるぐらいの鍛え上げた大きな身体をしていて、最初はその大樹のような存在感に圧倒されたものだ。誠実な彼に交易路を広げるためにエウシュの力が欲しいと熱心に口説かれるうちに心惹かれ、喜んで嫁いだ。そして、王都とは何もかもがまったく異なる辺境の地で慌ただしくも充実した日々を過ごしているうちに気がつけば1年が経っていた。


「見られているな」

「ふふ、きっと旦那様に見とれているのですよ。仮面も夜会服も、本当に良くお似合いですもの」

「それなら良いが。エウに邪な目を向けているのもいるかもしれない」


 ローファが顔を向けると何人かが慌てて顔をそむける。

 婚約解消してからなぜか自分を毛嫌いしているテオスティールと王妃がしつこく婚約を求めてきた。結婚してからもたびたび不審な動きがあり、王太子妃の名前で建国祭に出席するように手紙が送られてきたこともあってローファはピリピリしている。

 本当は建国祭に出るつもりはなかった。しかし、両親や友人たちに会って話をしたかったし、テオスティールや彼の味方が流しているエウシュとローファが上手くいっていないという噂を払拭するために来た。


「まあ、恥ずかしい。太って別人のようだと言われていないと良いけれど」


 婚約していた時は流行のドレスが着られるように体型に気を使っていたが、辺境に行ってやめてからはふっくらとした女性らしい身体になった。久しぶりに会った家族には「元気になった」と喜ばれた。


「王都の奴らは小魚の骨のように痩せすぎだ。エウを見て本物の美しさに気づいたんだろう。雑魚に手を出されないように人がいるところにいるんだぞ」

「はい、わかりましたわ。でも、誰に何を言われても私はあなたの妻で、辺境に生きる者です」


 結婚した時にローファに贈られたルナクリスタルのネックレスに触れる。辺境に恵みをもたらす幸運のお守りを身につけて、こうして妻として領主のローファの隣に立てることがエウシュの喜びで誇りだ。

 エウシュの言葉にローファは引き結んでいた口元をゆるめて優しく頬を撫でると「飲みものをとってくるからここにいろ」と離れていった。


 そのまま壁際にひっそりと佇んでいると、待っていたかのように近づいて来た王城のメイドに「王太子妃様がお茶会の場にお招きしたいとの仰せです」と声をかけられて警戒する。

 王太子妃となったリリメアとはフレルドと婚約していた時からほとんど交流がなかった。それなのに今頃になって直接会いたいとは、何を考えているのだろうか。

 エウシュは「夫を待っていますので」とやんわりと断ったが、メイドは暗に命令なのだと頑として引かない。ため息をついたエウシュはローファに伝言を頼むと彼女について行った。 

 

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