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こうして愚かな王太子は愛を失った  作者: 木蓮


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4

「テオっ、ルドっ、お茶にしましょう!」

「見てのとおり忙しいんだ。今度にしてくれ」


 執務室に飛びこんできたリリメアにフレルドは書類から目を上げずに答えた。

 明らかな拒絶にもめげずにリリメアはしばらくあれこれ言っていたが、書類を見つめて無視していると諦めて帰って行った。顔を上げると鼻の奥にこびりつくような甘ったるい香水の香りがして疲れが溜まった頭と肩がより重く感じる。

 

 リリメアと結婚して1年が過ぎた。

 結婚した当初、リリメアはまだこの国に慣れていないからと、側妃のリヴェルタにすべての実務を任せて当面は王太子妃教育と子どもを産むことに専念するように言った。

 その言葉が悪かったのか。元々勉強嫌いなリリメアは次第に王太子妃教育をサボって遊び歩くようになった。フレルドや王妃が叱ると


「だって、私は隣国の王女としてこの国と交流を深めるために嫁いで来たのよ。私がやることは王太子妃として社交をして子どもを産むこと。それ以外のことは側妃のリヴェルタの役目でしょう」


 と無邪気に言われて絶句した。

 それからは叱られるたびにリリメアは激しく癇癪を起こすようになった。結婚しても未だに末娘をかわいがる隣国の国王の機嫌を損ねることを恐れて諦めた。せめて子どもができれば良かったのだろうがその気配もない。

 疲れ果てたフレルドは何の義務も果たさずそれでいて隣国の王女としての権威を振りかざして好き勝手に過ごすリリメアに愛情も尽き、彼女と過ごすのは義務として閨を共にする時だけになった。

 しぶとく残る香りを追い出そうと扉を開けるとしかめ面のテオスティールが足早に入って来てぶつかりそうになる。彼は短く謝罪を述べると扉をきっちりと閉めた。


「申し訳ありません。リリメア様に追われていたもので」

「ああ、ついさっき追い払ったからな。しかし、夫人方に人気の薔薇の貴公子ならばうまくあしらえるんじゃないのか?」

「ご冗談を。私が好むのは自分の実力で美しく咲いた花です。贈り物として大切に育てられた繊細な切り花の扱いはわかりませんよ」


 からかうと思った以上に不機嫌な言葉が返ってくる。

 フレルドに相手にされないリリメアは女性に優しいテオスティールにもしつこくつきまとっている。わがままな王女に鬱憤を溜めこんでいるのはわかるが、数多の女性たちと浮名を流しているのだからわがままな小娘ぐらいもう少しうまくあしらえないかとも思う。

 テオスティールもさすがに言い過ぎたと思ったのか、とりつくろった笑顔を浮かべる。


「それよりもフレルド様、提案があります。今度の建国祭の時に殿下の名前でエウシュ嬢を招き、再び王太子の側近として迎え入れると薦めてはくださいませんか」


 フレルドは久しぶりに聞いたその名前に苦い思いがこみ上げてきた。

 婚約解消してからテオスティールと王妃の熱心な誘いにも関わらず、エウシュは療養を理由に領地に引きこもって一切連絡を返さなかった。そして、フレルドとテオスティールが結婚式のことで慌ただしくしている隙をつくように遠く離れたローファ・ネスティ辺境伯との結婚を発表した。


 ネスティ伯爵は海に面した領地を治めており、リリメアの国とは反対側の隣国と交易を営んでいる。伯爵自身も船に乗り込んで自ら隣国に赴くという変わり者で、稀に王都に姿を見せた時にはその荒々しい顔つきとぶっきらぼうな振る舞いで周りの貴族たちに敬遠されている。

 そんな彼は最近隣国で採れるようになった希少なルナクリスタルという宝石を一手に扱っていることで一躍注目を浴びるようになった。フレルドも結婚祝いにと献上された物を結婚式で身につけた時には貴族たちから憧れのまなざしを向けられて良い気分になったものだ。


 様々な意味で注目されるネスティ辺境伯と突然結婚した王太子の元婚約者の噂は、フレルドとリリメアの両国の威信をこめて贅をこらした結婚式の話をあっという間に塗り替えた。そして、常に社交界の噂になるぐらいに熱烈に求婚していたテオスティールと彼のことを応援していたフレルドは面子を潰され、いろんな意味で忘れられない屈辱を味わった。

 珍しく人が変わったのかと思うぐらい激高したテオスティールはベイリー公爵に食ってかかったが「娘はこれまで身につけた教育を活かそうと、隣国との繋がりを深めようとするネスティ辺境伯に乞われて喜んで嫁ぎました。国王陛下からも祝福の言葉をいただいております」とすげなくあしらわれ、しばらく見たことがないぐらいに荒れ狂っていた。

 それからはテオスティールは自分たちと距離を置いているべイリー公爵家関連のことには一切関わらなくなり、夫人たちと派手に浮名を流すようになった。公爵家関連のことはフレルドすら彼の逆鱗に触れるのが怖くて未だに口にできないぐらいだ。

 その彼がエウシュの話を持ちかけてくるとはいったいどういうことなのだろうか。いつだって自分の意をくんで動いている幼なじみのことがわからず戸惑っていると、テオスティールははにかんだ。


「未だにエウシュ嬢への恋情を忘れられないのです。それに、ネスティ辺境伯はエウシュ嬢よりも10も年上な上に、仕事でほぼ家を留守にしているとか。結婚して1年も経つのに子にも恵まれず遠く離れた粗野な環境で夫に捨て置かれ、それでいて生まれ育った王都にも帰って来ることを許されない。エウシュ嬢もさぞ寂しい想いをしていると想像するだけで胸が張り裂けそうになるのです。

ですから、この建国祭に王太子の命でエウシュ嬢を招き、私が直接会って求婚して不幸な彼女を助け出したいと思います。

何よりも7年間もフレルド様に仕えて機微を知り尽くした優秀な彼女が戻ってきてくれれば、忙しいフレルド様も少しは楽になるでしょう。どうか私を信じて力を貸してください」


 テオスティールが未だにエウシュを想って近況を知っていることに驚くとともに最後の言葉に心が動く。

 思い返せば自分の仕事しかしないリヴェルタと違って、エウシュは口うるさいが自分やリリメアの分まで仕事をこなしていた。それに、公爵令嬢の彼女が戻ってくれば今は身分が一番高いのだと威張っているリリメアも少しは大人しくなるだろう。


「わかった、すぐに手配する。今度こそ成功を期待するぞ」

「お任せを。エウシュ嬢のことを一番知っているのは私ですから。必ず手に入れます」


 この1年でしおれた薔薇のようにやつれたテオスティールの瞳がぎらりと光る。フレルドはその気迫に押されてうなずいた。


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