3
「それは大変でしたね。ベイリー公爵にも困ったものです。きっと最高の教育を施したエウシュ嬢が側妃になれなかったことを恨んでいるのでしょう」
「ああ、そうに違いない。ただでさえ身分と年齢が釣り合うのはテオだけだとというのに。7年もの間王太子妃の婚約者として威張りちらしていたかわいげのない令嬢などもらい手がいるわけがない。ああして私を脅してより良い条件を引き出そうとしているのだろう。なんて強欲な奴らだ」
駆けつけたテオスティールに愚痴を吐き出したフレルドはさっきのベイリー公爵との不愉快なやりとりを思い出して思いきりデスクを蹴った。
小うるさいエウシュには「物に当たってはいけません。それに癖になるからやめてください」とねちねちと小言を言われていたが、幼い頃から自分を良く知るテオスティールは「怪我には気をつけてくださいよ」と笑って受け流す。
「ベイリー公爵のことは頭が冷えるまで放っておきましょう。今はフレルド様とリリメア様のおかげで恋愛結婚が人気ですからね。私が昔からエウシュ嬢を愛しているとアピールすれば周りの貴族たちも味方になり、邪魔だてする公爵もさぞ肩身の狭い思いをするでしょう。
リリメア様をお支えする新しい側妃の件ですが愚妹はどうでしょうか。アレは女のくせに学問に興味を示す変わり者ですが、一応は侯爵家の令嬢として一通りのマナーは身に着けていますし、しっかりと教育すれば雑用ぐらいはできるでしょう。
何よりアレは16にもなるのに未だに婚約も決まらない我が家の恥です。形だけでも殿下の側妃になれればアレもリリメア様と殿下に深く感謝して誠心誠意お仕えするでしょう」
嫌味混じりの言葉に自分たちよりも1つ年下の彼の妹を思い出す。名前は忘れたが嫌々エスコートする兄の後ろにひっそりと佇む躾の行き届いた令嬢だった。
テオスティールは昔から「女のくせに小難しい本を読んで生意気だ」と妹を嫌っているが、こうして推薦してくるところを見ると実務能力もあるのだろう。今はエウシュが抜けた分を埋めるためにすぐにでも人手がほしいし、昔王家の姫が降嫁した由緒正しいグラーベン侯爵家の令嬢ならば新たな後ろ盾になる。何よりも自分に恥をかかせたベイリー公爵への意趣返しにもなる。
「ああ、わかった。グラーベン嬢のことは父上に伝えておく。母上とリリにもテオがエウシュを愛しているから協力してくれるように頼んでおくよ」
「ありがとうございます。身分差を乗り越えて愛を叶えた王妃様が味方になってくれればこれほど頼もしいことはありません。今は意地を張っているエウシュ嬢も大恩ある王妃様が口添えしてくだされば心を開いてくれるでしょう。必ず口説き落としてみせますとも」
にこりと笑ったテオスティールは同性のフレルドから見ても麗しい。
薔薇の貴公子と呼ばれる甘い美貌の彼は微笑むだけで数多の令嬢たちの心を虜にしてきた。今までは王太子妃の座に執着するあまりにその目的を叶えることだけしか頭になかった強情なエウシュも、婚約解消された結婚適齢期の女性なのだと我に返ればテオスティールの寛大な申し出を喜んで受け入れるだろう。そして、フレルドを見下していた公爵もまた娘の幸せのためにこの自分に頭を垂れて婚約を願うのだ。
――私たちは7年間共に過ごしたんだ。ほんの一時のたわむれの言葉で壊れるような関係ではない。
フレルドは心の中で気にくわない公爵をバカにすると、幸せな未来を思い描いてほくそ笑んだ。
それから1月後。
病気を理由に王太子との婚約を解消して領地に下がったエウシュ・ベイリー公爵令嬢の代わりにリヴェルタ・グラーベン侯爵令嬢が新たな側妃になった。物静かな彼女は華やかなリリメア王女の影に隠れ忘れさられていった。
その後、王太子フレルドと王女リリメアの盛大な結婚式が開かれた時と同じくして、長く領地にこもっていたエウシュ・ベイリー公爵令嬢が10歳年上のローファ・ネスティ辺境伯とひっそりと結婚した。
麗しの侯爵令息に熱烈に求婚されていた王太子の元婚約者が突然変わり者で有名な辺境伯と結婚した噂は一時社交界を賑わしたが。ベイリー公爵が頑なに口をつぐんでいることと本人たちが一切社交場に出て来ないことで噂は立ち消えていった。




