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こうして愚かな王太子は愛を失った  作者: 木蓮


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「公爵、エウシュの具合はどうだ?」

「これは殿下。わざわざ娘を気遣っていただきありがとうございます。

 性質の悪い風邪をひいてしまいましてね。娘はここのところ仕事が忙しくろくに休めていなかったとメイドに聞いた妻が大層心配していることもあって、久しぶりに家でゆっくり休ませています」


 人払いをした執務室に入って来るなり、にこやかな笑みを浮かべながら当てこすりを言ってくるベイリー公爵にフレルドはむっとした。

 フレルドは国王である父と弱小伯爵家出身の母の間に生まれた1人息子だ。父には幼い頃からの婚約者がいたが、美しく聡明な母に恋した父は周りの反対を押し切って元からの婚約を解消し、母を唯一の妃にした。

 母は持ち前の優秀さとたゆまぬ努力で誰もが敬愛する王妃になったが、自分の力ではどうにもできない身分のことでずっと陰口を叩かれ続けている。だから、王太子であるフレルドに苦労をさせぬようにと、7歳の時に古くから続く名家で中立の立場を保つベイリー公爵家のエウシュと婚約を結んで後ろ盾とした。


 フレルドは初めて会った時から自分の後見人であることを理由にして何かと口を出してくるベイリー公爵が苦手だった。そして、口ではフレルドを支えると言いながらも自分の気持ちを察して寄り添おうとしないエウシュも気に障り、2人を極力遠ざけている。

 しかし、立場の弱い王太子の自分にはベイリー公爵家の力が必要だ。

 そんな鬱屈を癒してくれたのが隣国の末王女リリメアだった。国王が真に愛する側妃の娘として皆に愛されてのびのびと育った彼女は明るく素直な少女でフレルドの荒んだ心を癒してくれた。

 そして、彼女と婚約したことで隣国の王家が後ろ盾になったことでベイリー公爵家の顔色を気にしなくて良くなったフレルドは初めての自由を楽しんだ。


 しかし、その時間もエウシュが急にいなくなってから終わってしまった。

 エウシュはあのお茶会のあと「体調を崩した」と急に公爵家に戻ってしまい、それきりいくら手紙を送っても返事すら返ってこない。おかげで、彼女がやっていた分の仕事が自分にまわってきたあげく、テオスティールとの婚約の件も一向に進んでいない。

 思うようにいかない苛立ちと無責任な行いのせいで迷惑をかけられている恨みをこめて、フレルドは自分を見下ろす長身のベイリー公爵を上目づかいににらんだ。


「そうか、ただの風邪で良かった。ところで、婚約の件はどうなっている?」

「婚約、ですか。……ああ、殿下との婚約ですか。それならば殿下の望み通りに婚約を解消することになりました。殿下も終わったことはお気になさらず、王女殿下と過ごしてください」

「そうではない、グラーベン侯爵令息との婚約だ。エウシュは信頼できる人間の1人だし、王太子妃教育をこなし執務にも携わっている。長年共に過ごした者としてその才能を腐らせるのは惜しい。だから、私の一番の側近であるテオと結婚し、国のために尽くしてほしい。

 私の妃になりたかったエウシュにとっても、私とリリが最も信頼するグラーベン侯爵夫人の座はさぞ魅力的だろう」


 フレルドが熱をこめて説得してもベイリー公爵は真意の読めない微笑を浮かべる。その余裕のある顔に苛立って嫌味を付け加えると公爵は一瞬表情を消した。しかし、すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべる。


「ははは、殿下とグラーベン侯爵令息は悪趣味な冗談がお好きなようですな。ですが、じきに婚約を解消して王太子殿下と他人となる私の娘を巻きこむのはやめていただきたい。王太子殿下の軽率な一言でまったくのでたらめを真実だと信じる者が出かねませんからな」

「冗談ではないっ、私は本気で言っているのだっ! エウシュだって承知している!!」


 フレルドが叫ぶとベイリー公爵ははっきりと表情を消した。いつもの温かみが消え失せ、磨きぬかれた剣の冷たさを思わせる鋭い視線に射すくめられてフレルドは背筋が粟立つのを感じた。


「殿下、私は娘自身と私が信頼するメイドから殿下に『婚約を解消してほしい』と告げられたとだけ報告を受けております。重大な事柄ですので娘はその場では回答を控え、当主の私に判断を仰ぐと答えたとも。

 私はフレルド王太子殿下の言葉を受けいれ、速やかに陛下と直接話しあって婚約を解消しました。そして、その際に長年の王家への献身への感謝として誰であろうと娘の新しい婚約を祝福すると言葉をいただきました」


 フレルドは「ならば速やかにテオと婚約せよ」と言おうとしたが、公爵の視線に開きかけた唇が縫い付けられる。


「親の欲目もありますが、エウシュは優しく辛抱強い子です。あどけない子どもの時に王命で望まぬ王太子妃に選ばれ7年もの間苦労を強いてしまいましたが、愚痴1つこぼさず見事にやり遂げてくれました。親としても公爵としても自慢の娘です。

 幸いなことにそう思っていたのは私たち家族だけではなかったようで。娘自身を望む求婚が降りしきる恵みの雨のように絶えません。

 私自身が精査した上で残った者からエウシュ自身が望む令息と婚約を結ぶつもりです。ええ、かわいい娘には今度こそ努力が報われて幸せになってほしいものですからな」


 ほんのわずかでも動いたら切れそうな刃のような顔をしていた公爵は最後に顔をほころばせた。その娘への愛に溢れた笑みと国王にすら我が意を通す力ある者の傲慢さにはらわたが煮えくり返る。

 ――望まぬ婚約で苦労をしていただとっ。誰からも愛されるリリメアを妬んで周りに根回しをしてまで私の妃の座にしがみついていたくせに、嘘つきがっ。

 側妃になれないことを逆恨みして父に嘘を吹き込んだエウシュにも、娘かわいさに権力を振りかざして事態を好きに進めている公爵にも怒りがこみ上げてくる。フレルドはぐっと腹に力をこめると冷めた目をした公爵をにらみ返した。


「だとすればだっ、エウシュは私の側近のテオと結婚するべきだ!! そうすれば、その7年間の苦労とやらも報われるだろうっ。彼も私と同じく7年間過ごしたよしみもあり互いを良く知るエウシュを望んでいる。

 国一番の環境で育てられた公爵令嬢がみすぼらしい環境しか用意できない見ず知らずの男に嫁ぐよりも、今までと変わりない環境を用意できる気心知れた令息に望まれて嫁ぐ方が幸せだろう!」


 フレルドの言葉に公爵は意外にも笑った。


「殿下は本当に幼い頃から口が達者ですな。事情を知る者以外でしたらその思いやりにあふれる言葉に感動で涙するかもしれませんな。……ですが」


 急に目の前の相手が何倍もの大きさになったように感じる。そこで初めてフレルドは気づいた。

 --自分は公爵の逆鱗に触れてしまったのだと。


「殿下はもうお忘れのようですが、あの日殿下は娘に『愛するリリメア王女殿下とお気に入りのグラーベン侯爵令息に嫌われている娘は信頼できない』と絶縁を宣言されたのですよ。それなのに、今日は公爵である私には娘を信頼しているから必要だと言う。

 ころころと意見を変える上に、自分が切り捨てた人間をきれいごとで騙してまんまと本当に信頼する部下への褒美として与えようとする。殿下の考えは私には理解できません。

 ……私が人として信頼できない者に大事な娘は渡さない。自身の地位が惜しければこれ以上は関わらないことだ」


 公爵の低い声はむしろ木管楽器のように深く穏やかなのに、フレルドは芯から身体が凍えて震えた。


「たかが侯爵令息、しかも殿下の力を借りなければ求婚の意を表すこともできないような惰弱な者など、名前を聞くことも無駄ですな。このことは忘れます。耳に痛いことばかりを言いましたがこれもいつもの忠言です。では、ごきげんよう」

「あ……、待てっ公爵!! まだ話は終わっていないっ」


 我に返ったフレルドは叫んだが彼は聞こえていないかのようにさっさと部屋を出て行ってしまった。圧倒されっぱなしだったことに悔しさがこみ上げてきてデスクを殴りつけた。その痛みで頭が少しクリアになる。

 ベイリー公爵の機嫌を損ねてしまったのは失敗だったが、娘に甘い公爵がエウシュ自身に婚約者を決めさせるのならばまだチャンスはある。怒りが収まらないフレルドは隣の部屋に控えていた従者を怒鳴りつけてテオスティールを呼びに行かせた。



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