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「おい、リヴェルタに書類を届けに来た。ここを通せ」
「申し訳ありません。妃殿下には誰も通さないように命じられております。書類は私が預かります」
リヴェルタ付きの女騎士にすげなく断られてフレルドは猛抗議したが、何を言っても微動だしない彼女に疲れて書類を渡して引き下がる。自分の執務室へと歩いているとすれ違う使用人たちもうやうやしく頭を下げながらも自分を避けているような気がして、心がささくれだつ。
建国祭から半年が経つ。
あの悪夢のような出来事はリヴェルタとその手の者によってもみ消され、嫡男の罪を見逃す代わりにグラーベン侯爵家はフレルドに全面的な支援を約束した。テオスティールは表向きは馬車の事故に巻き込まれたとして密かに毒杯を与えられ、心を病んだリリメアは気に入って引っ越したという名目で密かに離宮に幽閉した。
側妃のリヴェルタが実質的な王太子妃になり毎日休む間もなく精力的に仕事をこなしている。おかげでフレルドも自分の時間がとれるようになり楽になった、そのはずだった。
執務室に戻ると新顔の従者がおどおどとした様子で迎えた。その被害者ぶった態度に苛立って追い払うと慌てて出て行く。1人になるとフレルドは何の書類も置かれていないデスクを思い切り蹴り飛ばした。大きな音が響き足がじんと痛むが、かつてのように声をかけてくる者はいない。
「リヴェルタめっ。王太子の私が訪れてやったのにたかが騎士風情が追い返すとは何様のつもりだっ」
リヴェルタは嫁いだ時には「つまらぬ仕事をするだけの憐れなお飾り妃」とテオスティールたち側近に嘲笑われていたが、彼とリリメアがいなくなると一転してベイリー公爵を筆頭に王宮で力を持つ貴族たちに支持を得た。
今では王太子である自分ではなく彼女の元に人が集まり王宮のすべての仕事を采配している。その圧倒的な支持にフレルドの両親である国王と王妃も口を出せない。それからフレルドとかつてのテオスティールの一味たちはつまらぬ仕事しか与えられなくなり、不満を口にした者は消されていった。
フレルドもまた一度だけ彼女の兄であるテオスティールの重罪をほのめかして交渉を試みたが、リヴェルタは「殿下のお好きに。殿下にも忠誠を誓う使用人と信じるに足る証拠があればよろしいですわね」と冷たく笑っただけで。
その生意気な態度にかっとなったフレルドは数少ない昔からの側近たちに調査を命じたが何も出てこず、少ししてからフレルドの周りの人間はすべて入れ替えられた。よそよそしい態度をとる彼らの中にリヴェルタの手の者もいるかもしれないと思うと、フレルドは周りの人間を信用できなくなった。
怒りがおさまらずデスクを殴っていると、ふいに誰かの声が聞こえた気がしてフレルドは背筋が冷えた。警戒しながら周りを見回すも当たり前だが誰もいない。しかし、よく過ごしていたソファや見慣れた扉の向こうから彼らの気配を感じてフレルドはぞっとした。
「おいっ、誰かいないのか!? すぐに来いっ!!」
大声で呼ぶとしばらくしてから扉が開いて迷惑そうな顔をした使用人が「何か?」と尋ねてくる。ほっとしたフレルドは茶を持ってくるように命じた。
あれから時々、血まみれになって自分を罵るテオスティールと憎しみのこもった目でにらみつけるリリメアの悪夢に悩まされるようになった。ひどい時には日中でも彼らがよくいたところに気配を感じることもある。
皆に好かれ、特に多くの夫人方と愛を交わしていたテオスティールの若すぎる死と、元から素行が悪いと噂になっていたリリメアが一切姿を見せなくなったことは多くの貴族たちの憶測を呼んだ。そして、悪意のある貴族たちはフレルドが後ろ盾だったべイリー公爵家と決裂したことと結び付けて密かにささやく。
――乱心した王太子がまた長く仕えた者を切り捨てた、あのような者に仕えたくないと。
「私のせいじゃない。裏切ったのはおまえたちだろうがっ」
どこからか2人がじっとりとした目で見つめているような気がしてフレルドは怒鳴りつけた。当然、返事はなかったがフレルドは本能的に恐怖を感じて部屋を飛び出した。しかし、通り過ぎる人々は皆けげんな顔をするばかりで誰も怯える彼の気持ちをわかってくれなかった。




