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こうして愚かな王太子は愛を失った  作者: 木蓮


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 不愉快な気配を感じてうたた寝していたリヴェルタは目を覚ました。傍についていた幼い頃からの付き合いのメイドがそっと様子を探りに行き、リヴェルタがすっかり目を覚ましたことに気づいて眉を下げる。


「申し訳ありません。汚らわしいハエが監視の者の隙をついて紛れ込んだようです。後できつく叱っておきます」

「そう、今の子は確か新人だったわね。執念深い人だから一度はしょうがないわ、そんなに叱らないであげてちょうだい」

「わかりました。お嬢様、お目覚めの一杯に隣国の王妃様が気に入っているというココアはいかがでしょうか。ちょうど昨日ネスティ辺境伯から贈られたものがあります」

「まあ、うれしいわ。それでお願い」


 結婚しても自分を娘時代と同じように呼ぶメイドに苦笑しながら、リヴェルタはお茶会をきっかけに手紙をやりとりしているエウシュに聞いた飲み物に心を躍らせた。

 リヴェルタは幼い頃から学ぶことが好きだった。野心溢れる父は娘の価値を上げるために高度な教育を身につけることを許したが、自分が賢いと思い上がる愚兄に「女のくせに生意気」と妬まれて勉強の邪魔をされ、成果を盗まれた。リヴェルタもまた横暴な王太子を操っているようでその実後始末に振り回されている愚兄を軽蔑し、表向きは従いつつもいつかすべてを奪ってやると誓った。


 そんな荒んだ心を救ってくれたのが、王太子の婚約者であるエウシュだった。

 図書館で会った彼女はリヴェルタがさりげなく口にした「王族に嫁ぐための勉強に興味がある」という言葉を聞くと喜んで自分が使っていた教材を貸してくれ、その後も口うるさい兄の目を盗んで支援してくれた。

 そのお人よしぶりに呆れて「いずれ敵になるかもしれない令嬢にそんな優しくしていると足元をすくわれますよ」と忠告すると


「かまいません。学びたいという熱意を持って成長する人々は、私個人とは敵対していても国にとっては同じ未来を良くしようと働く同胞です。そうすれば私としても頼もしい仲間がいて心強いですし、王太子殿下のためにもなります」


 と微笑んだ。その他人のためを思って手を差し伸べる優しさと忠義に自分のことしか考えなかったリヴェルタは深く心をうたれ、いずれ王太子妃になる彼女のために知識を身につけ部下として仕えようと決めた。

 しかし、その決意は叶わなかった。優秀なエウシュへの憎しみをこじらせた愚兄は王家を操ろうとする父親を説得してリヴェルタを側妃に送り込むために高度な教育を受けさせた。リヴェルタは反発したが父親に脅され、これもエウシュのためだとしぶしぶ従った。

 だが、あの恩知らずのフレルドはたまたま王族に生まれついただけのくせに、すべての人間は自分のために存在していると思いこんでいる下劣な自分に瓜二つのリリメアを連れ帰ってきた。そして、どんなに踏みにじられても彼を信じていたエウシュを彼女が最も傷つく言葉で捨て、よりにもよってこの世の中で一番最低の男である愚兄に与えると耳にし、怒りに燃えたリヴェルタは復讐を始めた。


 ――あの他人に寄生して醜く肥え太る3人からすべてを奪い、破滅させてやる、と。


 リヴェルタは密かにベイリー公爵と連絡をとり、彼の協力をとりつけてエウシュを逃がす準備をした。

 愚兄にそそのかされたフレルドが婚約解消を告げると公爵は速やかに国王を脅して婚約を解消し、エウシュを予め話をつけておいたネスティ辺境伯のところへ嫁がせた。

 それからはリヴェルタは愚兄の思惑にのるフリをして側妃として王宮にもぐりこみ、面倒事を他人任せにする無能な国王と疑り深く気に入らない人間を虐げる王妃、そんな2人にそっくりなフレルドとリリメアを助けるふりをして実権を握っていった。

 そして、娘の努力を踏みにじられて怒りに燃えるベイリー公爵と害にしかならない王族たちを見限った貴族たちとともに密かに味方を増やしていった。


 1年後。王宮内を完全に掌握したリヴェルタとベイリー公爵、そしてエウシュに執着する愚兄に愛する妻を狙われて怒り心頭のネスティ辺境伯は建国祭を利用して密かに3人を始末することにした。

 リヴェルタは愚兄に恋するリリメアをおだてて彼女が自ら建国祭に参加するように仕向け、1年前の(・・・・)エウシュそっくりの恰好をさせて、ベイリー公爵の息がかかった者で封鎖した一角にある密室に送り込んだ。そして、ネスティ辺境伯が伝手を辿って用意した幻覚作用のある媚薬を仕込んだ酒に酔った愚兄がリリメアを襲うように仕向けた。

 頃合いを見計らって最も信頼する騎士とメイドを連れて見に行った時には、想像以上の成果(愚兄の醜態)に笑いをこらえるのが大変だった。

 貴族たちが憧れるルナクリスタルを胸元に身につけて誇らしげに夫と並び立つエウシュは会場内の誰もが見惚れるほど美しい女性なのに。1年間ずっと「エウシュを愛している」とおぞましい欲望をたぎらせていた愚兄が、見た目も中身も何一つ似ても似つかないあばずれを喜んで抱いて、やっと目をつけた獲物を屈服させたと満足しているなんて。滑稽すぎて今でも思い出すだけで笑いがこみ上げてくる。

 そして、自分のちっぽけなプライドをずたずたに傷つけられたフレルドはリヴェルタが少しつついただけで爆発し、似た者同士3人の固い絆はあっけなく失われ、醜い争いの末に3人ともに壊れた。


 後始末を終えたリヴェルタとベイリー公爵は、国王と王妃に「フレルドがテオスティールとリリメアが不貞を働いていると疑い、2人に突然暴力を振るって追放を言い渡した」と報告した。

 そして、長年仕えたベイリー公爵令嬢を切り捨てたことで貴族たちに不信感を持たれている息子の名誉を守ることと引き換えに、事実上引退させた。それからは愚兄の子飼いの者たちを徐々に処分し、彼らしか味方がいないフレルドを孤立させていった。


「お嬢さま、ココアがご用意できました」

「ありがとう」


 メイドから受け取って一口飲む。エウシュの優しい筆跡の手紙と一緒に届いたココアは心がほっとするような甘さがする。

 リヴェルタの腹にはフレルドとの子が宿っている。子が生まれればこれまでは唯一の王太子として許されてきたフレルドは用済みになる。

 少し前には、自分の母親を虐げた父親とリリメアを憎む隣国の王太子が玉座に着いた。誰からも必要とされなくなった2人はいずれ彼らを唯一必要としていた愚兄の元に一緒に送り込んでやろう。


 便利な道具として操ろうとする友愛、自分だけが幸福になるために搾取する恋愛。

 そして、フレルド自身のことを思いやり力になろうとしていた、エウシュやベイリー公爵、かつてフレルドに心から仕えて残酷に切り捨てられた者たちの敬愛と親愛。

 かつては確かにあった愛を自ら捨てたフレルドにはもう、生まれながらに尊い王太子である自分は誰よりもすばらしい存在なのだという自己愛しか残っていない。

 それも誰からも見向きもされないこの状況でいつまで残るか。リヴェルタはその時を思って微笑んだ。


 ――こうして愚かな王太子殿下は愛を失ったのです。


 最後の愛も失われた時に愚かで傲慢な王太子に彼が自ら捨てた愛を教えてあげよう。それがリヴェルタが最も憎む彼にとっての一番の罰になるから。


ここまで読んでいただきましてありがとうございました!

投稿初期からたくさんの高評価、ブックマーク、リアクションをいただきまして本当にありがとうございます。執筆の励みになりました。楽しんでいただければ幸いです。

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