1181年12月 政治広告
奥州平泉・優介邸
優介は藤原秀衡から褒美として与えられた屋敷の池を竹で埋め尽した。
「あーあ。綺麗な池だったのに。紙作りに夢中になっていていいの?」
優介は竹を原料とした低質で安価な紙の製造を試していた。
子供たちがはしゃぎながら竹を叩いて繊維状にしている。
「秀衡様を称えるポスターを作ろうと思う。奥州藤原家の評判を上げて権威を高めれば、俺の功績を認めて、俘虜を解放してくれる」
「三代も続いているのなら、みんな偉いってわかってるんじゃないの?」
「そうでもないさ。豪族たちとは利害関係で繋がっているだけだ。もし、奥州藤原家が負けるとわかれば、あっという間に裏切るさ。それは歴史が証明している。それを防ぐためには、民にメッセージを送り、民と藤原家を直接繋げる。って、聞いてるのか?」
キララは話の途中から興味を無くして子供と遊んでいた。
「キララお姉ちゃん、これなんて読むのー」
子供が札を持ってきた。優介が作った百人一首だ。
カルタのように遊ばせることで、文字を覚えさせている。
「『あ』って言うのよ。さあ、遊んでおいで――ねえ、お兄ちゃん。この子たちが大人になるころには文字は覚えているだろうけど、今の大人は文字を読めないじゃん。ポスター作っても意味がないんじゃない?」
「その通り。この計画は文字が読めないと成功しない。だから教える人間が必要になる。真の狙いはそこさ」
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奥州平泉・伽羅御所
「『陸奥守は浄土の国を実現させた仏の使い』か。何だか面映ゆいのう」
試作ポスターを見ながら、秀衡はにやにやしている。
ポスターには、毛越寺や中尊寺、そして運慶作の大日如来像を模写した絵が描かれ、藤原家が統治してから、国と民が豊かになったと書いてある。
「木版で刷って、奥州中にバラ撒きます。毎月のように秀衡様を賞賛する紙を読んでいくうちに、民衆は秀衡様を聖人君子と思うようになるでしょう。ただ、この策を実現させるためには、必要条件があります」
「――民が文字を読めなければ、無駄になる」
「ご明察です。釜石から読み書きできる者を解放し、各地で文字を教えさせるのです。文字を知る人口は、その国の文化の高さを表します。奥州の民が文字を読めることを朝廷が知ったら驚愕するでしょう」
秀衡が前に乗り出した。優介の読み通り、奥州が京に対して持つコンプレックスは根深い。
「優介は九条家で平泉の文化が百年進んでいると放言したそうだな。民が文字を覚えたら何年先んじることができる?」
「五百年」
「ハッハハ! よし、京で威張っておる貴族の鼻を明かしてやれ」
吉次が名簿を持ってくる。仕事ができる男なので、名簿には五千人の捕虜の経歴が細かく書いてあった。京の住民には農業に従事している者は少なく、商工業に関わる者が多かった。優介はその中から百人をピックアップした。
「鍛冶職人もいますね。鉄の農具を作り、農民に配れば、新田開発が進みます」
「ダメだ。開墾のために多くの人数を解放させようという魂胆が見え透いておる」
「乱世は、黄金より米が物を言う時代です」
「違うな。武器が物を言う時代だ。吉次、俘虜に武器を作らせろ。源平に売る」
「それでは死の商人です!」
「奥州は人の求めるものを売って豊かになったのだ。源平の馬鹿どもが殺し合いをしたいのなら望みに答えてやればよい」
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奥州平泉・優介邸
自邸に帰った優介は、怒りをぶつけるように竹を叩いていた。
「何が浄土の国だ。死の商人め!」
「ヒドイよね。ポスターに藤原秀衡は悪魔だって書いて、炎上させちゃおうよ」
「そんなことをしたら一人も救えなくなる。だから腹が立つ!」
「でも諦める気はないんでしょ?」
「ああ。まずは紙メディアを成長させてからだ。農具作りもあきらめない。今が農地を拡げるチャンスなんだ。地球温暖化は知っているだろう? 平安時代から鎌倉時代にかけての地球も温暖化していた。北海道の流氷が無くなったという説もあるぐらいなんだ」
「えっ、やばいじゃん。環境保護しなきゃ!」
「心配いらない。その後、リトルアイスエイジと呼ばれる小氷期を経て二十世紀に再び地球は温暖化する。朝廷が蝦夷の地を平安時代に征服した理由の一つが、奥州が温かくなって新田開発がしやすくなったからなんだ。この時代に奥州が飢饉になったという記録は残っていない。小氷期に入ってからは冷害で飢饉がよく起こるんだけどね……」
「じゃあ、温暖化はいいってことなの?」
「奥州にとってはね。西国では干ばつが起こり、大阪湾は水位が上がっている。善悪両面あるってことだよ」
「飢饉が来ないなら開墾しなくてもいいじゃん」
優介はキララの意見を聞いて、秀衡も同じことを考えたんだろうな、と思った。
――でもそうじゃない。食糧に余裕が出てこそ、他の産業や文化が花開く。
「この時代のご飯って美味しくないから食べないもん。太らなくていいし」
キララが軽やかにターンする。舞の猛練習で引き締まった身体はリバウンドすることはなかった。米や雑穀に一汁一菜では、そもそも太りようがないし、現代人の俺たちにとっては、どれも薄味で美味しくなく。食事は作業のようなものだった。
――そうか、美味しい物を説得の武器にすれば。
「キララ、料理でバズりたくはないか?」
優介は頭に浮かんだレシピをキララに伝えた。




