第43話 さようなら、だ。
その一振りはただの斬撃だ。
魔法も何も使っていない、単純な横薙ぎの剣。
だがその洗練された無駄のない剣筋は衝撃波となり、直線上にあるものを全てを斬り裂いた。
防御した聖剣ごと私の首はくるくると宙を舞う。
その視線が最後に見たものは、こちらに手を振る変わり果てた我が友の姿。
彼女の口は、こう動いた。
──さようなら、と。
「っ、ぐぅ……!」
流されていた意識から我に返った私は、咄嗟に身を屈めた。
そのすぐ後に斬撃が頭上を通り過ぎ、髪の先端がはらりと散る。
……今のは、何だ?
確かに私は自分の死を確信していた。だがこうして私の首は繋がっている。
もしやカガミの殺気を受けただけで、自分の死を連想したというのか?
「……おおー、今の避けられるんだ。すごいすごい!」
カガミは自分の攻撃が避けられたというのに、とても嬉しそうにその場をぴょんぴょんと跳ねた。
だが、その目は笑っていない。黒く濁った不気味な視線を、私に向けている。
「やっぱりエリスと戦うのは楽しいな! ねぇ、エリスもそうでしょう?」
カガミは無邪気に笑う。
その凶悪さを乱しながら、カラカラと。
「……カガミ、お願いだ。今すぐこのドーム状のものを消してくれ」
「えー? なんで?」
「このままでは皆が危ない。死ぬと困る。だから消してくれ」
「──嫌だよ? ぜぇったいに、嫌」
それは確かな拒絶の言葉だった。
「どうして私の害になる奴らを助けなきゃいけないの?」
「だが、関係のない人も巻き込んでいる。それはカガミも望むことではないだろう?」
「…………うーん、それもそうだけどぉ? 別にどうでも良いっていうか……勝手にしろっていうかぁ……でもなぁ、エリスのお願いだからなぁ……うむむ、ねぇメレヴァ? どうしたら良いと思う? ……ふむふむ、なるほど!」
カガミは漆黒の魔剣に向かって話しかける。
私からすれば奇妙な光景に見えるが、あの剣と繋がっているカガミにだけは『アトラク・メレヴァ』の声が聞こえているのだろう。
この隙に斬りかかれば良いのだろうが、そんな隙だらけに見える状態でも、カガミからは一切の隙が見えなかった。
むしろ、斬りかかったら瞬間に私の命は──飛ぶ。
そんな予感があった。
「わかった!」
……どうやら、話が付いたらしい。
「エリスが私に勝てば良いんだよ!」
「……なんだと?」
「だから、エリスが私に勝って、私を殺す。そうすれば脅威は去るでしょう?」
私は、鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を感じた。
「…………本気で、言っているのか?」
「本気だって? アハハッ! おかしなことを言うね。私は本気だよ! エリスもそうでしょう? 本気で私を殺そうとしている。私じゃなくて、国を優先しているんだからさ!」
「違う! 私はお前を助けるために……!」
「また、そうやって私に優しい言葉をかけるの? またそうやって、私を騙そうとするの?」
「──っ、私は!」
これでは平行線だ。
やはり私達は、戦うことでしか結論を出せないのか……!
「私はただの傀儡になるところだった。おじさんの人の良さに騙されて、憧れの学校に行かされて、勉強して強くなって、友達もたくさん出来て、私は国に恩を感じるところだった。アハッ、危ないところだったよねぇ?」
でも、そうはならなかったと、カガミは言う。
「おじさんは見誤っていたんだよ。自分の国の学校は、あんなに腐っているとは予想していなかった。平民も貴族も平等? そんな世界は何も無かった! 学生は他人を見下し陥れることしか考えていない。教師はいじめを止めようとはせず、自分の力で何とかしろと言いたげな視線で見てくる!」
カガミは地を蹴り、私に剣を振る。
「おじさんもそうだ。何が賢王だ! 何も考えていない! 何も、私のことを考えてくれない!」
敬愛する陛下を馬鹿にされた。
それは騎士として怒るべきことだ。
だが私は、カガミを叱ることが出来なかった。
彼女の言葉と同時に振り下ろされる一撃は、とても重い。
全て、カガミの本音なのだ。
全て、この子が抱いた紛れもない苦痛なのだ。
私は、それを一身に受け止めていた。
「普通に考えれば、私に監視か何かを付けるはずなんだ。だって私はメレヴァを受け取ったんだよ? 危険人物なのに、それをしなかった。何で? 私を放り投げて満足したからだ! 結局は、それだけしか考えていなかったんだよ!」
カガミの攻撃が、激しさを増す。
それはまるで、彼女の心を写しているかのようだ。
「アハッ? もしかしたらおじさんはこれを望んでいたのかもしれないね。不安定な私にメレヴァを渡し、魔王として復活させる。エリスがそれを討伐して新たな英雄誕生? そして国王はそれを指揮した善王として、さらなる名声を手に入れるわけだ。──ハハッ! 絵に描いたような物語だね!」
「それは違う!」
カガミの剣をどうにか弾き、お返しに打ち込んだ一撃。
それは軽々と避けられ、再び眼前に漆黒の剣が迫る。私はそれを間一髪のところで受け止め、鍔迫り合いの状態になった。
「何が違うの? こう考えれば全部辻褄が合う。メレヴァもそう言っている。私は利用されていただけ……だから、だから全部壊してやった! 私は誰の言いなりにもならない。…………全部、嫌いだ。全部消えて無くなってしまえば良い!」
カガミの攻撃は、嵐のようだった。
残像が残るほどの速さで、ただひたすらに剣を振るう。
それは一撃でも当たれば瀕死になるほど、脅威的なものなのだろう。
しかし、私はそれを全て防ぎ切れていた。
──最初にあった思わず屈してしまうような重みは、いつの間にか感じなくなっていた。
「…………それが、お前の本心か?」
「っ……何、を」
「お前は本当に、全てが消えてしまえば良いと思っているのか?」
カガミの手が止まる。
剣を持ったまま頭を抱え、一歩ずつ後退していく。
「だってみんなは私を利用しようとして、私を……わたしを……!」
「カガミ!」
「──っ!」
私はカガミに歩み寄り、その頬を叩いた。
「私はお前を大切にすると言った! 誓った! それを忘れてしまったのか!」
「で、でも……! エリスだって私を遠ざけた! 異常な力を持つ私を気味悪がって……!」
「私が一度でもそんなことを言ったか!? 魔王の、アトラク・メレヴァの言っていることを鵜呑みにするな、馬鹿者!」
私はもう歯止めが効かなくなっていた。
そんなつまらない誘惑に負け、魔王に呑まれる友人を見て、私は本気で怒っているのだ。
「どうして辛くなった時に私を頼ってくれない! 陛下の用意した学校如き、抜け出してしまえば良かっただろう!」
「だって、エリスに迷惑をかけられないから……」
「今更だ、この馬鹿!」
「また馬鹿って言ったぁ!」
「何度でも言ってやる! お前は馬鹿だ! 大馬鹿者だ。どうしようもなく馬鹿で──」
私はカガミを抱き寄せる。
「もう絶対に離さないからな!」
この手を、二度と離してやるものか。
カガミは再び自分の弱さに負けてしまう。
それだけは絶対に許してやるものか。
「でも、でもぉ……もう遅いよ。だって私は……」
「そんなもの揉み消せば良いだろう!」
「さすがに良くないと思うよ!?」
「お前が正論言うな!」
「理不尽!」
私は必死だった。
ただ必死にカガミをこの場に引き止めようと、言葉を連ねる。
「もう一度言う。よく聞け!」
どうせここに立っている者は私達しかいないのだ。
恥ずかしいとは思わない。
私は大きく息を吸い、口を開く。
「お前は私が守る! 辛いことがあったら、何を優先してでもお前を守る! だからもう離れるな。どこにも行くな! わかったか、この馬鹿!」
カガミからの返事はない。
下を向き、プルプルと震えている。
……やばい、言い過ぎたか?
そう心配しているところで、カガミは顔をあげた。
「もう、また馬鹿って言った……ひどいなぁ、エリスは」
彼女の顔は、酷いものだった。
涙でぐしゃぐしゃになり、鼻水も溢れ出している。しゃっくりのように何度も息を詰まらせ、それでも笑っていた。
今度は、ちゃんとした少女の笑顔だ。
「私、幸せになって良いの?」
「ああ、勿論だ」
「本当に、エリスに頼って良いの?」
「任せろ。今度こそ、だ」
「迷惑をかけるかもしれ──」
「うるさい! 今度こそ守ると言っているのだ。お前も今度こそ信用しろ!」
そこでカガミは限界が訪れた。
幼子のように泣き喚き、言葉にない言葉を叫ぶ。
私はその全てを……優しく抱きしめた。
それからどのくらいの時間が経っただろうか。
ようやく落ち着きを取り戻したカガミは、赤く腫れた目を擦り、私に笑いかける。
「ねぇ、エリス。ありが──」
【なんだ、もう終わりなのか】
不意にその場に響いた無機質な声。
【まぁ良い。魔力は十分に蓄えた。こいつはもう──用済みだ】
ザシュッと肉を切り裂くような音が耳に届いた。
「へ──?」
カガミは呆気に取られたような表情になり、次の瞬間、その空いた小さな口から大量の血を吐き出した。
視線を下に向ける。
カガミの腹には、漆黒の剣が深々と突き刺さっていた。
「さようなら、だ。哀れな小娘よ」
「……え、りす……ごめ──、──」
先程に比べて聞き取りやすくなった声と共に漆黒の剣が引き抜かれ、支えがなくなったカガミはゆっくりと倒れゆく。
カガミの背後に立っていたのは、漆黒の剣を持った少女だった。
薄く焦げた肌。頭から伸びた二本の禍々しい角。彼女の瞳から洩れる真っ赤な眼光。
その小さな体格からは考えられぬような暴力的な威圧が、無差別に周囲を攻撃する。
暴虐にして、災厄の化身。
それは全てを滅ぼさんと破壊の限りを尽くした原初の魔王。
そいつは物憂げに私を見つめ、その顔に強者の笑みを浮かべた。
「こんにちは、だろうか。屈強な騎士よ。知っていると思うが自己紹介だ。我が名はアトラク・メレヴァ。
今一度この世に復活を遂げし──災厄の化身よ」




