第41話 私がお前を……
「フフッ、久しぶりにエリスと会えたなぁ。……嬉しいなぁ、ねぇ嬉しいなぁ?」
「本当に、カガミ……なのか?」
「ん? どうしたの? 久しぶりだから、私の顔を忘れちゃった? ひっどいなぁ」
カガミはくすくすと笑った。そして嬉しさを表現するように再び血の池を舞い、また笑う。
「アハハッ、ひどいひどい。まさか私の顔を忘れちゃうなんてね。わたしは悲しいよ」
行動と言葉が合っていない。
それはとても奇妙で、不気味で、恐ろしく感じた。
「……カガミ、すまない」
「んー、アハッ? エリスは相変わらず優しいね! んーん、エリスは謝らなくて良いよぉ? だってこうして会えたことが嬉しいんだもん! やっぱり、言う通りになったね!」
今でも信じられない。
これがカガミなのか?
本物は別に居て、形を真似ているだけなのでは?
そんな疑問が、私の中で渦を巻く。
「ねぇ、どうしたの?」
気が付けば、カガミは私の目の前まで来ていた。
心配そうに、どこか面白そうに、私の顔を覗き込む。
「──っ、なんでも、ない」
「そう? ……アハッ? エリスは考え事を沢山するからね。たまには何も考えないでリラックス。だよ?」
「あ、ああ……そうだな……すまない」
気配を一切感じられなかった。
本当に、一瞬で距離を詰められたかのように、カガミは目の前に現れた。
その力はどこから……。
そんな私の問いは、問わずとも理解出来た。
魔剣アトラク・メレヴァ。
それがカガミに力を与えているのだ。
乗っ取られているようには思えない。カガミは自分の意思を落ち、魔剣がそれに応えている。そうとしか考えられない。
しかし、私はそれを否定したい気持ちでいっぱいだった。
それを認めてしまったら、この悲惨な状況は、カガミ自身が意思を持ってやったということになるのだから。
「なぁ、カガミ? これは、どうしたんだ?」
声が裏返りそうになりながらも、真実を知るために問いかけた。
「──邪魔だったの」
「邪魔だった。だと?」
「うん。こいつら、私の邪魔ばかりするんだもん。だから斬った。簡単なことでしょう?」
まるでそれについて何とも思っていないような態度で、カガミはそう答えた。
そして倒れ伏している生徒の一人に歩み寄り、その頭を乱暴に掴み上げる。
「こいつはね。私のお腹を殴ったんだよ。酷いでしょう? みんなで寄ってたかって私一人に何度も、何度も何度も何度も何度も……だから、同じことをしてやった」
「──ぁ、ぁあああ! いだ、い。痛い、やめてぇえええ──っ!」
生徒の頭からメキメキという不気味な音が鳴り、その激痛に目を覚ました生徒は、再び意識を手放した。
「……あれ? もう壊れちゃったのかな? フフッ! 脆いんだね」
それに対してカガミは、もうそれに興味が無いと生徒の頭を乱暴に振り、おもちゃを散らかす子供のように生徒を放り投げた。
ベチャッという音を立て、血の池に沈む生徒。
「──っ、カガミ、お前は……!」
「ああ、でも……殺してないよ? そうするとエリスに嫌われちゃうからね。ただまぁ……放っておいたら死ぬかもしれないけれど、ね? クフッ! あは? アハハハハッ!」
カガミは何が面白いのか、狂ったように顔を歪めて笑う。
背中に冷や汗が伝う。
これは、やはりカガミだった。そんなの夢だと否定したかった。だが、もう全てが遅い。
「ねぇエリス。お話ししよう?」
「……お話し、だと?」
「そう、お話! 手紙ではやり取りしていたけれど、こうやって会って話すのも大切でしょう? 手紙では言い合えなかったこと、今お話ししようよ!」
正直、そんな余裕はないと言ってやりたかった。
「わかった。話すとしよう」
しかし、私はカガミの提案を受け入れた。
今はカガミに正気を取り戻してもらうのが最優先だ。
私がやれることは、それだと思った。だから話し合うことを決意した。
「私ね、いじめを受けていたんだぁ。お前はこのクラスに相応しくない。平民如きが調子に乗るな。何度も罵倒された。何度も暴力を受けた。陰湿なことはほとんどやられた」
「っ、どうして、それを……」
「話せなくてごめんね? だってエリスに余計な心配を掛けたくなかったんだもん。それにね? 私はそれでも認められたかった。クラスのみんなと仲良くなって、私は一人でもこんなに出来るんだって。そして自慢したかった。こんなに沢山の友達が出来たんだよって」
カガミは困ったように笑う。
……ああ、この笑顔は一人で溜め込んでいる時の顔だ。それを見て懐かしくなった次の瞬間。再び別人のようにカガミは笑った。
「でもね、私わかったんだ。それじゃあダメなんだって」
私は、彼女の圧力に圧されていた。
「こいつらは、私のことを認めない。絶対に」
「そんなことは……」
「──そうだったの!」
そんなことはない。
そう言おうとした言葉の途中で、カガミの叫びによって遮られた。
「私は頑張ったの! 耐えて、耐えて、いつか誰かに求めてもらえるんじゃないかと頑張った! シアもみんなに私の実力を認めさせようと覚悟を決めてくれた! ……でもね? こいつらは何て言ったと思う?」
「…………」
「答えられない? なら教えてあげるよ。私が他国から送り込まれたスパイだって! アハッ! 笑っちゃうよね!」
カガミから感じる魔力が、異常なほどに膨れ上がった。
それはあの子の感情に呼応しているようで、その魔力は奔流となり、辺り一面の瓦礫を吹き飛ばす。
「私達は本気で戦った。他ならないシアの頼みだ。本当の真剣勝負で、下手をしたら死ぬ。そんな正々堂々とした戦いをした。──それなのに! こいつらはその決闘に泥を塗ったんだ!」
カガミは激情し、その感情の思うまま剣を振るった。
その風圧は私の元まで届き、思わず身構える。
「でもね? それのおかげで私は気付けたんだ。こいつらに遠慮する必要はない。だって、こいつらは私を認めない。永遠に私を陥れようとしてくる。そんな奴らに、どうして私は苦しまなきゃいけない! どうして私は傷付かなければいけない!?」
カガミは、バッと両手を広げる。
「だから壊した! 何もかも、私を邪魔する全てを壊してやった! アハハッ! アッハハハハハッ!!」
カガミは高らかに笑う。
私は、それが聞くに耐えなかった。
「エリスには感謝しているんだよ? 遠慮せずにやって良いって言ってくれたから、私はその通りに行動出来た。…………フフッ、なぁんだ。こんなに簡単だったんだね。こんなのに、悩む必要なんて無いんだよね? ねぇそうでしょう?」
カガミは私に手を差し出す。
「エリス。一緒に行こう? こんな国、こんな腐った世の中から抜け出そう? エリスは一緒に来てくれるよね? だって私達は友達だもん!」
迷いのない満面の笑みを浮かべるカガミは、やはり私の目には別人のように見えた。
「エリスと一緒なら何だって出来る。私達の邪魔なんてさせない。邪魔なら殺せば良い。そうでしょう? だからほら、私の手を取って? こっちに来て?」
「すまないカガミ。私は、一緒に行けない」
「…………どうして? どうしてエリスは私を拒絶す────ああ、なるほど。そっか……そう言うこと、なんだね」
カガミは納得したように、小さく呟いた。
「やっぱり、エリスもこいつらと同じなんだね」
「違う! 私はそうでは──」
「だって! だって、エリスはそんなんじゃない。私のお願いなら叶えてくれるって……言ってくれたのに……!」
「──っ! そ、れは……!」
「結局は私を利用したいから、私に甘い言葉を吐いていただけなんだ。私に敵意を向けられるのが怖いから、気味が悪いから、私に優しくして、そして遠ざけた! …………メレヴァの、言った通りだった。所詮は同じ国に巣食うこいつらと同じ。誰も私のことなんて大切に思ってくれちゃいない!」
「カガ、ぐっ……カガミッ!」
「もういや! 何もかも、もういやだァアアアアアア!」
その時、全てが崩れ去った。
「私は幸せが欲しかっただけなのに、どうしてみんなはそれを否定するの! どうして私は、私だけは幸せになったらいけないの!? もう、いや……こんな世界! 消えて無くなってしまえばいい! 私が壊してやればいい!!」
それは紛れもないカガミの本心だったのだろう。
荒れ狂う魔力の渦の中、大量に涙を流す少女の姿は、今にも消えてしまいそうなくらい、とても弱々しく見えた。
「ああ、そうだな。そうだったな、カガミ」
私は納得したように頷き、カガミを真正面に見据えた。
「私は、お前に言った。遠慮なくやれ。お前は自分のしたいことをやれ。その後は、大人である私がどうにかしてやろう、と」
そして、今がその時だ。
私は聖剣をゆっくりと抜き、カガミに切っ先を向けた。
「私がお前を救ってやる──南条鏡」




