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L-cone  作者: 王生らてぃ
第二章
40/93

鷺宮千夏 / 椎名翼は夏の暑さに辟易する-3

「ひとりで?」



 翼が目を丸くする。私も同じ気持ちだった。



「いったいどうやって?」

「自分の魔力を分け与えた『使い魔』を、街じゅうに放っているんです。東さんが私たちクウを、町に放っているのと同じように」

「使い魔?」

「私たちクウは、戦うために生れた使い魔ではありません。ですが、彼女の生み出す使い魔は、魔法少女に劣りこそすれ、グローパーと戦う力を持っています。彼女も使い魔を放ち、グローパーが現れたらすぐに倒してしまうんです」

「そういえば、この間……」翼がもったいぶるように、「そのリボンに似たやつ、見たことある気がする」

「この間?」

「お姉ちゃん、知ってる? この間、新宿でグローパーがたくさん出て、大暴れしたんだ。クラスのみんなは知らないっていうし、ニュースにもなってないけど」

「知ってるよ。私もそこにいたし」

「その時、みたんだ。街のあちこちに結び付けられてる、黄色いリボン」



 私には特に見覚えがない。翼はふうん、と鼻を鳴らした。



「ともかく、その魔法少女が片っ端からグローパーを倒しちゃってるから、最近は数が少ないんだね」

「その通りです」

「なあんだ。せっかくこのライターを貰ったのに、なんだか損した気分だなあ」



 翼の言うことも分かる。グローパーと戦わない魔法少女の存在意義とは、いったいなんなのだろう。

 すると、空子の頭のリボンがふわっと光を放った。



「いけない――すみません、私はここで! あの、ありがとうございます」



 最後に丁寧に頭を下げて、空子は飛び去って行った。



 町は静まり返っている。

 夏の賑わいと、心地よくほてった肌に吹き付ける風が、東京の空に渦巻いている。私は家に帰る気にもなれず、かといってひとりでふらふらしているのも、なんだか落ち着かない。どうやら翼も同じ気持ちのようだった。私たちは駅の方に向かってのんびり歩いていく。



「僕はグローパーと戦うのが好きなんだ」翼は思い切ったように、私にそう言った。「変身して、人を襲う怪物と戦う――まるで漫画の中に入ったみたいだ。時には僕も痛い思いをしたり、怖いなって思うこともあるけれど、変身すると僕も不思議な力を使えるようになるんだ。それがどういう力なのか、うまく説明できないけど……」

「だいじょうぶ。ちゃんと、翼の言いたいことは分かるよ」



 とっさに右手を差し出しそうになるのを、思わず堪えた。



「私も同じ。魔法少女に変身して、戦うのが――そう、好きなんだと思う。グローパーと戦って、傷ついたり、痛い思いをしたりするのは、もちろん怖いけれど、私は……」



 上手く言葉に出来ない。

 ずっと胸の内に秘めてきた言葉。どうしてこの子には、こんなに話せるんだろう。



「お姉ちゃんは、戦うのが好きなの? それとも、街や人を守るのが好きなの?」

「どっちかな」

「僕は、どっちも好きだよ。僕の力で何かできるなら、何だってやってみたいんだ」



 そんな風に言い切れる翼のことを、すごく、羨ましく思う。私は自分のことを言葉にしたり、誰かに伝えたりするのが、まだ、苦手だ。

 お父さんは私に何も聞かない。

 それは私に遠慮したり、躊躇したりしているんじゃない。私が自分から話すのを、待っているわけでもない。そんな必要はないんだと、私に教えてくれているんだ。






「■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■」






「お姉ちゃん?」

「え……」



 頬に冷たい感触が流れた。思わず手でぬぐうと、透明な水のようなものが、生温かく流れていた。



「どうしたの?」

「え、ううん、どうしたのかな。何でもないよ」



 翼は、涙を拭った私の手を握って、にっと屈託なく微笑んだ。



「わかるよ。たまにどうしようもなく泣きたくなる時ってあるよね。僕も低学年の頃は、毎日部屋で泣いてたんだよ。勉強ができなかったり、クラスメイトと仲良くできなかったりしたわけじゃないんだ。ただ、なんとなく毎日、つらくて悲しくて……今はもう慣れちゃったけど、お姉ちゃんはそうじゃないんでしょ?」



 もう涙は出ていない。

 どうして私は、自分の肩ぐらいの身長しかない小学生に手を握られて、慰められているんだろう。心臓がずきずきして、痛い。喉がひくひくする。






 言ってしまおうか。






 翼、実はね。



 私はね。



 もっとずっと昔――君よりずうっと小さいころに――











「そこの君たち、ちょっと止まろうか」



 最初、私たちに声を掛けられているのかどうか、わからなかった。でも私は振り返った。

 スーツを着た男が立っていた。整髪料で固められたオールバックによく似合う、つり上がった眉と彫りの深い顔立ちをしている。瞳は少し青くて、背が高い。私たちからだいぶ距離を取って、立っている。

 いっけん柔和な表情をしているけれど、私はこういう顔をした大人を嫌というほど知っている。



「なんだよ、おまえ」



 翼が露骨に警戒しながら、彼を睨みつけた。自転車から両手を放し、身体を正面に向かわせる。周囲に通行人の気配はない。私も同じように、正面から向き合った。逃げ腰にならないように、身体を正面に向ける。

 男はおどけたように両手を開いて見せた。



「ごめんごめん。おじさん、別に怪しい人じゃないよ。君たちにちょっと、訊きたいことがあってね」



 男はスーツのポケットに軽やかに手を突っ込むと、ハンカチを取り出すように何かを指先でつまみ出して見せた。

 私と翼は、そこでほとんど同時に息をのんだ。



「やっぱり――見覚えがあるみたいだね。この『ライター』にさ」男は黒いライターを手で弄びながら、「最近、おじさんの周りで、このオモチャが随分たくさん出回ってるみたいでね。どんなものか調べてみたら、驚いたよ。疲労回復とか、精神高揚とか……それってまるで、ドラッグとか、麻薬とか、そういうものにそっくりだよね? 君たちも学校で習うだろ、そういうものには手を出しちゃいけませんってさ」



 まるで時間が止まったように、男は語り続ける。



「で、調べてみたんだよ。そしたらこの『ライター』を配って回ってる売人は、ちょうど――君ぐらいの歳の、女の子だっていうじゃないか。こういうことをされると、困っちゃうんだよな。おじさん、とっても困ってるんだ。だから、ちょっとついてきてくれるかな? 話を聞かせてもらいたくてね」

「誰がついていくか」翼が吐き捨てた。「知らない人について行っちゃいけないって、学校で習ったよ」

「そっか。仕方ないな。ちょっと痛い目見よっか」



 男はその黒いライターをその辺にポイっと投げ捨てると、スーツの上着に手を入れ、素早くそれを取り出した。

 黒光りするそれは、一瞬、ドラマや映画の世界で見る拳銃のように見えた。黒くて細い銃身――男は引き金に指を掛けると、それを自分のこめかみのあたりに持って行って、

「変身」






 何を見ているのか分からなかった。

 男の身体は黒い炎に包まれて、生々しい金属音が辺りに響く。その炎を切り裂いて現れたのは、金属の鎧に身を包み、両手から歪な形の刃を生やして、瞳を真っ赤に光らせ、胸に突き刺さった黒いライターから、脈々と魔力を響かせる――



「死ネェ」



 グローパーだ。

 明らかに様子が違う。



「お姉ちゃん、下がって!」



 翼が叫ぶと同時に駆け出していた。いつの間にか変身を終え、赤いマントを翻して剣を振りかぶる。グローパーはその剣を受け止めると、糸につられた人形のように、不自然で素早い動きで駆け出した。



「変身」



 ポケットから取り出したライターのスイッチを入れる。刀を抜き、こちらに襲いかかってくるグローパーの刃を受け止める。みしっと、腕の関節が軋む音がした。

 腹部に衝撃が走った。

 膝蹴りの勢いのまま、身体が半分宙に浮く。グローパーが身体をくるりと回転させると、ちょうど喉の辺りに突き刺さるような蹴りで、私の身体は背後に吹き飛んだ。激突した電柱が、爆発するような音を立てる。



「お姉ちゃん!」



 翼の声。グローパーは振り返り、翼の剣を受け止め、躱しつづける。二度、三度、四度……そのうちに私の傷は、魔力によってみるみる治っていく。



 意識を足元に――影に集中した。鋭い槍の形になって、グローパーのほうへ飛んでいく。奴は翼と斬り合うのに必死で、気付いていない。

 バギ。

 その音が何なのか分かる前に目を疑った。刃が生えていた男の腕は、いつの間にか人間らしい五本の指がついた、ふつうの腕に戻っている。そして、平然と影の槍を掴み、受け止めていた。



「アアァ」グローパーはつまらなそうに、溜息のような声を漏らし、「弱イナァ、魔法少女。拍子抜ケダヨ」



 左手を軽く振るった。翼の剣にぶつかったそれは、翼のことを軽々と吹きとばし、地面に転がした。



「お前――!」



 グローパーが私に振り返ったとき、既に私は駆け出して切先を突き出していた。それを軽々と腕の刃で受け止める。私は続けざまに何度も切りかかり、その度に躱される。

 動きが速すぎる。ついていくだけで必死だった。



「あぶっ、」何気なく振るったやつの刃が、さっきまで私の首があったところを通り抜けた。「ないな。こいつ!」

「ハハハハハ!」



 狂笑しながら、まるで私を追い詰めるように一歩を踏み出したときだった。

 グローパーの動きが止まった。全身から小さな破砕音をいくつも響かせる。身体中の細かい亀裂から、影のように真っ黒な鎖がいくつも這い出てきて、男を雁字搦めに拘束した。

 それはまさしく、私の影だ。そいつは私の影を踏んだのだ。その足の裏から身体に突き刺さり、体内に侵入したのだ。



「翼!」

「おおおおおッ!」



 翼は空高く跳躍し、真っ赤に光る剣から稲妻のような魔力を迸らせながら、叫ぶように声を上げた。

 グローパーの身体を縦半分に両断する。

 私も左手に精いっぱいの力を込め、横一文字に刀を振り抜く。



「キャアアアアアアアアア――――」



 四分割されたグローパーは悲鳴を上げながら、砕け散るように霧散した。






「これは、いったい何だろう」



 その場に残されたのはライターではない。あのピストルだった。

 恐る恐る手に取ってみる。それはターボ・ライターを改造したもののようだった。キャンプやバーベキューで木炭に火を点ける時に使うような、長いノズルのついたライターだ。全部が真っ黒に塗り固められていて、ピストルのように見えるのだ。



「これでグローパーに変身したの?」

「どういうことだろう」



 グローパーが、もとは人間であることは聞いていた。けれど、実際にそれを、その瞬間を目の当たりにするのは初めてだ。こんなものは見たことがない。



「あいつは強かった」翼がはっきりした口調で言った。「それに、『魔法少女』って言ってた。僕らのことを。どうしてそのことを知っているんだろう?」

「そういえば……」



 私は以前に戦った、ある大男のことを思い出した。

 彼もこう言っていた。



 こんなもんかァ? 魔法少女ってやつは。



「ひとまず、東さんのところに持って行こう」私たちはようやく、解き忘れていた変身を解いた。「このグローパーは明らかに強いし、様子がおかしかった。行って、そのことを伝えよう。私たちだけじゃ、わからない」

「そうだね。一緒に行こう、お姉ちゃん」






 私は、唐突に恐ろしくなってきた。

 魔法少女――なぜ、この男は、変身すらしていない、ライターすら見せていない私のことを、魔法少女だと見破ったのだろうか。



 どうしよう。



 もし、大和や――お父さんにまで、このことが知られたら……



「お姉ちゃん? どうかした?」

「ううん、なんでもないよ」



 既に夕陽は西に沈む準備を始めている。

 私たちは静かな夏の道を、肩を並べて歩き続けた。

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