第8話『食い違い』
毎週月、金曜日の20時投稿予定です。
「だから、報告に書いた通りだって」
三人のうち、最初に声を上げたのは崖道で膝をついた兵士だった。
デュオは机の向こうに並ぶ三人を見回した。わざわざ一人ずつ呼び出すより、その場にいた連中をまとめて捕まえた方が早い。そう考えたのだが、話し始めて早々、紙に書かれていたのと同じ温度差が顔を出している。
「その報告を読んだから聞いてんの。紙じゃ分かんねぇことがあるんだよ」
「分かんねぇことって?」
「たとえば、あの竜人が人を掴んだ時。お前はどう見えた?」
問われた兵士はわずかに眉を寄せた。
「どうって……殺されると思ったよ。あんなもんに掴まれたんだぞ」
「でも、殺されなかった」
横から口を挟んだのは、あの場で立ち尽くしていた兵士だった。最初の男がすぐに顔を向ける。
「結果の話だろ。掴まれた時に分かるわけねぇじゃねえか」
「俺だって分かってたとは言ってない。あいつ、俺らのことなんかほとんど見てなかっただろ」
「それが怖いって言ってんだよ」
二人の声が次第に大きくなる中、三人目は腕を組んだまま黙っていた。あの時、剣の柄へ手をかけながら最後まで竜人を見ていた男だ。
デュオはそちらへ顔を向ける。
「お前は?」
「報告に書いた通り。周りを見てた」
「誰を狙うか探してたってことか?」
「知らん」
男は間を置かずに答えた。
「人を掴んだ後も、そいつを追ってない。俺らにも来なかった。あちこち見て、最後は崖の上を見て飛んでった。何か見てたんじゃないかとは思うが、それが何かまでは分からん」
「だから危ないんだろ」と最初の兵士が言う。
「別に安全だなんて言ってねぇよ」
「じゃあなんなんだよ」
「知らねぇって言ってるだろ」
デュオは額を指で掻いた。書面では別々だった三人の言葉が、一つの場所に集まると余計にややこしい。恐ろしかった。こちらなど眼中になかった。何かを探しているように見えた。誰も報告と違うことを言っていないのに、一つにまとめようとすると妙なところで噛み合わなくなる。
「じゃあ、あいつが人を掴んだのは襲ったからだと思うか?」
「俺はそう思った」
最初の兵士が答え、二人目は一度迷ってから口を開いた。
「……人を掴んだのは見た。でも、その後は落ちた奴を道に戻してただろ」
「だからって助けたとは限らねぇ」
「俺も助けたとは言ってないって」
また始まりそうになり、デュオは片手を上げた。
「分かった分かった。もういい」
そこで三人目の兵士が、ふと思い出したように口を開く。
「そこまで気になるなら、アルトにも聞いてみればいいんじゃないか」
「アルト?」
「あいつもいたろ。つーか、俺らの中じゃ一番変だったぞ」
残る二人も、それには言い返さなかった。
「竜人が降りてきて、こっちはこの有様だ」
三人目が自分たちを順に指す。膝をついた男、動けなくなった男、剣へ手をかけていた自分。
「デュオも身構えてた。なのにあいつ、一回見ただけでまた救助に戻っただろ」
「……ああ」
あの時のアルトは、確かにそうだった。竜人を見ていなかったわけではない。一度そちらを確認して、それから何事も決めなかったように救助へ戻っている。
三人から離れた後、デュオはアルトを見つけて呼び止めた。
「ちょっといいか?」
アルトが振り返る。
「崖道のことなんだけどさ。お前、あの竜人が出てきた時、怖くなかったのか?」
アルトはすぐには答えず、わずかに首を傾けた。
「……怖い?」
「そこからかよ」
デュオは思わず息を吐いた。
「あんなのが目の前に降りてきたんだぞ。兵士は固まるわ、剣に手ぇかけるわ、俺だって何してくるか分からなくて構えた。お前だけ救助続けてただろ」
「人が落ちそうだったから」
「それは見てたよ。だから、なんで続けられたのか聞いてんの」
アルトは考えてから、特に迷った様子もなく答えた。
「まだ助け終わってなかったから」
「……そうか」
やはり聞きたいところからどこかずれている。デュオは気を取り直し、今度は竜人の行動そのものへ話を向けた。
「竜人が向こうの人を掴んだのも見てたよな?」
「見た」
「襲ったと思わなかったのか?」
また、アルトの首がわずかに傾く。
「掴んだあと、道に戻してた」
「いや、それは俺も見てる。俺が聞いてんのは、あいつが何をしようとしてたと思ったかってこと」
「分からない」
今度は即答だった。
「分からないって……」
「聞いてないから」
「誰にだよ」
「竜人に」
あまりにそのまま返されて、デュオは口を閉じた。確かに聞いてはいないし、聞ける状況でもなかった。
「じゃあ、なんで気にしなかった?」
「気にしてた」
「どこがだよ」
「見てた」
「一回だけだろ」
「人が落ちそうだったから」
話が最初へ戻ってしまった。デュオはしばらくアルトの顔を見たものの、そこから別の意味が出てくる様子はない。とぼけているようにも、何かを隠しているようにも見えず、ただ聞かれたことに自分なりに答えているらしい。
「……もういい。ありがとな」
「うん」
アルトはそれ以上何も聞かずに歩き出した。答えは増えたはずなのに、アルトがあの時何を考えていたのかについては、ほとんど分からないままだった。
次に話を聞いたのは、以前、魔物が現れた現場へ出動していた兵士だった。
残された記録によれば、人間側が魔物を押し返し始めたところへ竜人が現れ、その後こちらにも被害が出ている。当時の判断は、劣勢になった魔物側への援軍。本人へ確認しても、その認識は変わっていなかった。
「援軍だったと思うよ。こっちが押してたところに出てきたんだからな」
「竜人が来てから、魔物側にも被害が出てる」
デュオが記録で確認した部分を口にすると、兵士は腕を組んだ。
「乱戦だったんだ。全部見えてたわけじゃない。だが、あいつがこっちを攻撃したのは間違いないぞ」
「そこは疑ってない」
「なら、それでいいだろ」
「そう簡単なら聞きに来てねぇよ」
兵士は呆れたような顔をしたが、デュオは構わず続けた。
「その時、子どもが一人いたって記録にあった」
「ああ。逃げ遅れた子がいたな」
「竜人がそっちへ行った?」
「そう見えた。こっちは別の魔物の相手をしてたから、その後までずっと見てたわけじゃないが」
「襲ったところは?」
兵士はそこで考え込んだ。
「……竜人が近づいたのは見た。子どもが怯えてたのも覚えてる。だが、実際に何をしたかまでは見てない」
紙にはなかった一言だった。デュオは礼を言い、その場を離れた。
その子どもは、竜人の話を出した途端に口数が減った。
「怖かった」
最初に出てきたのは、その言葉だった。
「何が一番怖かった?」
「竜人」
「魔物もいたんだろ?」
子どもはしばらく黙り込み、やがて小さく頷いた。
「いた。逃げてた……と思う」
「何から?」
「魔物」
そこまでは覚えているらしい。デュオは急かさず、ひと呼吸置いてから続きを促した。
「竜人が来た時は?」
子どもの肩に力が入る。
「急にいた。すごく大きくて……こっち見てた」
「何かされた?」
「分かんない」
「触られた?」
首が横に振られる。
「じゃあ、何があった?」
子どもは膝の上で指を握った。
「腕、振った。殺されると思った」
「それから?」
「目、閉じた」
「次に開けた時は?」
問いかけると、子どもは困ったように眉を寄せる。
「……魔物、いなかった」
「さっき追ってきてたやつ?」
「たぶん」
「竜人は?」
「いた……と思う。でも、こっちには来なかった」
「追ってこなかった?」
小さく頷く。
「そのあと、逃げた」
そこから先は何度聞いても曖昧だった。竜人が魔物へ何をしたのかは見ていないし、なぜ目の前へ現れたのかも知らない。子どもの中に強く残っているのは、巨大な竜人が突然現れ、殺されると思うほど怖かったということだけだった。
その恐怖を疑う理由はない。だが、話を聞く前にデュオが思い描いていた「竜人に襲われた子ども」の光景とも、どうも形が合わなかった。話を順に拾えば、竜人が現れる前には魔物に追われていた。目を開けた時には、その魔物はいない。竜人も子どもを追わなかった。
どこまでが偶然で、どこからが竜人の行動によるものなのか。本人にも分からないものを、デュオが勝手に埋めることはできなかった。
一通りの聞き取りを終えた後、デュオはレオンのところへ向かった。
資料で気になったこと。崖道にいた兵士たちが、同じ出来事を見ながら違う意味で受け取っていたこと。アルトに聞いても、竜人の意図については何も分からなかったこと。そして、過去の事件で竜人を恐れている子どもへ直接話を聞いたこと。
レオンは途中で遮らず、最後まで黙って聞いていた。
「でさ」
デュオは腕を組む。
「誰かが嘘ついてる感じじゃねぇんだよ。怖かったってのも本当だと思う。兵士が竜人に攻撃されたのも本当だ。でも、細かく聞くと、最初に聞いてた話と微妙に違う」
レオンはしばらく答えず、眉間へわずかに皺を寄せて視線を落とした。
「お前は、あの竜人が人間を助けていると言いたいのか」
「そこまでは言ってねぇよ。分かんねぇから調べてるんだ」
「なら、今分かっていることを見失うな」
レオンの声は静かだった。
「魔物は敵だ。あの竜人が兵を攻撃し、設備を破壊したことは俺も見ている。実際に被害が出ていることまで疑う理由はない」
そこはデュオも否定できない。
「分からない部分があることと、危険ではないことは別だ。都合のいい方へ解釈していれば、いつか足をすくわれるぞ」
「それはそうだけどよ……」
レオンは小さく息を吐いた。
「白か黒かで全部決まれば、こっちだって苦労はしない」
何か別の面倒事でも思い出したように、眉間の皺が深くなる。
「……特に、あいつみたいなのがいるとな」
「アルト?」
「他に誰がいる」
デュオは口を開きかけた。竜人が人間側を攻撃したのは事実で、レオン自身が戦っている。子どもだって今もあれほど怖がっていた。助けたと言えるほどのものは何もない。
「……でもよ」
そこから先が出てこなかった。それでも、襲ったのだと一言で片づけようとすると、今日聞いてきた言葉のいくつかがどうしても余る。
デュオの頭に、あの子どもの声が残っていた。怖かった。そして、追ってこなかった。二つとも、同じ子どもの話だった。




