↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLADEFALL ― 刃が落ちる、その前に ―  作者: 逆凪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/13

第8話『食い違い』

毎週月、金曜日の20時投稿予定です。

「だから、報告に書いた通りだって」


三人のうち、最初に声を上げたのは崖道で膝をついた兵士だった。


デュオは机の向こうに並ぶ三人を見回した。わざわざ一人ずつ呼び出すより、その場にいた連中をまとめて捕まえた方が早い。そう考えたのだが、話し始めて早々、紙に書かれていたのと同じ温度差が顔を出している。


「その報告を読んだから聞いてんの。紙じゃ分かんねぇことがあるんだよ」


「分かんねぇことって?」


「たとえば、あの竜人が人を掴んだ時。お前はどう見えた?」


問われた兵士はわずかに眉を寄せた。


「どうって……殺されると思ったよ。あんなもんに掴まれたんだぞ」


「でも、殺されなかった」


横から口を挟んだのは、あの場で立ち尽くしていた兵士だった。最初の男がすぐに顔を向ける。


「結果の話だろ。掴まれた時に分かるわけねぇじゃねえか」


「俺だって分かってたとは言ってない。あいつ、俺らのことなんかほとんど見てなかっただろ」


「それが怖いって言ってんだよ」


二人の声が次第に大きくなる中、三人目は腕を組んだまま黙っていた。あの時、剣の柄へ手をかけながら最後まで竜人を見ていた男だ。


デュオはそちらへ顔を向ける。


「お前は?」


「報告に書いた通り。周りを見てた」


「誰を狙うか探してたってことか?」


「知らん」


男は間を置かずに答えた。


「人を掴んだ後も、そいつを追ってない。俺らにも来なかった。あちこち見て、最後は崖の上を見て飛んでった。何か見てたんじゃないかとは思うが、それが何かまでは分からん」


「だから危ないんだろ」と最初の兵士が言う。


「別に安全だなんて言ってねぇよ」


「じゃあなんなんだよ」


「知らねぇって言ってるだろ」


デュオは額を指で掻いた。書面では別々だった三人の言葉が、一つの場所に集まると余計にややこしい。恐ろしかった。こちらなど眼中になかった。何かを探しているように見えた。誰も報告と違うことを言っていないのに、一つにまとめようとすると妙なところで噛み合わなくなる。


「じゃあ、あいつが人を掴んだのは襲ったからだと思うか?」


「俺はそう思った」


最初の兵士が答え、二人目は一度迷ってから口を開いた。


「……人を掴んだのは見た。でも、その後は落ちた奴を道に戻してただろ」


「だからって助けたとは限らねぇ」


「俺も助けたとは言ってないって」


また始まりそうになり、デュオは片手を上げた。


「分かった分かった。もういい」


そこで三人目の兵士が、ふと思い出したように口を開く。


「そこまで気になるなら、アルトにも聞いてみればいいんじゃないか」


「アルト?」


「あいつもいたろ。つーか、俺らの中じゃ一番変だったぞ」


残る二人も、それには言い返さなかった。


「竜人が降りてきて、こっちはこの有様だ」


三人目が自分たちを順に指す。膝をついた男、動けなくなった男、剣へ手をかけていた自分。


「デュオも身構えてた。なのにあいつ、一回見ただけでまた救助に戻っただろ」


「……ああ」


あの時のアルトは、確かにそうだった。竜人を見ていなかったわけではない。一度そちらを確認して、それから何事も決めなかったように救助へ戻っている。


三人から離れた後、デュオはアルトを見つけて呼び止めた。


「ちょっといいか?」


アルトが振り返る。


「崖道のことなんだけどさ。お前、あの竜人が出てきた時、怖くなかったのか?」


アルトはすぐには答えず、わずかに首を傾けた。


「……怖い?」


「そこからかよ」


デュオは思わず息を吐いた。


「あんなのが目の前に降りてきたんだぞ。兵士は固まるわ、剣に手ぇかけるわ、俺だって何してくるか分からなくて構えた。お前だけ救助続けてただろ」


「人が落ちそうだったから」


「それは見てたよ。だから、なんで続けられたのか聞いてんの」


アルトは考えてから、特に迷った様子もなく答えた。


「まだ助け終わってなかったから」


「……そうか」


やはり聞きたいところからどこかずれている。デュオは気を取り直し、今度は竜人の行動そのものへ話を向けた。


「竜人が向こうの人を掴んだのも見てたよな?」


「見た」


「襲ったと思わなかったのか?」


また、アルトの首がわずかに傾く。


「掴んだあと、道に戻してた」


「いや、それは俺も見てる。俺が聞いてんのは、あいつが何をしようとしてたと思ったかってこと」


「分からない」


今度は即答だった。


「分からないって……」


「聞いてないから」


「誰にだよ」


「竜人に」


あまりにそのまま返されて、デュオは口を閉じた。確かに聞いてはいないし、聞ける状況でもなかった。


「じゃあ、なんで気にしなかった?」


「気にしてた」


「どこがだよ」


「見てた」


「一回だけだろ」


「人が落ちそうだったから」


話が最初へ戻ってしまった。デュオはしばらくアルトの顔を見たものの、そこから別の意味が出てくる様子はない。とぼけているようにも、何かを隠しているようにも見えず、ただ聞かれたことに自分なりに答えているらしい。


「……もういい。ありがとな」


「うん」


アルトはそれ以上何も聞かずに歩き出した。答えは増えたはずなのに、アルトがあの時何を考えていたのかについては、ほとんど分からないままだった。


次に話を聞いたのは、以前、魔物が現れた現場へ出動していた兵士だった。


残された記録によれば、人間側が魔物を押し返し始めたところへ竜人が現れ、その後こちらにも被害が出ている。当時の判断は、劣勢になった魔物側への援軍。本人へ確認しても、その認識は変わっていなかった。


「援軍だったと思うよ。こっちが押してたところに出てきたんだからな」


「竜人が来てから、魔物側にも被害が出てる」


デュオが記録で確認した部分を口にすると、兵士は腕を組んだ。


「乱戦だったんだ。全部見えてたわけじゃない。だが、あいつがこっちを攻撃したのは間違いないぞ」


「そこは疑ってない」


「なら、それでいいだろ」


「そう簡単なら聞きに来てねぇよ」


兵士は呆れたような顔をしたが、デュオは構わず続けた。


「その時、子どもが一人いたって記録にあった」


「ああ。逃げ遅れた子がいたな」


「竜人がそっちへ行った?」


「そう見えた。こっちは別の魔物の相手をしてたから、その後までずっと見てたわけじゃないが」


「襲ったところは?」


兵士はそこで考え込んだ。


「……竜人が近づいたのは見た。子どもが怯えてたのも覚えてる。だが、実際に何をしたかまでは見てない」


紙にはなかった一言だった。デュオは礼を言い、その場を離れた。


その子どもは、竜人の話を出した途端に口数が減った。


「怖かった」


最初に出てきたのは、その言葉だった。


「何が一番怖かった?」


「竜人」


「魔物もいたんだろ?」


子どもはしばらく黙り込み、やがて小さく頷いた。


「いた。逃げてた……と思う」


「何から?」


「魔物」


そこまでは覚えているらしい。デュオは急かさず、ひと呼吸置いてから続きを促した。


「竜人が来た時は?」


子どもの肩に力が入る。


「急にいた。すごく大きくて……こっち見てた」


「何かされた?」


「分かんない」


「触られた?」


首が横に振られる。


「じゃあ、何があった?」


子どもは膝の上で指を握った。


「腕、振った。殺されると思った」


「それから?」


「目、閉じた」


「次に開けた時は?」


問いかけると、子どもは困ったように眉を寄せる。


「……魔物、いなかった」


「さっき追ってきてたやつ?」


「たぶん」


「竜人は?」


「いた……と思う。でも、こっちには来なかった」


「追ってこなかった?」


小さく頷く。


「そのあと、逃げた」


そこから先は何度聞いても曖昧だった。竜人が魔物へ何をしたのかは見ていないし、なぜ目の前へ現れたのかも知らない。子どもの中に強く残っているのは、巨大な竜人が突然現れ、殺されると思うほど怖かったということだけだった。


その恐怖を疑う理由はない。だが、話を聞く前にデュオが思い描いていた「竜人に襲われた子ども」の光景とも、どうも形が合わなかった。話を順に拾えば、竜人が現れる前には魔物に追われていた。目を開けた時には、その魔物はいない。竜人も子どもを追わなかった。


どこまでが偶然で、どこからが竜人の行動によるものなのか。本人にも分からないものを、デュオが勝手に埋めることはできなかった。


一通りの聞き取りを終えた後、デュオはレオンのところへ向かった。


資料で気になったこと。崖道にいた兵士たちが、同じ出来事を見ながら違う意味で受け取っていたこと。アルトに聞いても、竜人の意図については何も分からなかったこと。そして、過去の事件で竜人を恐れている子どもへ直接話を聞いたこと。


レオンは途中で遮らず、最後まで黙って聞いていた。


「でさ」


デュオは腕を組む。


「誰かが嘘ついてる感じじゃねぇんだよ。怖かったってのも本当だと思う。兵士が竜人に攻撃されたのも本当だ。でも、細かく聞くと、最初に聞いてた話と微妙に違う」


レオンはしばらく答えず、眉間へわずかに皺を寄せて視線を落とした。


「お前は、あの竜人が人間を助けていると言いたいのか」


「そこまでは言ってねぇよ。分かんねぇから調べてるんだ」


「なら、今分かっていることを見失うな」


レオンの声は静かだった。


「魔物は敵だ。あの竜人が兵を攻撃し、設備を破壊したことは俺も見ている。実際に被害が出ていることまで疑う理由はない」


そこはデュオも否定できない。


「分からない部分があることと、危険ではないことは別だ。都合のいい方へ解釈していれば、いつか足をすくわれるぞ」


「それはそうだけどよ……」


レオンは小さく息を吐いた。


「白か黒かで全部決まれば、こっちだって苦労はしない」


何か別の面倒事でも思い出したように、眉間の皺が深くなる。


「……特に、あいつみたいなのがいるとな」


「アルト?」


「他に誰がいる」


デュオは口を開きかけた。竜人が人間側を攻撃したのは事実で、レオン自身が戦っている。子どもだって今もあれほど怖がっていた。助けたと言えるほどのものは何もない。


「……でもよ」


そこから先が出てこなかった。それでも、襲ったのだと一言で片づけようとすると、今日聞いてきた言葉のいくつかがどうしても余る。


デュオの頭に、あの子どもの声が残っていた。怖かった。そして、追ってこなかった。二つとも、同じ子どもの話だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。