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BLADEFALL ― 刃が落ちる、その前に ―  作者: 逆凪


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第7話『疑惑』

毎週月、金曜日の20時投稿予定です。

紙の上では、昨日の出来事はずいぶん短かった。


教会の資料室で、デュオは机に広げた報告へ目を落としていた。棚に囲まれた室内は静かで、人の声もほとんど届かない。手元にあるのは、昨日の崖道で起きた事故についてまとめられた記録と、巡回に加わっていた兵士たちの報告だった。


崖道で崩落が発生。巡回中の兵士が救助を開始し、その最中に竜人を確認。その後、二度目の崩落が起こり、住民と竜人が接触した。人的被害あり。竜人は崖の上方へ飛び去った。


「……まあ、間違ってはいないんだけどな」


デュオは椅子の背へ体を預けた。最初の崩落で人が怪我をしたのは、竜人が現れる前だ。二度目に崩れた時も、あの竜人はまだ道の上にいただけだった。住民と接触したという記述も、その通りではある。


落ちかけた人間の腕を、あの大きな手が掴んでいた。そこだけ抜き出せば、確かにぞっとする光景だ。


デュオは次の紙を手に取った。巡回に同行していた兵士の報告で、最初の一枚は、竜人が姿を見せ、後ずさって膝をついた男のものだった。突然現れたこと、近くにいた住民を掴んだこと、こちらへ向かってくるのではないかと思ったことが書かれている。短い文章の中でも、何を一番強く覚えているのかは分かりやすい。恐ろしかった、という言葉だけが他より強く目についた。


次は、あの場で立ち尽くしていた兵士の報告だった。書かれている出来事自体はほとんど変わらない。ただ、受け取り方が違う。


竜人はこちらをほとんど見ていなかった。兵士がいることにも構わず、近くの住民へ手を伸ばした。襲ってくると思ったが、自分たちへ向かってくることはなかった。最後には、こちらなど歯牙にもかけていなかったように見えた、とある。


「で、こっちは……」


三枚目を開く。剣の柄へ手をかけながら、竜人から目を離さなかった兵士のものだ。


住民を掴んだ。だが、その後に追いかける様子はなく、周囲へ何度も視線を向けていた。最後には崖の上を見上げ、飛び去っている。何か目的があって動いていたように見える。ただし、その目的については不明。


デュオは三枚を机の上へ並べた。恐ろしかった。こちらなど見ていなかった。何か目的があるように見えた。


文章だけを追えば、三人が別々のものを見たようにも思える。だが、デュオもそこにいた。竜人が人を掴んだことも、兵士たちへ襲いかからなかったことも、周囲を見回してから飛んだことも覚えている。どの紙にも、見覚えのある光景が書かれていた。


「同じもん見てんだよなぁ」


頬杖をつき、もう一度最初の事故報告へ視線を戻す。崩落、負傷者、竜人出現、二次崩落、住民との接触。順番に書かれているだけで、一つとして嘘はない。


昨日そこにいなければ、この紙からどんな光景を想像しただろう。そう考えているうちに、デュオの目が棚へ向いた。


「……前にもあるか」


竜人が昨日初めて現れたわけではない。以前にも人間側との衝突があり、その記録が残っている。それなら、もっと前のものもあるはずだ。


席を立ち、関連する記録を探す。見つかったものを新しい方から拾っていくと、単純な目撃だけで終わっている例がいくつかあった。遠くを飛ぶ姿を確認したもの。人のいる場所の近くへ降りたものの、交戦せず姿を消したもの。事件の近くで目撃されたが、何もせず離れたとされるもの。


記録に描かれた特徴は共通していた。大柄な人型。竜の顔。角と翼、尾、鱗。飛行し、武装した人間が警戒すべき戦闘能力を持つ存在。


危険な魔物。少なくとも、人間側の記録ではそう扱われている。


さらに古い紙へ手を伸ばすと、今度は事故の記録が見つかった。


現場ではすでに複数の怪我人が出ており、救助と警戒が進められていた。その最中、上空から竜人が現れる。兵士たちは武器を構えたものの、竜人はほとんど接触せず、ほどなく飛び去ったらしい。


記録の最後には事故による被害がまとめられ、その少し上に竜人出現の文字が並んでいた。怪我人が出たのは、その前だ。


デュオの指が紙の上で止まる。昨日と似ていた。


次の記録では、別の魔物が人の住む地域へ現れたため、兵が迎撃に出ている。戦況は人間側へ傾き、魔物を押し返し始めたところで竜人が出現。その後、人間側にも被害が出ていた。


記録では、劣勢となった魔物側への援軍として現れた可能性が高い、と整理されている。


「援軍、ね」


そこまでなら話は通る。


続きを追うと、竜人出現後には魔物側にも被害が出ていた。人間側が撤退し、残った魔物も間を置かず退いたため、戦闘はそこで終わっている。


デュオは紙を持ち上げ、裏まで確かめた。追加の記載はない。


「援軍が来て、一緒に帰ったってことか?」


答える者はいない。さらに古い記録には、人間同士の小競り合いが残されていた。所属や争いの理由より、現場で起こったことを記した部分の方が長い。


小規模だった衝突は、双方が引かなかったことで長引き、怪我人も増えていった。その途中で竜人が現れ、人間を襲撃。そこまでは、他の記録と似た流れに見える。


だが、その先でデュオは眉を上げた。


竜人は片方へ加勢したのではなく、双方を攻撃している。その結果、二つの集団はともに戦場から退き、小競り合いは終了していた。被害についても記されているものの、最初の衝突から最後までをまとめたものらしく、竜人が現れる前後では分けられていない。


デュオは前の資料を引き寄せた。事故が起こり、怪我人が出た。その後に竜人が現れる。魔物との戦闘では人間側が優勢になった後、人間同士の争いでは双方の被害が増えたところへ姿を見せている。どれも、人間側が面倒な状況になってからだった。


不利な場所を狙っている。そう読めば、一応は繋がる。デュオも、これまでならそれで流していたかもしれない。


机の端に置いていた、もっと新しい記録を手元へ戻す。以前、あの竜人が軍の拠点近くへ現れた時のものだ。


兵士を吹き飛ばし、防御設備を壊し、レオンとも正面から渡り合っている。昨日の崖道とは違い、実際に人間側へ力を振るった記録だった。敵ではないと言い切れるような内容ではない。


むしろ、こうして読み直せば改めて分かる。兵士数人がどうこうという相手ではなく、防御設備を壊す力があり、レオンと戦い続けても押し切られない。


デュオは被害について書かれた部分へ目を移した。


設備の破損については細かく残され、吹き飛ばされた兵士や負傷者についての記述もある。だが、過去の資料と一つずつ照らしていくと、妙なところが残る。


事故で出た被害。竜人が来る前からあった被害。他の魔物との交戦で出た被害。人間同士が争って増えた被害。


竜人がいた事件の被害としては残っていても、竜人が直接与えたものだとはっきり分かる記述になると、途端に少なくなる。


デュオは何枚かの紙を行き来した。


あの竜人なら、もっとやれる。


それは昨日の印象だけではない。実際に戦った記録が、その力を示している。それなのに、残っている結果だけが釣り合わない。


「……なんだ、これ」


資料が間違っているわけではない。昨日の報告だってそうだった。


崖が崩れた。怪我人が出た。竜人が現れた。人間を掴んだ。そして飛び去った。どれも起こったことなのに、紙の上へ並べてしまうと、昨日デュオが見たものとはどこか違って見える。


三人の兵士の報告も同じだ。誰も見ていないものを書いてはいない。ただ一人は恐怖を残し、一人は無関心と受け取り、もう一人は何かを探す動きだと見ている。


デュオは机いっぱいに広がった紙を眺めた。事故現場へ現れた理由は分からない。魔物の側へ加勢したのかも分からず、人間同士の争いに割って入った理由も当然どこにも書かれていない。分からないものを、紙の上だけで埋めても仕方がない。


しばらくして、デュオは三人の兵士の報告を重ね、その上へ昨日の事故報告を置いた。残りの資料も順に揃え、最後の一枚を束へ戻す。


記録だけでは足りない。デュオは積み上げた紙へもう一度目をやった。


「今度は、見た奴らの話を聞くか」

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