第6話『境界』
毎週月、金曜日の20時投稿予定です。
竜人の襲撃以降、町の周辺を回る兵士の数は増えていた。
今日もその一つで、アルトを含む四人の兵士が町外れの道を巡回している。デュオはそこへ同行していた。本来なら、調査役の自分が巡回に混ざる必要はない。だが、調べる相手が普通に任務へ出るというのなら、ついていかない理由もなかった。
「相変わらず眠そうだな、お前」
隣を歩くアルトへ声をかける。
「眠いから」
「そこは否定しろよ」
返ってきたのは、いつも通りの短い言葉だった。数日前から見ていても、この男はあまり変わらない。眠そうで、口数が少なく、聞けば答えるが、聞いた以上のことはほとんど話さない。
デュオは横目でアルトを見る。歩き方におかしなところはなく、巡回にも普通についてきている。眠そうなのも変わらなかった。
「止まれ」
先を歩いていた兵士の声で、デュオは顔を上げた。
道はいつの間にか狭くなっていた。山側には急な斜面が続き、反対側は谷へ落ち込んでいる。向こうから三人ほど人が歩いてくる。その直後、小さな石が一つ斜面を跳ね、続いて二つ、三つと転がった。
「下がれ!」
叫びと同時に、山肌が崩れた。
土砂と岩が一気に道へ押し出される。地面を打つ重い音が連なり、巻き上がった土埃が視界を覆った。デュオは腕で顔をかばいながら後ろへ退き、その向こうから悲鳴を聞いた。
「大丈夫か!」
土埃が薄れるより早く、アルトが動いていた。
崩れた場所の手前で、一人が倒れている。アルトはその傍らへ駆け寄ると、転がってきた石を避けながら身を屈めた。残る二人は崩落の向こう側にいる。道そのものが土砂で塞がれ、簡単には渡れそうにない。
「そっち、動くな!」
兵士が声を張る。
「道の端に寄るな! また崩れるかもしれない!」
向こう側の二人が慌てて頷いた。
デュオも倒れた男のところへ走る。意識はある。アルトは身体の状態を見てから、邪魔になっている小さな岩へ手をかけた。
「おい、一人で持つな」
返事を待たず、デュオも反対側へ手を入れる。二人で岩をずらすと、倒れていた男が苦しそうに息を吐いた。
「立てそうか?」
「た、多分……」
「無理すんな。足から見るぞ」
デュオが声をかける横で、アルトはもう周囲の瓦礫へ目を向けていた。
その時、大きな影が道を横切り、強い風が叩きつけた。誰かが息を呑む。デュオが顔を上げると、崩落の向こう側に大柄な影が降り立っていた。
竜の顔。頭部から伸びた角。全身を覆う鱗と、背に畳まれた大きな翼。太い尾が地面の上でゆっくりと動く。
あの竜人だ。
兵士たちの動きが止まった。一人は立ち尽くし、別の一人は後ずさった拍子に膝をつく。もう一人の手は剣の柄へ伸びたが、まだ抜いてはいない。
デュオも身構えた。その横で、アルトが一度だけ顔を上げる。竜人へ目を向けると、すぐ足元へ視線を戻し、倒れた男のそばで崩れた石をどけ始めた。
「おい」
デュオの声にも、アルトは手を止めない。
「アルト、あれ――」
最後まで言えなかった。地面の奥から低い音が響く。嫌な響きにデュオが足元へ目を落とすと、谷側の路肩に走っていた亀裂が伸びていた。
「離れろ!」
叫んだ瞬間、道の端が崩れた。
倒れていた男の下から土が抜け、身体ごと谷側へ滑る。アルトが飛びつき、伸ばした手が男の腕を掴んだ。
アルト自身の足元からも土が零れ落ちる。それでも手を離さず、もう片方の腕を地面へついて踏みとどまった。
「アルト!」
デュオが駆け寄る。その視界の端で、向こう側からも悲鳴が上がった。
竜人の近くにいた一人が、怯えた顔で後ろへ下がっている。一歩、さらに一歩。
「そっちは駄目だ!」
兵士の声は間に合わず、男の足元が崩れて身体が谷へ傾いた。そこへ竜人の腕が伸び、男の腕を掴む。
「ひっ――!」
男が身を捩った。
「離せ! 離せ!」
竜人は何も言わない。太い腕が動き、谷へ落ちかけていた身体が持ち上がる。男は道の上へ戻された。
ほぼ同時に、アルトも掴んでいた男を引き上げた。
「大丈夫?」
「は、はい……」
アルトは返事を聞くと、男の身体を道の中央へ寄せた。
デュオは向こう側を見る。竜人に腕を掴まれていた男は、地面を這うようにして距離を取っていたが、竜人は追わない。
先ほど、アルトが落ちかけた男へ手を伸ばし、腕を掴んで引き上げた。向こうでも竜人が同じように腕を伸ばし、男を掴んで道の上へ戻した。
「……」
デュオが二人を見比べる間にも、アルトはもう次の救助へ動いていた。
竜人が動き、兵士の手が再び剣の柄を強く握る。だが、こちらへ来るわけではなかった。
竜人はゆっくりと首を巡らせた。崩れた道、兵士たち、倒れている人間、その向こうまで、視線が順に動いていく。
「……何を探してる」
兵士の一人が掠れた声で言った。
やがて竜人の動きが止まる。
視線の先は、崖の上だった。
しばらくそこを見上げたあと、大きな翼が開く。兵士たちが身を固くする中、強い風が巻き起こった。
竜人は崖の上方へ舞い上がり、岩肌の向こうへ消えた。
誰もすぐには動かなかった。
「……行った、か?」
兵士の声にも、まだ力がない。
デュオは竜人が消えた崖の上を見ていたが、すぐにアルトから声が飛んだ。
「デュオ」
振り返ると、アルトはまだ地面に座り込んでいる男のそばにいた。
「そっち、見て」
「あ?」
「足。痛いって」
言われて、デュオは男を見る。確かに顔を歪めている。
「……お前なぁ」
何か言いかけてやめた。今はこっちが先だ。
デュオは男のそばへしゃがみ込む。アルトはすでに次の瓦礫へ手を伸ばしていた。竜人が飛び去った方を、もう見てもいない。
向こう側では、竜人に腕を掴まれた男がまだ地面へ座り込んでいた。顔は青ざめ、震える手で自分の腕を押さえている。
しばらくして、掠れた声が聞こえた。
「た、助かった……」




