第5話『距離』
月金20時投稿予定です。
「で、そいつが例のアルト?」
デュオは話を聞き終えるなり、そう言った。
向かいに座るレオンの眉間には、最初から深い皺が寄っている。
「例の、で済ませるな。何をするか分からない」
「でも、お前が追いかけ回しても何も出なかったんだろ?」
「追いかけ回してはいない」
「尾行して何度も見失った」
「……誰から聞いた」
「今、お前から」
レオンが黙る。
デュオは教会で諜報や調査を担っている。今回アルトの様子を見る役が回ってきたのも、レオンが独自に追ってなお、その行動の理由を掴めなかったからだ。
話自体は確かに妙だった。勤務態度に問題があるレベル一の兵士が、戦場ではその数値から考えられない動きを見せ、仕留められる魔物を仕留めず、挙げ句には味方の攻撃から竜人まで庇った。それだけ聞けば、警戒する理由は十分にある。
それでもデュオは、深刻そうなレオンとは対照的に笑いながら椅子から立ち上がった。
「見てりゃ分かるだろ」
「待て」
部屋を出ようとしたところへ、レオンの声が飛んでくる。
「何だよ」
「遊びじゃないぞ」
振り返ると、レオンはまだ難しい顔をしていた。
デュオは肩をすくめる。
「分かってるって。だから見てくるんだろ?」
そう言って、そのまま部屋を出た。
探すのに、それほど時間はかからなかった。
聞いていた特徴を頼りに町を歩いていると、兵士の格好をした青年が通りの端にしゃがみ込んでいた。店先で崩れた荷物を拾い、散らばったものを元の場所へ戻している。
デュオは少し離れたところからその姿を眺めた。
あれか。
どこからどう見ても強そうには見えない。少なくとも、レオンがあれだけ渋い顔をするような相手には見えなかった。
青年が最後の一つを拾い上げる。
デュオは迷わず近づいた。
「アルト?」
呼ばれた青年が振り返る。
「そうだけど」
「ああ、やっぱり。俺、デュオ」
「うん」
それだけだった。
誰だとも、何の用だとも聞かない。デュオが次の言葉を待っている間に、アルトは拾ったものを店先へ戻している。
「いや、聞かないの?」
「何を?」
「俺が誰か」
「デュオでしょ?」
「そうだけどさ」
思わず笑う。話してみると、確かに少し変だ。
「で、何してんの?」
「手伝い」
「見りゃ分かるよ。なんで?」
「崩れてたから」
「頼まれたの?」
「いや」
「じゃあ、なんでやってんの?」
アルトは店先を見た。
「この方が早いから」
「そうじゃなくて」
「?」
本当に分かっていないらしい。デュオは吹き出した。
「まあいいや」
そのまま横について歩く。アルトは特に嫌がる様子もなかった。
片づけが終わると、店の人間から礼を言われた。アルトは軽く手を上げるだけで、そのまま歩き出す。
デュオも当然のようについていった。
「次どこ?」
「あっち」
「何しに?」
「行かなきゃいけないから」
「だから何しにだよ」
「着けば分かるよ」
「そういう問題か?」
アルトは答えず、そのまま歩いていく。
デュオは横顔を見ながら、少しだけ目を細めた。
隠しているようには見えない。だが、話しているのに何も分からない。
しばらく歩いたところで、デュオは本題を出した。
「そういやさ」
「うん」
「この前、竜人庇ったんだって?」
アルトの足は止まらなかった。
「うん」
「なんで?」
「……なんでだろうね」
デュオは一瞬黙り、それから笑った。
「いやいやいや。そこ自分で分かんないの?」
「止めた方がいいと思ったから」
「だから、なんでそう思ったんだよ」
アルトは少し考えたようだった。
けれど、返ってきた言葉は短い。
「そうしたかったから」
「答えになってねぇ」
「そう?」
「そうだよ」
デュオはまた笑った。
誤魔化しているようには見えない。少なくとも、適当に嘘をついているようには思えなかった。
だから余計に分からない。
しばらく歩いたところで、アルトがふいに足を止めた。
「今度は何?」
返事の代わりに、アルトが道の脇へ寄っていく。
店先の日除けを支える紐が緩み、片側が傾いていた。店の人間が一人で直そうとしているが、手が足りていないらしい。
アルトは何も言わず、支柱へ手をかけた。
「ああ、悪いね。そこ持っててもらえるかい」
「うん」
片側を支えながら、アルトはもう一方へ手を伸ばそうとする。どう見ても、一人でやるつもりらしい。
デュオはしばらく眺めていたが、結局ため息をついて反対側の支柱を掴んだ。
「ほら、そっちやれ」
アルトがこちらを見る。
「手伝ってくれるの?」
「見てらんねぇんだよ」
「ありがとう」
「素直に礼だけ言うんだな、お前」
調査に来たはずなのに、気づけば一緒に店の日除けを直している。
作業が終わると、アルトは店の人間に礼を言われて軽く手を上げ、また歩き出した。デュオも、もう何も言わず隣へ戻る。
その後も似たようなことは続いた。頼まれて足を止めることもあれば、何かに気づいてアルトの方から寄っていくこともある。少し手を貸してはまた歩き出し、しばらくすると別のところでまた立ち止まる。
最初のうちは、デュオも面白がっていた。
「お前、暇なの?」
「そうでもないよ」
「じゃあ断れよ」
「終わるから」
「そういう話じゃねぇって」
アルトは首を傾げる。
その反応が妙におかしくて、デュオはまた笑った。
だが、一緒にいる時間が長くなるにつれて、少しずつ気になることが増えていった。
アルトは頼まれれば止まる。何か困っている様子が目に入れば、自分からそちらへ向かう。そのくせ、自分のことでは一度も足を止めない。
昼を過ぎても、まともに休もうとしなかった。
「お前、飯は?」
「あとで」
「それ、さっきも言ってなかった?」
「そうだっけ」
「言ってた」
デュオは呆れながら、アルトの顔を見る。
近くで一日見ていれば分かる。眠そうだった。時折、瞬きが長くなり、歩く速度も最初よりわずかに落ちている。
それでも何か用事が目に入れば、疲れを見せたままそちらへ足を向ける。
「ちょっと休めよ」
「大丈夫」
「それ言う奴、大体大丈夫じゃないんだよな」
「そう?」
「そう」
デュオは笑った。
まだ、この時は笑えた。
夕方近くになって、ようやく少し手が空いた。
アルトが壁際の椅子へ腰を下ろす。
「ほら見ろ。疲れてんじゃねぇか」
「ちょっとだけ」
「ちょっとじゃないだろ」
デュオも隣へ腰を下ろした。
返事がない。
見ると、アルトの目が閉じかけていた。ほんの少し前まで歩き回っていたのが嘘のように、頭がゆっくり下がっていく。
「……寝るなら寝ろよ」
返事はなかった。
デュオは苦笑し、自分の上着を脱いでアルトの肩へかける。起きるかと思ったが反応はなく、そのまま静かな寝息を立て始めた。
「やっと止まったか」
背もたれへ身体を預ける。
なんだ。
ちゃんと眠れるんじゃないか。
なら少しくらい、このまま放っておけばいい。
そう思った。
だが、たいした時間は経っていなかった。
突然、アルトの目が開く。身体を起こし、肩から上着を外した。
「おい。何してんの?」
「行かなきゃ」
「は?」
アルトはもう立ち上がっている。デュオも反射的に立った。
「待て待て。お前、今寝たばっかだろ」
「うん」
「うんじゃねぇよ。寝ろって」
「ちょっと行ってくる」
「どこに?」
アルトは少し先へ目を向けた。
「向こう」
「何しに」
「まだ終わってないから」
デュオは口を開いた。いつものように、なんで、と聞こうとした。
なんでそこまでやる。なんで自分のことは後回しなんだ。なんで眠りかけてまで、また立つ。
けれど、その言葉は出なかった。
アルトは上着を差し出した。
「ありがとう」
デュオは黙って受け取る。アルトはそのまま歩き出した。
止めても、おそらくまた「大丈夫」と言うのだろう。今日一日、何度も聞いたように。
デュオは手の中の上着を握ったまま、その背中を見送った。
最初は面白かった。
聞けば答えるくせに、何一つ答えになっていない。何をしているのか聞けば「手伝い」、どこへ行くのか聞けば「あっち」。どうしてそこまでやるのか聞いても、まともな理由は返ってこない。
それでも、近くにいたから分かったことはある。
あいつは、他人のためなら止まる。
なのに、自分のためには止まらない。
デュオの顔から、いつの間にか笑みが消えていた。
「……笑えねぇ。」




