第4話『追跡』
毎週月、金曜日の20時投稿予定です。
レオンと竜人の視線を受けても、アルトは何も言わなかった。
しばらくの沈黙のあと、竜人はアルトを一瞥する。レオンは剣を構え直したが、相手はそれ以上こちらへ向かってこなかった。大きく翼を広げると、そのまま前線から離れていく。
追う者はいなかった。先ほどまでの戦いで負傷者も出ているうえ、壊された防御柵や散乱した武器も放置できる状態ではない。
レオンが何か問いかけるより先に、アルトは剣を収めた。
「おい、アルト」
呼び止めると、アルトは一度だけ振り返った。
「あとで」
それだけ言うと、自分も傷を負っているというのに、負傷者の方へ向かっていく。倒れた兵士を支え、散らばったものを運び、壊れた拠点の片づけまで手伝い始めた。
レオンはその背中をしばらく見ていた。
あの竜人を庇った理由も、自分の攻撃にどうしてあれほど早く気づけたのかも、結局その場では何一つ聞けなかった。
前線の処理が終わってからも、その引っかかりは消えなかった。
レベル一。勤務態度に問題あり。命令を待たず、勝手に動く。
軍の中だけを見れば、評価しづらい兵士だ。だが、それだけでは説明できない。
戦場で見せた動きも、町で見せる顔も、竜人を庇ったあの行動も、同じ人物の中でどうにも繋がらなかった。
だからレオンは、自分で確かめることにした。
正式な調査ではない。誰かに命じたわけでもない。ただ、自分の目で見る。それだけだった。
その夜、宿舎の廊下を歩いていたレオンは、外へ向かう人影に気づいた。
見慣れた背中だった。
アルトだ。
足音を殺している様子はない。周囲を警戒している風でもなく、ただ当たり前のように外へ出ていく。
こんな時間に何をしている。
レオンは少し間を置いてから後を追おうとした。
「レオンさん」
背後から声をかけられ、足が止まる。振り返ると、一人の兵士が立っていた。
「少しいいですか。前線の件で確認したいことがあって」
「今か?」
「すぐ済みます」
レオンは一度、出口へ目を向けた。すでにアルトの姿はない。
わずかに眉を寄せ、それから兵士へ向き直る。
「……分かった」
結局、その夜は追えなかった。
翌日。
町の中で、レオンは偶然アルトを見つけた。
今度こそ見失わない。そう決めて少し距離を取り、後を追う。
アルトはいつもと変わらない様子で歩いていた。急いでいるようには見えないが、歩みは止まらない。
しばらくすると、道端にいた子供が声をかけた。小さな籠を抱えていて、その中には何本かの花が入っている。
アルトは足を止め、子供と短く話したあと、一輪の花を選んで金を払った。
レオンは少し離れた場所から眉を寄せる。花など買って何に使うのか。誰かへ渡すつもりなのか。
答えを考える間もなく、アルトは花を手に歩き出した。レオンもその後を追う。
やがてアルトは、一軒の建物へ入っていった。中からは子供たちの声が聞こえる。
孤児院か。
レオンは正面から少し離れた位置に移り、出てくるのを待った。
十分、二十分と経っても、アルトは出てこない。さらに時間が過ぎ、一度中へ入るべきかとも思ったが、それでは尾行の意味がない。
腕を組んだまま待ち続けたが、それでも出てこない。
さすがに苛立ってきた頃、近くを通りかかった町人がこちらを見た。
「誰か待ってるのか?」
「いや」
レオンは一瞬迷ってから、建物へ目を向ける。
「アルトという兵士を見なかったか」
「ああ、アルトならさっき向こうへ行ったよ」
「……何?」
町人は何でもないことのように道の先を指した。
「裏から出たんじゃないか? あっちの方へ歩いてたけど」
レオンは建物と、示された方向を見比べる。
いつの間に。
「そうか。助かった」
返事をして歩き出す。
逃げられた。
そう考えかけて、すぐに違うと気づいた。そもそもアルトがこちらに気づいていたかどうかも分からない。それなのに、結果だけ見ればまた見失っている。
しかも町人は、アルトの行き先を当然のように知っていた。
しばらく進むと、また姿を見つけた。今度は民家へ入っていく。
正面だけを見ていては駄目だと考え、レオンは少し位置を変えて待った。
だが、また出てこない。
嫌な予感がして建物の横へ回り、裏手へ出る。そこにアルトの姿はなかった。
「……またか」
思わず声が漏れる。
道の向こうでは、顔見知りの兵士が二人歩いていた。そのうち一人がレオンに気づき、声をかけてくる。
「レオンさん、何してるんです?」
「いや」
言いかけてから、レオンは聞いた。
「アルトを見なかったか」
「あいつですか?」
兵士は少し考え、肩をすくめる。
「さあ。またどっか行ってるんじゃないですか。前からそうでしょう」
隣の兵士も苦笑した。
「勤務中でも、ふらっといなくなるし」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。もう知っている話だ。
軍の中では、そう見える。勝手に消え、真面目にやっていない問題兵士。
だが、町ではどうだ。
子供と話し、花を買い、孤児院へ入り、民家へ入る。そして誰も、そのことを不審がっていない。
むしろ、アルトがそこにいることを当たり前のように受け入れている。
レオンはまた歩き出した。
見つけては追い、時には人に呼び止められ、時には建物へ入られ、気づけば別の場所へ移っている。そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか昼を過ぎていた。
腹が鳴った。
そういえば、まだ何も食べていない。
一度休むべきかと考えた、その時。少し先にアルトの姿が見えた。
レオンは結局、そのまま追った。
アルトはまた誰かに呼び止められていた。少し話したあと、包みを受け取っている。どうやら食べ物らしい。
相手は何か礼を言っているようだった。
レオンは距離を保ったまま、その様子を見る。何をしたのか。何の礼なのか。聞こえる距離まで近づくわけにもいかない。
アルトは包みを持ったまま歩き出した。
レオンも後を追う。
次の角を曲がると、その先でアルトが立ち止まっていた。こちらを見ている。
レオンの足も止まった。気づかれていたのか。いつからだ。
身構えるより先に、アルトが歩いてきた。そして、手にしていた包みを差し出す。
「食べる?」
「……は?」
「食べてないでしょ」
一瞬、言葉が出なかった。
アルトは警戒している様子も、問い詰める様子もない。尾行のことを指摘するでもなく、ただ食べ物を差し出している。
「これは」
「もらった」
「誰に」
「さっきの人」
「何の礼だ」
アルトは少し首を傾げた。
「いろいろ」
「いろいろって何だ」
「いろいろ」
それ以上説明する気はないらしい。
レオンは眉間に皺を寄せた。
朝から何時間も追い、何度も見失いながら、何をしているのか確かめようとしてきた。なのに結局、何一つ分からない。
それどころか、追っていた相手に自分の空腹を先に見抜かれている。
「……お前な」
アルトはまだ包みを差し出している。
レオンはしばらくそれを見たあと、小さく息を吐いた。
「俺が何をしていたか、気づいてたのか」
アルトは答えなかった。ただ、少しだけ視線を逸らす。
それが肯定なのか、たまたまなのか。それすら分からない。
「……寄越せ」
レオンは包みを受け取った。
アルトは特に何も言わず、また歩き出す。
その背中を見ながら、レオンは手の中の包みへ視線を落とした。
危険なことをしている証拠はない。だからといって、疑問が消えたわけでもない。むしろ増えた。
夜に宿舎を抜け、町中を歩き回り、孤児院にも民家にも出入りする。町の人間には普通に知られているのに、軍では問題兵士。戦場ではレベル一とは思えない動きを見せ、そのうえ魔物まで庇った。
何一つ繋がらない。
追えば分かると思った。見れば、何か掴めると思った。
だが、結局分からなかった。
レオン一人で追っても、核心には届かない。そう判断するしかなかった。
後日、アルトについては別の人間にも様子を見させることになった。




