第12話『余波』
毎週月、金曜日の20時投稿予定です。
火は、ようやく勢いを失い始めていた。山林のあちこちではまだ煙が上がり、焼けた枝が時折音を立てて崩れている。完全に鎮まったわけではないが、避難していた人々の大半はすでに山から離れ、兵士たちは残った火と人の取り残しがないかを確認して回っている。
「そっちはどうだ?」
「人はいません。火も、今のところ広がってません」
「分かった。無理に奥へ入るな」
返事を聞きながら、レオンは額の汗を拭った。煙を吸った喉は痛み、走り回った足も重い。それでも、まだ終わったとは言えない。
少し離れたところでは、アルトが兵士の一人と焼け残った道を確認していた。レオンはそちらへ目を向けたが、すぐに現場へ意識を戻す。
「こっちも確認して――」
言葉の途中で叫び声が上がる。
「魔物だ!」
煙の薄くなった山林の奥から、大きな影が飛び出してくる。人間より大きな身体が四肢で地面を蹴り、焼けた枝を踏み散らしてこちらへ迫る。開いた口から牙が覗き、地面を掻く爪が土を深く削る。
「構えろ! 散るな!」
兵士たちが一斉に武器を取る。魔物は首を激しく振り、近くの木へ身体をぶつけたかと思えば、また人間のいる方へ走り出した。
レオンも剣を抜いた。
「前へ出すぎるな。ここから先へ行かせるな!」
魔物が地面を蹴った瞬間、頭上から強い風が叩きつける。レオンが顔を上げるより早く、大きな影が魔物の横へ落ちた。土と灰が跳ね上がり、その中で翼が大きく開く。
「また、あいつ……!」
竜人だ。次の瞬間には魔物へぶつかっていた。二つの巨体が激突し、魔物の身体が横へ弾かれる。だが、すぐに起き上がって竜人へ飛びかかり、牙を腕へ突き立てようとした。
竜人はその頭を掴むように押し返し、身体ごとぶつかる。魔物も地面へ爪を立てて踏みとどまり、前脚を振るって応じた。二体が動くたびに焼けた枝が折れ、灰と煤が舞い上がる。
「どうする!?」
「まだ行くな! 巻き込まれるぞ!」
レオンは二体を見ながら兵士を下がらせた。さっき飛び去った竜人が戻ってきたと思えば、今度は別の魔物と争っている。何をしているのか考えている余裕もない。
竜人が魔物を横へ押し退ける。魔物はすぐに向きを変え、竜人へ飛びかかる。その隙を見て、一人の兵士が踏み込む。
「今なら――!」
「待て!」
レオンの声より竜人の方が早かった。振り向きざまに太い腕が払われ、兵士の身体が横へ弾き飛ばされる。
「ぐっ!」
地面を転がった兵士へ仲間が駆け寄った。
「大丈夫か!」
「だ、大丈夫……息が……」
竜人は追わない。すぐに魔物へ向き直り、また正面からぶつかっていった。
レオンは倒れた兵士を一度確認し、すぐに前へ目を戻す。魔物が竜人の腕を振り切り、大きく横へ跳んだ。
「来るぞ!」
今度は人間側へ一直線に向かってくる。兵士たちが構え直す。その前へ、アルトが入った。
「アルト!」
返事はない。魔物が跳ぶ。
アルトは牙が届く直前に身体をずらし、剣の腹を横から当てた。魔物の前脚が地面を滑り、その身体がアルトのすぐ脇を抜ける。
「おい!」
アルトは振り返って追う。魔物が向きを変え、前脚を振るった。アルトは刃を傾けて横へ流し、身体を押されながらもその進路を人間側から外す。
「アルト、下がれ!」
「まだ」
返事は短い。
「何がまだ――」
魔物が再び飛び込んでくる。アルトは爪を剣の腹で流し、そのまま肩を入れて方向を変えた。だが、今度は勢いを殺しきれず、足が土を滑る。
「何がしたいんだ、どいつもこいつも……!」
レオンの声が漏れた。魔物が身体を振り、アルトが弾かれる。
「アルト!」
レオンが前へ出ようとしたところへ、横から竜人が突っ込んだ。魔物へ身体ごとぶつかり、二体が再び地面を転がる。近くにいた兵士たちも慌てて距離を取る。竜人の尾が大きく振られ、一人の盾を叩いて兵士ごと後ろへ押し飛ばす。
「下がれ! 近づくな!」
レオンが叫ぶ。魔物は牙を剥き、竜人はそれを押し退け、近づいた兵士まで邪魔するように弾く。そこへアルトも再び立ち上がり、剣を構える。
魔物が竜人の脇を抜ける。アルトがその前へ入り、爪を逸らして横へ回った。兵士たちの方へ向こうとすれば、そのたびに身体を入れて進路を変える。
「囲め! 無理に入るな、隙だけ見ろ!」
兵士たちが距離を保ちながら広がる。竜人が再び魔物へぶつかった。魔物が大きくよろめき、アルトがその爪を外へ逸らす。身体の向きが崩れ、胸元が開いた。
「今だ、討て!」
兵士たちが一斉に動き、刃が入る。魔物の身体が大きく震え、それでも動こうとするところへもう一撃が重なった。足が崩れ、その場へ倒れる。
「警戒しろ!」
レオンはすぐに叫んだ。まだ竜人がいる。
兵士たちは歓声を上げず、武器を構え直す。先ほど弾き飛ばされた者も立ち上がり、息を整えながら剣を握っていた。
倒れた魔物の身体が、ゆっくりと光り始める。輪郭が細かな光へ変わり、一つ、また一つと空へ浮かんでいった。
竜人は動かない。兵士たちが警戒する中、消えていく光の方へ顔を向けている。
少し離れたところでは、アルトも剣を下ろし、同じ場所を見ている。
レオンは二人を交互に見たが、すぐに竜人へ視線を戻した。まだ戦いが終わったとは限らない。
最後の光が薄れていく中、竜人が一度だけ顔を動かした。視線の先にはアルトがいる。
アルトはそちらを見ず、消えていく光を見つめている。
やがて竜人の翼が開き、兵士たちの身体が一斉に強張る。だが、こちらへ来ることはない。
強い風が巻き起こり、大きな身体が空へ浮かぶ。竜人はそのまま上昇し、煙の残る山林の向こうへ飛び去った。
「……行った」
誰かが呟く。レオンは姿が完全に見えなくなるまで空を見ていた。それからようやく剣を下ろす。周囲でも、一人、また一人と武器が下がった。
「終わった……」
「助かった」
「やったぞ!」
張り詰めていた空気が一気に緩む。肩を叩き合う者がいれば、その場へ座り込んで息を吐く者もいる。火災の後にまた魔物が現れ、竜人にまで乱入された。それでも、目の前の危険は退けることができた。
「怪我してるやつを見ろ。まだ火も残ってる。気を抜くなよ」
「はい!」
返事には、さっきまでより明るさが戻っている。レオンも周囲を確認した。少し離れた場所にアルトがいる。剣は下ろしているが、兵士たちの輪には入っていない。魔物が消えた場所を、まだ見ていた。
「アルト」
呼ぼうとしたところで、別の声が飛んだ。
「レオン! こっち、手を貸してくれ!」
「今行く!」
レオンはそちらへ向かい、数歩進んでから、一度だけ振り返った。
アルトはまだ、そこに立っていた。




