第11話『先入観』
毎週月、金曜日の20時投稿予定です。
山林が燃えていた。町外れまで来た時には、すでに煙が空を覆っている。風に煽られた火が木々の間を走り、乾いた枝の爆ぜる音が絶え間なく響く。まだ火の中へ入ってもいないのに、顔へ当たる空気だけで肌が焼けるように熱い。
「道を空けろ! 戻るな!」
レオンは避難してくる人々を脇へ誘導しながら、兵士たちへ指示を飛ばした。
「そっちはまだ人が残ってないか確認しろ! 無理に入るな、煙が濃くなったら戻れ!」
「はい!」
兵士たちは住民を山林から遠ざけ、煙の薄い場所へ移している。風向きが変わるたびに白い煙が流れ込み、あちこちから咳き込む声が上がった。
その時、火の奥で何かが大きく動いた。木々の隙間を巨大な影が横切る。炎に照らされた竜の顔、頭部から伸びた角、鱗に覆われた身体。背には大きな翼がある。
「……竜人?」
誰かが呟いた。見間違いではない。あの竜人だ。
竜人が腕を振るう。鈍い音とともに太い幹が大きく揺れ、続けざまに叩きつけるような動きが入る。幹が軋み、裂け、そのまま隣の木を巻き込みながら倒れる。燃えた枝が地面を叩き、大量の火の粉が舞い上がった。
「下がれ!」
赤い粒が風に乗って飛んでくる。兵士たちが腕で顔をかばう中、竜人は倒した木を踏み越え、別の木へ向かった。
「何やってるんだ、あいつ……!」
隣の兵士が剣へ手を伸ばす。
「待て。住民を先に下げろ」
レオンは火の中から目を離さないまま言った。
竜人はこちらへ向かってきてはいない。だが、火の中を歩き回り、次々と木を薙ぎ倒している。幹が倒れるたびに枝が砕け、煙と火の粉が舞う。
「レオン!」
背後から切羽詰まった声がした。振り返ると、一人の女性が兵士に支えられるようにしてこちらへ来る。顔は煤で汚れ、何度止められても火の方へ戻ろうとしている。
「離して! あの子がまだ――」
「危険です! 今戻ったらあなたまで!」
「でも、あの子が!」
レオンが女性の前へ出た。
「子どもが残っているのか?」
女性が大きく首を振った。
「連れていかれたんです!」
「誰に?」
震える手が火の方を指す。
「あれに! 私、見たんです。あの子を抱えて……そのまま、飛んで……!」
その向こうで、また木の裂ける音がした。レオンが火の方を見る。竜人が太い幹を薙ぎ倒し、燃えた枝が地面へ散らばった。
「どっちに飛んだ?」
横からアルトの声がして、女性が振り向く。
「え……?」
「飛んだ方向。どっち?」
「あ、あっち……山の外の方……」
女性が指を向けると、アルトはその先を一度見て、すぐに走り出した。
「アルト!」
レオンが呼ぶが、止まらない。
追おうとしたところで、激しい音が響いた。振り返れば、竜人が倒した木が別の木を巻き込み、火の粉を撒き散らしている。
「くそ……。住民をもっと下げろ! ここも危ない!」
アルトを追っている場合ではない。兵士たちが動き出す。レオンも避難してきた人間をさらに道の方へ下がらせながら、火の中を確認する。一本倒せば場所を変え、また別の木へ腕を振るう。翼が枝へ当たり、燃えた葉が舞い上がる。太い尾が地面を払うたびに灰が巻き上がり、その巨大な身体が炎の向こうで何度も揺れた。
「近づきますか?」
兵士が言う。レオンは火の様子を見ながら前へ出た。だが、数歩進んだだけで熱気が強くなる。煙で目が痛み、息を吸うだけで喉が焼ける。その時、竜人が倒した木の枝が別の燃えた枝を巻き込んだ。
「危険です!」
兵士に腕を掴まれた直後、燃えた枝が目の前へ落ちる。地面を叩いて火の粉が弾け、レオンは後ろへ下がった。
「……分かってる」
これ以上は進めない。
「そっちの避難を急がせろ! 火が回る前に出せ!」
「はい!」
レオンは再び住民の方へ向き、避難を続ける。泣いて動けなくなった子どもを兵士へ渡し、戻ろうとする男を押し止める。その間にも、火の奥から木の折れる音が何度も聞こえてきた。
「煙が!」
風向きが変わり、白い煙が一気に流れ込んで視界を塞ぐ。
「下がれ! 全員、道の方へ!」
レオンも咳き込みながら後退する。煙の向こうから、まだ重い音が続いている。一度。もう一度。それから、急に静かになった。
強い風が吹きつけ、煙が大きく乱れた。その中から巨大な影が飛び上がる。翼が炎の上を横切り、竜人は一度もこちらへ近づくことなく、そのまま山林の向こうへ消えていった。
「……行った、か?」
兵士が空を見る。
「追うな。今は火が先だ」
レオンはすぐに視線を戻した。まだ避難は終わっていない。火も消えていない。竜人が何をしていたのか考えている暇はなかった。
しばらくして、後ろから子どもの声が聞こえた。
「お母さん!」
レオンが振り返ると、アルトが戻ってきていた。その傍らに、小さな子どもがいる。
「……え?」
母親が立ち尽くす。次の瞬間には走り出している。
「ああ……!」
子どもも母親へ駆け寄り、抱き合った途端に泣き出した。
「お母さん……!」
「よかった……よかった……!」
母親は子どもの背を抱きしめ、何度も同じ言葉を繰り返している。
レオンは二人の様子を確認してから、アルトへ向いた。
「どこにいた?」
「向こう。火から離れたところ」
「一人で?」
アルトは少し考えてから頷いた。
「見つけた時は」
レオンは子どもを見る。自分の足でここまで戻ってきている。服や顔は汚れているが、目立った傷は見当たらない。
「少し聞いても――」
声をかけた途端、子どもがさらに強く母親へしがみつく。泣き声が大きくなり、顔を胸元へ埋めてしまう。
「大丈夫、大丈夫だから……もう大丈夫だから……」
母親が背中を撫で続ける。
レオンはそれ以上聞かなかった。
「アルト」
「ん?」
「勝手に動くな。俺が指示を出す前だっただろ」
「ごめん」
「……次からは一言言え」
「うん」
いつもの調子だった。向こうから兵士に呼ばれ、レオンはすぐに振り返る。
「こっち、手を貸してください!」
「今行く!」
走り出しかけて、もう一度だけ母子を見る。竜人に連れていかれたはずの子どもは、無事だった。火の中では、何本もの木が倒されている。それ以上は、まだ何も分からない。
レオンは竜人が消えた空へ一瞬だけ目を向ける。
「……何が目的だったんだ?」
すぐにまた声が飛ぶ。レオンは振り返り、火災現場へ戻った。




