第10話『すれ違い』
毎週月、金曜日の20時投稿予定です。
「また見たって話があるぞ」
その一言に、デュオは足を止めた。声をかけてきた兵士へ向き直ると、相手は大した事件でもなさそうな顔をしている。
「何を?」
「竜人。たぶん、この前のと同じ奴じゃないかって」
「被害は?」
「ない。遠くから姿を見たってだけだ。しばらくその辺にいたらしいけど、気づいた時にはいなくなってたってさ」
崖道の一件からこっち、竜人については随分追いかけた。それでも、危険ではないとも、ただ人間を襲うだけの魔物だとも決めきれないままだ。
「どの辺?」
場所を聞いたデュオは、眉を寄せた。町の外れ、林が続く辺り。その頃なら、アルトも近くにいたはずだ。
「……またか」
「何が?」
「いや、こっちの話」
兵士へ礼を言い、デュオはその場を離れた。
そもそも、自分が様子を見ることになったのは竜人ではなくアルトの方だ。途中から気になるものが増えて、随分と横へ逸れてしまった。なら、まず本人へ聞けばいい。
町外れへ向かうと、アルトはそれほど探さずに見つかった。林から町へ戻る道を一人で歩いている。
「おーい、アルト」
声をかけると、アルトがこちらを向いた。その視線が一度だけデュオの顔を通り越し、離れた木立へ流れる。
「何かいるのか?」
デュオも振り返ってみたが、道の端に草が伸び、その向こうに木々が並んでいるだけだった。人影らしいものも見えない。
「いや」
アルトはそれだけ言って、デュオへ視線を戻す。
「まあいいや。ちょうど聞きたいことあったんだよ」
「うん」
「お前、さっきまでこの辺にいたよな?」
「いたよ」
「竜人、見なかったか?」
「いたよ」
デュオは一拍遅れて瞬いた。
「……いた?」
「うん」
「いや、ちょっと待て。いたって、あの竜人が?」
アルトが頷く。あまりに普通の返事だったので、聞いた方が間違えたような気分になる。
「どこに?」
アルトは顔を動かし、さっき見ていた木立へ視線を向けた。
「あっち」
デュオも同じ方を見るが、やはり何もいない。
「いつ?」
「さっき」
「さっきって、どれくらい?」
アルトは少し間を置いた。
「デュオが来た時」
「……俺が来た時?」
「うん」
デュオはもう一度振り返った。さっき通ってきた道が伸び、木々の間にも目を凝らしてみたが、やはり何も見えない。
「お前、だからさっきそっち見てたのか?」
「いたから」
「いたから、じゃねぇよ」
思わず額へ手を当てる。紙を何枚も並べ、人に何度も話を聞いていた相手が、ついさっきまで自分の近くにいたらしい。
「なんで先に言わねぇんだよ」
「何もしてなかったから」
「何も?」
「うん」
デュオは木立からアルトへ視線を戻した。
「じゃあ、何してた?」
「見てた」
「何を?」
アルトが一度、自分の方を指す。
「こっち」
「……お前を?」
「たぶん」
「たぶんって」
「聞いてないから」
デュオは小さく息を吐いた。
「どれくらい見てた?」
「分からない。気づいた時にはいた」
「近づいてきたとか、なんかされたとかは?」
「何も」
「で、今は?」
「帰った」
「帰った?」
「飛んでった」
竜人相手にずいぶん気軽な言い方をする。
アルトにとっては本当にそれだけなのだろう。いた。見ていた。何もしてこなかった。そして飛んでいった。そこから先の意味を聞いても、やはり何も出てこない。
デュオは腕を組んだ。何を調べても、見えてくるのは誰かが見た一部分ばかりだった。そして今度は、竜人を見たという場所にアルトがいる。
偶然かもしれないし、竜人がアルトを狙っているとも言えない。ただ、こいつの近くにいれば、また姿を見る機会くらいはありそうだった。
「……まあ、いいか」
「何?」
「竜人だけ追いかけんのは、ひとまずやめる」
アルトがデュオを見る。
「やめるの?」
「別に放っとくって意味じゃねぇよ。追っかけても、今んとこ分からんしな」
デュオは頭を掻いた。
「しばらく、お前に付き合うわ。その辺に竜人も出るなら、その方が早そうだ」
「そう?」
「たぶんな」
アルトは特に困った様子もなく、「うん」とだけ返した。
多少は嫌がってもよさそうなものだが、これまで一緒に歩いても、アルトはデュオがいること自体を大して気にしていなかった。ついていき、手を出し、話を聞く。それがいつの間にか普通になりつつある。
「じゃ、今日は戻るわ。またな」
「うん」
デュオは来た道へ向き直った。
数歩進んだところで何となく振り返ると、アルトはまだそこにいた。ただしこちらではなく、先ほどまで竜人がいたという木立を見ている。
「……何見てんの?」
アルトはゆっくりデュオへ顔を戻した。
「もういないよ」




