エピソード43:地下貯水池の選別、冷たき石の牢獄
第43話:地下貯水池の選別、冷たき石の牢獄
旧市街の暗渠からさらに深く、王都の足元へと続く傾斜を下りていくにつれ、空気はひんやりとした湿気を帯びていきました。たどり着いたのは、数十年前に使われなくなり、歴史の底に埋もれた「北の旧地下貯水池」でした。
巨大な石柱が幾本も立ち並び、天井から滴る水滴が、底に溜まった泥水に不気味な波紋を広げています。その広大な空間の奥から、複数の松明の炎と、低く這いずるような呪詛の詠唱が漏れていました。
1. 闇の選別
一行が石柱の影に身を潜めて覗き込むと、貯水池の中央に即席の木組みの祭壇がしつらえられていました。そこには、檻に入れられた数人の若い娘たちと、その前に立つ黒い法衣を纏った男——教団の中級幹部である「邪神教団の司祭」の姿がありました。
「……この娘は不合格だ。魂の器が濁っている。あのお方が求める『純潔なる生贄』には届かぬ。裏の泥溜めにでも放り込んでおけ」
邪神教団の司祭が冷酷に手を振ると、うつむく娘の一人が引きずり出されようとします。周囲を固めるのは、粗末な革鎧に身を包んだ狂信者たち。彼らは王国騎士団でも何でもない、ただ街の闇に紛れて悪事を働いていた元泥棒や破門された荒くれ者たちでした。しかし、その手にはしっかりとあの邪神教団の刃が握られています。
「……あそこまでだな。これ以上、あの男たちの好きにはさせん」
火山島の戦士サムライが、静かに刀の鯉口を切り、集中力を極限まで高めました。
2. 水音に紛れる奇襲
「まずは見張りを削る。俺に合わせろ」
職人組合の伝令員が、優れた身体操作の俊敏さで、天井の梁から梁へと音もなく飛び移りました。水滴が落ちる音に足音を完全に同化させ、祭壇の周囲を巡回していた狂信者の真上へと躍り出ます。
「ぐっ……!?」
声を上げる暇すら与えず、職人組合の伝令員の放った打撃が狂信者の首筋を捉え、泥水の中へと沈めました。
それを合図に、火山島の戦士が泥水を蹴って突進します。
「[魔力付与]……峰打ち。刃を汚すにも値せぬ」
抜刀の速度は狂信者たちの動体視力を遥かに凌駕していました。キン、と鋭い金属音が響いた瞬間には、前衛の三人分の武器が弾き飛ばされ、彼らは腹を抱えて崩れ落ちていました。
「侵入者だ! 司祭様をお守りしろ!」
残った狂信者たちが一斉に色めき立ち、錆びた刺刀を振りかざして襲いかかります。
3. 祭壇の攻防
狭く足場の悪い貯水池の中で、砂漠半島の巫女が植物の種子を構えました。
「大地の精霊たちよ、敵の足を絡めとれ……!」
占星術[土留]アース。ホールド。貯水池の底に溜まっていた泥が意思を持ったように波立ち、襲いかかる狂信者たちの足首に激しく巻き付きました。バランスを崩した男たちへ、一神教の司祭が聖印を掲げます。
「主の光よ、狂気の目を眩ませ。[閃光]フラッシュ!」
暗闇に慣れた信者たちの目を、純白の聖なる光が襲いました。視界を奪われ、狼狽する狂信者たち。
「これで終わりよ。錬金術、[眠りの霧]スリープ。ミスト!」
大学院の女性学者が杖を突き出すと、眠りをもたらす霧が狂信者たちを包み、彼らを完全に無力化しました。
4. 途切れた糸口
逃げようとした教団の司祭の前に、回り込んでいた職人組合の伝令員が立ち塞がりました。
「おい、お前たちの『あのお方』はどこにいる? 次はどこに娘たちを送るつもりだ」
邪神教団の司祭は、冷たい刺刀を突きつけられ、恐怖に顔を歪ませながらも、狂信的な笑みを浮かべました。
「ひ、ヒヒ……遅い、もう遅いのだ。選ばれた最高の器は、すでに『あのお方』の元へ運ばれた……。王都のさらに底、光の届かぬ古代の忌むべき地下神殿で、間もなく最初の儀式が始まる……!」
邪神教団の司祭はそれだけを吐き出すと、懐から取り出した毒薬を煽り、自ら命を絶ってしまいました。
「……ちっ、口を封じられたか」
職人組合の伝令員が舌打ちをします。しかし、女性学者は司祭が落とした黒い法衣の懐から、一通の羊皮紙を拾い上げました。
そこには、王都の地下深く、かつて歴史から抹消された旧時代の礼拝堂へと続く、複雑な地下道の地図が記されていました。首謀者である「元冒険者」が、自らの拠点を構えている場所の決定的な手がかりです。
「娘たちは私たちが保護します。衛兵を呼ぶ伝手を使いましょう」
一神教の司祭と砂漠半島の巫女が、檻から救出された娘たちのケアを始めました。怯える彼女たちを安全な場所へ戻す目処が立った今、一行が見据えるのは、地図に記された最深部のみでした。
「王都のさらに底……いよいよ、あの男の尻尾を掴む時が来たわね」
大学院の女性学者は地図を強く握りしめ、闇の奥を見つめました。




